新悪女の潔白はほれ証明してやったぞ
「何やってんだよ? いや、ホントさ」
「別に俺が侮辱される分には良かったんだ。王国が見下されても何とか堪えられる自信はあったんだって。でもギゼラのことを口にされたんだ。手が出ちまうのはしょうがないだろ」
イストバーンが言うには、ラインヒルデに暗殺計画を暴かれたラースローの奴は結構窮地に追い込まれてるらしい。アイツの後ろ盾してた連中を暗殺計画の罰を免れる身代わりに仕立て上げて消費したのもあるんだとか。
なものでアイツは自分の味方を作るのに必死こいてるらしい。周辺国家と友好関係を築くのもその一環で、味方が揃ったところでラインヒルデを追い落とす算段らしい。隣国王子のイストバーンに接触したのも自分の陣営への勧誘だった。
「は? アイツ馬鹿か? それともイストバーンがラインヒルデ殿下と親しくしてるのも知らねえのか? この留学だって殿下のお膳立てがあって実現したのによ」
「よほど余裕が無いらしいな。何か終始上から目線だったし」
「はー、呆れるぐらい変わらねえなぁ。そんなザマだからあたしみたいな奴が調子乗るんだよ」
そもそもあの野郎がどんな飴を用意したってイストバーンが釣られるわけねえだろ。イストバーンは絆を大事にするからな。だからあたしを決して離さねえし、ラインヒルデを裏切ったりもしねえ。
で、しびれを切らしたあの野郎はあたしを脅しの材料にしてきたらしい。詳しくはあたしに配慮したのかイストバーンの口から語られることはなかったけれど、大方影を使ってあたしを手ごめにしてやる、みたいな卑劣なことでも言ってきやがったか?
「いやあ、あたしも見たかったなぁ、アイツがぶっ飛ばされてく光景!」
「いや、そんな綺麗なモンじゃなかったぞ。鼻の骨がへし折れたのか鼻血出しまくりだったし、前歯が折れて口を開けば間抜けた顔になってたし」
「ぶっあははっ! 想像しただけで笑えちまうんだが!」
「全く容赦ないな……。こっちは外交問題に発展するかもって冷や汗ものだったぞ」
皇族に手を上げたってことであの野郎はパンノニア王国を滅ぼしてやる、とか怒り心頭だったらしい。鼻と口から大声を張り上げて大量に血をダラダラ流す様は現場にいたらさぞ痛快だったろうに、残念。
当然ながらこの一件はすぐさまラインヒルデの耳に届き、両者の言い分を聞いた上で喧嘩両成敗って形で不問になった。ラースローの奴は怒りを爆発させて抗議したんだが当然却下された。国家反逆罪を適用しても良いんだぞ、と脅されて引き下がったが。
「しっかしへし折れた鼻と前歯は聖女が治しちまうんだろ? もったいねえなぁ」
「ギゼラさん、聖女の奇跡はそんな万能じゃないですよ。自然に治らなくもない鼻はともかく前歯は欠損してますからね」
「そうは言うけどよ、マティルデは馬に踏まれて引きちぎれた腕だってくっつけてたじゃねえか。イオナも同じこと出来るんじゃね?」
「腕が残ってたら、って条件付きでかろうじて、ですけどね。それじゃあ折れた前歯はどこ行ったんでしょうね?」
マティルデがいたずらっぽく笑うとイストバーンに視線を投げかけた。するとイストバーンは懐から布にくるまれた何かを出してきたんだが。
それで察した。イストバーンったらもしかして、アイツの前歯掠め取ってきたのか?
「これ、どう処分する?」
「とりあえず焼却炉にでもぶちこんどきゃいいんじゃね?」
「じゃあそうしとく」
イストバーンはソレを再び懐にしまう。
これでラースローは性根に似合わず端正だったツラを台無しにしたってわけか。いやーご愁傷さまで。同情の余地はこれっぽっちもねえけどな。ざまぁみろってんだ。
「だけどこれで俺達は明確にラースロー皇子の敵と見なされたわけだ」
「上等じゃねえか。アイツが悪あがきすればするだけ追い込む材料を提供してくるだけなんだしよ」
「安心は出来ないぞ。追い詰められれば何を仕出かすのか分かったものじゃない」
「いーや、余裕に構えて問題無いだろ。何せこっちには悪意を感じ取れるマティルデがいるからな。用心さえしときゃ大丈夫だって」
「だといいんだがな……」
その後、イストバーンの危惧を余所にあたし達は徹底的に悪意を掻い潜った。ラースローの奴とは極力出くわさないようにしたし、アイツが何か企んでたらその要素とも遭遇しないように立ち回った。
そういえば邪魔なあたし達を抹殺しようと暗殺部隊を送ってくる強硬手段に出てこられたこともあったっけか。ま、事前にラインヒルデに情報漏れてたせいで密かにあたし達を守ってた騎士団に返り討ちにあって失敗したけど。
そんな感じに追い込まれていったラースローはとうとう最終手段に出てきやがった。
「ドロテア! この皇子ラースローの名においてお前との婚約は破棄する!」
「……は?」
「そして私は未来の大聖女であるイオナと婚姻する! そう、貴様と違うこの素晴らしい女性と私は真実の愛で結ばれるのだ!」
そう、断罪劇を強行したんだ。
ま、要するに聖女の威光にすがるしかなかったってわけだな。
あたしの助言をもとに冷静にラースローの馬鹿を窘めてたドロテアは前回のあたしみたいに非難の目に晒されてない。むしろ何を言ってんだコイツ、とばかりにラースローが白い目で見られる始末だった。
それから皇太子を味方に引き込むべく誘惑したマティルデと違って、イオナはラースローの傍らでただ突っ立ってるだけだった。喜びも悲しみも驚きも怒りも無く、ただ無表情で二人のやり取りを眺めるばかりだ。
「何を馬鹿なことを仰っているのやら。わたくしと貴方様との婚約は皇帝陛下と公爵家によって取り交わされたもの。貴方様のご一存で覆せるような契約ではなくてよ」
「はっ、何を言い出すかと思ったら。この私がただの思いつきで言い出したとでも勘違いしたか? 当然陛下からも許しを得ているに決まっているだろう!」
「左様でございますか」
そりゃそうだろ。許しどころかとっくの昔にラースローとドロテアの婚約は解消されてるっての。
とは言え、まだ体調が芳しく無い皇帝陛下がラースローの馬鹿から婚約破棄の旨をせがまれた時はどのように思ったか。心中お察しする。
そこからラースローは得意げにドロテアの罪を暴いていく。内容は概ね前回最低の屑だったあたしがしでかした悪行と同じ。けれど今回のドロテアは既のところで思い留まったのもあって、大半が事実無根の嘘っぱちと化している。
「よって皇子ラースローの名においてドロテアからその身分を剥奪し、大罪の罰として火刑に処することをここに宣言する!」
そして、ラースローはドロテアに言い放った。
前回あたしを破滅させた死刑宣告を。
「……くだらない」
ドロテアはそれを心底呆れ果てた表情で一蹴した。
ただ少し離れた位置にいたあたしがかろうじて聞き取れた程度の小声だったから、ラースローの耳には届いてねえだろうな。
「おい、何か言ったか?」
「殿下の集めたとされる証拠や証言の類はちっとも信用できませんわ。さりとて捏造だ本物だを言い争っていても詮無きこと。であれば、今この場で罪とやらの白黒をはっきりさせることこそ重要ではありませんか?」
「はっ、そんなもの語るまでもないだろう。貴様が罪なき者を虐げる傲慢な女という事実に変わりは――」
「イオナ、頼んでいいかしら?」
小馬鹿にする笑いを浮かべながらラースローが放つ台詞を遮ってドロテアはイオナに促した。するとイオナは頷き、ドロテアへと歩み寄っていく。一体何を、と誰もが聖女の挙動を注視すると、イオナは聖女のみに所持が許された聖笏をドロテアへ向けた。
「神に汝の罪を告白せよ」
「――ラースロー殿下を諌められなかったこと、それがかの方の婚約者に選ばれたわたくしの罪ですわ」
断罪の舞台となった夜会の会場がどよめいた。そりゃそうだわな、皇子ともあろうお方が帝国でも有数の名家である公爵令嬢、それも自身の婚約者を虚偽の罪で処刑しようとしたんだからな。
「で、デタラメだ! この期に及んで話題をすり替えるとは見下げ果てた奴!」
「わたしが神より授けられた奇跡は告解。ドロテア様は嘘を申しておりません」
喚くラースローにイオナは無慈悲なぐらいピシャリと言い放った。
イオナの聖女として行った活動から彼女は評判高い。あたしが苦言を呈さずラインヒルデが健在な状況でヘボになったラースローとは雲泥の差だわな。どっちを信じるかってなったら、そりゃあイオナを信じるだろ。
「ドロテア様の潔白が証明出来た今、ラースロー殿下の方が嘘を並べていることになります」
「おのれ、聖女でありながらこの女と共謀してこの私を陥れるつもりだったとは! 失望したぞイオナ!」
「では続いて貴方様の番です。ドロテア様の謀殺を企てた罪、告白してもらいます」
「……っ!? よせ、来るな……!」
そんなイオナは今度はラースローへ向けて歩みだす。ラースローはその結果がもたらす結末を察したのか、急にうろたえて彼女から遠ざかろうとする。終いには彼女に背を向けて逃げ出そうとするも、なんと帝国近衛兵に取り押さえられた。
「貴様ら何をする!? 離せ、この私を誰と心得る……!」
「その肩書を背負うのにふさわしいか、確かめます」
「や、止めろ……!」
イオナは聖笏をラースローに向ける。
ラースローは青ざめて悶えるも抜け出せない。
「止めろと言ってるのが分からないのか、この下民がああっ!」
「神に汝の罪を告白せよ」
そして、全てを暴き出す聖女の奇跡が放たれた。




