ロバートがふたたびやって来た
「やあ、ユア」
「こんばんは、ロバート。それから、サンダー」
「ブルルルル」
サンダーから颯爽とおりたロバートと握手を交わし、サンダーの鼻面を撫でた。
「今夜も冷えるな。あの美味いローズティーをもらえるとありがたいのだが」
「もちろん。今夜は、マフィンも用意しているの。スイーツが好きだといいのだけど」
「スイーツが好きかだって? スイーツが嫌いな奴がこの世にいるのか? そんな奴は、とてもではないが信用ならん」
「ええ、わかっているわ。『戦場で背中を預けられない』ってことかしらね?」
「よく知っているな。その通りさ」
視線が合うと、どちらからともなく声を上げて笑った。
「サンダー、あなたにはにんじんね」
「ブルルルルル」
(ほんと、可愛い馬ね)
サンダーににんじんをあげ、この前のように居間に移動した。
ローズティーを淹れ、皿に並べたプレーンとチョコチップ入りのマフィンを置いた。
「こんな深更にスイーツだなんて罪悪感半端ないわね」
また独り言が口から出てしまう。
「こうして会話を交わしたり大笑いをしているんだ。カロリーはちゃんと消費されているから気にしない気にしない」
「ロバート、あなたの言う通りよ。まぁカロリーは、眠っていても消費するんだけど」
両肩をすくめてみせると、ふたりしてまた笑う。
(ほんと、こんなに笑うなんていつぶりかしら?)
「きみのことを探ってみた」
ロバートは、お茶もスイーツもなくなってからそう切り出した。
「悪く思わないでくれ。一応きみの言ったこと、とくに皇妃だというところの確認がしたかったんだ」
ロバートは申し訳なさそうに言うけれど、それは当然のこと。ひとりの人間を断罪するのに、なんの調査も確認もせずにする方がおかしいでしょうから。
ちゃんと対応してくれる彼は、信用出来る人だと思った。
「言いにくいんだが、皇帝はきみのことをよく覚えていなかったようだ。きみの存在をほのめかしたとき、彼はキョトンとしていた。が、ほんとうにきみが森の奥にいるのだと知ると、きみのことを悪女だとか、きみこそがすべての元凶だと言い始めた。側妃たちは言わずもがなで、自分たちより皇妃の首を刎ねるべきだと主張し始めた」
「そう」
ロバートの話を、まるで他人事のようにきいている。
もうとっくの昔に諦めている。そう何回も何十回も自分に言いきかせてもきた。
だけど、やはり心情的には……。というよりか、感情的にはめちゃくちゃムカついている。
『わたしの青春を返せ。人生を返せ』
力のかぎり、そんなふうに叫びたくなる。
「事務的に告げさせてくれ。きみは、厳密には皇妃ではない。すでに廃妃されている。皇帝に記憶がないだけで、彼自身が廃妃にしたのだろう。彼の印の入った書面があったから」
「そう」
溜息をつくしかない。
「めちゃくちゃムカつくんですけど」
つい心の声が漏れてしまった。
「だろうな。おれでさえムカついたからな。実際、奴をぶん殴ってしまったんだ。ふたりきりだったから、つい拳を振るってしまった」
「うれしいわ」
にんまり笑ってしまった。
出来れば、わたしも拳を振るいたい。
「ユア、だから気にするな」
ロバートは、真剣の面持ちで言った。
「きみは、すでに自由の身。なにものにも縛られず、自由にすごせるんだ。やりたいことをやり、気ままに生活出来る」
「だったら、いままでと同じね。いままでも縛られず、自由にすごしていた。やりたいことをやって、気ままに生活してきたわ」
「ああ、わかっている。おれが言っているのは、物理的なことじゃない。ここの問題だ」
彼は、分厚い胸板を指先で叩いた。
「おれがいくら『気にするな。すべてを忘れろ』と言ったとしても、きみは気にするし忘れられない。図星だろう?」
まさしく彼の言う通りだから、無言で肩をすくめて同意した。