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案の定新悪女は焦っておいでで

「あ、そっちからラースロー殿下が来ますね」

「ん、それなら回り道した方が良さそうだな」

「そっちは向こうでドロテア様がお喋りしてますよ」

「……更に迂回するしかねえのかよ。面倒くせえ」


 学園生活が始まってそれなりの期間が経った。

 あたし達は概ね平穏な毎日を送れている。

 その概ねってところが厄介なんだが、ここまでこぎつけるので精一杯なんだよな。


 貴族でも何でもない聖女イオナの澄ました態度が気に食わない貴族令嬢共が彼女に突っかかるようになった。イオナはそんな馬鹿どもを気にする素振りも見せないので豚共は癇癪を起こす。悪口や嫌味は序の口、そのうち突き飛ばす等の直接手を出すこともあった。


 で、公爵令嬢ドロテアは初めのうち寛大な……つーより下民風情を気にかける素振りも見せてなかったんだが、そんな傲慢な婚約者に不満をつのらせたラースローがイオナに急接近したもので事態は急変。彼女もイオナに悪意を振るうようになった。


 で、そんな厄介事に対してあたしはマティルデの悪意を感じ取る奇跡を悪用……もとい、活用して極力ラースローの奴やドロテアと接触しないよう立ち回った。おかげで今のところ巻き込まれずに済んでいる。


「ギゼラ、彼女達を止めないのか?」

「生徒同士の諍いを止めるのは教師陣の役目でしょう。他国から留学してきたわたくし共が介入する事柄ではありませんわ」

「そうは言うが……」

「ラインヒルデ殿下がご健在なのですから、ラースロー皇子やドロテア様が馬鹿をしようと神聖帝国は揺るぎもしません。イストバーンも下手に火傷しないよう触れないで下さい」

「善処する」


 イストバーンにもあの二人とは可能な限り関わらないよう口を酸っぱくして言い伝えている。最初のうちはいい顔をしなかったものの、想像以上の悪意っぷりに彼も距離を置くよう納得してくれたようだ。


 前回と違う点を挙げるとすれば、イオナが積極的にラースロー達と交流を持とうとしていないぐらいか。その辺りだけ俗物的だったマティルデと違ってイオナはマジで人間味の無い、良く言えば神秘的で、貶すなら人形みたいに感情の無い聖女だった。


 じゃあ当のあたし達は何してんのかっつーと、王国から送られる公文書をイストバーンと一緒に処理してる。本当に緊急性の高い案件以外は定期便で送られてくる辺り本当にたちが悪い。おかげで連れてきた使用人や侍女の手も借りる有様だったりする。


 そんな忙しない毎日を送ってたんだが、とうとう出席日数さえ確保すればいいかって結論になって何回か休むようになった。主にイストバーンが、たまにあたしが、どうもならない時はマティルデも巻き込んで、って感じか。


「ごきげんよう、ギゼラ様」

「ごきげんよう、ドロテア様」


 その日はイストバーンだけ欠席してマティルデとも別行動を取っていた。それを狙ってかすかさずドロテアがあたしに接触してきた。ご丁寧にも取り巻き連中とは距離を置く辺り、あたしへの一定の配慮が伺える。


「どうもこのわたくしを避けているように思えるのですけれど?」

「気のせいではございませんわ。事実わたくしはドロテア様を避けています」

「いかに貴女様が隣国の王子妃だろうと、未来の皇太子妃に対して無礼ではなくて?」

「わたくしはただ夫が神聖帝国の諍いに巻き込まれないようにしているだけです」


 ドロテアは地面に布を敷いて座り込みあたしに侮蔑とも嫌悪感とも取れる嫌な視線を送ってくる。まあこっちもパンを齧りながらスープを啜るのを止めないからお互い様だ。あたしの生意気な態度にキレ気味なのが笑える。


「パンノニア王国とて他人事ではいかなくてよ。何せあの小娘は真の聖女なのですから」

「真の聖女、とは何でしょう? 適性を持つ者なら教会で修行を積めば聖女となれたと記憶してますが。ドロテア様も聖女でいらっしゃいますでしょう」

「……っ。分かってて仰ってますわね? あの小娘が授かった奇跡は単にすり傷を治す程度ではなくてよ」

「良いことではありませんか。最近の聖女は自分を飾る称号に過ぎませんでしたからね」

「真の聖女が現れたとなっては皇族方が取り込もうとなさるのは当然でしょう!」

「つまり、ドロテア様はイオナさんに奪われるのではないか、と危惧なさっている、と」


 ドロテアが癇癪を起こしてあたしが持っていたパンを振り払おうとしてきやがったので、あたしは上体をそらしてかわした。思い通りの結果にならなかったドロテアはますます怒りをつのらせて、折角の端正な顔が台無しになるぐらい歪ませてきた。


「事態を把握しているのでしたら話は早いですわね。単刀直入に言いますが、わたくしに従いなさい」

「お断り致します。ドロテア様に関与しても何ら利がありませんので」

「お黙り! つまり、ギゼラ様はこのわたくしの敵になる、と仰るのね?」

「わたくし達が此の度帝国学園に留学したのはラインヒルデ皇太子殿下からお誘いがあったからです。わたくしの愛する夫とも親しい間柄ですし、あのお方を敵に回したいと仰るのでしたらわたくしを敵認定していただいて結構」


 ラインヒルデの名を出すとさすがのドロテアも怯んだ。案の定ラインヒルデが健在な今回、公爵令嬢兼皇子の婚約者のドロテアにも彼女は抑止力になる。さぞや好き勝手し辛いだろうなぁ。


 さて、突き放すだけなら簡単なんだが、それじゃあ折角こっちに来た意味が全く無い。舞台に上がったからには前回コテンパンにされた恨みをきっちり晴らさせてもらう。そのために利用させてもらうぜ、悪役令嬢さんよぉ。


「ところで、ドロテア様はどうして突然わたくしが神聖帝国を離れたかご存知ですか?」

「はっ、皇太子殿下をお救いするためとの噂も流れていますが、大方公爵家の娘としての自覚が足りずに逃げ出しただけでしょう」

「半分正解です。わたくしはですね、己の運命を受け入れられずに逃げ出したのです。そう、本来ならわたくしが貴女様の立ち位置でしたわね」

「はあ?」


 あたしはおもむろに立ち上がり、ドロテアの胸元に指を突きつけてやった。


「予言しましょう。ドロテア様はその悪意の果てに身を滅ぼすことでしょう。それも、憎きイオナさんの手によってね」


 あたしが笑みをこぼして死の宣告を投げ放ってやると、ドロテアは顔を青ざめさせてわずかに震えだす。けれどすぐさま恐怖を振り払うようにあたしを睨みつけると、あたしの手を振り払ってきた。


「で……デタラメを仰らないで! 何を根拠にそんな戯言を……!」

「イオナさんは真の聖女ですもの。周りを惑わし悪意をばらまく貴女様を排除すべき悪といずれは断定なさるでしょうね。ラースロー殿下も自分を見下すドロテア様を疎ましく思って縁を切りたがるのも自然の流れですわ」

「そ、そう簡単にわたくしが破滅させられる、とでも?」


 精一杯虚勢を張るドロテアが何だか可愛らしくて、思わず笑ってしまった。


「友人だと思っていた方は嘲笑ってくるでしょう。親兄弟は冷たく突き放すでしょう。教師も、使用人達も、見知らぬ市民すら、ドロテア様を罰せられて当然の悪女と罵ってくるでしょう。地下牢に叩き込まれた初日にどんな仕打ちを受けるか事細かく教えて差し上げましょうか? 身ぐるみを剥がされその男を知らぬ身体を汚らわしい手で――」

「止めてっ! 聞きたくない!」


 ドロテアは叫び声を上げると両耳を塞いでしゃがみ込んだ。

 思った以上の反応を見せてくれたため笑いがこみ上げると思ったんだが……まるで前回のあたし自身を見せつけられているようで心が傷んだ。


「ドロテア様。自己顕示欲が満たされないからラースロー殿下が思い通りにいかない事に苛立つ気持ちは理解しますが、彼はそこまでするほどの人間なのですか?」

「……は?」

「ラインヒルデ皇太子殿下がいる限り、彼は良くても臣下降格後に公爵拝命。あの程度の能力と人格なら伯爵程度に落ち着くかもしれませんわね。泥舟に乗るようだ、とでも比喩しましょうか。落ちぶれてまで彼の面倒を生涯見たい、と酔狂な未来を思い描いてらっしゃるのですか?」

「そ、それは……」


 そんなわけねぇよな~。あんのバカ皇子の尻拭いなんざもう頼まれたって嫌だね。それは前回のあたしと同じように皇子妃候補者として接してきて散々思い知ってるだろ。皇太子でも何でもねえ今のラースローなんざと地獄に引きずり込まれるのは御免だ。


「今ならまだ間に合いますわ。損切りをなさるべきです」

「わたくしに殿下の婚約者を辞退しろ、と申すのですか……!?」

「公爵家の有責になると危惧なされているのでしたら、わたくしからラインヒルデ殿下に口添えしてもよろしくてよ。全ては貴女様のお心次第です」

「――……」


 おー、ドロテアが視線を彷徨わせて迷ってる。あたしの口車に乗るか、これまでの自分を信じるか、を決めかねてるって辺りか。このまま眺めてるのも悪くねえんだが、時間が惜しいからダメ押ししてやるとするか。


「ドロテア様ほどの女性でしたらあんな不誠実な男より遥かに良い殿方との良縁にも恵まれるでしょう。何をためらう必要があるのですか?」

「わ、わたくしは……」

「何でしたら密かに婚約解消しておき、あの男が馬脚を現した際に返り討ちにすべく準備を進めても宜しいのでは? このまま馬鹿にされっぱなしなのは癪でしょう」

「……信じて、よろしいのですね?」


 乗ってきたー!

 盛り上がってまいりました!

 駄目だ、まだ笑うな。堪えるんだ。しかし……、


「ラースロー皇子こそドロテア様を惑わす悪です。あの男への復讐を検討するのでしたらわたくしも手を差し伸べましょう。いかがかしら?」

「ええ……よろしくてよ」


 これを笑わずして何をしろってんだよ!


 あたしが親身になってドロテアに寄り添うと、不安だったのか彼女もあたしに身を預けてきた。丁度彼女の額が首下に乗っかる形になったので彼女からあたしの表情は見えないだろうけど、きっと悪い笑顔してるんだろうなぁ。


 こうしてあたしは公爵令嬢ドロテアを手中に収めることに成功した。

 これを聞いたマティルデ、呆れながら真の悪女になったと言ってきやがった。

 だがラースローの奴は盛大に懲らしめてやりたいし、必要経費だろ。

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