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名声が轟くのも考えものだな

 第一王子イストバーン様に仕え始めてから結構な月日が経った。


 あれから馬鹿王子……もとい、王太子は心を入れ替えて執務に励むようになった、なーんてことはない。あたしが散々挑発したおかげで最初のうちはむきになって自分達で処理しようと頑張ったらしいけれど、すぐに音を上げた。


 お陰様で王太子の執務能力って実は大したことないんじゃね?とか、やっぱ第一王子だよなー今回のでそれがよく分かったよ、的な噂が立っているんだとさ。ついでに過去にも自分の仕事をイストバーン様に丸投げしたことがバレて評判は下落の一方だ。


 当然王太子としちゃ面白くねえ。部下や使用人に八つ当たりしたり、確認した書類にも不備が見られたりともう散々。人員で賄おうと新たに配属された文官達はその横暴っぷりで嫌気がさしたり精神的に参ったりしてるらしい。


 んで、見かねた国王は王太子に地方の巡回を命じた。イストバーン様と一歳違いだから丁度いい年頃だったとはいえ、体の良い厄介払いだわな。


「んじゃあ僕の代わりにちゃんと仕事やっておけよ!」


 とかイストバーン様にのたまってきた時の王太子のイキリっぷりといったら、思わず顔面殴り飛ばしたくなっちまったぜ。

 引き連れてた文官の面持ちは真っ二つ。王太子に同行する破目になった文官達の顔は今にも死にそうで、居残り組は表情を輝かせていた。この反応だけでもここ最近の激務っぷりが分かるってもんだ。


「で、勿論これからうちに回される公文書はイストバーン様の名のもとに施行していいんだよな?」

「ああ、それはヤーノシュにも念を押しておいた。それで構わないとさ」

「いや、それでいいのかよ……。あの馬鹿王子も、イストバーン様もさ」

「あー。アイツは苦痛だった執務から解放される、としか思ってないんじゃないか? 俺だって地方巡回中も王子決裁が必要だった重要書類は処理してたのに」


 問題なのは、王太子があまりに考えなしなことだよな。


 王太子として実績を作ることは単に義務じゃなく、名声を広めたり国内外から支持を集める意味もある。第一王子に押し付けまくるのは自分には能力がありませーんって吹聴してるようなもんだろ。無能とか思われてたら臣下がついていかねえぞ。


 一方、イストバーン様側もたまったもんじゃない。王太子代理として執務をこなせるとなれば彼こそ次の国王に相応しい、と思われかねない。別に王位を狙ってるわけじゃないイストバーン様からすれば必要以上の好評はむしろ邪魔でしかない。


「どうすんだよこの状況……。ヤーノシュがもっとしっかりしてくれてればなぁ」

「国王陛下に直訴するってのはどうよ?」

「したよ。俺が支えてやれ、てさ」

「支えまくった結果大黒柱になっちまってもいいのかよ……。まさか国王陛下はイストバーン様が後を継いでもいい考えなのか?」

「知らないよ。王妃陛下が許してくれるとは思えないんだけどな。その王妃陛下からもあまり調子乗るなって釘刺されたしさ」

「無茶言うなよ……。仕事をきちんとこなせば評価されちまうだろ」


 意外にも国王自身は別に第二王子が王太子のままでいることにこだわりは無いらしい。自分の血さえ後世に繋いでいければそれでいいのか? イストバーン様にとっても意外だったらしく、執務中何度もつぶやいていた。


 王妃の方は案の定見直されていくイストバーン様が段々と目障りになってきたようだ。しきりに王太子は第二王子であってイストバーン様じゃない、と夜会とかお茶会で公言してるそうだ。


 ハッキリ言ってやる。イストバーン様は危険な状況下にある、ってな。


「もういっそ何もかもかなぐり捨てるか?」

「さすがにそこまで無責任な真似出来ないって」

「でもさ、あの馬鹿王子って自分の立場がまずくなってるって気づいてんのか?」

「さすがに気づいてるだろ。そういうのは敏感だからな。反省してくれればいいんだけどな。そうやすやすと改まるとは考えにくいというか……」

「むしろ全部イストバーン様のせいだ、とか逆恨みしてくるんじゃね?」

「……やっぱそれを一番警戒しなきゃいけないのかぁ。面倒くさい」


 こうなると頭によぎってくるのは、イストバーン様の名がいつの間にか表舞台から消えていた前回だ。今回と同じように頭角を現し、馬鹿王子即位にあたり障害だと見なされた挙げ句、排除されていたんだとしたら……。


「気をつけろよ。強硬手段に打って出てくるかもしれねえ。新入りが刺客で背後からぶすっと刺されることも用心すべきだ」

「それはさすがに護衛が防いでくれるって信じたいよなぁ。後は口にする食べ物に毒を盛られる可能性、とかか?」

「心配なんだよ。こうなっちまったのはあたしのせいでもあるんだからさ……」

「ありがとう。気にかけてくれて」

「……っ。ま、まあな。雇い主に死なれちゃ路頭に迷っちまうし」


 こんな感じに第一王子の執務室では毎日のように現状を憂いた愚痴大会が開催されている。


 とは言ってもイストバーン様がぼやいてあたしが好き勝手意見を口にするだけ。ヨーゼフ様もマティルデも口を挟まず黙々と自分の仕事をこなすばかり。


 ヨーゼフ様曰く「会話しながらだと注意散漫になる」、マティルデ曰く「馬に蹴られたくない」。前者はあたしだって集中したい時は静かに没頭したいから理解できるが、後者は何言ってんだコイツ、となった。同僚が同意してきたので文句言えなかったけどな。


「んで、その馬鹿王子っていつ帰ってくるんだ?」

「予定ではもうすぐらしい」

「ん? 随分と早くねえか? イストバーン様の時はもっと期間長かったそうじゃん」

「近隣地域をぐるっと回って終了にするんだとさ。俺みたいに地方を漫遊するのも珍しいけれど、ヤーノシュみたいにさっと終わらせるのも異例らしい」

「やったって事実さえありゃいい、てか? 本質を見失ってるな」

「公務は嫌だけれど俺に好き勝手させたくもない。考えそうなことは丸わかりだな」


 セコいなあ。もっと堅実に実績を重ねていけばいいのに。現時点での王太子がこんな様子なんだから、前回の王国はさぞお先真っ暗だったんだろうな。まああの皇太子と意気投合するぐらいだ。推して知るべしって奴だ。


「ところで、王太子殿下が帰還されたらそれを祝して大々的に夜会を開催する、って聞いたんですけれど」


 ここにきて久々にマティルデが口を開いた。視線を移すと自分の仕事に一段落付けたらしく、仕事机の上を整理する途中だった。

 それにしてもコイツ、事務処理能力が高いな。あたしにも引けを取らねえのが驚きだ。


「王太子としての権威を誇示する為だって噂されてるよ。ここ最近の王位継承権争いって殿下の方が優勢だからね。王妃陛下が挽回のために計画してるらしい」

「うわあ、何ていうか、小賢しいですね。やることやってたら評価されるのに」


 おいマティルデ、そこで何であたしを見る? まさか前回はやることやってただけで皇太子達が釣られただけですぅ、とか言うつもり無えよな? もしそうなら一発ぶん殴っても罰は当たらないよな。


「それで、その夜会とやらにはイストバーン殿下やヨーゼフ様も参加するんですか?」

「王都にいる貴族階級の者は全員参加だね。殿下や僕も例外じゃない」


 貴族階級となるとこの部屋じゃああたしとマティルデを除いた全員か。んじゃあその日の仕事は早上がり出来るな。


「へー。もしかして相方必須だったりします? ヨーゼフ様はどなたと参加を? 婚約者とかいらっしゃるんですか?」

「婚約者はいないよ。僕は……誰と参加しようかな?」


 ヨーゼフ様はちらっとマティルデに視線を向けるものの、当のマティルデは気づく様子がない。これは本当に気付いていないんじゃなくて、そんな素振りを見せて相手をヤキモキさせてるだけだ。やっぱコイツの方が悪女じゃねえか。


「んで、婚約者なしぼっちのイストバーン様はどなたを連れ立って参加するつもりで?」

「酷い言い方だな。罰としてギゼラを相手に選んでもいい?」

「おいおい、こんな田舎娘を連れてくとか酔狂もいいところだろ。あたしだって恥かきたくないんだけど」

「そうか? 時折見せる礼儀正しさは他の貴族令嬢に引けを取らないと思うけどな」


 あたしは自分の髪を引っ張ってみせた。刈り上げよりちょっと長い程度の短髪で、気品も何もあったもんじゃない。そしてこれこそ最低のクズとして生を送った前回との決別の証でもある。


「この頭で行っても笑いの的になるだけなんだけど」

「それだけ短いならかつらかぶり放題じゃないか。何も問題ない」

「……。ゲテモノ食いにも程があるぞ。第一王子なんだから引く手あまただろ」

「無いよ。第一王子だからこそ下手な相手は選べない。ギゼラなら分かるだろ?」


 ……それはつまり、婚約しないことで自分の血を残す気はない、と王太子や王妃に示しているのと同じで、大事な夜会で貴族令嬢と並び立たなければ目を付けられない、か。それに、今後を考えればイストバーン様の傍は危険がつきまとうし。


「だったら気心知れたギゼラと一緒に参加したい。駄目か?」


 イストバーン様があたしの方をまっすぐ見つめてくる。あたしを捉えて離さない彼の瞳に吸い込まれそうになる錯覚を覚える。

 自然と「はい」と呟きかけたのを咄嗟に口を塞いで防いだ。危ねえ危ねえ。


「ドレスも宝飾品も持ってねえんだけど」

「それぐらい俺が準備させる」

「だらしねえ身体してるんだけど」

「コルセットで絞れば? 準備に手間がかかるなら王宮使用人を遣わすから」

「……貴族連中とお喋り出来る知識も情報も無えんだけど」

「ギゼラぐらい頭が良いなら機転を利かせられる筈だよな」


 ああ言えばこう言う、とばかりにあたしの挙げた懸案を処理していくイストバーン様。

 上手くかわせる言い訳が思い付かねえ、と頭を抱えそうになったところでふと気づいた。単純に「嫌だ」と断る気分に微塵もならねえ自分に。


 ……そうか、イストバーン様の誘われることそのものはまんざらでもないのか。


「……当日恥かいても知らねえからな」

「かける恥は二人でかけばいいさ。それが相棒って間柄だろ?」


 イストバーン様が朗らかに笑いかけてきたのでこっちも思わず顔がほころんだ。

 隣のマティルデや同僚達がはやし立てるけど知るもんか。


 だがまあ、あたし個人が馬鹿にされるのは別にいいんだ。いくらみっともなかろうが地味だろうが気にしねえし、社交界の評判なんぞどうだっていいからな。

 でも、あたしのせいでイストバーン様が馬鹿にされるのは勘弁ならねえ。


 いいぜ。やってやろうじゃねえか。

 度肝を抜く大変身ってやつをな。

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