アクシデント
「見てよ、彼女を。ほんと、いやだわ。色目なんて使って」
キャロルの甲高い声でハッとした。
わたしの視線と興味は、すでに彼女の婚約者からテーブル上の料理へと移っていた。
「さすがは『ちんまりの出しゃばり悪女』ね」
彼女は自分のことを棚に上げ、わたしのことを色欲魔みたいにのたまった。
だんだんバカバカしくなってきた。
残念な相手と残念なやり取りをしたところで、しょせん残念なだけである。意味も意義もまったくない。
しかも、彼女は他のご令嬢たちを側に呼び寄せ、わたしのことをさらし者にして揶揄ったり誹謗中傷を投げつけてきた。他のご令嬢たちは、本音や本心はともかく愛想笑いを浮かべてきいている。
こんなことは、どこにでもある光景である。実際、わたしには数えきれないほどの経験がある。もちろん、する側ではなくされる側である。だから、こういうことには慣れている。
まだ皇妃だった頃、側妃や愛人やお手つきのご令嬢たちに散々やられた。
というわけで、勝手に言わせておいた。
宰相とキャロルの婚約者は、いつの間にか他の招待客の相手をしている。
主催者である宰相の子息のマットは、外交官の仕事で他国へ赴いているときいている。
ある程度キャロルのわたしへの個人攻撃にガマンしていると、彼女も飽きたらしい。ご令嬢たちを連れ、子息たちのグループへと移っていった。
とはいえ、わたしもこのパーティーに飽きてきた。
ティモシーも飽きたらしい。わたしの横に立ってはいるものの、ご令嬢たちを物色し始めた。
わたしもまた、大広間に視線を走らせた。
人を観察するのも結構面白い。
そんな中、ファイアストン公爵家のメイドたちにまじり、メリッサがあちらこちらに飲み物を運んでいることに気がついた。
(メリッサったら)
控室でひとりで待っているのに、いたたまれなかったに違いない。
「キャアアアッ!」
そのとき、大広間に悲鳴が響き渡った。
「ちょっと、どうするのよ」
キャロルである。
メイドのひとりが運ぶ葡萄酒が、彼女のドレスにかかってしまったらしい。とはいえ、ここからではドレスに付着したであろう葡萄酒は見えない。ということは、胸元辺りにしずくが飛び散った程度に違いない。
「使えない娘ね。雇い主に恥をかかせるだなんて。ぜったいに許せない。こんな使えない娘に払う給金なんてないわ」
キャロルは、悲鳴にも似た大声でメイドを非難し、罵倒している。
「お、おい、どこへ行く?」
足が勝手に動いていた。
うしろからティモシーが尋ねているのをムシして、キャロルとメイドのもとへと急いだ。
足早に向かいながら、大広間内にメリッサを捜す。が、彼女の姿は見えない。見つけられないまま、キャロルといまにも泣きそうになっているメイドの前に立った。
メイドは、まだ初々しい感じの可愛らしい娘である。赤毛を三つ編みにしている。その背中のふたつの三つ編みがまた可愛らしい。
彼女からキャロルの胸元に視線を移した。
今夜は、真っ白なドレスを着用している。まるで花嫁である。胸元のカットが微妙で、豊満な胸元があらわになっている。
推測通りだった。葡萄酒のしずくが数滴、胸元に飛び散ってシミが出来ている。
「なによ? しゃしゃり出ないで」
キャロルは、わたしに噛みついてきた。文字通り、噛みつく勢いで怒鳴り散らした。
「王太子妃殿下」
呼ばれたのでうしろを向くと、メリッサがタオルと洗面器を胸元に抱えて立っている。パーティーには、彼女にもついていてもらうつもりだった。だから、彼女はいつもの侍女服ではなくおめかしをしている。それがまたきれいで、キャンドルシャンデリアの下、まるでどこかのご令嬢のように見える。
(男っぽいわたしより、メリッサの方がよほど王太子妃らしいわ)
こんなときなのに、メリッサの容姿に見惚れてしまう。
「王太子妃殿下、重曹も持って来ました」
「さすがね、メリッサ」
メリッサとともに、まだ「ワーワー」とわたしに誹謗中傷を叩きつけているキャロルをムシし、彼女のドレスのシミ抜きに取りかかる。
とはいえ、重曹とお湯を使っての応急処置。ドレスは、はやめに脱いで洗ったほうがいい。
作業中、大広間内は静かだった。
だれもがメリッサとわたしの作業を見つめている。いいえ。なにか粗相をしでかさないか、固唾をのんで見守っている。
多くの好奇や悪意ある視線にめげず、メリッサとともにシミ抜きの応急処置を終えた。




