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先ほどの和やか雰囲気とは一転、賑やかな街の一片に怖いくらいに静かな空気が流れる。
外に連れ出され、あやとふたり、夜の街を歩いている。
明るく光るネオンサインがやけに眩しくて目を細めた。
あやに行きたいところがあると言われて着いてきたけど……
「なんでこんなとこ来たんだよ」
気になってそう聞いても
「んーまぁ、色々ね」
と、言葉を濁し答えてはくれない。
俺は問うことを諦めて、黙ってあやに着いていく。
にしてもあや、静かだな。
いつも騒がしいやつが黙ると怖いって聞いたことあるけど……変な圧は感じる気がする。
そんなことをぼーっと考えていると、少し低い位置にあるあやの肩が俺にぶつかった。
あやは、俺があたったことなどお構いなしにある暗い路地裏を鋭くみつめる。
「ごめんカイル。この先はついてこないでほしい」
針のような鋭い視線を暗い夜道に注がせたまま、あやが言う。
「えっ、いいけど……」
俺が言い終わらないうちに、あやが暗い路地裏に入っていった。
向かいの店の、性を思わせる大きな看板が目の端に侵入する。
なんだか胸がざわざわと暴れて、脳が足を動かせと命令した。
俺は罪悪感を抱きながらも、嫌な妄想が勝ってあやの一方的な言いつけを破り、めまいがするような暗い路地へと足を進める。
あやを追ってついた先は、路地裏の突き当たりだった。
生前によく来ていたのか、慣れた様子で薄汚れた木箱に腰かけるあやがいた。
あやに俺がついてきていることを悟られよう、気配を消して姿勢を低くする。
息を殺して……ってこういうことかと、そもそも息をしてもいないのに感心していたころ、
ガサガサと影となって見えなかったところから人影が現れた。
人がいるとは思っていなくて、ビクッと体を震わせる。
視界の端であやも全く同じような反応を見せた。
ただ一つ違ったのが、
「……ましろ?」
「え、あや、なんで……」
あやにはその人影と面識があったことだった。
あやがあげた視線の先には、ましろと呼ばれた1人の少女が立っていた。
日本人にしては真っ白な肌色をしているけれど、目の周りだけ赤く染まり心なしかぼったりとした印象を受ける。
……泣いて、いたのか。
もう少しよく見たくて体勢を変えると、その少女がこちらに視線を向けた。
……物音はしなかったはずだから、俺の存在がわかることは普通ない。
となると、霊感の持ち主なのか。
それもかなり強めの。
だからきっとあやのことも見えている。
その証拠にましろの目線は既に俺への興味を失い、あやのことをじっと見つめている。
そのことをやっと理解したころ、おそるおそるといった様子でましろが口を開いた。
「ねぇ、あや、なんで……死んだの?」
「なんで、って……交通事故だって聞かなかった?」
「そうじゃなくて……!!」
「あや、あいつらなんかのこと、庇って……!」
思わず喉がひゅぅとなるのを一生懸命に抑える。
あや、普通の交通事故じゃなかったのか……。
それは、つまり……
なぜか分からないけど、胸の奥がざわざわする。
そんな俺の存在をよそに会話は続いた。
「いじめられてたんだよね、あや」
「バレちゃってたか」
「それで、嫌になって、死んだの……?」
「違うよ。なんとなく?」
「はぐらかさないでよ……っ」
やけに落ち着いているあやと、テンパっている様子のましろ。
2人を交互に見つめこの状況の行く先を見守る。
ぴんと張りつめた空気を感じて崩れた体勢を直す。
「……じゃあ、これで」
座っていた木箱から腰を離し、その場を去ろうとするあやが物陰に隠れる俺の方にやってくる。
やばい、俺がいることがバレる……!
そう思って体勢を今まで以上に低くするも、あやの足音が横を通り過ぎることはなかった。
不思議に思って、おそるおそるあやとましろの方を見てみると、ましろが手を引き、あやが去っていくのを止めていた。
ましろの顔が、見たくもないくらいにゆがんでいる。
あやの顔は、影になってよく見えない。
「あや、私はあやに……生きていてほしかったよ……っ」
目に涙をにじませてましろが言う。
けれど、あやはうつむいて何も言わない。
「……私は」
どのくらい時間が経ったのか。
そう思うくらいに長く間があいてからあやが顔をあげた。
やっと覗かせたあやの顔は、なにかを思い詰めているように眉間にしわを掘っていた。
「私は……生きても死んでも、どっちでもよかった」
ましろがゆっくりとあやから手を離す。
その顔は、深く傷ついたような、失望したような、痛々しいものだった。
「……それは、私のせい、だったりする?私が、いじめられた、から?
あやが、それを庇ってくれた、から……」
「そうじゃない」
間髪入れずに発せられた声は、思ったよりも鋭い。
「私は、ましろと会えてよかったと思ってる。ましろのこと庇えて、よかったと思ってる」
「あや……」
「私の人生は、ましろと一緒にいれて、間違いなくいいものになったよ。
……私のせい、だなんて思わないでよ」
しばらくして、ひっくひっくとましろの嗚咽が聞こえてきた。
あやは、この世のものでないゆえに、しろには触れられないことも忘れて、少し丸まった背中を撫でつけている。
「……あやと会えて、よかった」
「うん」
「お葬式、行かなくてごめんね」
「……うん」
「でもやっぱり、生きていてほしかったなぁ……っ」
「……うんっ」
いつのまにか、あやの頬にも涙が伝っていた。
ましろもあやも、泣いているのに笑っていた。
俺はそっとその場をあとにした。