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国が占領されていた

 立ち話もなんだからと、ロバートをわが家に招いた。もちろん、彼の愛馬のサンダーも。


 夏まきのにんじんを収穫したところだったので、それをお裾分けすることにした。


 もちろん、お裾分けしたのはサンダーにである。ロバートにではない。


「サンダー、美味しい?」

「ブルルルル」

「よかった。甘いでしょう?」

「ブルルルル」

「この子、可愛すぎるわ」


 サンダーは、プニプニする鼻でわたしの頬を撫でてくれた。

 その仕草がまた可愛すぎてキュンとくる。


 なにより、瞳が可愛い。わたしと同じ黒色の瞳なのに、わたしと違ってつぶらすぎる。


「サンダーがおれ以外の人間に甘えるなんてな。というか、きみは馬の言葉がわかるのか? というか、このにんじんはきみが作ったのか?」

「ええっ? 彼はこんなに可愛いのに、もしかして強面を気取っている馬なの? だったら、もしかしてあなたも強面を気取っているのかしら?」


 肩を並べる彼を見上げると、精悍な顔に苦笑が浮かんでいる。


「ごめんなさい。いらないことだったわね。さっきの質問の馬の言葉がわかるのか、ね。わからないけれど、なんとなく言っていることはわかるの。それから、にんじんはわたしが作ったのよ。このままかじっても結構いけるわよ」


 カゴの中からにんじんを二本取り、一本はサンダーに、一本はシャツの裾で泥を拭い取ってから彼に手渡した。さらにもう一本つかむと、それも裾で泥を拭ってひとくちかじって見せる。


「ほら、食べてみて」


 彼は、わたしに急かされおもいきったようにひとくちかじった。


「ほんとうだ。めちゃくちゃ甘い。下手に料理するより、このままかじった方が美味いんじゃないか?」

「でしょう? もしかして、野菜嫌いだったかしら? じゃがいもは大好きだけど、にんじんとか葉っぱ物はぜったいに食べないとか?」

「きみは、なんでもお見通しってわけか? ああ。だが、これはいける」


 彼は、意外とやさしいところがあるのね。


 彼は、わたしを気遣ってにんじんをかじりつつ「美味い美味い」、あっという間に一本完食してしまった。


 残念ながら、ここに厩舎はない。だから、サンダーにはわたしが建てた小屋のひとつで待ってもらうことにした。小屋といっても、作物の越冬用の簡易的なものだけど。



「ごめんなさい。お客様がいらっしゃるのがわかっていたら、全力でおもてなしの準備をしたんだけど」


 古くてガタがきているものばかりだけど、一応調度品は揃っている。


 彼を床や壁に穴が開いたり板が外れたりしている居間に招き入れ、ローズティーを淹れた。


 ローズティーのローズは、深更に皇宮内のバラ園に忍び込んでゲットしたものである。それを乾燥させたのである。


「いい香りだ」


 ボロボロの長椅子が彼の体重に耐えられるかどうか心配だったけれど、「ギギギギギ」とずい分と苦しそうな音を立てただけでなんとかもってくれた。


 彼は、欠けたカップを傾けている。


 ローズティーで体が温まったところで、ロバートから事情を教えてもらった。


 事情というよりか、世の中で起こったことを。


 つまりわが帝国の皇帝、まぁわたしの夫のアダムズ・ダックワースなわけだけど、彼がダルトリー王国との協定やその他もろもろの取り決めを破ったばかりか、彼から戦争を始めたらしい。


 ここ数年の帝国の状況はかなり悪く、というよりかはいつどうなってもおかしくないほどになっていて、各地で反乱が起こっていた。「打倒皇帝」をスローガンに、全帝国民が皇帝を血祭りに上げたがっていた。


 わたしの夫は、その意識を外へ向ける為ダルトリー王国にケンカを売ったらしい。


「あいかわらず、バカすぎの愚か者ね」


 つぶやかずにはいられない。


 帝国軍は、ダルトリー王国に越境はした。だけど、ダルトリー王国軍を連れて帰ってきた。


 一度も戦火を交えないままで。はやい話が、帝国軍は最初からダルトリー王国軍を招いていっしょに皇帝を倒すつもりだったのだ。


「それで、彼は、夫はいまどこに?」

「奥の宮殿とやらに幽閉している。しばらくは生かしておく。帝国民が味わった飢えや苦しみを、十二分に味あわせるまではな。当然、彼の大勢のレディたちも同様だ。ずいぶんとやりたい放題やっていたようだからな」

「なるほど」


 そして、最終的には断頭台の露と消えるわけね。


「じゃあ、ロバート。悪いけど、お茶を飲み終わったらわたしを連れて行って」

「いったいどこに? 夫のところへか?」


 微妙に傾いているローテーブルをはさみ、彼と見つめ合った。


 ロウソクの灯の揺らめきの中、彼の軍仕様の短髪が真っ赤に燃えている。


 これだけあざやかな赤い髪を見たのは初めてである。


 そして、その瞳は魅入られるほどのきれいなルビー色。


 彼の瞳から目をそらすことが出来ない。




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