宰相宅の事情
「その縁でキャロルと婚約を?」
「ええ、まぁ」
ジャクソンに尋ねると、彼は口を濁した。
ジャクソンもキャロルの前では愚鈍でおとなしい婚約者を演じているくらいだから、婚約者生活を満喫しているわけではないのね。
「それで、いまはこのダルトリー王国でなにをされているのです?」
「一応、研究機関で研究を。事情があって、すぐには戻れないのです」
「なるほど」
これ以上は教えてくれないだろう。
「アハン国の大豆は、最高の水準や収穫量を誇っているのです」
案の定、彼は大豆へと話題をかえてしまった。
とはいえ、わたしも大豆の話をしたい。そこからしばらく大豆の話で盛り上がった。
ジャクソンとも大豆の件で会う約束を取り付けた。
先にマッケンジー伯爵家にパメラと別れ、アハン国が所有している屋敷でジャクソンと別れ、王宮へと戻った。
先日のファイアストン公爵、つまり宰相主催のパーティーでの帰途、ジャクソンとパメラを降ろしてからメリッサから事情をきいた。
ファイアストン公爵家では、使用人たちが続かないらしい。雇い入れてもすぐに他の屋敷へ移ってしまうか、あるいは街のどこかで働き口を見つけてくるとか。
いま現在、ファイアストン公爵家に残っているのはシンシアだけ。シンシアは、赤毛をおさげにしている可愛らしいメイドで、先日のパーティーの際に縁あって顔見知りになった。
メリッサは、彼女から事情をきいたのである。
あの夜のパーティーは、さすがにシンシアだけでは切り盛り出来ない。
しかも料理人でさえ続かず、いないというから驚きである。
とりあえず、料理は街のケータリングサービスを利用したというからさらに驚いた。
だから品数が少なかったし、立食とはいえ冷めきっていたというわけ。
ダルトリー王国の三大公爵家筆頭のファイアストン公爵家のパーティーなのに、料理の質や量、それからサービス、すべてにおいてイマイチだったことは否めない。
招待客たちも同様に思っていただろう。が、宰相にそんなことを言える者はいない。だからこそ、宰相はあんなパーティーでも平気で主催するのだ。
あのパーティーで見かけたメイドや執事は、あのパーティーの為だけに雇った業者だったという。しかも最低限でさえ雇わず、人数がもともと足りていなかった。それを知ったメリッサは、つい手伝いを申し出てしまったらしい。
「というか、日々の生活はどうしているのかしら? シンシアがひとりでこなしているの?」
メリッサに尋ねると、彼女は大きく頷いた。
「身のまわりの世話、家事いっさい。すべて彼女が。庭園の管理や大工仕事などは、臨時に雇うこともせず放置しているそうです。執事でさえいませんので、管理などはどうされているのでしょう? それから、食事はすべて外食らしいです。ですから、シンシアはお給金の中で自炊しているとか」
「呆れたわ」
絶句してしまった。
「それだけではありません。宰相閣下や公爵令嬢のいびりがひどく、ときには殴られたりぶたれたりするそうです。もちろん、罵倒や揶揄はいつものこと。そもそも、そういうことでだれも続かないのです」
(それって問題よ。このダルトリー王国を統べているといっても過言ではない宰相が、自分の屋敷の使用人でさえ管理出来ていないのだから。というよりか、人間としてどうなの?)
呆れを通り越し、危惧してしまう。
「マットは? 彼もそんなひどいことをしているの?」
「いいえ。シンシアが言うには、公爵子息はやさしく接してくれるとか。ですが、公爵子息は一人暮らしをされています。お屋敷に戻ることはめったにないそうです。シンシアは他に移りたくてもコネがないので出来ず、心身の不調でずっと調子が悪いと」
そのような会話をメリッサとかわしてから、ついつい考えてしまう。
シンシアのことを。
とはいえ、わたし自身大忙しすぎてそのこともあとまわしになってしまった。




