ロバートの提案で国を捨てることに
「おれは、きみを皇帝や側妃たちと同じ運命をたどらせたくない。というか、きみはきみが言う責を負う必要などない。それどころか、酷いめにあわされた側じゃないか」
ロバートはそう簡単に言うけど、そんな簡単なことでは片付けられない。
「ああ、くそっ!」
ロバートは、ローテーブルの向こう側で急に毒づいた。
「こんな容易なことをどうして言えない? しっかりしろ。おれは、栄誉あるダルトリー王国軍の将軍だぞ。『真紅の獣将』のふたつ名が泣くぞ」
彼は急に自分を叱咤し、深呼吸をし始めた。
どうなることかと見守っていると、彼は表情をあらためた。
「ユア、おれと一緒に来てくれないか? もしもなにか理由が必要なら、わが、ダルトリー王国民に丸ごとかじっても甘くて美味いにんじんの作り方を広めて欲しいと依頼したい。いまのは、正式な誘いだ」
「はああああああ? なにそれ? ダルトリー王国にも農家の人はいるでしょう? 彼らは、にんじん作っているわよね? そんなプロの人たちにわたしが伝授するというの?」
彼は、わたしを気遣ってくれている。だから、どうでもいい言い訳を連ねて誘ってくれたのだ。
「あなたっておかしな人ね」
「それがダメなら……。そうだ。じつは、おれは王都に戻ったら結婚やら婚約やらの話でいっぱいでな。それがまた煩わしいことこの上ない。契約結婚、偽装結婚。どんな形でもいいが、とりあえずおれの妻として帰ってくれれば、そういう煩わしい話をすべて一蹴出来る。きみもたとえ嘘やごまかしだとしても、おれみたいな強面な野獣と夫婦を装うのは迷惑かもしれないが……。もちろん、向こうに行ったらきみは自由だ。なんでも必要な物は揃えるし、気ままにやってくれていい。いまのような生活を続けたかったら、うってつけの環境を準備する。どうだろうか? きみとおれがここでこのタイミングで会ったのもなにかの縁。おれを助けると思って、頼む。もちろん、きみがおれの頼みをきいたりかなえたりする義務はないがね。くそっ! おれはいったいなにを言っている?」
ひとりで必死に言い募っている彼を見ていて可笑しくなってきた。
その見た目と仕草にギャップがあるのが可愛いすぎる。
ここまで言ってくれているのである。いったんこの帝国を離れ、あらためて今後のことを考えてもいいかもしれない。
「ユア、きいてほしい。死で償うのは簡単だしラクだ。が、生きて償うことは険しく困難。そんなに償いたければ、生きて償えばいい。しぶとく生き抜き、きみ自身やデイトン帝国の民衆が納得いくだけ償い続けるべきだ。きみには、その才覚がある。あのクソッたれの皇帝にはまったくない才覚が、きみには備わっている。それを縦横にふるうべきだ」
魅惑的なルビー色の瞳。それは真剣みを帯び、彼の誠実さと必死さがうかがえる。
いまの彼の言葉のひとつひとつを咀嚼し、吟味する。
まったくその通りだと思った。わたしの才覚がどうのというのは別にして、とりあえずそのスキルはある。
いまの彼の熱弁が決定打だった。わたしの背中が押されたどころか、心身ともに虜にされてしまった。
癪だけど、彼に従うしかない。いいえ。従うべきである。
「あなたってほんとうにかわっているわよ。いくら嘘やごまかしでも、こんな『ひきこもり令嬢』を妻にしようというのだから。いいわ。あなたの提案にのってあげる。サンダーと離れるのも寂しいから」
不承不承を装いつつ了承した。
そういうわけで、わたしは生まれ育った国を捨てて隣国ダルトリー王国に行くことになった。
両親の死の真相がわからないまま、逃げるようにして。
ダルトリー王国へはなかなかたどり着けなかった。
というのも、いまだ混乱の中にある領地がある。その領主に会い、状況を説明しなければならない。さらには、反乱軍がただの暴徒化し、略奪行為を働き始めた。その鎮圧をしながら行軍しているからである。
とはいえ、ロバートが率いていた軍の大半は皇都で戦後処理にあたることになった。だから、いま彼が連れているのは彼の直属の隊で数は多くない。
まぁ、少数精鋭部隊らしいけれど。
わたしもすっかり感覚が鈍っているのか、この時点で気がつかなければならなかったのだ。
ロバートの正体を。
だけど、わたしは気がつかなかった。
皇都が制圧されたことをまだ知らない領主がいる。
いわゆる日和見をしていたある辺境伯は、自分の領地を通過しようとするロバートの軍に通行料を要求してきた。
名は、チャド・ジョンストーン。皇都でも有名な反骨精神が旺盛な変わり者である。
ロバートの使者が談判しに行ったけれど、チャドは「タダでは通さぬ」と意地を張っているという。
「皇都へ向かう際は、隣の領地を通過したからな。帰りもそうすればよかった。揉め事はごめんだからな」
ロバートは苦笑している。
一辺境伯が軍を持っているわけではない。チャド自身は退役軍人だけれど、元部下たちが力を貸しているわけではない。私兵を雇っているわけでもない。そして、毎年の税金も納めていない。夫、いえ、元夫も歯牙にもかけていなかった。というか、元夫は、チャドのことをよく知らなかった。
だけど、わたしはチャドのことをよく知っている。