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なんか婚約破棄されて処刑されたんだが

「ギゼラ! この皇太子ラースローの名においてお前との婚約は破棄する!」

「……は?」

「そして私は未来の大聖女であるマティルデと婚姻する! そう、貴様と違うこの素晴らしい女性と私は真実の愛で結ばれるのだ!」


 公爵令嬢ギゼラはそりゃまあ最低の屑だった。


 神聖帝国の公爵家といえば過去何度も皇后を輩出する由緒正しい家柄だったか。そこの娘として生を受けたギゼラはその生まれに相応しくあれ、と育てられたわけだ。貴族社会において階級は絶対のもの、って歪んだ価値観を植え付けられてな。


 ギゼラは傲慢で横暴で尊大で、ひょっとしたら世界は自分を中心に回ってる、とか勘違いしてるんじゃないかってぐらいクソ女だった。多分ギゼラを快く思ってるような酔狂な奴なんざ存在しねえんじゃねえかな。


 少しでも気に食わない奴がいれば公爵家の権力を振るって破滅させてきた。破産に追い込んだり悪評を広めたり。酷い時には暴漢に襲わせて傷物にしたりと、そりゃもうやりたい放題だったっけ。


 でもな、そんな風に思い上がるのも仕方がないぐらいギゼラは優秀だったんだ。教養、礼儀、交流、何を取っても非の打ち所が無かったしな。貴族の中の貴族、とは誰が言った言葉だったか。とにかく貴族令嬢の模範だって評判だったか。


 しかもだ、ギゼラは奇跡を授かった聖女っていうんだから世も末ってやつだわな。神の奇跡の一端を行使出来る奇跡を授かる人は希少で、それがギゼラの増長に拍車をかけたのは間違いないね。


 更に更に、ギゼラは絶世の美女と言っていいんじゃねえかな。男連中の視線を集めて女共の嫉妬を煽る、そんな魅力をギゼラは自覚していたんだからよりたちが悪い。ちょっとでも気に食わない女子を何度醜いだのと嘲笑ったことやら。


「何を馬鹿なことを仰っているのやら。わたくしと貴方様との婚約は皇帝陛下と公爵家によって取り交わされたもの。貴方様のご一存で覆せるような契約ではなくてよ」

「はっ、何を言い出すかと思ったら。この私がただの思いつきで言い出したとでも勘違いしたか? 当然事前に陛下からもお許しを得ているに決まっているだろう!」

「なっ……!?」

「今までよくもまあ皆に悪意を振りまいてくれたものだ。貴様に虐げられたと告白してくれた者など両手でも数えられないほどいたぞ!」


 そんな見た目と優秀さと家柄があってか、ギゼラが神聖帝国皇太子の婚約者に選ばれたのはまあ当然の成り行きだったわな。ギゼラはむしろそれが当然とばかりに引き受けやがったし、そんな自己中女を皇太子ラースローが気に食わないのもまた当然だったんじゃね。


 それでも国立の学園に通い始めるまではそれなりに良好な関係は築いてた。あくまで仕事仲間って感じで愛だの恋だのなんざ微塵も無かったがね。二人共思うところはあっても相手が自分の伴侶になるとは疑いもしなかったしな。


 そんな関係が覆ったのは、あー、まあ、マティルデが現れてからだったか。


「特に貴様がマティルデに対して陰湿な嫌がらせをしていたと判明している! もはや言い逃れは出来ん!」

「嫌がらせなど、心当たりがありませんわ」

「おのれ、この場においてもなお自覚がないか。なら皆に貴様の悪行を知ってもらうためにも全て明らかにしてくれよう!」


 マティルデは平民、しかも汚らわしい貧民街出身の小娘……だったんだが、聖女としての適性が認められて彼女を取り巻く環境は一変した。教会に預けられた彼女は神から与えられた才能をめきめきと伸ばしていったわけだ。


 それこそ、ギゼラなんざメじゃないぐらいに、な。


 一応言い訳させてもらうと、ここ最近の聖女って称号は貴族令嬢の箔程度にしか役立ってなかった。教会の腐敗が酷かった時代だと神から奇跡を貰ってなくても金さえ積めばいくらでも聖女って名乗れたらしいし。


 なもので、ギゼラにとって自分が聖女であることは社会的地位の一種としてしか価値が無かったんだな。だから率先して授かった才能を伸ばそうとも思わなかったし、奉仕活動なんざ必要最低限をこなす程度だった。


 そこに現れた本物の聖女サマだ。周りからちやほやされるのは道理ってもんだろ。


「貴様がマティルデの教科書や手記を破り、筆記具を焼却炉に捨て、制服を汚したことは多くの証言が取れている!」

「存じませんわ。証言をした方は思い違いをしてらっしゃるのでは?」

「ああそうだろうな。貴様は卑劣にも自分の手を汚さなかったからな。実行犯はいつも貴様の取り巻きだ。罵声を浴びせたのも、脅迫したのも、あまつさえ暴行に及んだことも、全て貴様が命じたことだと分かっているんだぞ!」


 自分こそが頂点だと疑っていなかったギゼラにとっては、ギゼラ以外が愛されるのはそりゃもう屈辱だった。で、生意気な小娘を黙らせようと動くのは当然の成り行きなわけで。そんなわけでマティルデへのいじめが始まったってわけだ。


 はじめは小馬鹿にする程度だったんだが、めげないマティルデに腹が立ったんだろうな。次第に拍車がかかって私物を壊したり恫喝したり髪を引っ張る頬を叩く等の暴力に訴えたりもしたんだ。


 そんなマティルデなんだが、こんなに心が清い奴が実在するのかってぐらい純真無垢でな。相手を尊重するし他人への思いやりもあったし、精力的に奉仕活動に参加して汗水流して、おまけに笑顔が可愛い。


 そりゃ男連中も惹かれるわな、って納得する魅力があって。皇太子ラースローを初めとして多くの男子がころっとやられるのにそう時間は要らなかった。挙げ句、連中は己の家族や婚約者なんかよりマティルデを最優先に考えるようになったわけだ。


 別にそれが悪いとは言わんよ。一介の公爵令嬢なんぞより稀代の聖女の方を大切に扱うのは実に理にかなっているし、神聖帝国の安寧にも繋がるしな。

 ただ、納得するかは話が別だった、ってだけの話さ。


「挙げ句、貴様はならず者をけしかけてマティルデを害そうとしたようだな。尋問したら依頼者は貴様だと白状したぞ」

「そんなのわたくしを貶めるデタラメですわ! 皇太子ともあろうお方がならず者とやらの証言を信じるのですか!?」


 マティルデを守るラースロー、マティルデを害するギゼラ。二人が破局に向かうのは自然の流れだったわけで。元々愛なんざ無い契約上の間柄だったけど、マティルデの出現で憎み合う関係に変わっていったわけだ。


 ギゼラはならず者連中を雇ってマティルデを汚しつくそうと目論んだんだが、寸でのところでラースロー達聖女親衛隊御一行様に阻まれた。その時ラースローがマティルデを庇って重傷を負うんだけどマティルデが覚醒、奇跡を施して治癒したんだ。


 んで、夜会の場での断罪劇に至ったってことさ。


「未来の大聖女の命を脅かしたこと、そしてこの私に刃を向けたこと、万死に値する。よって皇太子ラースローの名においてギゼラからその身分を剥奪し、大罪の罰として火刑に処することをここに宣言する!」

「なんですって!?」


 結果、ギゼラは夜会にてラースローに断罪されるに至った。正義は我にありと誇りと自信に満ちたラースローと彼にしなだれて頬を紅色に染めるマティルデ、対する憤怒と憎悪で顔を歪ませたギゼラ。そりゃもう一目瞭然な構図だった。


「衛兵、直ちにギゼラを捕らえろ!」

「ちょっと、何をするんですの、離しなさい! このわたくしを誰だと……!」

「公爵令嬢でなくなったただの傲慢な女だ。それが何だ?」


 ラースローも馬鹿じゃなくて、夜会の場で突然断罪劇を披露したわけじゃない。皇帝や公爵を始めとする各方面への事前の根回しは済んでいた。ギゼラは本当に大聖女を虐げた罪人として扱われて投獄されることになる。


 そこからのギゼラの境遇は悲惨の一言に尽きたな。日が当たらないカビ臭い地下牢にぶち込まれるわ、残飯にも劣る貧相な餌を与えられるわ、殴られ蹴られは序の口で、耳元で怒鳴られたり、欲望のはけ口にもされたっけ。


 最初のうちはどうして自分がこんな目に、とか、貴方達を絶対に許さない、的にやかましかったギゼラはうるせえの一言で顔面と腹を殴られながら暴行されたわけで。さすがの高慢ちきだったギゼラも次第に心折られていったのさ。


 まあ中には己の欲求に従う下衆野郎ばっかじゃなくてギゼラに恨みを晴らしに来た奴もいたっけな。そいつが言うには自分の家族と同じ目にあわせてやる、だったか。案の定全く覚えてなかったギゼラに怒り狂ったそいつは怒りを暴走させたけどな。


 心身ともに徹底的に痛めつけられたギゼラは最終的に大衆の前に晒された。美しかった容姿も豊満だった身体も見る影もなくて。職人が丹精を込めて作ったドレスの代わりに所々破れて穴だらけの布一枚を身に纏ってたし。きらびやかな宝飾品の代わりにギゼラを飾るのは大衆から投げられた卵とか青果物だったのさ。


「これより大罪人ギゼラの処刑を執り行う!」


 ギゼラの味方なんて誰一人いやしなかった。両親の公爵夫妻は早々にギゼラを勘当したし、弟や妹は侮蔑するばかり。友人とは縁を切られたし、慕っていた後輩は嘲笑してくる始末。何も知らない観衆は聖女を脅かした魔女と罵声を浴びせてくるし。


 恨み辛みをぶちまけてやろうって気力すら失っていたギゼラは足元で火が燃え上がるのも他人事のように眺めるばかりだった。ざまあみろと口角を釣り上げるラースローもその傍らでほくそ笑むマティルデももはやどうでも良かった。


 ただ、一体どうしていれば良かったんだ、と思うばかりだった。

 何を間違えてしまったのか、と嘆くばかりだった。


 こうしてギゼラは偽聖女だの魔女だのと罵られて死んだ。

 誰も悲しみやしなかったし、ギゼラがくたばった程度で何も変わりやしない。

 最低の屑が報いを受けた。ただそれだけの話さ。


 ところが、だ。他の誰もが見捨てても唯一人ギゼラを見捨てなかった奴がいた。

 神は言っていた。ここで死ぬ定めではない、と。


 こうしてあたし、つまり公爵令嬢ギゼラは普段どおりの朝を迎えた。

 クソ女として最後を迎えた筈のあたしは過去からやり直す破目になったのさ。

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