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まずは書類仕分けして整流化だ

「つーわけなんで、とりあえず今日抱えてる書類全部あたしに見させてくれねえか?」

「いや、何が「というわけなんで」なのか分からないんだが」

「ここに提出されてくる書類は全部専門的なものばかりで、君達に任せるにはまだ早いんじゃないかな」

「いいから早くよこせ。それともこれからもこんな馬車馬みたいに働く気か?」


 昼休みと昼寝を終えたあたしは真っ先にイストバーン様に直談判した。んで彼の返答を待たずに書類受けに置かれた山のような束を自分の仕事机まで持っていく。これだけでも重労働で一仕事した気分になるんだが。


 同じようにヨーゼフ様や他の人達に盛り盛りだった書類束もあたしの仕事机の傍に積んでいく。さすがのマティルデも見かねたのか途中から手伝ってくれた。イストバーン様達はただ呆然とあたしの作業を眺めるばかりだった薄情め。


 あたしは自分の顔を一発叩いて活を入れて書類の確認に取り掛かった。とは言え正直真面目に読む気はこれっぽっちも無いんだよな。ヨーゼフ様が言った通りあたしはこの国の事情とか法律とか全く知らねえわけだしよ。


「とはいえ、案の定だわな」

「あの、ギゼラさん。尋常じゃないぐらい消化早くないですか?」

「そりゃそうだ。一枚目だけ流し読みしてるだけだからな」

「はあ? そんなおざなりな確認に意味あるんですか?」

「あたしがやってんのはふるいにかけてるだけだ。中身の確認はイストバーン様達がしてくれるぜ。ただし、コイツ等がまともになったら、の話だがな」

「まともに……?」


 マティルデは不思議に思ったのか、あたしが確認済みの書類を上から一枚だけ覗き見してきて、「うわあ」とかげんなりした声を上げてきた。止めてくれ、あたしまでげんなりしてきちまうじゃねえか。ノリと勢いでこなしたい作業なのによ。


「こんなのが毎日提出されてくるんですか?」

「本当だよな。仕事を舐め腐ってるにも程があるだろ。うちには下書きが送られてきていて清書までやってる、って言われた方がまだ納得するぜ」

「案外楽したいからって押し付けられてるだけかもしれませんよ」

「どちらにしたって馬鹿見る日々は終わりだな」


 まずイストバーン様に提出された書類束の確認が終わった。うちの文官が仕上げてきた文章はさすがに質が高くてほとんど見るまでもなかったので、イストバーン様の書類受けに戻しておいた。


 問題はイストバーン様御本人が手伝ってる、各部門から送られてくる書類なんだが……大半を却下差し戻しにしておく。面倒だったので入口付近に即席の箱を作ってその中に放り込んでやった。


「……これだけか?」

「ああ。他はイストバーン様の目を汚すだけだったからな。なあに、心配すんな。今までが異常だっただけでこれが普通だぜ」

「だが、アレだけの量を差し戻ししたら文句を言われるんじゃないか?」

「その対応もあたしがやっとくから。イストバーン様は自分の仕事だけやりゃいいの」


 同じようにヨーゼフ様方が抱えていた書類も全部斜め読みして確認、まともそうな奴だけ戻してやった。残らず目をまん丸くして薄っぺらくなった書類受けの束を眺めてるんだが、そんなに心配かね。


 んで、入口付近の箱の中にぎっしり却下した書類が詰まってるんだがどうするかね? こっちにも宮廷内郵便がありゃ楽だったんだが。こんなゴミをわざわざ関係部署回って届けるなんて時間の無駄だしよ。


「はー。どうすっかなコレ」

「悩んでる暇があったら給仕さんを呼んできて片付けさせればいいじゃないですか」

「……なるほど、お前頭いいな」

「いや、ちょっと。一般庶民の生活に慣れすぎて人を顎でこき使うのを忘れちゃいましたか?」


 とか思ってたら、いつの間にかマティルデが給仕を呼んできて持って行かせていた。第一王子命令ってことにしたら不満を飲み込んで引き受けてくれたんだとか。人海戦術であのうんざりするぐらい多かった返却書類はすっからかんになった。


 何かマティルデが「これから毎日同じようなお願いをするでしょうから、専任の方を選出するよう上長に掛け合っておいてくださいね」とか給仕達に笑顔で言ってた辺り、コイツも相当人を扱い慣れてるよな。


「稀代の聖女様が人に労働を強いるとか世も末だな」

「今のわたしは聖女じゃありませんから知りませんー。それに一人で一手に抱え込むのは馬鹿げてる、って前回思い知りましたから」

「いや、マティルデが負担を強いられたことなんて……あったのか?」

「少なくとももう聖女なんてこりごりだ、と思うぐらいのことは、ですね」


 書類の発送を見届けてから自分の席に戻ろうとしたら、執務室内から午前中の張り詰めた空気が霧散していることに気づいた。書類に視線を落として読み込む者、伸びをして唸る者、隣の席と小声で議論を交わす者、等、誰もが集中しているようだった。


 一番最初に見てやったイストバーン様なんて既に書類受けが空になっていた。まるで金貨を拾った子供みたいに凄く嬉しそうな顔をしてあたしの手を掴んでくるんだけど。あまりの迫力にたじろぎたくなったんだが。


「ありがとうギゼラ。おかげで助かった」

「……そりゃどうも。お安い御用だ」

「それにしても半端じゃない速度で確認してたな。どうやったんだ?」

「コツさえ掴めば文章として読まなくてもこう、俯瞰的に眺めてりゃ不自然な所が分かってくるもんだぜ」

「まさか。そんなこと出来るのか?」

「会得にそれなりに時間と技能が必要なのは認めるけどな」


 あたしが大半の提出書類を却下したおかげで、その日は日が沈む前の夕方には全員が今日一日の仕事を終えた。皆早く帰れることを喜ぶ……と思いきや、半分以上が本当に帰宅していいものか心配そうだったのが笑えない。


 メシ行こうぜ、と誘ったんだが、イストバーン様の旅に同行していなかった文官達は残らず断ってきた。折角だから早く帰って休みたいんだとよ。イストバーン様不在の穴を埋めるために泊まり込みとかしょっちゅうやってたらしい。


「イストバーン様はさあ、ちょっとは留守任せてる部下の把握ぐらいしとけよ」

「面目ない。何とかやれてるって報告は来てたんだが、ここまでだったとはな」

「まあ、反省してるならこれ以上は言わねえよ。それに、今後はあたしがやらせねえ」

「はは、それは頼もしいな」


 あたしの意気込みをイストバーン様は冗談半分で聞き流してくる。少し腹が立ったんだが今日の境遇を体験してみるとそれが普通になっちまってるのか、って驚きと哀れみが浮かんできた。


 次の日、あたしが出勤すると、どういうわけか第一王子執務室の前に人だかりが出来ていた。扉の前ではヨーゼフ様が立ち塞がっていて文句の集中砲火を受けていた。ああいう目には遭いたくねえな、と思っていたら、ソイツ等が何故かあたしを睨みつけてくる。


「お前か、我々が提出した書類を突き返してきたのは!」

「ああん? そうだが文句あんのか?」


 文句つけてきたのはいかにも偉そうな感じの男だった。「無駄に派手な服着て洗濯大変そうだなあ」とか「ヅラ似合ってねえしズレそうなんだが」とか笑えることばっか頭に浮かんで、こんな奴が怒っていようが怯える要素は何一つ無かった。


「なっ、なんて口の効き方だ……! お前、この私が誰だか分かっているのか!?」

「知らねえし知る価値も無えよ。あんなケツを拭く紙にもなりゃしねえゴミを送ってくる給料泥棒の相手なんざそれで十分だ」


 あたしはそいつが後生大事に抱えてた書類をひったくる。案の定あたしが昨日突き返してやった朱書き入りをそのまま持ってきたらしい。おいおい、こんな情けねえもんもう一度目を通さなきゃいけないのかよ。


「例えばコレ。一枚目から誤字脱字だらけなんだがテメエ等ちゃんと確認したのか?」

「は? いや、そんな筈は……」

「あまりにも多すぎて途中から嫌気差しちまったよ。ここなんか誤字ってるせいで文章が真逆の意味になっちまってるんだけど。このぐらい幼児でも間違えたら恥ずかしいぐらいなんだけど」

「しかし、今までそんな不手際なんて起こった試しが――」

「そりゃ今までは事を荒立てない為にうちが親切心働かせて修正してたからな。いつまでも改善される見込みが無えから慈善活動は止めたってわけ。分かったか?」


 どうやらこのお偉いさん、自分じゃろくに確認していなかったらしく、書類の出来に愕然としてるんだが。こっちとしてはもっと不満をぶちまけたい気分なんだが、まだ二日目のあたしはこれ以上言える立場じゃねえな。


「次。オタクんトコなんだけど、初っ端の表から計算間違ってたんだが」

「は? いや、まさか――」

「まさかも何も指摘受けて再計算しないまま文句垂れに来たのか? 正直表内の項目も怪しい点満載で問い質してやりたいところなんだが、その遥か以前の問題だな。この分じゃテメエ等ぶっ壊れた算盤を買い直す見積書も作れねえんじゃね?」

「ぐ、ぐぬぬ……」


 もう一人は大量の見積もりと予算調書を提出してきたけれど、ざっと暗算しただけで何箇所も計算誤りしてたんだよな。思わず頭抱えちまったぜ。これだと過去の国家予算もどれぐらいガバガバなのやら。


 他の連中もやっと朱書きの内容を慌てて確認しだして、その殆どが顔を青くする。どうやら自分達がいかに幼稚なしょうもねえ代物を胸張って出してきたのか、って今更ながら分かったらしい。


「言っておくが、これからも最低限文書としての体裁を整えてから提出してこない限りはまともに見ねえで突き返すからな」

「そんなの横暴だ! 貴様等は責任を放棄するつもりか!?」

「責任とか言われてもよぉ、ソレ、処理するのは第一王子殿下の仕事なのか?」

「……っ!」


 そして気になった点を聞き返してやったらソイツ等全員口を閉ざしてやんの。

 本来王太子がこなすべき執務をイストバーン様が幾らか肩代わりしてる、って認識はコイツ等もあるのか。


「どうしても通してほしかったらこっち通さないで王太子殿下のところ持っていけよ」

「あの御方は多忙なのだ! そんな迷惑をかけられるわけが――」

「ほー? んじゃあ第一王子殿下は迷惑かけてもいい、と。いい度胸してんじゃねえか」

「あっ、いや、今のは言葉の綾で……」

「ほら帰った帰った。もうちっとまともなの出してくりゃしっかり見てやるよ」

「くそっ。覚えていろ……!」

「はっ。おととい来やがれってんだ」


 無能共を撃退したあたしは執務室に入る。と、何故かイストバーン様やヨーゼフ様方みんなあたしの方に注目してくるんだが。入口の方か?と思って自分の席に向かうも、視線はあたしに追従してくる。


「えっと、どうかしたか?」

「ギゼラ……凄いな」

「いきなりどうしたんだよ?」

「いや、さっきの大立ち回り。文句言ってきた彼は国の要職だぞ」

「へー。あんなのがねえ。世も末だわ」


 あたしがあっけらかんと言い放ってやるとイストバーン様達はぽかーんと間抜けヅラをしてきたんだが、少し間を置いてから笑い出した。どうやら笑いのツボに入っちまったらしく、腹を抱えて笑う人もいた。


「でもさ、今日分の提出書類を全部突き返してやったせいで仕事無くなっちまったか?」

「いや、うちからも立案してるし、後回しにしてた方針打ち合わせとかもあるしな。まだまだ仕事は山盛りだ」

「うへえ。塩漬け物がまだ結構あるのかよ」

「ありがとう。おかげで助かった。これからも期待してるぞ、ギゼラ」

「……給料分は働いてやるよ」


 何だかんだで褒められたら嬉しかった。前回はやれて当然みたいな捉え方されてたからやりがいが無かったんだよな。義務的に処理してた、的な。


 そう考えるとあたしは自分が完璧であることで褒められたかったのかもしれない。

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