キャロルの婚約者
「失礼いたしました。自己紹介がまだですね。ユア・ドナルドソン。一応、王太子妃です」
先程、大広間内で会ってはいるが紹介はしてもらっていない。
彼のことは、ティモシーが言っていた「どこかの国の公子」としかいまの時点ではわからない。
「こちらこそ、失礼いたしました。ジャクソン・グッドオール。一応、アハン国の公子です」
交わした握手は力強い。
褐色の肌、シャープな顔つき。背が高くてスラッとしているけれど、筋肉がついている。
パーティー中はポーッとしているように見えたが、じつはそうではなさそう。
すぐに察した。
彼は、演じているのだと。ポーッとし、どこか抜けているふりをしているのだと。
「王太子妃殿下、光栄です」
「こちらこそ、公子殿下。では、まいりましょうか」
「ちょっと、またしゃしゃり出るわけ? 人の婚約者を堂々と誘うだなんて、どういうつもり?」
キャロルがヒステリックに叫んだ。
(どの口が言うのよ、ええっ?)
心の中で、彼女の頬をつまんでねじり上げておく。
「王太子妃殿下、お手数おかけします」
そのキャロルをムシし、ジャクソンと顔を見合せた。その瞬間、彼が虐められているレディへ視線を移した。
(ああ、そうか。ジャクソンは、じつは彼女を助けたかったのね)
「よければ、あなたもいっしょに」
いまだ俯いているレディに声をかけると、彼女はハッと顔を上げた。驚きと困惑がありありと刻まれている。
「いいからいいから」
彼女が口を開く前にその手をひっぱり、ジャクソンとメリッサとともに歩き始めた。
玄関ホールにキャロルのヒステリックな叫び声が響き渡っていたけれど、気にしない気にしない。
大きな扉を出ると、馬車が二台停まっている。一台は、王族の馬車。もう一台は、街馬車である。
「あら?」
「じつは、ぼくが乗ろうと思って」
「そうでしたか。せっかく来てもらって気の毒ですが……。メリッサ」
なにかのときの為に金貨を準備している。わたしのポケットマネーである。それをメリッサから受け取り、街馬車に近づいた。
年配の馭者がイライラした様子で待っている。
「寒い中をせっかく来てもらったのですが、事情があって違う馬車で帰ることになりました」
「おほっ! いいんですか、こんなに?」
馭者の手に金貨を一枚握らせた。
すると、馭者は顔の皺をくしゃくしゃにしてよろこんだ。
「ええ、一杯飲んで体を温めてください。それと、馬に美味しいニンジンをあげてください」
「ブルルルル」
馭者だけでなく、馬も老いている。
わたしの言葉がわかったのか、老いた馬が鼻を鳴らした。
ロバートの愛馬サンダーに会いたくなった。
「レディ、ありがとうございます」
老いた馭者は深々とお辞儀し、それから去って行った。
「王太子妃殿下、申し訳ありません。あの、払いますので」
「いいのです、公子殿下。さあ、行きましょう」
恐縮するジャクソンとさらに恐縮しているレディを促す。
「あの、王太子妃殿下」
だれかに呼ばれて振り向くと、葡萄酒のシミのときの可愛らしいメイドが立っている。
「ほんとうにありがとうございました」
何度も何度もお辞儀をする彼女の背中で、赤色のおさげが踊っている。
「大丈夫だったかしら? あとでキャロルや宰相に虐められなければいいけど」
「王太子妃殿下のお蔭で、ドレスのシミはなんとかなりそうです。メリッサさんにもずいぶんと助けていただいて」
「よかったわ。ねぇ、メリッサ」
「はい、王太子妃殿下」
メリッサとともに微笑むと、彼女はさらにペコペコとお辞儀をする。
「あなた、名前は?」
「は、はい。シンシア・ラムリーと申します」
「よろしくね、シンシア。これもなにかの縁。なにかあったらメリッサに伝えてね。出来るかぎりのことはするから」
「そ、そんな……」
絶句しているシンシアに別れを告げ、王族の馬車に乗り込んだ。




