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「そーいやさ」
「ん?」
「担当さんの名前ってなに?」
「あー……」
あやの家に戻ってきて、1番初めに鼓膜を震わせたのは、あやの声だった。
相変わらず、家に人は誰もいない。
「一応カイルって呼ばれてる」
「おお、なんかファンタジーっぽい名前してる」
「マジ?」
そう言われると思わなくて目を丸くするとあやは、ははっと笑って歯を見せる。
「んじゃ、カイル。カイルが住んでる世界のこと教えてよ」
「は」
「えーっと、天国は……私がさっきいたとこだよね。じゃあ地獄とかあるの?カイルの仕事ってどんな感じ?」
困惑する俺を置いてけぼりにして、あやは話を進めていく。
話の流れに振り落とされないように、俺は必死に言葉を紡いだ。
「まず、地獄はない。完全に人間の妄想」
「え、そうなんだ」
「あ、でも現世で規則を破ったやつに対しては、生まれ変われる生き物が限られたりとかはある」
クッションをにぎりしめ、目をキラキラさせて話に聞き入るあやは、へぇーと感心したようにうなずく。
「規則違反って……ニュースとかでよく見る、殺人だとか?」
「人間が人間を殺すことは現世ではよくないことになってるけど、俺らの世界はそうでもない。
そもそも生きていくためには他の生き物のことを殺さなきゃいけないから、そのこと自体はあんま重要視されないな」
そう解説すると、あやは納得したようにうなずいて、
「カイルの世界では、命の重さは全部一緒なんだね」
と言った。
顔は少し長い髪が影になっていて、よく見えない。
「じゃあその、規則ってどういうもの?」
「え、あーっと、どういうのだったかな」
顔をあげて表情が鮮明になったあやに問われ、必死に記憶の糸をたぐりよせる。
やばい。俺、書類仕事ばっかりだったから、記憶が曖昧すぎる。
教えられたはずなんだけどな……
記憶をなんとか引っ張り出して、曖昧な記憶を語っていく。
「例えば……多くの生き物から憎まれることとか?あと1つあったと思うんだけど……忘れた」
「へぇー」
あやは感心するように頭を上下させる。
そんなあやに、意外と違反をしているようなやつは少ないことを説明した。
なーんだ、と安堵するあやを見て、俺も違う色の息をつく。
……少ないけど
あやの年齢層の人間って、もう一つ……俺が忘れた規則の違反者、増えてきてるんだよな。
確か。
「あ、そういえば、私が死んだ日、誕生日だったって言ったじゃん?」
「あー……言ってたかもな」
「カイルにも誕生日ってあるの?」
「んー……」
意外な質問があやから出てきて、言葉が詰まる。
一応、生まれた日がないわけじゃない。
だけど……
「そもそもこっちの世界で、年っていう概念を聞いたことがない」
「じゃあ誕生日もないんだ」
「まぁ、そうなるのかも」
そう言うと、あやは残念そうに眉の端を下げる。
「……そんなに俺の誕生日がないことが悲しい?」
不思議っていうか、変に思って聞いてみる。
あやは今度は口の両端を持ち上げて、口を開いた。
「カイルに、Birth die present、あげたいなって思って」
日本で育ったわりにはやけに発音のいい英語で言われる。
少しウザいな、と失礼なことを思うのと同時に、疑問も生まれた。
「Birth die present……誕生死プレゼント?矛盾してるじゃん」
「わざとだからいーの!」
「どんなプレゼントだよそれ」
眉をひそめて聞く。
するとあやはにひひと笑って
「生まれたときと、死んだときにもらえるプレゼント!」
と答えた。
なるほど……といつになくあやのアイデアに関心する。
生まれたときはともかく、ほとんどの生き物は死んだやつとは会えないから、現実味はないけど。
「……だから私、何かプレゼント欲しい!」
「そっちが本音か」
少しばかりのため息がもれる。
数秒前、あやに関心した自分をはたいてやりたい気持ちになった。
「ていうか俺、現世で生まれても死んでもないから、そのプレゼントねえじゃん」
「あ、バレた?w」
やっぱり、あやはあやだ。