感動の再会を果たしました、まる
パンノニア王国第一王子の来訪、って表現すると凄く大事に聞こえてくる。実際歓迎の式典とかも開催を計画されてたんだけれど、イストバーン様は辞退した。別に外交やら婚姻やら国の行く末を左右するわけじゃないんだし、が理由だった。
かと言ってさすがに何も応対しないのは神聖帝国の沽券に関わる、とかで、まずは帝都の宮廷に招かれることになった。で、皇帝は体調不良とかで皇太子のラインヒルデがあたし達を出迎えてくれたわけだが……ここであたしはやらかした。
「イストバーンはあたしの男だ。手ぇ出したらぶっ飛ばすぞ!」
なんと玉座に座るラインヒルデめがけて一直線に突き進み、帝国近衛兵の制止を聞かずに彼女の胸ぐらを掴んだわけだ。吠えるあたしにビビる様子もなくラインヒルデはゆっくりと立ち上がり、あたしを真剣な眼差しで見つめてきた。
「あたしがイストバーンと一緒になって幸せになるんだよ。覚えときな!」
「そうか。それは何よりだ」
それは一瞬だったわ。いきなりラインヒルデが身体を反転させると、胸倉掴んでたあたしの手を逆に掴んできて、そのままあたしの身体を背負うようにして持ち上げてきた。何が、と理解する前にあたしの身体は宙を舞って、絨毯の上に叩きつけられた。
これ、確か文献で見たことあるぞ。はるか東方に伝わる体術の一つ、背負投げって奴だったか。まさか神聖帝国皇太子ともあろう女にこんな反撃を食らうとはな。宿場町だと酔っ払い共を胸倉掴んですぐ引き倒してたから油断してたぜ。
「がっ……!?」
「一応弁明させてもらうとだな、私もイストバーン殿下には少なからず好意を抱いていたんだ。彼との出会いは幼少の頃だったが、その頃から聡明で誠実だったからな。彼となら一生添い遂げてもいい、と思ったものだ」
「いででで、関節技極めんな……!」
「だがな、非常に残念なことに私が望むのはギゼラも言うように彼の幸せだ。その相手は何も私でなくても良いんだよ。だから試した。私相手に尻込みする女などイストバーン殿下には相応しくないからな」
そこまで語り終えるとラインヒルデはあたしから離れた。危うく折られそうになった腕を抱えながら何とか立ち上がると、ラインヒルデは尻と太腿を手で払ってから玉座に座り直す。さっきのハチャメチャぶりが嘘みたいに格好つけてくる。
「はっ、じゃああたしはお眼鏡にかなったってわけかよ」
「ああ、問題ない。これからも私の友人をよろしく頼む」
「……そんなの言われるまでもねえ」
あたしがイストバーン達の所に戻ると、彼とマティルデは「何やってるんだ」と言わんばかりの心底呆れたような表情を浮かべてきた。あたしは見ないふりをしつつイストバーンの横に立ち、改めてラインヒルデに向けて恭しく一礼した。
「ようこそイストバーン殿下。我ら帝国は貴方方の来訪を歓迎する」
「こちらこそ歓迎いただきまして感謝致します」
「あいにく皇帝陛下は体調を崩していて、私が陛下の名代として出迎える形となった。その点は謝罪する」
「いえ。ご自愛ください、と伝えていただければ」
ラインヒルデとイストバーンが世間話を交わす。両国の近状をさらりと語り合い、次にどんな外交会議を行えばいいかの方針を打ち合わせた。二人して頭いいせいで今日の晩御飯を決める勢いで決めていってるな。記録する文官がひーこら言ってら。
「さて、これから一年間の殿下方の滞在先だが、こちら側で整えている」
「ありがとうございます」
「要望通りにはしたが、これでよかったんだな?」
「はい。妻と二人で決めましたので」
イストバーンがこちらを見つめ、微笑んでくる。あたしも彼に微笑みかける。
二人で手を握りあった。彼の手はとても温かい。
そんな仲睦まじい様子を見せつけてやると、ラインヒルデも朗らかな笑みをこぼした。
「応接室に待たせている。すぐに会ってやるといい」
「ご配慮痛み入ります」
「以上、大儀だった」
ラインヒルデとの謁見が終了してあたし達は引き続いて応接室に案内された。暇人してるのか知らねえけどラインヒルデも同行してくる。お陰様で宮廷内で目立つことこの上ねえ。行き交う文官、使用人、貴族問わずに道を譲って頭を垂れる有様だった。
そんな風に応接室に着くまでの間、彼女はイストバーンじゃなくてあたしに話しかけてきた。イストバーンについて喋るかと思ってたら、何か神聖帝国社交界での愚痴を延々と聞かされた。あまり騙し合いが向かない彼女には些か辛い環境らしいな。
「ところで前もって説明しておくが――」
だが、そんなのは前フリとばかりにラインヒルデから驚きの事実が語られた。
そして……あたし達は応接室に通される。
中であたし達を待っていたのはこれから一年世話になる神聖帝国バイエルン公爵夫妻、つまりあたしの両親だった。
父も母も最後に会った時よりかなり老けていた。下手をしたら最低の屑だった前回のあたしに見切りをつけた約一年後よりも。それぐらいあたしの失踪が父と母に精神的疲労を与えていたかと思うと、胸が苦しくなった。
「ギゼラ……なの?」
母はあたしを見るなり慌てて立ち上がった。あたしが覚えている母、つまり公爵夫人としての体裁、優雅さを何もかも忘れ去ったかのように湧き上がる感情を隠せていない様子に、たまらずあたしの方も衝撃を受けてしまった。
「お母様、その……ごめん――」
「ごめんなさいギゼラ! 何もかもお母さんが悪かったの!」
そしてあたしが謝ろうとした矢先、母は床が見えるぐらい頭を下げて謝ってきた。
あたしが逃げたせいなのに、何も打ち明けなかったのに、敵って決めつけてたのに。
あたしが母にそうさせてしまったんだと思うと、悲鳴を上げたくなってしまう。
「いなくなって初めて気付いたわ。お母さん達はギゼラに公爵家の娘として恥ずかしくない教養を身に着けさせようと躍起になってた。そうやってギゼラ本人のことは何も見てなかったんだって……」
それは何も母だけじゃない。あたしの周りの連中残らず、父も親戚も友人も教師陣も使用人も、何なら皇家だってあたしにそうであれと望んだじゃねえか。そしてあたし自身もそんな自分に誇りを持って、それが通用しなくなったら最低の屑に成り下がった。
「それは私も同じだ。私や母さんの娘として相応しい淑女になってもらいたかったから厳格な教育を施したのだが、我々は父や母としてあまり接してやれなかったな。……すまなかったギゼラ」
「お父様まで……!」
マティルデから聞かされた衝撃の真実が嘘っぱちだとは思っちゃいない。けれど実際にこうやってあの冷徹に最低の屑として失敗したあたしを切り捨てた公爵夫妻が反省の意を示してくるなんて、夢にも思わなかった。
「聖女としての天啓を受けたからってお母さん達に黙っていなくなるなんて、よほど信用されていなかったのね。それとも力にならないって見切りをつけられたのかも……」
「違、あたしは……!」
「信じられんだろうが、お前が家出してから私達は総力を上げて探し回ったんだ。神聖帝国だけじゃなく近隣諸国にも捜索隊を派遣した。別に連れ戻して叱ろうだなんて思っちゃいない。ただ、過ちを詫びたかったんだ」
それはラインヒルデからも聞かされている。公爵家はあたしの捜索に莫大な資金を投入して、もはやあたしが記憶しているような栄華は見る影も無い、と。さすがに引き際は弁えていたので途中で捜索は打ち切ったものの、質素な生活を送ってるそうな。
そんな追跡を振り切りたいからって髪をバッサリ切って隣国に落ち延びた挙げ句に国境と反対側の地域まで逃げたあたしの行動力が勝った結果なのに、全く嬉しくない。もっと「ざまぁみろ」って感じに気分爽快になると想定してたのに、心が引き裂かれるようだ。
「皇太子殿下からギゼラが生きているってお聞きした時、嬉しかったの。元気でやっているようで何よりだったわ。けれど……今更どんな顔をしてギゼラに会えばいいのか分からなかった。ここ数日は夜も眠れなかったわ……」
「虫のいい話なのは承知の上で我々はギゼラの滞在先に立候補した。昔みたいに戻ろうだなんて言わん。何ならそちらのイストバーン殿下との婚姻のために公爵家の名を利用するだけでも良い。だが……これだけは言わせてくれ」
「お母様、お父様、あたしは、あたし、は……」
色々言いたかった。こんな辛い思いをしてきた両親が少しでも安心出来るように。けれど出てくるのは嗚咽ばかりで意味を持った言葉が発せられない。泣くたびに頭の中で思い描いていた打開策がぼやけてしまう。
「おかえりなさい、ギゼラ」
「た、ただいま……お父様、お母様!」
もう駄目だった。我慢できない。
感極まったあたしは両親の胸の中に飛び込んだ。
前回の記憶もあるからややこしいんだが、多分幼少期以来の両親の温もりを感じた。
もうそれからは記録に残したくないぐらい恥ずかしかったわ。何せわんわん泣きまくって「ごめんなさい」だのと繰り返して、もう一人前の令嬢になったつもりなのに優しく頭撫でられたし。
まあ、感動の再会を果たした、って日記には綴っとくか。




