セクハラ?
… この日は、温室の花のことで学者や庭師たちと打ち合わせをした。
宮殿の大廊下を走りに走り、約束の時間になんとか間に合った。
数名の学者はわたしの急な相談に驚きはしたものの、自分たちの知識を惜しみなく提供してくれている。学者たちにしてみれば、自分たちではなかなか入手することの出来ない植物を多数取り寄せ、実際に栽培出来るのである。しかも研究費用もかからない。
彼らが張り切るのもムリはない。
庭師たちも冬期は王宮での仕事がほとんどなくなってしまう。その為、王宮内の雑用を探しては働いているらしい。が、今年は植物関連の仕事を続けられる。今年だけではない。温室での計画やその他もろもろの作物の計画が進めば、来年も再来年も冬期も仕事にあぶれることはない。それどころか、年中大忙しになる。指導や手伝いの為、他の領地へ出張をしてもらわねばならないこともでてくるかもしれない。
庭師たちもまたおおよろこびし、張り切っているのはいうまでもない。
彼らとは、温室の様子を見ながら打ち合わせをした。
レモンにさしかかったとき、脳裏にロバートとキャロルの「アレ」が浮かんだ。同時に、またしても胸の辺りがチリチリと痛み始める。
頭を振り、すぐに追い払った。
が、すぐに浮かんできてしまう。
どうやらわたし自身で結論付けた内容は、自室に置いてきてしまったらしい。
この日の打ち合わせは、どうしても集中出来なかった。
心ここにあらずというほどではないにせよ、いつもよりかは心もとない打ち合わせが終り、厨房に向った。
つぎは、大豆のことで料理長と話をしようと思いついた。
ティモシーのヒントで思いついた「おからクッキー」の試作を始めたところなのである。
いまだチラチラする「アレ」を頭から追いだしつつ、足早に宮殿の大廊下を進む。
「お許しください」
「許せんな。クビになってもいいのか?」
「困ります」
ティールームのひとつの前で、男女が話をしているのに出くわした。
正確には、男性がレディを詰めよっている。
男性は恰幅のいい貴族で、レディは侍女のひとり。
侍女は、侍女服から上級の侍女だとうかがえる。
そのまま突き進むが、男性は侍女に迫っている。というか、口説いている?
近づくにつれ、男性がだれかわかった。
内務大臣のイアン・グリーンフィールドである。
彼を補佐する内務副大臣のホレスが彼のことを「偏屈じじい」と言っていた。
その形容は、あながち的外れではない。
すくなくとも、何度か顔を合わせたかぎりではそう感じる。
見た目もそうで、絵に描いたような「偏屈じじい」である。そして、彼は「スケベじじい」でもある。
わたしが近づきつつあることを、侍女はもちろんのことイアンも気がついている。が、彼は気がついていないふりをしている。
いまだけではない。彼は、自身が愛してやまない宰相同様わたしのことなど眼中にない。すれ違いざま、わたしの挨拶でさえムシする。
侍女は、彼に迫られつつもわたしに頭を下げた。
(レニー・アップルトンだったかしら?)
どうして名を覚えているかというと、アップルと紐づけているからである。
彼女は、宰相のスパイ。王族の動向を逐一宰相に伝えている。
そして、下級侍女たちを虐めやいびり加害者のひとりでもある。
その彼女と視線を合わせたまま、どんどん近づいていく。
(セクハラよね。迫られて困っているのかしら? というか、王宮付きの侍女に手を出すなんて、どれだけレディ好きなの?)
内務大臣としての職務より、よほど熱心なようである。情熱的に迫りまくっている。
レニーのブラウンの瞳は、追いつめられた小動物みたいに怯えの色をたたえている。
(ダメよ、ダメダメ。関わってはダメよ、わたし。イアンと揉め事を起こしたらダメ。いろいろな意味で面倒なことになる。大豆やイモ類の試作のこともある。彼の領地が必要になるかもしれないのよ。だから、ぜったいにダメ。ここは、涙と言葉と気持ちを封印してムシするのよ。見て見ぬふりをするのよ)
心と頭に言いきかせる。
近づく間にも、レニーのすがるような視線に必死に耐え忍ぶ。
「ちょっと、レニー。そこで油を売っているんじゃないわよ。今朝、頼んだことやったの? まったくもうっ! 目を離すとすぐにだれかに媚びを売るんだから。それなら、わたしに媚びを売りなさい」
立ち止まって腰に手をあて、ヒステリックに叫んでいた。
自分で自分の「出しゃばり」気質を呪った瞬間である。
一瞬、レニーの顔にホッとした表情が浮かんだ。




