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王子様に町を案内してやるか

 次の日、宿屋の女将とか同僚にはイストバーン様に招待されたことを明かした。三年の月日はやっぱ長くて、誰もが名残惜しんでくれた。あたしもやっぱ留まろうかってかなりためらっちまったんだが、決意の方が勝った。


 あたしの最初の仕事はイストバーン様に田舎村を案内することだった。影武者は護衛の騎士達や村長さん達をぞろぞろ引き連れての別行動。つまりあたし達はお供を連れずに二人きりで見て回ったわけだ。


「一応街道沿いにあるからそれなりに栄えてるんだがね。特産品も無いし、ありきたりなつまらねえところだろ」

「そうでもないさ。そのありきたりでくくれる地方の町村も地域柄がそれぞれで違うし。地形や気候ごとにその政策も変えていかなきゃな」

「ふーん。そんな細かいところなんざ地方に封ぜられてる貴族に任せりゃいいじゃん。まさか国全体を王族直轄領にでもする気か?」

「そこまではしないって。だが貴族に好き勝手させない程度に把握しとかないと、じゃないか」


 ちなみにあたしは身分を弁えてイストバーン様に接したんだけれど、逆に止めてくれと言われた。そんな畏まりとか要らないから率直な意見をぶつけて欲しい、が彼の願いだったので、遠慮なくタメ口を叩いてる。


「この村はどうなんだ? 圧政で苦しんでないか?」

「いや。取られる税金もそこまで負担じゃないし、天災とかがあったらきちんと対応してくれるしな。結構いい領主なんじゃないか?」

「そうか……。率直な意見は助かる」

「ただなぁ、その息子さんはあんまいい噂聞かないんだけどどうなんだ?」


 どんな人々が街道を往来してるか、農作物の出来はどうか、何か困っていないか。村人一人一人にイストバーン様は聞き回った。その気さくな様子が村人に受けたらしくて誰もが包み隠さず答えてきた。


「イストバーン様さあ、人たらしとか言われね?」

「せめて聞き上手って言ってくれない?」

「まさか行く先々でこうして町人から色々聞いてるのか?」

「見て聞いて体験してみないと実情は分からないだろ。書類上の数値とか文字列なんかよりよっぽど把握できる」


 珍しい、とあたしは思った。

 田舎の領主とかだと民百姓を大事にする傾向も少なくないけれど、王族ほどの上となるとそんな足元まで気にかけてる余裕は無い。国全体を見なきゃいけない中でいちいち一地方に注力しきれないし、その程度は領主や役人に任せないとな。


「第一王子でいられる間に王国の正しい全体像を頭に叩き込みたい、ってか?」

「おー、正にそんな理由だよ。上手く言語化するのが難しかったんだが代弁してくれたな。やっぱギゼラは賢いなぁ」

「大げさだな。褒めたって何も出てきやしねえぞ」

「正直な感想を言ったまでだって」


 そんな他愛無い雑談をしながらあたし達は町を見て回った。一周するだけなら半日もいらねえんだけど、調査ってことで道草食いまくったから、お日様がてっぺんに昇る頃はようやく半周終わったって程度だった。


「飯にするかぁ。イストバーン様は一旦宿戻るのか?」

「ん? ギゼラは戻らないのか?」

「面倒だから弁当持参してきた。あたしは近くの木陰でコレ食べてるから、昼休憩から戻ってきたら再開ってことで」

「それはまた奇遇だな。俺も昼食は持ってきてるんだ」


 あたしの昼飯はパンと水筒に入れた塩スープ、それから干し肉少々。イストバーン様のは意外にもあたしのとそう変わらない携帯食ばっかだった。訳を聞いたら彼も効率性重視で作ってもらったんだそうだ。


 神に祈りと感謝を捧げてさあ食べよう、としたら何だかイストバーン様がこっち……と言うよりあたしの飯をじいっと眺めていた。弁当を手元から離すと彼の視線もつられて動いたから面白い。


「それ、ギゼラが作ったのか?」

「作れるけれどうちの宿は役割分担がきちんと出来てるんでね。これも今朝客に出した朝食の余り物さ」

「……固そうなパンだな。棍棒みたいだ」

「バーカ。そのまま食べるんじゃないよ。こうやって浸して口に運ぶのさ」

「マジか。俺にもちょっとくれよ」

「えー? 代わりにイストバーン様の弁当もちょっと分けてくれよ」


 何か王子様が口を開けてそこを指し示してきましたよ。

 呆れながらもあたしはパンをスープに浸してからイストバーン様の口に突っ込んでやった。彼は器用にパンを噛みちぎって咀嚼。一気に飲み込む。それから感嘆の吐息を漏らした。いちいち仕草に色気があるのがムカつく。


「うまい。そうか、汁物で固いパンを柔らかくするのか」

「王宮育ちの王子様は柔らかいパンしか口にしたことがない、ってか?」

「バカにするな。国中旅して回ってる間に固いパンだって食べたことぐらいあるわ」

「んじゃあ顎が頑丈だからバカ正直にパン単独で食べてたってわけか」


 あたしが笑っていると、イストバーン様が何かをこちらに突き出してきた。よく伺うと干し肉に野菜をくるんでるな。あたしがパンの代わりに要求したものだってわかったのはちょっと考えた後だった。


「ん、ありがと」

「いやちょっと受け取ろうとするなよ。そのまま食べりゃいいじゃんか」

「はあ? いや、まあ、そうだけどさ」

「俺もやったんだからギゼラも。ほら、あーん」

「……あーん」


 あたしは垂れ下がる髪をかきあげて、イストバーン様の手から直接干し肉サンドを口に入れた。気をつけたつもりだったけれど唇の先が彼の指先に触れてしまう。一生懸命咀嚼して恥ずかしさをごまかした。


「うん、やっぱ美味しい。いつもながらいい仕事してるよなーあそこも」

「ん? 誰が作ったか分かるのか?」

「こんな狭い町だ。全員家族みたいなものさ。多分イストバーン様に誘われてなけりゃあこのままここで一生を終えてても良かっただろうな」

「……そりゃあすまんな。でも俺の目が確かなら、ギゼラはこんな田舎町で終わっていい人材じゃあないね」

「そんなの買いかぶりさ。ま、せいぜい失望させない程度には頑張ってやるよ」


 食事を終えたあたしはそのまま木陰で寝転んだ。温かい季節なのもあって木の葉の隙間から漏れてくる日差しがとても気持ちがいい。風も肌を撫でる程度だし、町の工房や職場もここから遠いから静か。昼寝には最適だ。


「早食いしたからすぐに再開すると思ったんだが、しないんだな」

「昼寝しないと頭がすっきりしないんだよ。ただし寝すぎない程度に短く済ませること。熟睡すると逆に寝ぼけちまうからな」

「あー。王宮騎士達が昼休憩中に目を閉じるのはその為だったのか」

「疑うならイストバーン様も試してみりゃいいじゃん。止められなくなるぜ」


 イストバーン様は何が面白いのか、しばらくの間あたしの顔を見つめていた。普段なら鬱陶しがったんだが心地いい眠気に襲われたので無視。夢の世界に旅立つ間際に隣で彼が寝転がる音が耳に入ってきた。


 ある程度経ってからあたしは意識を覚醒させた。思いっきり伸びをしてから軽く自分の頬を叩いて活を入れる。それから「よしっ」と張り切って上体を起こし、そこでやっとあたしのすぐ傍でイストバーン様が寝息を立てていることに気付いた。


「しっかしなぁ、酔狂すぎるだろ」


 公爵令嬢だった昔のあたしとか最低の屑だった皇太子の婚約者時代だったら話は分かる。けれど今みたくただの平凡な町娘が少し賢い所を見せただけで声をかけるなんて思いもしなかった。


 あたしが想像してる以上にイストバーン様がゲテモノ好きなのか、彼の興味を引く何かがあたしにあったからか。まさかあたしの素性を見抜いたとかは無さそうだけど、行方知れずの公爵令嬢と結びつけてきた可能性は無きにしもあらず、か。


 問うのは簡単だけれど、折角誘ってきたんだ。彼の期待に答えてから聞き出してやるとしよう。何せクソ女と違ってあたしは時間にも責務にも追われてないんでね。やるからには全力を尽くすけれどさ。


「おーい、イストバーン様ー。起きろー」

「……ん、もうちょっとだけ」

「駄目だろ。これ以上もたもたしてたら一周回らないうちに日が暮れちまうぞ」

「……しょうがないなぁ」


 あたしが軽く身体を揺すったらイストバーン様は目をこすりながら夢の世界から戻ってきた。喉の奥が見えるぐらい大きなあくびをかましてから上体を起こす。眠気が残ってるのか、かなり微睡んでる。


「ほら、残り半分だ。続けようぜ」

「……ああ、そうだな」


 そんな感じで調査を再開したあたし達は途中おやつで休憩したりと結構道草食いまくったけれど、日が暮れる頃には一周出来て出発した宿まで戻ってきた。さすがに一日中歩きまくったせいでお互いもうへとへとだ。


「満足したか?」

「概ねはな。もっと詳しい内情はそれこそ定住しないと難しいし、日程的にもこの町ばかりに費やせない。これぐらいが限界だろうな」

「ふぅん。ま、そうだよな。王子様なんだからこんなちっぽけな町を何百とまとめた国ってもんを背負わなきゃいけないしな」


 イストバーン様は自分で見て聞いて感じた内容を細かく記載した日誌を手に笑みをこぼす。社交界で貴族共がするような微笑みなんかじゃない、心から喜んでいることがあたしにも伝わってきた。


 あーいい顔するなあ。案内したかいがあったってものだ。

 そんな感じに内心で嬉しがっていたら、どうしてかイストバーン様がわたしの顔を覗き込んできた。なんだなんだ、とぎょっとしていたら、イストバーン様は歯を見せてはにかんできた。


「まるで逢瀬だったな」

「……は?」

「楽しかったよ。またしような」

「な……お、逢瀬だぁ……!?」


 言われてみたら確かに男女二人が邪魔なしに同じ時を過ごしてたんだよな。

 バカ、意識させんなよ……!


 あたしは恥ずかし混じりにイストバーン様の頭を叩いてやった。

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