妃教育
「そうですか。それは、いいことだと思います。殿下は、生粋の軍人です。殿下の片腕のモーガンが優秀だとはいえ、彼もどちらかといえば軍務の方が得意で政務はあまり得意ではありません。王太子妃殿下が補佐されたら、殿下も心強いに違いありません」
マットは、ふつうのレディだったら瞬時にほだされるであろう笑みを浮かべた。
当然、ふつうでないわたしにそんな笑みは役に立たないけれど。
(ずいぶんと余裕ね。はたして彼は、よそ者でレディのわたしがしゃしゃり出ても寛容な態度でいられるのかしら?)
彼に微笑み返しながら、その澄んできれいな碧眼を見つめる。
(それとも、『ロバートの補佐など出来るものか』とたかをくくっているのかしら? その能力がないと思っているのかしら?)
「そう言ってもらえてうれしいわ。あっ、そろそろ行かなくては」
用事があるわけではないけれど、初戦はこの程度で充分。
「マット、わざわざ挨拶に来てもらってうれしかったわ。また、近いうちに会いましょう」
言い終わらない内に、両手で彼の両手を包み込んで上下に激しく振った。それから、彼が口を開く前に背を向けた。
「王太子妃殿下」
が、呼び止められてしまった。
仕方なく、首をひねって顔だけ彼の方に向ける。
「その、政務とは関係なく会えないでしょうか? ああ、そうだ。いま王宮で話題の王太子妃殿下のスイーツを是非ともご馳走いただきたいのです」
なんてこと。そこから攻めてくる?
(餌付けの逆バージョンってわけね)
まぁ、彼もわたしの真意を探りたくて必死なのでしょうけど。
「社交辞令でもうれしいわ。機会があったらぜひ」
無難にそう返答し、自分では最高の笑みをひらめかせた。
(元夫は、この笑みのことを「不気味きわまりない」って言っていたっけ)
そして、颯爽とその場を去った。
「妃教育を受けていただきます。もっとも、あなたはこれで二度目ですから必要ないでしょうが」
侍女長がやって来てそう告げた。
銀縁メガネを光らせつつ。
「たしかに、わたしはこれで二度目です。しかも、一度目は物心ついたときから親元を離れて皇宮に入り、将来皇帝になる夫を支え、尽くす為だけに教育を受けました。ですが、いまはダルトリー王国です。国がかわったということは、歴史や風土や慣習がまったく異なります。ですので、ちょうど妃教育を受けなければと考えていたところです。たとえかりそめというか体裁上というか、そういう存在であってもです」
「わかっているのでしたら結構です」
侍女長は、拍子抜けしたみたい。
わたしが妃教育を嫌がるか、言い訳をして回避すると思っていたに違いない。
「それで、侍女長にしていただけるのですか?」
「本来なら専属の教育係が行います。ですが、幼少時からマナーそのものは叩きこまれているようなので、わたしが王族に関する常識や慣習を教えます」
「正直、ホッとしました。見ず知らずの教育係より、侍女長でしたら安心して習うことが出来ますので」
彼女のようなレディには、頼ったり甘えたりが有効なはず。
「お手数ですが、いろいろ教えて下さい。よろしくお願いします」
言葉とともに、ぺこりと頭を下げる。
ただし、媚びへつらうのとは違う。それから、甘えすぎたりということも逆に不快感を与える。
ほどほどに、である、
「え、ええ。と、とにかく、見せかけとはいえ王太子妃殿下。ビシバシいかせていただきます」
「覚悟しております」
というわけで、妃教育が始まった。
意外にも、彼女は教え方がうまい。それから、わたしを敵視しているわりには態度に偏見や蔑みやいい加減さはまったくない。
あっという間にクリア出来た。
侍女長は「いかにも侍女長」という厳めしい表情を崩さなかったものの、満足感と達成感を得たに違いない。




