スケベじじいを追っ払う
「王太子妃殿下、まだ終わっておりません」
他の侍女たち同様、レニーも敏い。彼女は、わたしの望み通りに応じた。
「終わっていないですって? やはりね。悪びれることなく答えるだなんて、図太いわね」
腰に手をあてたままヒステリックに叫び続ける。
レニーの方がずっと背が高く、こちらが見上げなければならないのが残念でならない。
(迫力も威厳もあったものじゃないわね)
とはいえ、いまさら背は伸びない。
まだ育ち盛りの頃、皇宮の図書館で借りた書物にミルクを飲むといいと記載されていた。
背が高くなる、と。
それだけで背が高くなるわけではない。が、当時のわたしは必死だった。婚約者であるアダムズは、美貌で背が高くて、と外見だけはよかった。だから、せめて背丈だけでも合わせたい。そう願っていた。わたしの顔? 顔は……、まぁって感じかしら? というか、自分自身に関しては、内面が重要だと思い込んでいたこともある。
なにせアダムズは、子どもの頃からダメダメな奴だったから。おバカで愚かだったから。わたしが彼のダメダメな部分を補えばいい。そう信じていた。
が、背丈に関しては、そんなわたしの望みはかなわなかった。
ミルクがなかなか手に入らなかったということもある。
そんないい訳はともかく、いまさら背丈をどうにかすることは出来ない。
「王太子妃殿下、お許しください」
レニーは、「意地悪な王太子妃」にいびられている「気の毒な侍女」を完璧に演じている。
「だったらすぐに行きなさい。わたしが部屋に戻るまでにやっておくのよ」
「か、かしこまりました」
「ちょっと待て」
彼女がお辞儀をして去ろうとしたタイミングで、イアンが止めた。
(それは、黙ってはいないわよね)
イアンが制止するということは、想定していたので驚きはしなかった。
「彼女は、いまわしと話をしているのだが?」
皺だらけの顔をこちらに向けた。
(うわーっ、老獪を絵に描いたみたいな人ね)
訂正。彼は、「偏屈でスケベなじじい」そのものだわ。
心の中で称讃しておく。
「えぇ知っていますわ、内務大臣閣下」
元夫のアダムズが「不気味な笑顔」と称した満面の笑みで応じる。
「であれば、なぜ邪魔をする」
皺だらけの顔は、昔は美貌だったのかしら? 知らないけれど。
どういう顔だったのか、想像するのは難しい。それほど皺だらけで険しい顔をしている。
しかも、わたしを蔑みまくっている。
(まがいものの王太子妃だし、男っぽいレディだし、敗戦国の元皇妃だし、ちんまりの出しゃばり悪女だしってバカにしているのね)
というだけでなく、そもそも彼の好みのタイプとかけ離れすぎていて興味がまったくないのね。
好みのタイプというのは、レディのタイプのことである。
こうしてレニーと並んでいても、彼女とわたしの共通点は生物学上の人種と性別だけである。
「邪魔? それは失礼いたしました。王宮付きの侍女がなにか粗相でもいたましたか? それなら、彼女ではなくわたしがかわって相手をしますが」
レニーとは比べものにならないほど小さな胸を張り、挑戦的に宣言した。
「あんたがわしの相手を?」
「ええ、もちろんです。でっ、わたしは彼女のかわりになにをすれば? 謝罪でしょうか、それとも案内でしょうか? まさか、あっちの相手とかお手伝いとか、ではないですよね? 内務大臣閣下ともあろうお方が、欲求のはけ口などという究極に個人的なことで王族の専属の侍女を誘惑されるだなんてこと、ありませんわよね?」
さらににこやかな表情を作る。
(このスケベじじい。このユア様を寝台に誘ってみなさい)
「ふんっ! この侍女の目つきが気に入らんかっただけだ。王族にたいしてクソみたいな目つきをせぬよう、注意していたのだ。多忙なこのわしみずからがな」
「そうでしたか。それは失礼いたしました。内務大臣閣下の王族への忠誠心痛み入ります」
恐縮しつつ、レニーに去るよう合図を送る。
「陛下と王妃殿下にもそのように伝えます。王太子殿下にも。殿下がお戻りになりましたら、ぜひともお茶でも」
「ふんっ」
彼は、鼻を鳴らすと踵を返して歩きだした。
背筋をピンと伸ばし、きびきびと歩く彼の背中を見ながら、彼の年齢を知らないことに気がついた。
同時に、これで彼の領地での試作は絶対にムリかも、と確信した。




