ささやかなハプニングの後
ささやかなハプニングの後、しばらくしてパーティーの招待客たちはじょじょに帰り始めた。
キャロルは、そうそうに引き取ってしまった。
興が冷めたに違いない。
キャロルだけではない。その父親である宰相も傍目でもイライラしているのがわかった。彼は、招待客の前でも平気でメイドや執事たちに当たり始めた。招待客の前で使用人を平気で罵倒し、軽く叩いたりしている。そんな宰相を見、招待客の大半もまた興が冷めたのか引き取り始めた。が、招待客の中には宰相と同じようにファイアストン公爵家の使用人を蔑んだり理不尽な要求をしたりする者もいる。
これ以上、ここにいても仕方がない。
というわけで、帰ることにした。
パーティーに出席した物理的な時間は、そんなに長時間ではない。大豆や温室のことを試作したり計画を練っていたら、それこそあっという間にすぎてしまうほどの時間である。
それなのに、まるで半日いたかのように長く感じられた。
正直、疲れてしまった。あらゆる意味で疲れてしまった。
ティモシーを見ると、まだ残っているご令嬢たちを追いかけまわしている。
「ティモシー、帰るわ」
一応、声をかけておいた。
彼は、不本意ながらも前半部分は楽しませてくれた。だから、その分のお礼は言っておきたかった。
「だったら、おれも」
「あなたはいいわ。馬車で帰るんですもの。メリッサがいてくれるし。あなたは、存分に楽しんでちょうだい」
「おいおい、なんだよ。もしかして、妬いているのか?」
彼は、そこそこの美貌にいやらしい笑みを浮かべた。
「焼いているですって?」
一瞬、大豆のことが頭に浮かんだ。
「そうだわ。肉類だけでなく、スイーツも作れないかしら? そうよ。そうだわ。カスカスのおからでクッキーを焼くとか? もしかしたら、ご令嬢向けのカロリーを抑えたスイーツになるかもしれない。ねぇメリッサ、どう思う?」
「王太子妃殿下? 『やく』意味が違うかと思いますが……。ですが、それはいい考えかもしれませんね」
「でしょう? ティモシー、ありがとう。あなた、パティシエを名乗るだけあるわね。感謝するわ。じゃあ、お先にね。行きましょう、メリッサ」
「お、おい、待てよ。おれは、そういう意味で言ったんじゃない。それに、おれもいっしょに……」
ティモシーがなにか言っていたみたいだけど、気にしない気にしない。
足早にエントランスへ向かった。
が、公爵家の二階へと続く大階段の下をさしかかろうとしたとき、キャロルとその取り巻きたちがいることに気がついた。
キャロルは、例の白いドレスから鮮血色のドレスに着替えている。
(なんてこと。まるで舞台女優みたいにあっという間に着替えることが出来るのね)
ちゃんとしたドレスを着慣れないわたしには、これほどはやく着替えることが出来るなんて信じられない。
よく見ると、彼女たちはご令嬢のひとりを虐めているようである。
わたしの存在に気がついていながら、キャロルとその取り巻きたちは虐めをやめようとしない。
キャロルとその取り巻きたちは、一方的に攻撃している。ご令嬢は、ただ俯いている。
彼女は拳を握りしめ、唇を噛みしめ、ただただ嵐が去るのを耐えている。
そのとき、エントランスにキャロルの婚約者である「どこかの国の公子」が現れた。
「キャロル、ぼくも帰るよ」
「ご勝手に」
「見送ってくれないのかい?」
「忙しいのよ。帰るのなら、さっさと帰ってちょうだい」
「キャロル、そう言わずに見送ってほしいな」
「鬱陶しいわね。だったら、執事に送らせるわ」
「執事として雇われた男は、契約時間がすぎたといって帰ってしまったよ。それに、ぼくは今夜は歩いてきたんだ。馬車を出してくれるとうれしいのだが」
「なんですって? あなたの為に使う馬車なんてないわ」
「あの、よろしければ、わたしがお送りしましょうか?」
揉め事はごめんだったけれど、口をはさまずにはいられなかった。
(バカ、バカ、わたしのバカ。どうしてここで問題を起こすのよ。また侍女長に叱られるじゃない)
心の中で自身に叱咤しつつも、口を閉ざすことは出来ない。




