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幸せテロ、爆破まであと。  作者: 葉方萌生
一、幸せテロ
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6


「すみません」


「いや、謝らなくてもいいけどね。私は崎川紫陽花(さきかわしおか)。“あじさい”って書いて“しおか”。3年1組、血液型はO型です」


 血液型のところでくすくすと笑いながら、彼女は自分の名前を口にした。

 崎川紫陽花。しおか。「しおり」じゃなかったんだ。


「どうしたの?」


「いや、名前、綺麗だなって……」


 口にしてから、今自分がとんでもなく恥ずかしいことを言ってしまったと後悔した。同年代の女の子とまともに会話を交わしたことがない璃仁は、思ったことをどういうふうに伝えれば失敗しないのかが分からないのだ。

 けれど璃仁の心配とは裏腹に紫陽花は嬉しかったようで、「ありがとう。気に入ってるんだ」と付け加えた。


「田辺くん、なんて呼べばいい?」


「別に、普通に田辺でいいですけど」


「んーまあ初対面だし、“田辺くん”でいいか。私のことは紫陽花って呼んで」


「え、でもそれだと釣り合わないじゃないですか」


「いいじゃん、細かいこと気にしない!」


 紫陽花は俗に言われるO型の大らかな性格をそのまま体現したような口ぶりで言った。


「ていうか、座ったら?」


「そうですね。隣失礼します」


「きみ、いちいち礼儀正しいね」


「すみません、癖なんです」


「また謝った。今から謝るの禁止!」


 紫陽花は璃仁の言動がおかしいらしく、けらけらと笑い声を上げる。その度に璃仁はこっぱずかしく、下を向いた。


「これは絶対聞こうと思ってたことなんだけど、なんで私に話しかけてきたの?」


「それは……」


 SNSで1年間ストーカーをして気になっていたからです、なんて物騒な言葉が浮かんできて、慌てて脳内で振り払う。


「気持ち悪いって思われるかもしれないですけど」


 璃仁はポケットからスマホを取り出す。慣れた手つきで写真投稿アプリを開き、「SHIO」のアカウントを開くと画面を紫陽花に見せた。


「これ、先輩ですよね? 1年前にたまたま先輩の投稿を見た日に、校門の前で先輩を見かけたんです。なんか、すっごい偶然だ

と思って。その時から先輩の投稿を見てました。すみません、やっぱり気持ち悪いですよね」


紫陽花は三角座りをして膝の前で組んだ腕を眺めながら、璃仁の言葉にじっと耳を傾けているようだった。スマホの方はチラリと見ただけで自分のアカウントだと確認したんだろう。璃仁が投稿を見ていたことに関してまんざらでもないというふうに「そうだったの」と漏らした。


「ねえ、今また謝ったでしょ」


「へ?」


「ほら、気持ち悪くてすみませんって」


「ああ……」


「すみません」というのは璃仁の口癖のようなもので、昔からクラスメイトに揶揄われるたびになんだか謝らないといけないよう

な気がしてつい口から出てしまうのだ。


「しかもそんな深刻そうな顔して言わなくても。『気持ち悪いですよね〜』って笑って言えばいいんだよ」


 笑って言えばいい。

 璃仁には決して実行することのできない仕草を簡単に言ってのける紫陽花に少しばかり腹が立ったと言えばそうだ。でも、紫陽花に落ち度はない。璃仁が笑えないのはそもそも自分が笑ったことで他人から揶揄われるようになったのが原因なんだから。


「……てか、それだけですか?」


「えー?」


 何が、と問いかけるようにして紫陽花の瞳が少しだけ近づく。


「俺が先輩の投稿を見てて、それで話しかけたって知って、不思議に思ったりしないのかなって」


「うーん、不思議と言えばそうね。でもきみが勇気を出して私に話しかけてくれたことは分かったからそれでいい」


「はあ」


 紫陽花にとって、璃仁が図書室で突然話しかけてきたことがそこまで人生の中で「事件」と呼べるほどの出来事ではないのだと悟り多少なりともショックを受ける。


「あ、でも一つ聞きたいこと、あるかも」


 今度は璃仁のスマホに触れて、自分のアカウントの開かれた画面を指さした。当然璃仁と紫陽花の身体的な距離感は縮まり、璃仁は不覚にもどきりとしてしまう。


「私の投稿を見て、どう思った?」


 写真に映る彼女と同じ、透明感のある瞳が璃仁に問いかけていた。


「幸せテロだって思いました」


 璃仁は思ったことを率直に口にした。


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