お互い上手く化けたものだな
あたしの出来上がりっぷりを見て同僚達は目を奪われた。んで何人かはガン見してきた。その反応は前回のあたしが向けられていたのと大体同じだったもので、かなり複雑になったのは何とか表に出さずに済んだ。
「ひっ……!?」
ただマティルデは全く違った反応を示してきた。どうも前回あたしがしこたま悪意を振りまいてやったのがトラウマになって蘇ってきたらしい。前回は溜飲が下がったものだけれど、今回は罪悪感の方が強かった。
マティルデは目を瞑って独り言を呟き、大きく深呼吸する。それから「よしっ」と自分を勇気づけて再びあたしを視界に収めた。唇を固く結んで、震えそうな腕を強く握りしめて抑え込む気丈さを見せてくる。
「本当、見れば見るほどかつてを思い起こさせますね」
「他人事のように言っていますけれど、貴女もそうでなくて?」
「そ、それは……」
「大人しく向き合って、どう受け入れるか、じゃないでしょうか?」
「開き直った、ってわけですか?」
「立ち向かうことにした、と言いなさい」
で、そんな風にあたしを怖がってくれたマティルデも当日に備えて準備を進めていた。案の定ヨーゼフ様の相方に収まったのは「やっぱり」としか思えなかったんだが、意外にも彼女は誘いに甘えるだけじゃなかった。
「ふーん。身だしなみはきちんと整えるんですね」
「当たり前じゃないですか。ヨーゼフ様に恥かかせたくないですし」
「あら、その言いっぷりだとご自分はいくら恥をかいてもいい、って聞こえますよ」
「その解釈で合ってますよ。ていうか、ギゼラさんだってそうでしょう?」
あたしに返答してきたマティルデは鏡を向きっぱなしで自分の化粧に集中していたけれど、その鏡越しでもその面持ちからは真剣さが伝わってきた。前回の数多の男共の心を奪ってきた魔性の女とは思えない一途さだった。
そうして出来上がったマティルデは……あの聖女とは似て非なる存在だった。
身体つきは前回を彷彿させるんだけど、なんつーか顔つきが違うんだよな。儚げながら聖女としての使命感を伴ってたクソ真面目な奴と違って、自分の自信を持って強い意志を秘めた感じ、とでも言えばいいだろうか?
「ふふん、どうです? あのつまらなかった聖女よりよっぽど魅力的でしょう?」
「さあな。男ウケについてはあたしの感性は何も役に立たたないってのは前回で証明済みだしよ。ただ何だ、あたし好みではあるわな」
「……。褒め言葉として受け取っておきますよ」
「そうしな。あたしだってマティルデを褒める日が来るなんて思ってなかったしよ」
認めていいかは複雑なんだが、あたしとマティルデの関係は傍から見ると気心知れた友人って間柄らしい。言われてみたら確かに気さくに喋ってるし悪口も言い合ってる。前回のクソ女なら正気を疑ってくるだろうな。
「じゃあそのお礼としてわたしからも」
感慨にふけっていたら、マティルデがこちらを覗き見てきた。
「ギゼラさん、どうもこの間自分があの悪役令嬢に近づいてる、とかで泣きましたね」
「泣いてねえし、そもそも悪役令嬢って何だよ?」
「散々虐げられたわたしが保証します。ギゼラさんはあんな奴とは全然違いますから」
「は? そんな馬鹿な。自分のことは自分が良く分かってるんだが」
「いーえ分かってませんね。だからわたしが親切心を働かせてあげるんですよ」
それからマティルデはこちらの眉間めがけて指差してくる。距離が近かったもので小突かれるかと思って思わずのけぞっちまった。
「顔立ち? 身体付き? そんなものは別に前回と一緒だっていいんです。仕方がないんだって諦めちゃってもですね」
「他人事のように言ってくれるなぁ。自分は回避出来たからってよ」
「でも、他ならぬわたしが断言します。今のギゼラさんとあの悪女とは決定的に違う点があります。それは……目です」
「目、だぁ?」
ああ、だから眼前を指差してきたのか。
にしたって瞳の色は変わってないんだがな。
「あの他の人達を見下して蔑む冷たい眼差しは何年経ったって忘れやしません。けれど貴女にはそれがない。真っ直ぐに人を見つめ、優れている方を認める。そんな穏やかさと正直さが出ているんです」
「目つき……?」
「少なくともあの高慢で傲慢な悪女を思い浮かべる人はいませんよ。安心して下さい」
指摘されてもイマイチ実感が湧かない。
けれどある意味あたしを一番見てきたマティルデが言うんだから、その通りなのかもしれない。
「だからいつものギゼラさんらしく自信たっぷりで当日は臨んだ方がいいですよ」
「……何か、いらねえ心配かけちまったな」
「たまにはそんな時もありますって」
わたしとマティルデは二人して思わず笑い出した。
ヨーゼフ様方同僚はもとより、事情を打ち明けたイストバーン様すらどういったわけかは分からねえだろうな。多分この奇妙な腐れ縁はあたしもマティルデも説明出来ないんじゃねえかな。
■■■
準備万端になった辺りで王太子が帰着してきた。
何か王太子の威厳を誇示したかったらしく、イストバーン様が帰ってきた時よりも盛大に祝われた。まるで戦争に勝利した英雄の凱旋みたいに王都中が盛り上がって王太子ご一行様をお出迎え、ってわけだ。
「国民も単純だねえ。馬鹿騒ぎ出来りゃあ担がれる頭が何でもいいってか?」
「さすがにそこまで愚かだとは信じたくないが、ちょっと遠出した程度のヤーノシュにはちょっと騒ぎすぎって気がしなくもないな」
「そんなにあのバカ王子を国王に据えたいのかね?」
「そうなってもらわなきゃ俺も困る」
王太子による国王への報告には国の重鎮達が謁見の間に集合したらしいけれど、イストバーン様は固辞した。王太子が何を誇らしげに喋ろうが興味が無いし、そもそもそんなくだらない時間に付き合うぐらいなら一つでも書類を処理する、ってさ。
「万が一にもこの長旅で心入れ替えた、なんて可能性は?」
「万に一つも無いだろ……。それともギゼラはそんな奇跡が起こるって信じてるのか?」
「うへえ、勘弁してくれ。あの王都市民に手を振ってるアイツの顔見たか?」
「偉業を達成したみたいに誇らしげだったな」
んで、明日の晩に予定通り帰還祝賀会が催されることになった。
今日じゃないのは王太子御一行は長旅で疲れてるだろうから、だってよ。
王太子の威光を知らしめるためか、国内外から有力者が王都に集結しつつあった。普段は地方で自領を納める辺境伯や王都に駐在する周辺国家の大使、更には近隣諸国から来賓がやってくるとの噂もある。
どれも全てこの国の未来を担う王太子が王たる器か否かを見定めるために。
「王太子が大失敗やらかして自滅する分にはざまあみろなんだが、大恥かきすぎて国に悪影響及ぼす展開は勘弁だな」
「さすがにそこまでの愚は犯さないと思いたいが、願望の域は出ないなぁ」
そこで我こそがこの国の王太子なり、とかほざくだけならまだいい。
が、しかし、だ。もしも王太子の地位が危ういとかバカ王子が不安になったら?
既にイストバーン様の功績は高評価と支持を生んでる。彼が次の国王に相応しい、って思ってる貴族だって少なくない筈だ。便乗して勝ち馬に乗ろうとか王太子派閥の影響を削ぎ落としたい、とかいう輩もうじゃうじゃ湧いて出てくるだろうし。
イストバーン様を排除して己の将来を安泰にする、とか目論んだら?
「気をつけろよ。何を仕掛けてくるか分からねえからな」
そんなふざけた真似は絶対にさせねえ。
このあたしが絶対にイストバーン様を守ってみせる。
「……ああ、分かってるさ」
イストバーン様もそんな凶行も想定してるのか、いつになく面持ちは険しかった。




