温室
メリッサの実家に行って戻ってきてから、多忙すぎる毎日を送っている。だから、あっという間に月日が経ってしまった。
それでも王太子陣営を整えることが出来、なんとかスタートをきった。
人間関係は、あいかわらず。宰相や宰相派とは、水面下でバチバチの状態である。それから、執事長のオスカーや執事たち。侍女長のライラやほとんどの侍女たち。彼らとは、当たり障りのないやり取りをする状態。最初の頃よりかは、じゃっかん敵意が薄れて態度が軟化しているかな、という程度。
まぁ、こんなものかなと思っている。
そんなある日、その日はお昼からなにもない。怒涛の忙しさに追われていたせいか、いざなにもない状態になるとかえってどうしていいかわからない。
庭園を歩いてみようか、と思いついた。が、宮殿の大廊下の窓から外を見ると吹雪いている。
(皇宮の森の畑は大丈夫かしら?)
すさまじい雪風を見ながら、ふと心配になった。
ひきこもってサバイバル生活を送っていた森に作っていた畑。ロバートと知り合うほんのすこし前、越冬の準備をしなければと考えていた。それから彼と知り合い、彼に契約結婚をもちかけられてここにやって来た。
畑は、だれかに引き継いでもらうようロバートにお願いした。
(ロバートは、いいかげんなことはぜったいにしない。きっと、だれかがちゃんと引き継いでくれているに違いないわね)
自分自身に言いきかせる。
(そうだわ。いまは、このダルトリー王国の人たちのことよ。この厳しい冬をのりきることの出来る作物の生産。それから、越冬方法の開発を行わなければ)
今年はムリでも来年には実践したい。その為には、早急に手を打たなければ。
(ひさしぶりに、温室の様子を見てみよう)
温室に行ってみることにした。
そこでは、何種類かの花が育てられている。ここに来て提案し、ロバートにお願いして実験的に設置してみたのだ。庭師と相談しながら、いまのところ計画は順調に進んでいる。
温室といっても、あくまでも実験的だからさほど大きいわけではない。それでも、十種類以上の花を育てられる大きさと設備にしている。
これがうまくいけば、ダルトリー王国全土に広め、普及したい。かかる費用はこちらが捻出し、専門家を派遣する。たいして特産物や名物がない地域の人たちが温室で異国の花を育て、それを国内国外問わず出荷する。とくに上流階級では、めずらしい花々は受けがいい。需要はある。しかも、高価で取り引きされる。もちろん、その為の投資や労働力は多額になるけれど。結果的に、国に利益をもたらせれば問題はない。
温室に入ると、ポカポカとしたあたたかさに包まれる。
ランやバラはもちろんのこと、遠い南の大陸から取り寄せたサボテンやハイビスカス。東の大陸から取り寄せたウオーター・リリーなどが、ところ狭しと並んでいる。
取り寄せてくれたのは、マット。外交官のコネを使い、早々に取り寄せてくれた。
今後は、温室じたいの規模を大きくしたい。越冬というだけでなく、この国にはない植物を育てたい。
だから、最近では政治経済のことだけでなく、植物についても勉強を始めている。
宮殿の図書室や王立図書館の資料や図鑑だけではなく、植物関係の学者や専門家の話をきいて。
さいわい、王宮の庭師たちは優秀である。彼らは、最初こそわたしにたいして不信感を抱いていた。が、わたしがあまりにもしつこくつきまとってはいろいろ質問するものだから、そのうち嫌々でも付き合ってくれるようになった。
彼らは、この温室の計画にもヤル気充分でである。予想以上にがんばってくれている。こうして見てまわったかぎりでも、彼らの管理の完璧さやがんばりがよく伝わってくる。
そんな中、温室内に気配を感じた。植物、のではない。人間の気配を、である。
「ロバート、いつになったら……」
「だから、言っているだろう?」
ボソボソと声もきこえる。
なぜか身を隠していた。ついでに気配も。なぜかわからない。なぜかわからないけれど、隠れないといけない気がした。
こういうとき、小柄なのは役に立つ。ふだんは、立っていても座っていても「そこにいたのか?」とか「ちっさくて見えなかった」とか、「見えなくてごめんなさい」って言われることがある。だけど、こういうときは有利になる。
小柄な体をさらに縮こまらせ、声がした方に近づいてみた。
どうやら男性とレディのふたりで、レモンの向こう側にいるみたい。
レモンは、祖国でまだ森にひきこもる前に知った植物である。個人的には、あの酸味が最高に爽快で大好きである。様々な料理や飲み物に合う。温室でのレモンの生産がうまくいけば、将来はレモンだけでなく柑橘類もと考えている。
それはともかく、そのレモンに隠れるようにしてこっそりのぞいてみた。




