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とりあえず元聖女を王子様に紹介しとく


「ギゼラ、そちらの女性は?」

「故郷の知り合いだ。偶然再会した」

「マティルデといいます。よろしくお願いします」


 用事を終えて戻ってきたイストバーン様にマティルデを紹介する。前回の聖女みたく猫かぶるかと思いきや、彼女は明るい声で元気よく頭を下げた。

 自分の認識とのズレがどうも気持ち悪い。彼女もあたしにそう思ってるのかな。


「優秀なのはあたしが保証するからマティルデも同行してもいいよな?」

「……。分かった。ギゼラがそう言うなら」

「さっすが旦那様、話が分かるぅ!」

「いや、褒めたって何も出てこないからな?」


 イストバーン様をどう説得するか悩んでたけど拍子抜けするぐらいあっさりと認めてきたな。ただ快諾する前にマティルデの顔を覗き込んでたから、問題ないと判断するに至った何かがあったんだろうな。


 次は各商工ギルドを訪ねるそうなので同行した。ただマティルデはイストバーン様に何か思うところがあったらしく、あたしの袖を引っ張って彼と数歩程度距離を離させた上で、声を潜めて喋りだした。


「ギゼラ様。イストバーン様なんですけど……」

「呼び捨てでいいって。互いに前回とは立場が違うんだ。対等でいこうぜ」

「じゃあ遠慮なく。ギゼラさんはあの方がどなたかご存知なんですか?」

「パンノニア王国第一王子殿下、ただし王太子じゃない。知ってんのはこれぐらいだぞ。あたしだってあの方と知り合ってまだひと月経ってないんだ」

「……この時はまだご存命だったんですね」


 は? ちょっと待て。

 皇太子妃教育の知識が残ってるあたしが知らないのにどうしてマティルデが彼のことを知ってるんだ?


「ラースロー様がべらべら喋ってましたよ。この国の王太子と親しかったみたいですから」

「……あんにゃろ、一度ぶっ飛ばさねえといけねえみたいだな」

「何でも数年前に突然体調を崩して身罷ったんだとか」


 聖女の奴が皇太子と関係を深めた時期から数年前ってなると……丁度今ぐらいになるな。今のイストバーン様は至って健康そうで、病気になる兆候なんて微塵も無いけどな。

 この先そうなるのか、あるいはそうさせられたか……。


 で、知名度が無いのはどうもこの国の王太子とやらとイストバーン様の仲が宜しくない……と言うか王太子が一方的に敵視してて、情報統制してるかららしい。イストバーン様は別に評価とか気にしないんだろうけど、あたしがムカつく。


「まあいいさ。前回何が起こってようが構うもんか。あたしの目の黒いうちはイストバーン様を害させねえ」

「そうは言いますけど前回みたく公爵家とか皇太子の婚約者って立場は使えませんからね。ギゼラさん一人でどう彼を守るつもりなんですか?」

「なめるなよ。今のあたしにはコレがある」

「ソレ、もしかして――」


 あたしが懐から出したガラス瓶入りの水を見てマティルデが目の色を変えた。

 ご明察。これはエリクサーさ。


 ポーションとは要するに水薬なんだが、聖女のみが生成出来るとされるポーションの最上位版がエリクサーと呼ばれる。飲んだ者はどんな怪我や病気だろうとたちどころに回復する、とか伝えられる伝説上の薬だとか何とか。


 神の奇跡を象徴する逸品は当然だが教会が厳重に管理してやがる。庶民が逆立ちしたって手に入れられない高額で取引されるのもザラだ。貴族にしたって貴金属を幾つも売っぱらってようやく手が届く代物って扱いだ。


「公爵家から持ち出したんですか?」

「空の瓶だけ旅の業者から買ったんだよ。中身はただの水だ」

「空になった瓶は悪用されないよう速やかに教会に返却する決まりですけど……やっぱり横流し品もあるんですね」

「ま、入れ物はオマケさ。勿論外見だけで詐欺るつもりもねえぜ」


 エリクサーの作り方は簡単で、聖女が水を浄化するだけ。けどその簡単な作業が非常に重要で、どれだけ水を浄化出来るかでエリクサーの効果が左右される。聖女見習い程度なら擦り傷の治りが早くなる程度だったかな。


 ちなみに前回のあたしはそんな雑務嫌ってたせいでエリクサーを生成してもあまり効果が無くて、マティルデのはどんな病でもたちどころに快調させる神の奇跡に仕上がってたか。


「あたしはさ、結構負けず嫌いなんだ」

「知ってますよ。今更ですか?」

「いやそこは口挟むなよ。前回聖女としてマティルデに負けたのが悔しくてたまらなかったからさ、密かに修行してるんだよ。それでコレだ」

「まさか、たった一つの瓶を浄化し続けてるんですか……!?」


 ご明察だな。さすがはマティルデ。

 驚愕で目を見開く彼女にあたしはにんやりと笑ってやった。


「教会はさ、儲けたいからエリクサーを大量生産させるじゃん。聖女一人当たり何本、みたいに。たった一本に従事させてなかっただろ」

「それは効率の問題です。泥水を濾過し続けても意味無いのと同じで、浄化だって一定の水準があります」

「その水準は聖女の力量で決まります、だろ? 浄化の速度が鈍くなるだけで効果がねえわけじゃねえ。だからその力量を膨大な時間で埋めてやったってわけだ」

「それはそうですけど……一介の聖女の費やしていい量の時間じゃないですよ」


 教会で修行に明け暮れる聖女見習いだとか教会に所属する聖女にはまず無理だな。あたしみたいに聖女の適性がありつつ洗礼の儀を受けてないモグリでもないとな。まあ、それにしたってマティルデ一日分の浄化にも敵わねえけど。


「ま、エリクサーの生成はついでだ。毎日浄化の特訓をしたかっただけだし」

「……聖女の仕事が浄化だけじゃないのはギゼラさんも知ってますよね?」

「他の雑務なんざ知るもんか。あたしは超えたいと思った分野でマティルデを超えられりゃあそれでいい」


 見せびらかしてた練習用エリクサーを懐にしまい直して、ふと気になった。


「そう言えばマティルデの方はどうなんだよ? 聖女とかうんざり、とか言ってやがったけど、まさか修行をサボってたりしねえよな?」

「そのまさかですけど文句ありますか? 人々の救済なんてガラじゃないですって」

「教会の連中が聞いたら白目剥いてぶっ倒れそうだな……」


 マティルデ曰く、前回を思い出した彼女は真っ先に乗合馬車の裏に潜んで国外脱出したらしい。その後、神聖帝国から遠くにあるここの教会の世話になってたんだとか。聖女として授かった奇跡はこの三年間全く行使してないらしい。


「でも毎日神様には祈りとか日頃の感謝を捧げてますよ。だって、こうして同じ人生をやり直してるのは神様のおかげですもの」

「……マティルデも聞いたのか? 神の声を」

「……その言いっぷり、やっぱりギゼラさんもでしたか」

「マジかよ……。神は前回のマティルデにも不満だったーとかふざけてるな」


 最低の屑だったあたしを破滅させてまんまと聖女と皇太子妃の座に収まった、所謂成功者のマティルデが一体いつ神にやり直しを命じられたのかはこの際どうでもいい。肝心なのは前回が神からも失敗だと断じられた点だろうな。


「鍵は何だ? あたし達が単に好き勝手すりゃいいのか?」

「それ、わたしを試すつもりで問いかけてますか?」

「前回救えなかった者を救え、それはイストバーン様である、てか? そう断じるには早すぎるし手がかりが少なすぎるだろ」

「わたし達の再会とあの方との邂逅は偶然じゃないって思うんですけど……」


 神の導きでイストバーン様と共に歩む道を選んでマティルデと手を組んだ、とかクソ食らえなんだが。あたしはあたしでマティルデはマティルデ。それはさっき確認し合ったばっかじゃねえか。


「ま、神の意志なんざ知るもんか。あたしは好きなようにやらせてもらうだけだ」

「奇遇ですね。それはわたしもです」


 そろそろイストバーン様が向かっていたギルドの建物が目の前に迫ってきたので、あたし達は雑談を切り上げて彼に付き従った。仲が良いんだな、と言われてあたしは苦笑いを浮かべるしかなかった。


 ■■■


 各ギルドを訪ねた後、あたし達は領主代行と会談していた影武者一行と合流、共に酒場に向かうことになった。そこでマティルデを影武者一行に紹介しようとしたんだが……影武者の様子がおかしい。


「王子殿下におかれましてはご機嫌うるわしゅう。わたし、こちらのギゼラさんの友人でマティルデと申します。これより皆様と同行させていただくこと、とても光栄に思います」

「……」

「? あの、王子殿下?」

「……美しい」

「!?」


 そしてこの影武者、とんでもないことを口走ってきましたよ。


「ここまで綺麗な女性はお目にかかったことがない。そうか、皆が言う恋に落ちるとはこのことだったのか」

「おいヨーゼフ! お前ちょっと待てって……!」


 彼はまるで神より天啓を授かったかのように天を仰ぎながら感涙して、マティルデの手を取るとその場で跪いた。突然のご乱心にイストバーン様や護衛の騎士達が影武者の口を塞ぎつつ取り押さえる。


「あの、ギゼラさん。こちらの方は……?」

「この旅でイストバーン様の影武者を務めてる、この国の宰相子息ヨーゼフ様なんだけど……そんなやんごとなき方を一発で惚れされるとか、やっぱあばずれ聖女から変わってねえじゃねえか……!」

「知りませんよそんなこと……! 名誉毀損で訴えますっ」


 前途多難だなこりゃ。

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