マットの美貌が近づいてくる
「マット……」
わたしの考えについてヒソヒソ話でもしたいのか、彼の美貌がますます近づいてくる。
「王太子妃殿下、マズい状況のようです」
そのとき、ラッセルの鋭い声が飛んできた。
その瞬間、ハッとしたようにマットの美貌が離れた。
(ああ、よかった。それでなくても彼のムダに美しすぎる顔はキラキラしているのに、これ以上近くなったらキラキラしすぎて瞼を開けていられなかったわ)
月光をバックにしている為、マットの美貌がキラキラ輝きすぎている。
(ほんと、美しすぎるわよね、ロバートとは大違いだわ)
心の中で苦笑してしまった。
(って、それどころじゃないわよね)
ラッセルの警告を思い出し、またも苦笑してしまった。
「つけられています。しかも、大勢に」
ラッセルからそう言ったときには、うなじの辺りがゾワゾワし始めていた。
うなじのゾワゾワは、ただならぬ事態に陥ったときに現れるのである。
たとえば、危険が迫っているときなどに……。
言われてみれば、森の方から気配を感じる。ラッセルの言う通り、その気配はすくなくない。というよりか、すごい数の気配を感じる。
「連中、隠そうともしていない」
いまのラッセルの声は、緊張以上のものをはらんでいた。
「もしかして盗賊か?」
そして、その緊迫感を感じ取ったマットの声も緊張していた。
「盗賊としかいいようがないわよね? すぐにでも襲ってくるわよね」
自分の声も緊張気味かと思いきや、意外と冷静な声音だった。
「ええ。いつ襲いかかってきてもおかしくないでしょう」
「おいおいおい、冗談はやめてくれ」
ラッセルの言葉に、ティモシーは気の毒なほど怯えている。
「もしかしたら、昨夜から目をつけられていたのかもしれません」
メリッサが冷静に言った。男性のティモシーより、レディの彼女の方がよほど度胸がある。
でもまぁ彼女の声もしっかりしていたので、正直ホッとした。
「というよりか、町にいる盗賊の手先が知らせたんでしょうね」
わざわざ言うまでもない。だけど、一応推測を述べておいた。
「じょ、冗談じゃない。殺されてなるものか」
彼は、ヒステリックに叫ぶなり全速力で走りだした。
さすがはティモシー。やってくれちゃったわ。
「ティモシー、バカめ。止まれ、動くな」
ラッセルの制止も耳に入らない。一目散に逃げていく。
その瞬間、森の方から気配が迫ってきた。
盗賊にかぎらず、賊というものは逃げる者を追いかける。野生の獣と同じである。逃げるものを追わずにはいられないのである。
「くそっ! あのバカッ」
ラッセルは可愛い顔をしているのにもかかわらず、ティモシーのことを罵倒しまくっている。
「王太子妃殿下。時間稼ぎをしますので、マットとメリッサとともに逃げてください。マット、ふたりを頼むぞ」
「ダメよ、ラッセル」
ラッセルの申し出に反論しようとした。が、すぐに思い直した。
ラッセルは、それが任務。わたしが反対しようと逆らおうと、彼はぜったいに折れない。前言を覆したり撤回することはない。
そもそも、なにも出来ないわたしが彼の指示に逆らおうという方がおかしい。
「ラッセル、気をつけてね。みんなもよ」
わたしにいま出来ることは、そう声をかけることくらい。
「ユア、行こう」
マットに促され、メリッサとともに走りだした。
ティモシーは、その背中さえ見えなくなっている。




