ドアマットヒロイン
「あなたの名前をきいていなかったわよね?」
馬車が進み始めてから、キャロルたちに虐められていたレディに尋ねた。
「パメラ・マッケンジーです、王太子妃殿下。あの、公子殿下、王太子妃殿下、ありがとうございます。助けていただき、ほんとうにありがとうございます」
馬車の窓から月光が射しこんでくる。五年間のサバイバル生活で夜の暗さに慣れた目は、彼女の容姿をはっきり見ることが出来る。
パメラは、一目見てひどい。ひどいというのは、彼女の本来の容姿のことではない。現在の彼女の恰好のことである。
ドレスは、とてもパーティーに着用するものではない。普段着用のドレスを着続けているらしい。ところどころほつれたり生地が薄くなっている。というか、袖丈も短くなっているところから、成長期の頃から着続けているのかもしれない。
(マッケンジーって、たしか伯爵家だったかしら?)
爵位家のリストを見たとき、たしかその名があったと記憶している。
「パメラ、はじめまして。一応、王太子妃殿下のユアよ。よろしくね。どうやら、公子は彼女をご存知のようですね」
ジャクソンとパメラは、ふたり仲良く並んで座っている。
ジャクソンは、もともとキャロルやその取り巻きたちからパメラを救おうとしたのである。わたしは、ジャクソンに先をこされたというわけ。
「ええ、その通りです。王太子妃殿下、どうかジャクソンとお呼びください」
「では、わたしのことはユア、と。パメラ、あなたもね」
ジャクソンとパメラは、顔を見合せてから控えめに頷いた。
「マッケンジーって伯爵家よね? あなたは、伯爵令嬢? ごめんなさい。不躾だけど、なにせわたしはデイトン帝国から来た『ちんまりの出しゃばり悪女』。お呼びではないレディ。だから、まだ事情がよくわからないの」
おどけて言うと、ふたりはクスリと笑った。
そして、パメラは事情を話してくれた。
両親が亡くなり、後見人として叔父一家がやって来たこと。虐げられ、いまはメイド以下の生活を送っていること。パーティーには、叔父夫婦の娘、彼女には従姉にあたるレディの引き立て役として参加させられたこと。そして、いつものようにキャロルやその取り巻きたちに虐められたこと。彼女の従姉は、キャロルの取り巻きのひとりということ。
ムカついた。もちろん、パメラの叔父たちにたいしてである。
「申し訳ありません。ご不快な話をしてしまいました」
「いいのよ、パメラ」
笑みを浮かべるのに苦労した。自分のことなら多少のことはガマン出来るし演じることも出来る。が、他の人のことでガマンしたり演じることは難しい。
が、わたしに出来ることはなにもない。いまのところは、だけれども。なにかしら声をかけるというのも、かえってパメラに気を遣わせてしまう。
「パメラ、機会があったらお茶でもしましょうよ。わたし、外見は男みたいでしょう? だけど、これでもスイーツや料理を作ることが大好きなの。是非、クッキーやマフィンを味見してもらいたいわ」
こんなふうに誘うしかなかった。
パメラにすれば、わたしの誘いは社交辞令でしかなかっただろう。実際、彼女はそう受け取っているはず。
が、わたしにすれば違う。
近いうちになにかを口実にし、パメラに会う。
そう決心した上での誘いだった。
「そういえば、大豆の研究をされているとか」
唐突にジャクソンが口をはさんできた。
いいタイミングである。
そこからは大豆の話になったけれど、大豆の仕入れ国がジャクソンの母国アハン国だというから驚いた。外交官であるマットから相談され、大豆を取り扱っている大商人を紹介してくれたらしい。
マットとは、学生時代からの親友だとか。




