◆◆◆◆◆◆◆
「カイル」
「どうした?」
「帰ろ!」
「そうだな。もう、後悔はない?」
「もちろん!」
あやは相変わらずあやらしく笑って言う。
俺はうなずいてあやの手を握り、とんっと軽く地べたを蹴った。
風が俺とあやを優しく包んで、本来いるべき世界へ戻る。
気づいたら、既にそこは元の世界だった。
「カイル」
「どうした?」
目の前には俺から手を離し、俺としっかりと向き合うあやがいる。
「私、これからダンゴムシに生まれ変わるんだよね?」
「そうだな。あやが今から変更しなければ。……変えたいのか?」
「いや、そうじゃないんだけど」
妙にそわそわとして、あやの視線が俺から右側にズレる。
様子がおかしいと違和感を持ちつつも、俺がなにかやったか心当たりはなくて首をひねる。
「……ありがとう」
少し間があってから言われた。
「え……」
お礼を言われるとは予想外で、思わず声がもれる。
「俺、なんかしたっけ?」
「だってさ、現世に行ったときだってカイル、めんどくせー帰らせろとか思ってたじゃん」
不思議に思うと、あやはおかしそうに答えた。
「あ、いや、それは……」
まさかバレていたとは……
気まずくて視線をそらす。
けど、あやは気にする様子もなく、
「なのに、しぶしぶでも私についてきてくれて、素敵なプレゼントももらっちゃった。
だから、ありがとう」
と、少しだけ頰を赤く染めてはにかんだ。
こんな仕事をずっとやっているからだろうか。面と向かってお礼を言われるとなんだかこそばゆい。
でも決してそこに悪い思いはなく、むしろ心のなかは、春先のたんぽぽを思わせるような温かいもので満たされていた。
どう反応していいのか分からず、あやと同じ色になっているであろう顔を向け笑顔をこぼす。
「じゃあ私、もう行くね。どこ行けばいいかな?」
「えっと、そこのゲートを通り抜ければもう生まれ変わってるはず」
「……じゃあね、カイル」
「ああ、元気でな」
小さく手を振るあやに、俺もためらいながら手を振り返す。
あやがゲートの奥に消えていって、俺はゆっくりと腕を下ろした。
……また、会えるだろうか。
何億何兆をゆうに超える数の生き物の魂が行き交うこの世で、同じやつと再び出会えることは少ない。
何百年も仕事をしてきた俺でさえも、また同じやつの担当になるということは経験がない。
だからきっと、あやとまた会うこともないだろうと思う。
だからか、もう少しここに居てほしかったな、とわがままを思った。
その後過ごした長めの休暇は、よく眠れなかった。
天使である俺でも喪失感は感じるものなんだと、どこか冷静な自分もいた。