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隣国王子のご到来ってやつだ

 第一王子って敬われたやさ男は爽やかな笑顔を振りまきながら酒場を見渡して、丁度空いたばかりの席に案内された。応対した同僚が浮かれているのが背中からも見て取れた。ひとしきり注文し終えたら部下らしき男と雑談をし始める。


「ねえギゼラ。第一王子様って格好良くない?」

「そうかぁ? あたしあんま顔の良さとか気にしねえんで分からね」

「んもう。ギゼラったら気になる男の人とか出来ないの?」

「その気にさせるようないい男がいねえんだからしょうがねえ」


 んで、注文をこっちに伝えに来た同僚が真っ先に口にしたのが第一王子らしき男の感想だった。あたしが塩対応してると不満げなご様子で彼氏いない歴年齢のあたしに容赦ない口撃を仕掛けてきやがった。


 まあ、確かにそれなりに整った顔立ちをしてるし気品に溢れてる。でもあれぐらいなら神聖帝国にだって少なからずいるし。第一あの最低の屑の婚約者だった皇太子は、あんま認めたくないが、もっと輝いていたっけか。


「じゃあギゼラの好みの男の人ってどんな感じなの?」

「言ってなかったっけか? 一緒にいて面白くて、あたしを信じてくれる奴だよ」

「ふーん、見た目じゃないんだ。ちなみにこの村でギゼラのお眼鏡に適う人は?」

「こっちが積極的にがっつくような奴はいねえかな」


 そもそもクソ女が受けた仕打ちが尾を引いていて、もういっそ自分一人で生きていけばいいんじゃね、と思ってるぐらいだ。あの皇太子がほざいたように真実の愛とやらにあたしも蝕まれる日がくる、とか微塵も思えねえんだけど。


「にしても……妙だな」

「え? 何が?」

「アイツ、本当にこの国の第一王子なのか?」

「ちょっとギゼラ……! そんな、畏れ多いよ」


 あと、どうもあのイケメンからは妙な違和感を覚えるんだよな。確かに物腰、服装、仕草、等の見た目の情報から判断するならアイツが第一王子なのは疑いようが無いんだが……しっくりこない。


 面倒臭さより好奇心が勝ったあたしは酒と出来上がった料理を手に連中の座席に近寄り、雑談を中断させて手にした飲食物を並べていった。第一王子(仮)は田舎娘に過ぎないあたしに笑顔で礼を述べてくる。


「地方巡回ご苦労さん。田舎くんだりまで行かなきゃいけないとか、面倒くせえとか思わなかったのか?」

「いや、別に。むしろ王都に留まっていたら分からない地方の事情を把握出来るいい機会だからね」


 あえて不敬でなめくさった口調で話しかけてみたけれど、向こうは気分を害する様子もなく答えてくる。むしろ周りで飲んでた護衛の騎士連中の方が殺気立ってくるし、村人はハラハラしたのか青ざめる始末だった。


 それにしても……第一王子(仮)の反応を観察していたら面白いことに気付いた。一瞬部下の方に視線を移して無礼なあたしにどう対応するか伺ったよな。よほど信頼を置いてるのか、それとも……。


 あたしは相席する王子(仮)の部下に視線を移す。彼はまだ成人してないあたしより少し上ぐらいの年代か。容姿は整った方だな。楽にしているからか行儀は大雑把。この酒場によく馴染んでいる。


 そんな彼はさっきまで王子(仮)と楽しそうに語り合ってた。

 その時見せた笑顔が今まであたしが知らなかったもので、素敵だなと思った。


「なあ」

「んあ?」


 だから、無性に声をかけたくなった。自分でもどうかしてると思ったものの止められなかった。

 あたしは前のめりになって彼の耳元に顔を近づけて、こう囁いてやった。


「まあ何もない村だけどゆっくりしていってくれよ、王子様」


 部下(仮)はひどく驚いた顔をさせてこっちを見つめてくるけど、あたしは歯を見せて笑いかけてやるだけ。

 確証どころかそうだと決めつける理由はあたしの直感だけ。なものでカマをかけただけなんだけど、ズバリ当たりだったみたいだな。


 やりたいことはやったので満足したあたしはすたこらさっさと退散するまでさ。


 結局あたしが第一王子(仮)の席に絡んだのはその一回こっきり。むしろあたしの同僚とか他の村人、騎士達の方が多く言葉を交わしてたと思う。部下(仮)も王子(仮)との他愛ない雑談で盛り上がったようでこちらを気にする様子も無かった。


 なもので、閉店時間が過ぎて後片付けを終え、まとめた生ゴミを捨てに行こうとしたら、部下(仮)が待ち受けていたことにはかなり驚かされちまった。癪だったから表に出すまいと我慢したけど。


「よ。今日は月が綺麗だな」

「んー。確かに雲も無いし随分明るいな」


 部下(仮)は王子(仮)にしてたように気さくに語りかけてくる。その後はあたしの進行の邪魔にならないよう脇に寄ったので、遠慮なく通させてもらう。ただ彼はそれで終わらすつもりはなかったようで、あたしに付いてきた。


「さっきの囁きの話なんだけどさ。どうして俺を王子とか呼んだんだ?」

「ん? 違うのか?」

「王子様だったらちゃんと俺の向かいの席にいたじゃんか」

「影武者だろ。よくある話じゃねえか」

「いや、だからさ、俺が聞きたいのはそう断定してきた理由なんだけど」

「あぁ? バラさねえと駄目か?」


 仕方がねえからさっきのやりとりで思ったことを明かしてやった。不遜な態度での反応が根拠だと聞いた目の前の奴はしくじったとばかりに頭を抱えてくる。整った顔で素直な反応されるのは何だか新鮮だな。


「確かにこっち伺ってきてたよなー失敗したなー。もうちょっと演技指導必要か」


 なるほど、つまりこいつがこの国の第一王子で確定ってわけか。

 部下に変装してるのは国民と同じ目線で国を見通す、とか色々と理由考えられるんだが……。


「にしたってどうして地方視察でそんな真似するんだ? 顔売るいい機会だろ」

「あんま顔売りたくないんだよ。俺、王太子じゃないし」

「そりゃまた複雑なこって」


 どうもこいつは違うらしい。知名度を上げたくない理由だとか王太子じゃない事情とかもまあ様々あるだろうけど、この田舎村で暮らす限りはどうでもいいし、あたし個人も首突っ込みたくねえな。


「で、用件は済んだか? まだ仕事残ってるんだけど」

「いやいやいやちょっと待てって」


 宿屋に戻ろうとしたら思いっきり肩掴まれた。クズ女だったら例え皇太子相手でも無礼扱いして扇で払ってただろうな。あたしもちょっと気に触ったので手の甲の皮をつまんで引っ張り上げてやった。


「まだあんのかよ。まだあるならとっとと言えって。暇人じゃないんでね」

「分かった分かったって。そう気を荒立てるなよ」


 王子(本物)は短髪化粧無し手も肌も荒れ放題な田舎娘なあたしに対して一礼してきた。まるで婚約者の令嬢にするかのように丁寧に、優雅に、そして相手を尊重するかのように。


「俺の名はイストバーン。パンノニア王国第一王子になる」

「イストバーン……?」


 自己紹介してもらって悪いんだが、あたしはイストバーンなんて知らない。

 そう、神聖帝国皇太子の婚約者だった時の記憶を引っ張り出しても、だ。


 クソ女が本格的な聖女・公爵令嬢・皇太子妃教育を受けたのはあたしが出奔した後頃の話。当時の社会的情勢を学んだのもそれぐらいか。当然隣国の情勢ぐらいは常識同然に頭に叩き込まれてる筈。王太子じゃないのを踏まえても王族である第一王子イストバーンを知らないのはおかしい。


 ならそれを学んだ頃はそのおかしい食い違いこそが正しかったってことだよな。

 つまり、目の前の王子様は……、

 

「ん? 何か俺の名に思い当たることでもあるのか?」

「あ、いや。何でもない。気のせいだった」


 いずれ歴史から抹消される――。


「んじゃああたしも。あたしはギゼラ。ただのギゼラだ」

「ギゼラか……ああ、いい名だ。君に良く似合っている」

「……っ。そりゃどーも。さすが王子様は女をおだてるのが上手いことで」

「あえて否定しないけどそう皮肉込めて言われると腹が立つなぁ」


 いや、だから何だってんだ。この王子様が政局争いで負けようが暗殺されようがあたしにはこれっぽっちも関係無いね。あたしとこいつとはただ一時の従業員と客人ってだけに過ぎない。


「俺が地方を視察するのは義務もあるし、本当に内情を知りたいのもある。だけど一番は人探しが目的なんだ」

「人探し?」

「ああ。これから俺と肩を並べて歩いてくれそうな同志になる奴をな」


 適当に相槌を打とうと思ったんだが、彼が真剣な様子だったものだからこっちも思わず聞き入ってしまった。その眼差しがあたしを捉えて離さず、あたしも彼だけを見つめ返し続ける。


「俺の正体をあっさり見破った慧眼、俺の下で役立てる気はないか?」


 彼の手がこっちに差し出されてくる。

 彼は本気だ。心からあたしを欲しがっているのが分かる。


「おいおい正気か? こんな田舎村で働く小娘に王子様の側近やれって?」

「そんなの関係無い。ギゼラならやれる」

「どっからその根拠が出てきたんだ?」

「ギゼラと同じさ。些細なきっかけと直感だ」


 彼の手を見つめながらあたしは考えを巡らせる。


 断っても強引には迫ってこないだろうな。そうすりゃあこのままのんびりとした田舎生活を満喫出来る。歴史に名を残さないしこの世界に何も刻めず、けれどささやかな幸せを味わって生きていける。


 けれど一度この王子様について行けばまた波乱万丈な貴族社会に逆戻りだ。しかも今度は公爵家の権力を振りかざせない弱者としてあの魔境に飛び込まなきゃ駄目。もう権力も財産もこりごりなあたしからすれば得られるものがこれっぽっちも無い。


「俺にはギゼラが必要なんだ。頼む、一緒に来てくれないか?」


 だからこいつの手を払いのけるのが正解だ。

 そう、それが賢い選択なんだが……、


「いいぜ。乗ってやるよ」


 王子様への好奇心の方が勝った。

 我ながら馬鹿だよな、ホント。


「これからよろしくな、殿下」

「ああ、これからよろしく」


 あたしと彼、イストバーン様の手が固く結ばれた。


 別にイストバーン様が用済みになったあたしを切り離す分にはいいんだ。その兆候を見極めて断罪される前に逃げればいいんだから。前回と違って意地もこだわりも無いんだし、身一つで何とか出来るのはこの三年間で証明済みだからな。


 でも、少しぐらいは願わずにはいられない。

 今度こそはこの手を振り払わないで欲しい、と。

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