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長旅おつかれさん、明日からがんばろうな

 長い旅を終えて王都への帰還を果たしたイストバーン様。さすがに王都では第一王子の顔は知られているらしく、市民の出迎えを受ける際は本来の立ち位置で皆に手を振っていた。


 王宮に到着したところでイストバーン様ご一行は解散になった。同行した騎士や従者達の間では戻れた嬉しさとこれで終わりかって寂しさが入り乱れていた。途中参加のあたしですらちょっと名残惜しいって思ってるぐらいだしな。


 イストバーン様は国王に報告があるだとかで、あたしとマティルデはヨーゼフ様に滞在先を案内された。見た目は小規模のお屋敷で、年季はあるけど手入れは行き届いているみたいだな。


「ヨーゼフ様、ここは?」

「王宮には少数だけど女性の文官が勤めてるんだ。彼女達の為の宿舎、って言えば良いのかな?」


 ヨーゼフ様が言うにはお取り潰しになった男爵家のお屋敷を改造したんだそうだ。なので手洗いとか食堂は共用。掃除炊事洗濯をやってもらう使用人を雇うために家賃から差っ引かれるんだってさ。


 そんなことよりもっと驚くべきことを耳にしたよな。この国では女性が文官として働けるのかよ。神聖帝国じゃあ女と男の役割分担が厳格だったから、常識的にありえなかったんだけどな。


「優秀な人材なら身分や男女を問うべきじゃない、って数代前の国王陛下のご命令があってね。ただし、年間で一人か二人しか採用されないとっても狭き門だけど」

「そんな……何の試験も受けてないわたし達が勧誘されちゃっていいんですか?」

「殿下が私的に雇ってるだけだからね。だから扱いとしては文官じゃないから」

「あ……うん。まあ、そうですよね」


 男性禁制らしいのでヨーゼフ様は敷地内に入れない。彼はマティルデに跪いて自分が世話をすると買って出たものの、マティルデはやんわりと断りを入れた。名残惜しそうに見送る彼に向けてマティルデは一度だけ笑顔で手を振っただけだった。


「何かヨーゼフ様、マティルデに夢中だな。前回の皇太子達を思い出すんだけど」

「しばらくは男の人にも神様にも世話になりたくありませんよ」

「その割にはヨーゼフ様を突き放さないんだな。ズルい奴」

「好意を冷たくあしらう悪女に成り下がりたくないだけですー」


 屋敷の管理人に挨拶して自分の部屋に案内され、とりあえず背負った荷物を下ろして寝具に自分の身体を放り出した。はー疲れた休憩休憩。でも今日はこれで終わりじゃなくて、最低限の生活雑貨を取り揃えないと。


 荷物をほどいて何が必要かを再確認、あたしは部屋を出て……マティルデも同じ考えだったらしく、廊下でばったりと出くわした。素通りしようと思っていたらなんとマティルデに一緒に行かないかと誘われたんだが。


「それで、何を買うつもりなんですか?」

「ここ風呂付きらしいから入浴用具一式は欲しいな。あと洗面用具と着替えだな。洗濯しても雨の日は全然乾かないから多めに欲しいな」

「公爵令嬢時代みたいに使い捨てですか?」

「んなわけねえだろ。一週間同じのなんてザラだぜ。まあ、下着は気持ち悪いんで毎日変えてるけど」


 昼前に王都に到着したのもあって、街に出かけた時には商店街とか繁華街には多くの市民が押しかけてて活気に満ち溢れてた。人混みうぜえ、と思うと同時に、賑わってるなー。とその雰囲気が楽しかった。


「言ってみただけです。大体なんですかその短すぎる髪! 男の子みたいですよ」

「長いと洗うのも手入れするのも面倒なんだよ。それよりマティルデの方こそ聖女時代と比べてもあまりみすぼらしくなってねえな。美容には気を使ってます、てか?」

「言っときますけど、前回も今回もわたしは見た目には特に何もしてませんからね。あ、この髪だけは自慢なので丹念に手入れしてますけど」

「うわ、出たよ。その発言は全世界の半分、具体的には女性全員を敵に回すわー」


 二人して入った服屋で物色。アレが可愛いコレがお洒落、なんて意見の交換は全くされず、とにかく自分が気に入った服と下着を購入して終了。面倒なので機能性重視にしたらマティルデにもう少し見た目に気を使ったら、とか心配されたぜ畜生。


 生活雑貨はマティルデと雑談しながら買い漁った。体拭きを二枚買ったらマティルデに週風呂何回入るつもりだ、とからかわれた。毎日入るつもりだ文句あるか、前回牢獄で散々な目にあった反動だ。そう皮肉たっぷりに答えたら涙流して謝られた。

 ……やめてくれ。あたしの方が悪かったって気分になってきちまう。


 一旦荷物を置きに宿舎に戻って、再び繁華街に出発。歩いてそう遠くない立地だから、食事を外食に頼るってのも有りかもしれねえな。朝はともかく夜なんか一人で黙々と食ってもつまらねえし。


「そろそろ腹減ってきたな。メシ食おうぜ」

「賛成です。動き回ってお腹ぺこぺこですよ」


 ちょっと遅い昼食は適当な露店で済ませた。マティルデが前回の皇太子達から受けた待遇が実は鬱陶しかった、との爆弾発言に始まり、愚痴大会になっちまった。盛り上がりつつ、巧みな話術がみんなにうけたんだろうなー、なんて漠然と思った。


「これで一通りは揃ったな。次どうする?」

「趣味を充実させたいですね。労働は日々の糧があってこそです」

「あー、手芸が趣味だったっけか。旅の途中でも手を動かしてたもんな」

「出来が良かったら売れますからね。趣味と小遣い稼ぎを兼ねてます」

「何だよ金目当てかよ」

「自分や子供向けの服ぐらい自分で作れますー」


 次にマティルデの趣味で手芸用品店に足を運んだ。裁縫道具は持ってきているので消耗品の糸とか布とかを主に買っていた。上質な分高いとぼやいていたがね。ついでだからと初級者用道具一式を買わされた。それでぬいぐるみでも作ればってさ。


 最後にあたしの趣味で書店に足を向けた。さすがに王都だけあって品揃えが良くて、目当ての作者の本が買えた。印刷技術が発達して無くて本は贅沢品。そのおかげで小遣い用の貯金がすっからかんになっちまったけどな。


「絵本、ですか?」

「そうなんだ。この作品群ずっと集めてるんだよな」

「お転婆お姫様の武勇伝、ですか。知ってますよコレ。私腹を肥やす悪徳商人、醜悪な魔物、国を脅かす邪竜とかの脅威を成敗するんでしたっけ」

「そうそう! 武芸が達者で弱い奴の味方でさ。頼もしい後ろ姿の挿絵が格好いいんだ。あたしもこんな風になれればなぁ、とか思ったりしてさ」


 幼少期にそんな絵本と出会ったせいで悪影響を受けたあたしはこんな風に汚らしい言葉と粗暴な態度になったんだよな。上辺だけじゃなくてその生き様ってのに感銘を受けてさ。お姫様みたいになった自分ってのも何度も想像したもんだ。


 そんな夢を捨てちまったのはいつだったかなぁ。洗礼の儀を受けてからか? 公爵令嬢、ひいては皇太子の婚約者としての自覚が芽生えてからか? いつの間にかあたしは好きだった絵本を捨てていて、成敗されるべき最低の屑に成り下がった。


「なもので、この新作は前回買ってないやつ。読むの楽しみだったんだ」

「うーん、まさかお転婆お姫様のままでいるつもりですか?」

「さあな。少なくともこのお姫様と同い年ぐらいまでは、とか思ってるけど」

「丁度前回ギゼラ様が断罪されたぐらいですねえ」

「はっ。皮肉かよ」


 収穫を抱えてほくほくなあたし達は宿舎に戻ることにした。日が傾き始めていて、丁度就労時間も終わる時刻に差し掛かっているらしく、繁華街を行き交う人々に成人男性が増えてきてる。


「そういやさ、夕食は早速宿舎メシ食うのか?」

「いえ。ヨーゼフ様に誘われたので明日からですね。大衆食堂だそうですのでドレス要らずですし」

「何だよ。世話になりたくねえとかどの口で言ってたんだよ」

「友達だったらいいんですー。そう言うギゼラさんはぼっち飯ですか?」

「あー。イストバーン様に一緒にどうだって言われてたっけか。ただメシたかるのはいい気分だわな」

「この国の第一王子たらし込むなんて、人のこと言えるんですか?」


 猫のじゃれ合いみたいな罵り合いをマティルデとしながら自分の部屋に戻って、備え付けだった化粧鏡で自分の身だしなみを確認する。何となく気になった服の皺を伸ばして、髪に櫛を入れて整えた。……別に見た目はどうでもいいのにな。


 準備が終わって出発すると、宿舎の前ではイストバーン様とヨーゼフ様が待ち構えていた。あたしが来たらイストバーン様が元気よくこっちに手を振って、ヨーゼフ様があからさまにがっかりしてきたんだが。


「悪い。待ったか?」

「いや、ちょうど今来たところだ。さ、行こうか」

「肩凝るような貴族御用達の店はヤダぞ」

「そう思ったから酒場を予約してな。いやー、旅の最終日ぐらい豪遊しようって」

「豪遊ー? 王宮の食事は不満だってか?」

「行儀も作法も考えなくていいから気が楽なんだよ。食事だけ楽しめるからな」


 そんな感じで連れてこられたのは王都でも人気の酒場らしい。食事も旨いと評判みたいで、家族連れも結構見かけた。店内はとても賑わっていて多くの声が飛び交っていてこっちまで楽しくなってくる。


「んじゃ、旅の達成に乾杯で」

「酒じゃねえけど乾杯だ」


 イストバーン様とは楽しく飲食した。主な話題はこれまでの旅を振り返ってどんな出会いがあって何を体験したか、の振り返りだった。楽しかった一時は終りを迎え、明日からはいつもの日常が戻ってくる、ってわけだ。


「明日から仕事やだー働きたくないー」

「我儘言うなって。イストバーン様がいねえと回らねえ仕事もあるんだろ?」

「だるいー。もう何もかもうっちゃらかしてー」

「少しでも楽する為にあたし達呼んだんだろ? それに次の休みのための我慢って思えばなんとか乗り切れるって」


 こんな感じで最後はイストバーン様の愚痴に付き合ってお開きになった。酒も入ってないのでまだ夜もふけたばかり。あたしは彼に送られて宿舎まで戻ってきた。それまでにはさっきまで弱音吐いてた情けない男の姿はどこにもなかった。


「ギゼラ。明日からよろしくな。頼りにする」

「ああ、こちらこそよろしく」


 立ち去っていくイストバーン様の背中を見つめながら、あたしは意気込む。

 さあて、明日から頑張りますか、と。

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