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過労環境は是正しなきゃな

 次の朝、身支度を整えたあたしとマティルデは宿舎を出発した。


 二人共宮廷女官の制服に身を包んでいる。大半を占める男性陣を惑わさないためか、女性らしさを一切出さない格好になった。具体的には肌は全く露出してないし身体の線も出てない。色合いも地味の一言なんだけど。


「なーんか、教会での修行時代を思い出すんだよなぁ」

「これなら使用人の制服の方が可愛いんじゃないですかね」

「宰相子息を誘惑する武器にはなりませーん、てか?」

「そっちこそもっと派手で豪華じゃなきゃ嫌、って癇癪起こさないでくださいね」


 初出勤なのもあって初日は迎えを寄越してくれるって話だったけれど、宿舎の前で待っていたのはなんとヨーゼフ様だった。彼はマティルデを瞳に映すなり顔を輝かせて丁寧に挨拶を送ってくる。あたしなんて完全にオマケ扱いだなこりゃ。


「おはよう、マティルデ嬢。貞淑な貴女も素敵だ」

「ヨーゼフ様、余計なおせっかいですけど、おべっかはここぞって時に出さないと飽きられますよ」

「それは良い事を聞いた。これからも君のことを聞かせてくれ」

「えー、どうしよっかなー。考えときますねー」


 宿舎から王宮まではそれほど遠くなく、治安の行き届いた表通りを歩いていける距離だ。これならいくら残業しても女一人で退勤出来るってわけか。いちいち馬車を呼ばなくて済むのは有り難いわな。


 あたし達の他にも王宮勤めらしき文官達が集結している。あたし達とそう年の変わらない若い連中から孫もいるんじゃないかってぐらい年取ったじいさんまで様々。ただし女性はあたし達以外見かけなかった。


 そうして連れて来られたのは第一王子の執務室だった。廊下歩く途中でヨーゼフ様からそう言われた時はいきなり秘書官とか無理だろ、とか思ったんだが、実際部屋の中を見て納得した。イストバーン様お抱えの文官達の仕事机も並んでたから。


「ギゼラ。今日からよろしく」

「第一王子殿下。このギゼラ、本日よりお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします」


 部屋の最奥窓際の席で書類に視線を落としてうんうん唸ってたイストバーン様はあたし達が姿を見せると仕事を中断してこちらへと向かってきた。出迎えを受けたなら、とあたしも丁寧にお辞儀をしたら……どうしてか驚かれた。


「あの……ギゼラ?」

「はい殿下。いかがなさいましたか?」

「一体どうしたんだよソレ。何か、昨日までと全然違うじゃんか」

「第一王子殿下の部下に相応しくあらんとしているだけでございます。ご不満でしたら元に戻しますが?」

「あ、と。少なくともこの部屋ではそこまで畏まらなくてもいいから」

「畏まりました。それでは……よろしくな、イストバーン様」


 頭の中を切り替えて普段通りに戻した。宙に浮いていた差し出されたイストバーン様の手を取って握手、ぶんぶんと縦に振った。呆気に取られる彼をよそにあたしは自分にあてがわれた仕事机の席についた。


 にしても……仕草の一つ一つが惚れ惚れするほど洗練されてたクソ女と比べたらゴミだなあたし。頭で分かってても身体が全然思った通りに動かねえ。やっぱ度重なる練習で身体に叩き込まないと駄目ってわけか。


「貴族令嬢の模範って讃えられてたギゼラさんが、情けないですねー」

「マティルデ、てめえ喧嘩売ってんなら買うぞ」

「いえ。雲の上だった人がわたしと同じ大地に立っているんだと思ったら何だか嬉しくて」

「……けっ、言ってろ」


 マティルデと雑談するのもここまで。あたし達二人の教育係はヨーゼフ様が務めるらしく、懇切丁寧に色々と教えてくれた。とは言え最初のうちは簡単な雑務からこなして、こなれてきたら重大案件も携われるんだとか。


 そんなわけであたしは忙しくて滞ってたらしい書類整理に取り掛かる。自分の仕事机の上に山積みされた書類の束を題目ごとに整理、不要な書類を処分するために山を分けて、一通りを和綴じで束ねれば終了、と。


 ある程度法則性が分かってくると作業の速度も段々と増してくる。調子に乗り出すと楽しくなってくるけれど、単調なので段々とやる気が無くなってきた。自分の山を消化し終える頃にはもう飽きちまった。


「あの、ギゼラ嬢?」


 椅子の背もたれに寄りかかっていたらヨーゼフ様が机を挟んだ向こうでこちら……というよりあたしの成果物を眺めていた。そんでもって先程まで山積みだった書類束がどこにいったのかと探しているようだ。


「まさかもうアレだけの量をこなせたのかい?」

「疑うんなら確認してどうぞ」

「ちょっと失礼……」


 ヨーゼフ様が驚いた様子で一束取ってぺらぺらめくっていき、やがて他の文官たちにも確認を求める。最後にイストバーン様にも持っていく始末。何でこうも大事になってるのかね、と内心呆れながらその様子をぼけーっと眺めておいた。


「何か不備あったか?」

「いや……文句の付け所がない。逆にどうしてここまで完璧に仕上げられたんだ?」

「書類の整理なんてどこも似たりよったりじゃないのか? 宿屋の帳簿と同じさ」

「そういうものなのか……いや、早く仕上げてもらう分にはいいんだ」


 絶対言えねえけど、前回は皇太子妃教育の一環で皇太子の公務もある程度やってたからな。必然的に回数を重ねれば効率のいい処理方法も分かってくるってものだ。国が違ったって差異は少ねえだろうしな。


 とは言え、驚かれて今更気付いたんだが、そんじょそこらにいる町娘が身につけてる能力じゃなかったな。かなり強引にごまかしちまったが、どうにかみんなに納得してもらえてほっとしたぜ。


「じゃあ悪いんだけどさ、まだまだ整理してない書類あるんだ。任せていいかな?」

「げっ。まだあんのかよ……。こういうのは溜まらないように普段から整理しとくもんじゃねえのか?」

「残念なことにそんな余裕が無くてね……。特に昨日まで殿下と僕は不在だったでしょう。その挽回もあるかな」


 おかわりを貰っちまってげんなりしつつ、結局作業の手は止めなかったとさ。


 部屋の外、そう遠くない場所で鐘の音が鳴り響く。どうやら教会が正午をお知らせしているようだ。

 あたしは作業の手を止めて伸びをする。隣に視線を移すとマティルデも肩を揉みながら腕を回していた。彼女も複数の山積み書類を整理仕切ったようだ。


「意外だな。マティルデも事務業務出来たんだ」

「失礼ですね。前回はあの方の手伝いだってやってたんですから」

「はあ? まさかアイツ、マティルデにまで雑務押し付けてたのかよ。おいおいおい、今回アイツ大丈夫かー?」

「何とかなるんじゃないですか? 知りませんけど」


 昼時だしメシだメシ、と期待を膨らませていたんだが、他のみんなはイストバーン様を含めて誰も休憩する素振りすら見せない。ヨーゼフ様だけが一旦切り上げてあたし達の方へ歩み寄ってきた。


「君達の食事は隣室に用意させてるから、行こうか」

「イストバーン様達は?」

「ああ、非常に言いにくいんだけど……昼休憩はしないんだ」

「はあ?」

「パンを齧ってスープを飲みながら書類を確認していく。それが当たり前のようになってしまっている。凄いだろ?」

「凄いだろ、って……全然自慢出来ないじゃんか」


 信じられなくて振り返ると、確かに使用人達が各仕事机に配膳している。器用に片手でスプーンを口に運びつつもう一方の手で書類をめくる姿は何というか、異常にしか思えないんだが。


「マティルデ嬢もギゼラ嬢も殿下達に合わせる必要は無いから、安心して」

「でも皆さんを尻目にわたし達だけのんびりくつろぐわけには……」

「何だ、そう言ってくれるならお言葉に甘えさせてもらうぜ」

「ちょっとギゼラさん……!?」

「仕事の虫共に合わせてたらこっちの身体がもたねえっつーの。放っとけよ」


 後ろめさに悩むマティルデはさておき、あたしは遠慮なく昼休憩を取らせてもらうとするか。ちゃんと食事は食事でメリハリを付けたいし、昼寝しないと午後頭がスッキリしねえんだよな。


 昼食は簡素ながらさすがは王宮で出される料理だけあってとても美味だった。デザートまでは流石に出てこなかったけどソレを求めるのは贅沢ってやつだ。それでも食後の紅茶が出てくるんだから、ちょっとした貴族様気分だ。


「それじゃあ僕は戻るけれど、マティルデ嬢達は次の教会の鐘が鳴るまで休憩してていいからね」

「あ……はい、分かりました」


 ヨーゼフ様は昼食を終えると早々と仕事に戻っていった。残されたあたしは……部屋の隅のソファーに寄りかかって目を瞑る。おやすみなさい……と寝る気満々だったんだが、隣に思い詰めた表情のマティルデが座ってきたし。


「戻らなくていいんでしょうか……?」

「戻りたきゃ戻ればいいじゃん。あたしは休んでくから」

「お昼も休まないなんておかしいですよ。人手が足りてないんですかね?」

「それもあるんだろうが……こりゃイストバーン様が割食ってるな」

「と、言いますと?」


 書類を整理してて気付いた。治水とか干ばつみたいな自然災害対策、かき集めた税金の用途、国の行事の準備。例を上げるときりないんで打ち止めにしとくが、明らかに第一王子風情に回される量じゃない。


「外交に関しての書類も入ってたからな。普通国を左右する重大案件なら国王や王妃、最低でも王太子が指揮を取るだろ?」

「でもイストバーン様は第一王子殿下で……あっ」

「そう、王太子でもないイストバーン様が一手に引き受けてる現状はどう考えても異常だろ。国王や王太子も健在みたいだしな」

「つまり……仕事を押し付けられている、って言うんですか?」


 裁量権が増えるだけなら害じゃないんだが、人を雇う事務費と釣り合ってないのはかなりヤバい。足りない時間を補うなら昼休み返上の残業上等で取り組まないとな。もしくは自腹を切ってでも人員を増やす、辺りか。


 就職先がブラック体質とかマジ勘弁してほしいんだけど。こっちは前回マティルデに現抜かした皇太子の尻拭いだけでもうんざりだったってのによ。ヨーゼフ様の言いっぷりだとしばらくあたし達はぬるま湯につかっててもいいみたいだったけど……。


「しゃあねえなー」

「皆さんの手伝いに行くんですか?」

「バーカ。ここであたしが本気出してみろ。もっと詰め込めるじゃねえか、って他から更に押し付けられるのが目に見えてるだろ」

「じゃあどうするつもりなんですか?」

「決まってるじゃねえか」


 せっかく誘ってくれたんだ。それに見合う仕事はしねえとな。


「あるべき姿に戻してやるだけだよ」

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