◆After being born again.◆
「あや……ちゃんとやってるかな」
あやが現世へと生まれ変わり、しばらく経つ。
俺はあやに現世へ強制連行されたことを、忘れられずにいた。
流れる時間があんなに飛躍的に感じたのは初めてだった。
そして、あのときの楽しかったという余韻が、今もなお残っていることも。
「そんなにあの少女が気になるか、カイル」
ぼんやりと雲を眺めていると、後ろから荘厳な老人の声音が耳に入り込んできた。
振り返ると、この世界の支配者……現世でいう神が微笑んで立っている。
「そうですね……そうかもしれません」
視線をもとに戻して、呟くように言う。
神は、そうかとだけ言うと俺と同じように空を見上げ、目を細めた。
しばらく沈黙が続く。
「そういえば、どんなご用件ですか」
あたかも今思い出したような口で言う。
すると神は、そうかと細めていた目を見開いた。
「カイル」
「はい」
「出世したいか?それとも現世で生きたいか?」
「……はい?」
思わず聞き返す。
出世は……分かるけど、現世で生きたいか?
混乱して少々パニックになる俺を見て、神は愉快そうに肩を揺らして笑う。
「俺、現世で生き物として生きられるんですか?」
「そうだよ」
「出世も、できるんですか?」
「そうだよ。けど、君はどうするか、もうとっくに決まっておるのだろう?」
世界全てを一瞬で包み込むような、優しい瞳が俺を映す。
でもどうして突然……
頭の中をあはてなマークでいっぱいにしていると、神はそれをのぞいたように口を開いた。
「千年経つだろう?」
「千年?」
「現世の時間の流れでは、君が生まれてから今日で千年なのだよ」
驚いて、前のめりだった身体を大きくのけぞらせる。
今日で千年だったのか。
俺が、生まれ落ちてから。
「君は現世で生きるってことで、いいかい?」
「はい」
即答した。迷いはない。
生きることは、辛いこともたくさんある。
けど、あやとまた会えるのなら、それでもいいと思った。
神は、決心した俺の顔を見て、ためらいがちに口を開く。
「じゃあ、君は現世で、人間として生きることになるな」
「え?」
あやはダンゴムシになったんじゃ……
神は俺の問いを汲み取り、小さく口を開いた。
「……規則違反してたのだよ」
そのとき、千年も前にどこかで教えられ、忘れていた知識が頭の中に蘇る。
___自分を大切にすること。それが、最も重要な規則のひとつである。___
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「おーいカイルー!はやくー!おいていくよー?」
「寝坊したのはあやだろ!!」
雲の上にいたときより何回りも小さくなったあやが、手を振って俺の名前を呼ぶ。
あの後、俺は現世に人間として生まれ変わった。
今のあやと俺は幼馴染で、今日は小学校の入学式だ。
俺の隣で歩くあやは、レモンマリーゴールドの色をしたランドセルをゆらして、これから始まる新生活に目を輝かせている。
「べんきょーとか、むずかしいのかな?」
「んー……どうなんだろうな」
「でもカイルは、あたまがいいから、らくしょーだね!」
あやは、俺に目のピントを合わせてにぱっと笑う。
当たり前だけど、あやは前世のことを覚えていない。
俺の前世の記憶は神の意向でなのか、残っている。
現世に来る前の、あの出来事をあやが忘れているのは寂しい気もするけど、仕方ない。
「あや」
「ん?」
立ち止まって、いつの間にか俺を追い抜いていたあやの背中に呼びかける。
わずかに首をかしげながら振り向いたあやに口を開いた。
「今度は俺が、殺させないから」
あやは、わけわからんときょとんとした様子でこっちを見つめる。
俺は、ははっと歯を見せて再び歩き始めた。
少ししてあやは、まってよ!と走ってくる。
せっかく手に入れた命なら、殺さないでほしい。
死なないでほしい。
自分の人生なんだから、自分の好きに生きれば、自分が満足できれば、それでいい。
そんな人生とバカにするやつなんか、鼻で笑ってやればいい。
自分を大切に。
そんな当たり前が、人々の中に広がってほしい。
俺は元天使、この世の者ではなかったけれど
心からそう思っている。
「カイル!」
やっと俺に追いついたあやに名前を呼ばれる。
振り返ると、どこかで摘んできたのか、あやの手には花が一輪握られていた。
「……シロツメクサ?どうしたの、それ」
聞くとあやは、にぃーっと笑って言った。
「カイルへの、Birth die Present!!」