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幸せテロ、爆破まであと。  作者: 葉方萌生
二、大事なものを守れない
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 3年生の教室の廊下は、どこかよそよそしい空気を放っていた。まだ受験シーズンではないので昼休みにガツガツ勉強をしている人が少ないのが救いだった。もっとも、璃仁の学校は偏差値でいうところ50くらいの平均的な成績の持ち主が集まる学校だったので、受験シーズンになっても今とあまり変わらないかもしれない。なんて、紫陽花とは関係のないことを考えながら、緊張する気持ちをなだめていた。何か考え事でもしていないと、どうにも自分を保てそうになかった。


 璃仁が3年1組の教室を覗いたとき、教室にいたのはクラスの3分の1ほどの生徒だった。その中に果たして紫陽花は——いなかった。

 教室や図書室にいないということは外にいるのには違いないけれど、この広い校内で紫陽花を見つけるのは至難の技だ。諦めて帰ろう、と肩を落として3年1組の前から立ち去ろうとしたときだ。


「きみ2年生だよね? 誰かに用?」


 1組の教室から、ポニーテールの先輩が声を掛けてきた。まさか声を掛けられるとは思っていなかった璃仁だったので、反射的に身体が震えた。


「えっと、用あったんですけど、いないみたいなので大丈夫です」


「そう。ちなみに誰? 良かったら後で伝えておくよ」


 正義感が強いのか単に世話焼きなのか、ポニーテールの先輩は璃仁の目をまっすぐに見つめている。璃仁はこの先輩に紫陽花のことを聞くかどうか一瞬迷った。あとで大勢の人の前で「2年生の男子が訪ねてきた」なんて言われたらどうしようと思ったからだ。しかしまあ、彼女の目を見ていると純粋に親切心で提案してくれていると感じたので、正直に伝えることにした。


「……崎川紫陽花さんなんですけれど」


「紫陽花? 今日、家庭の事情で休みなんだよね〜」


「家庭の、事情」


 紫陽花が欠席だということに驚いたが、それよりも先輩が発した「家庭の事情」という部分がなぜか頭に引っ掛かった。新学年が始まったばかりのこの時期に学校を休むということは、本当にのっぴきらない「家庭の事情」なのだろう。彼女が欠席だから、図書当番も違う人間がやっていたのだとしたら納得がいく。


「そう。私も詳しいことは知らないんだけど。だから伝言は明日以降になると思うけど大丈夫?」


「あ、はい。大丈夫です。すみません、よろしくお願いします」


「うん。あときみ、名前は?」


「田辺璃仁です。田辺、で分かると思います」


「おっけー」


 ポニーテールの先輩はひと仕事終えたと満足げな顔をして教室の中へと入っていった。この人みたいに、学年や性別関係なくさっと初対面の人に声をかけられる人間は、集団生活の中でも周りと問題なく上手くやっていけるのだろうな、と無意識のうちに思う。他人の言動を見て自分と比べてしまうのは璃仁の悪い癖だ。


 璃仁は先輩に伝言をお願いしてから、紫陽花が自分の連絡先を持っていないことを思い出す。というか、そもそも今日は連絡先を聞き出そうとしていたのだ。これではせっかく伝言をしてもらっても、結局紫陽花が自分に連絡する手段がない。今の時代、連絡先がなければ関係を進めるのに随分と苦労する。それじゃあ電話やメールがなかった時代の人たちはいったいどうしていたんだろうと想像した。


 3年生の教室の廊下をあとにして、2階の2年4組の教室へと戻る。昼休みはあと10分で終わるというところだった。教室に海藤がいないことを確認すると、ふうと息を吐く。

 紫陽花と接触するのに、また明日以降何かしら行動をしなければならない。

 想像すると緊張でまた胸がきゅっと締め付けられたけれど、どうも悪い心地はしなかった。


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