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世界は子を愛す  作者: 大介
第2章 命

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第91話 努力

 話し合いを終えて皆でお風呂に入りました。


 檜のお風呂は素晴らしいです。上品な木の香りで疲れが取れていくようです。今日の授業で精神的に疲れていたのでしょう。とても癒されます。

 お風呂の中でリアはリオリナに抱きしめられていて既に眠っています。リオリナが幸せを感じているように見えます。お母さんのような母性を感じる柔らかく優しい笑顔で大切にリアを抱きしめています。この姿を見ればリアは幼い子だと気づくことができたでしょう。

 アンジェは私とフィーがお母さんに甘えるのを躊躇していると理解してお母さんに抱きしめられています。説教されたばかりですが気にならないのでしょう。私を見てニヤニヤ笑うと思ったのですがアンジェは眠るのを耐えているみたいです。

 お母さんに抱きしめられるのは眠りたくなるほど心地よいのですね。明日はフィーが抱きしめられたいと思っているはずなので私は明後日に抱きしめてもらいます。


 年齢を下げてまで甘えるつもりなのに躊躇していては勿体ないですから。


 お風呂から出ると脱衣所で髪と体が乾きました。お風呂でも髪と体にお湯をかけるだけで済みます。髪と体を拭く必要まではないのでとても贅沢な環境です。

 お母さんがリアに寝間着を着せてリオリナに抱かせると先に布団部屋で眠るように言いました。リオリナは嬉しそうにリアを抱きしめて布団部屋に入りました。


 リアとリオリナ以外はリビングの椅子に座りましたので16歳の赤ちゃんについて聞きました。お母さんに過去を知る覚悟を問われましたが、私の細胞を使い実験していたのは予想できていますので「大丈夫です」と答えました。それなのにあらすじを聞いただけで私の予想は粉々に砕け散りました。余りにも甘い考えをしていたことに嫌気がします。あの腐った国は絶対に滅ぼさなければなりませんでした。

 そしてリアは分身として敵に紛れ込ませたそうです。アンジェも中に入っていたようですが、リアは否定され裏切られ絶望的な状況の中でも多くの生命を救う計画を考えて成功させたのです。肉体を持たない分身として生まれているので赤ちゃんなのです。

 リアは偽の母に不満を持ちつつ我慢していましたがアンジェを娘にすると言われて激怒したそうです。精神が濁ればアンジェとリオリナが悲しむと考えて封印を自ら望んだのです。そのことをリアは逃げたと反省しているみたいですがアンジェは逃げていないと断言しています。リアにどのような説明をしても反省することはやめないので何も言わないのだそうです。

 本物か偽物か分からなくてもリアはアンジェを巻き込んだ母親を消そうと考えました。分身のときに得た思考力だけでは心を守ることができなかったのですね。お母さんが大切なものについては我慢できないと言っていたのはこのことだと分かりました。


「ディア、覚悟があると言ったでしょ。あらゆることを受け入れることができるのを覚悟があるというの。予想内の話を聞くことができるのを覚悟があるとは言えない。リオリナは未来を予想して命を捧げたわけではないわ。自分の選択に絶対後悔しないと覚悟したのよ。ディアの甘さの原因は大体のことができてしまうから。だけどそれは用意された課題や問題の対処に限る。何でも好きなようにしていいと言われてしまうと何もできない。リアは国ができたら放置してアンジェと一緒にリオリナに乗って世界を旅する予定なのよ。ディアは教育の管理者を誰かに任せて偶に視察すればいい仕組みを作りなさい。自由な時間を作り好きに過ごす。多くの命と触れ合い多くのことを経験しなさい。目の前のことに真摯に向き合って行けばやりたいことが見つかるはずよ。フィーも同じ。焦らず勉強して遊びなさい。他に聞きたいことがある?」


 世界の管理者と教育の責任者として過ごすつもりでいました。私は自由を知りません。好きなことをしてもいいと言われても何もできません…。

 お母さんに言われた通り大体のことができました。それが甘さに繋がっているとは思いませんでした。ですが目的もなく自由に勉強してもいいと言われたら何を勉強すればいいのかが分かりません。


「私は何故そのような欠点を持っているのですか?」

「常に狙われていたからよ。隙を見せないように心を隠して蝋人形のように固めてきた。無難な受け答えに終始し相手を観察することに集中した。その結果ディアは自分を知らない。心を隠す術を知っているのだから心を見せる術も知りなさい。今の心がディアの望んだものであれば文句ないけれど、狙われていたことで出来上がった心のままでいてほしくないわ。私と馬に甘えて過去を溶かしなさい。馬を通して自分を知りなさい。甘えられる年齢になったのは今の自分が嫌だからよ。これから望む自分に成長すればいいの。先程も言ったばかりだけれど、目の前のことに真摯に向き合いなさい。もう大丈夫?」


 今まで自分のことを考えたことがありません。

 そして誰にも隙を見せないように生きてきました。


 模範解答するだけの蝋人形ですね。


 お母さんに抱きしめてもらい今の自分が嫌になったのでしょう。ですがそのことすら自分では分かっていません。自分でも自分の気持ちが分からないほど隠してしまっているのですね。

 家族を侮辱する存在が許せないのはこれからの暮らしを守り抜きたいと思っているのでしょう。当時も同じ考え方をしていたのだとすれば両親は確実に殺していたはずです。国も滅ぼしていたでしょう。


「はい。大丈夫です。私はお母さんに甘える必要がありますのでアンジェは1人で寝てください。お風呂の中で抱きしめてもらったので十分でしょう。明日からはリオリナに頼みなさい。」

「お母さん、既に個性的だよ。姉さんは甘える必要ないでしょ。」

「母に甘えたいと思うのは普通のことでしょ。それに体を交換したのだから皆私の子なの。寝るときは全く同じ分身を作るわ。私と眠っている間は親離れするのは無理よ。世界から離れられる生命は存在しないわ。リアは少し特殊で私の分身に近いので、リアだけ親離れできるかもしれないわね。それでは寝るわよ。」

「私は6歳のままでいいかな…。」


 フィーがボソッと凄いことを言いました。

 甘え続けるのが許されるのであれば検討するべきなのかもしれませんね。


 リアは赤ちゃんですがお母さんが分身として生み出した子ですので特殊でも不思議ではありません。親離れできるのかどうかの違いしかないのが面白いですが、お母さんの言う通り世界から離れて生きられるはずがありません。新しい体で本当のお母さんの子になれているのが嬉しいので親離れについては気にしないことにしましょう。

 布団部屋の襖を開けると予想通りリオリナがリアを抱きしめています。横向きに寝てリアを抱きしめることができて大満足なのでしょう。

 お母さんが全く同じ分身を作ることでリオリナのようにアンジェを抱きしめるのでしょうか?今から騒ぐのは体裁が悪いので明日確認しましょう。


◇◇◇

翌日の午前8時。


「…さい。全員起きなさい!起きられないと思っていたけれど、予想通りね。」


 時計を見ると8時になっています。夜の20時に布団に入った記憶がありますので12時間も眠っています。睡眠も必要のない体のような気がしますが明らかに眠りすぎですね。過去も含めてこれほど眠り続けたのは初めてです。お母さんは分身を消しているのでアンジェとどのように眠っていたのかは分かりません。


 二度寝したいと思うのも初めてです…。


「顔を洗って着替えて午前は資料館で勉強よ。午後は専属選び。朝食がほしいと思ったらいつでも言いなさい。とにかく早く動きなさい!」

「はい。」

「はーい。」


 リアが眠ったままですね。リオリナが抱きしめながら声をかけていますが起きる気配がありません。空腹もなく抱きしめられている赤ちゃんですので起きられない気がします。


「リオリナ、抱きしめるのをやめなさい。リアが2日間も眠り続けたのを忘れたの?」

「そうでした。残念ですが抱きしめるのをやめます。」


 胃に食事でも入れられていたのでしょうか?

 2日間も眠り続けるのは何かされていないと無理でしょう。


「リア様、朝ですよ。勉強の時間ですから顔を洗って着替えて資料館です。」

「ん…、あれ?私はいつから眠っていたの?」

「リアはお風呂の中で眠っていたよ。私もお母さんに抱きしめられていたら眠りそうになった。」


 リアが焦って寝間着を確認しています…。

 胃に食事を入れられてお漏らししても眠り続けてしまったみたいですね。


「リア、今後は心配する必要ないよ。」

「そうだったね。赤ん坊は自分で起きられないのが辛いよ。」


 このような感じで普段から口癖のように言っていたのですね。

 お母さんの言っていたように隠す気が全くありません。アンジェがリアの純粋な心を利用して私を馬鹿にしたのが確定しました。


 顔を洗い寝間着から普段着に着替えたのですが全員分いつの間に用意したのでしょう。模様も違いますし型も違います。ワンピースにシャツやズボンなど様々な服が箪笥に入っています。

 資料館に移動しリオリナ、リア、アンジェ、私、フィーと横並びで椅子に座りました。


「アンジェ、お母さんとはどのように寝たのですか?」

「全く覚えていないんだよ。一瞬で眠った気がする。交代したいの?」


 嘘を吐いている感じはありません。私も一瞬で眠った気がするので余り差はないのかもしれません。どちらもお母さんですし動物の世話もしているはずです。


 本当のお母さんは多忙なのですね…。


「姉さん、何から勉強すればいいのか教えてほしい。最終的には全部読むつもりだけれど、本の数が凄いから混乱しそうだよ。」

「リオリナは文字の読み書きです。リアは算数が終わったら数学と物理です。リオリナの飛行訓練に必要な知識ですよ。アンジェは勝手にしなさい。フィーは文字の読み書きはできますか?」

「できるよ。何すればいいの?」

「昨日の根に持っているね。私はリアの手伝いだから社会を勉強するので大丈夫だよ。」


 アンジェの様子が変わったように感じるのはお母さんの影響を受け続けていたからなのかもしれません。アンジェも間違いなく隙を見せない生活をしていたはずですので、蝋が溶けて本来の心が出せるようになっているのでしょう。

 それに今のアンジェは私よりリアを守ると分かります。赤ちゃんを守りたいと思うのは当然のことですけれどね。社会を勉強するのもリアを手伝うのにはいい科目だと思います。


「フィーは種族について勉強しましょう。恐らくお母さんが蘇らせる順番に本が並んでいるはずです。とりあえず妖精だけ勉強です。多くの種族を同時に蘇らせることはないでしょう。そのあとは魔法について勉強しましょう。フィーの勉強している内容は私が把握しておきますので安心してください。」

「お願いね。ディア姉だけが頼りだから…。」

「リオリナは文字の読み書き最優先で魔法の勉強はお風呂の前後だけでいいよ。仮想体を覚えて魔力操作を鍛えることができるようになると今後に差が出るからね。」

「はい。リア様のために頑張ります。」

「仮想体は重要だね。魔力操作の基礎だから覚えるのは早い方がいいよ。だけど文字の読み書きと計算は必須だからこの時間は文字の読み書きだけに集中した方がいいね。」


 なるほど。お母さん、姉妹を圧倒するのは本気で大変です。リアとアンジェの会話を聞いていただけでよく分かりました。差をつけるために仮想体を使って本を読破してもいいのですが馬と真摯に向き合うのにそれは駄目な気がします。

 今の私に一番大切なのは専属馬に私を知ってもらうことです。勉強を焦る理由は何もないので仮想体で魔力操作の練習だけしていればいいでしょう。

 皆が目的を持って勉強しているので時間が過ぎるのがとても早く感じました。気づいたら11時を過ぎています。12時に馬は昼食をとると思いますので13時に厩舎に向かいましょう。


「フィー、難しいですか?」

「今まで鏡を見るのが嫌だったから難しいよ。」


 鏡を見るのが嫌ですか。理由を聞いても…、家族に遠慮してはいけませんね。


「フィー、理由を教えてください。対応策がないのか考えたいのです。」

「お城で暮らしていた頃の私の部屋は壁が鏡だったんだよ。鏡に映る私は体のどこかがないから自然と見るのが嫌になった。体のないところは王女が食べてるんだよ。部屋には監視がいて死なないように止血されて放置されてた。雑用させるときは全身が治されるけど血塗れなのはそのままで顔を拭くだけで監視に殴られたよ。」


 血が沸騰したように熱くなり殺意が漏れ出そうになりましたが必死に抑え込みました。


 3歳の子を拷問して食べるだけでも異常です。鏡で部屋を囲むことで精神的に追い詰められるでしょう。監視までつけて自由を完全に奪う。それも実験なのでしょうけれど、余りに腐っています。


「フィー、鏡を見るのはやめです。離れましょう…。これを見て練習してください。」


≪分身≫

意思を持たせずフィーと全く同じ姿で作りました


 資料館に姿見があるのは仮想体の練習のためだと思います。しかしフィーが過去を克服するのを急ぐ必要はありません。成長すれば自然と克服できるかもしれないのですから…。


「こんなこともできるんだね。これなら集中できるよ。」

「まずは自分を見て仮想体を作れるようになることが大切です。次に目を閉じて仮想体を作れるように練習します。私は本を読んでいますがフィーの仮想体は確認していますので安心してください。簡単に作れるようになれません。覚えてからも仮想体の完成度を高めていくのを忘れては駄目なのです。常に自分を意識して作る癖をつけてくださいね。」


 簡単にできるものではありません。フィーのように自分の姿を嫌悪していた期間があれば猶更難しくなります。それが拷問の結果なのですから最悪です。これ以上は聞けません。今すぐにフィーの記憶を消してあげたいと思ってしまうのです。


「最終的にはどのくらい詳細に作るといいの?」

「全く同じです。左右の手にある線や足の爪の形まで正確に再現するのです。最終的にはですのでまずは顔を再現してみましょう。」


 私も練習を継続中ですからね。分身であらゆる生体認証を突破できるようになりたいと思っていますが、ここにはそこまでの文明がありませんね。ですが私が導入すれば問題ありません。


「詳細に作れるといいことがあるの?」

「詳細に作ることも魔力操作の練習になるのです。最小の魔力を自由に操作できるようになると魔獣や普通の人には負けません。練習していない人には見えないのです。」


 フィーは死が身近に感じられる環境で過ごしてきたので殺すことに抵抗が少ないと思います。人間を大勢殺した私が教えるのもおかしな話ですが、フィーには殺さないように魔法を教えていかなければなりません。


「負けなくなるんだ。ディア姉は殺してるでしょ。どんな人を殺したの?」

「私を殺そうとした人、攫おうとした人、悪意を持って尾行してくる人、襲ってきた人などを身を守るために殺していました。お母さんが用意してくれた体は魔法を使わなくても人が殺せるのです。殺すことよりも殺さないことを考えた方がいいでしょう。」


 この体は大型の魔獣以外は拳を突き出すだけで殺せます。不意に誰かを殺してしまう前に殺さないように手加減する訓練をリオリナとしていたリアは偉いですね。


「体の違いは大きいね。殺さずに身を守る方法を考えるよ。」

「その通りです。勉強すればたくさんの状況に対処できるようになります。極力殺さずに解決できるように頑張りましょう。」


 私たちに悪意を持って攻撃してきた相手をお母さんが許すとは思えません。そのため私たちで解決できなかった場合は相手を消して終わりになる気がします。

 生まれた環境や病気によりどうしようもない場合もありますが今はとても恵まれているのです。だからこそ命と真摯に向き合わなければなりません。

 リアは赤ちゃんだから意識せずに全力で行動できるというのは間違いないのでしょうが、命と向き合い大切にしているのは考えてのことです。赤ちゃんだからではなくリアだから動物に好かれるのです。

 気持ちが伝わりやすいのは良いことばかりではありません。欲や悪意も相手に伝わるのです。リオリナや他の馬がリアに惹かれていたのは赤ちゃんだからではありません。リアが努力した結果です。赤ちゃんだからうまく行ったと考えるのは失礼です。

 大体のことができたので自分のできないことには何かあると考えてしまうのは悪い癖です。絶対に直さなければなりません。昨晩お母さんにリアについて聞いてしまったのもそれが理由でしょう。家族の努力を素直に評価できない人になりたくありません。


「フィー、厩舎に行きましょう。アンジェも行くのでしょ?」

「うーん、難しいね。」

「本を片付けるから待ってよ。」


≪分身解除≫


「時間があるときに円形とか三角形とか四角形を作るといいですよ。但し、練習中に眩暈や空腹を感じたらやめてください。魔力の使いすぎです。使い切ると気を失いますので出した魔力を維持して形を変えていくのが一番です。出した魔力を維持する練習にもなりますよ。」

「分かった。時間があるときに作るよ。」

「お待たせ。厩舎に移動だね。転移するよ。」


 アンジェの転移により厩舎の前に移動すると馬を並べ終えたお母さんが待っていました。


「アンジェはフィディーと仔馬を連れて遊びに行きなさい。左2頭が牡で右4頭が牝よ。」

「はい。」

「はーい。」


 アンジェは少し離れて親子のように立っている馬に近づきました。乗馬はせずに一緒に歩いて散歩するみたいです。私は牝馬だけを見るつもりですがフィーは牡馬を見ています。

 昨日と同じように馬が全く目を合わせてくれません。フィーが言っていた私の視線が通り過ぎた後の馬の視線も意識してみましたが全く分かりません。


 馬の気持ちになりましょう。


 目の前には何を考えているのか分からない得体のしれない子供がいます。無視することはできません。ですが専属には選ばれたくないでしょう。私でも嫌だと思います。


 1頭ずつではなく少し下がり4頭を同時に見ました。


 見られていることに気づいているので視線を合わせてくれません。頭の角度、体の重心…、私を一番避けている馬を見つけました。薄茶色の毛で鬣と尻尾は白色ですね。


 可哀想だという思いもありますが一緒に頑張りましょう。


「専属をこの子にします。理由は私の専属になりたくないように見えたからです。」

「斬新な決め方をしたわね。楽しんできなさい。」


 お母さんは微笑んでいますが馬の気持ちも理解しています。

 選んだ馬に間違いはないようですね。


「それでは行ってきます。」

「ええ。夕暮れまでには帰ってきなさい。」


≪念話≫


「あなたの気持ちは何となく分かります。乗馬しても構いませんか?」

「はい…。いいですよ…。」


 明らかに悲しそうです。

 心が痛みますがお互いのことを知りましょう。


≪乗馬≫


「好きなように行動してください。休憩も水を飲むのも自由です。私も私のことが分かりません。私のことを話しますので思ったことは何を言っても怒りません。私のことが分ったらあなたのことを知りたいです。構いませんか?」

「分かりました。拒否権はありませんからね…。」


 早速言いたいことを言ってくれたみたいですね。残念ながら拒否権はないのです。

 気怠そうに歩いているのが分かります。それほど嫌なのですね…。


「理解していただけで嬉しいです。私のことはディアと呼んでください。あなたは今からアデロです。アデロは私が何を考えているのか分からない。今どのような感情なのかも分からない。それで合っていますか?」

「はい…。何も分かりません。ここまで分からない人を見たのは初めてです。」


 私は完成度の高い蝋人形になっているようです。


「簡単に説明します。私は常に狙われていました。誰にも隙を見せることはできませんでした。その生活が続いたことで誰にも興味なく誰にでも同じように受け答えする、心を隠して固めた人形になっていました。お母さんに抱きしめてもらったことで家族を大切にする気持ちは分かりましたがそれ以外が分かりません。隠して固めてしまった心を見せることができるようになりたいのです。どうすればいいのですか?」

「えぇー!?私に聞くのですか?家族について分かったのはお母さんに抱きしめられたからですよね。それなら乗馬せずに私に抱きついてください。落とさないように歩きますから。」


 抱きつくことで少しでも心の距離を近づける方法を提案してくれたのですね。


≪下馬≫


 降りてすぐに飛行してアデロの背中に抱きつきました。


「とても温かくて心地よいです。アデロは優しい子ですね。私は今の母に甘えたことしかありません。私を産んだ元母親は私のことをお金になるとしか考えていませんでした。今の私は甘えていると思うのでアデロで2人目です。何か分かります?」

「分かりません。簡単に分かるようにならないですよ。意識していないのにここまで隠しているのは凄いですね。好きなことや嫌いなことはないのですか?」


 質問してもらえるのは助かります。お母さんが言っていたように自分のことを知らないのに自分のことを話すのは、難しすぎて何を話せばいいのか分かりません。


「私を狙うのは人間の男性が多かったので嫌いです。牡馬は嫌いではないのですが何となく避けたくなります。好きなことはありません。勉強以外は何もしたことがないのです。勉強も好きではなく身を守るためにしていただけです。」

「身を守るために勉強して身を守って1日が終わるのですか。男性から狙われ続けたら嫌いになるのは当然ですね。何か自慢できることはありますか?」


 楽ですがこれは成長に繋がるのでしょうか?

 分からないのですが聞かれたことには真摯に答えるべきですね。


「勉強は簡単でした。人ができることは大体できました。できないことはないと思っていました。ですが全て身を守るために必要なことでした。私のできないことは何か隠されていると考えてしまう悪癖があるみたいです。それは絶対に直したいです。」

「勉強が得意だったのでそれ以外のことができる人を見ても同じことができると考えてしまうのですね。できないと何か秘密があると考えてしまう。取り柄がそれしかないと考えているのでしょう。実際は限られた範囲でしかなかったことが分かったのか教えてもらえた。何ができないと分かったのですか?」


 私の話を十二分に理解してくれます。アデロはとても賢いですね。


「自分の気持ちや感情を相手に伝えることです。自分でも分からないのです。それで母に専属に自分を知ってもらいなさいと言われましたが、今の自分を伝えることもできないのです。」

「今のディアは伝わっていますよ。男性が嫌いで大体のことができると勘違いした何も伝えることができない少女です。もっと言うなら馬から避けられる少女です。普通の馬なら一目見ただけで関わらない方がいいと感じます。何も分からない人が怖いのは誰でも同じだと思います。それがクロニクル様の長女ですから質が悪いですよ。とりあえず今はそれでいいじゃないですか。」


 それを伝わったことにするのですか。優しい子ですね。


「それでは今から全力で走ったり水に飛び込んだりします。魔法は駄目ですよ。鬣を掴んでもいいので落ちないでください。落ちたら自己責任でお願いします。クロニクル様の娘ですから力が強いですよね?潰さないでくださいよ。服と体は厩舎に戻れば乾くので安心してください。準備はいいですか?」

「最初に言った通りです。好きなように行動してください。」


 抱きついたままでも落ちないと思いますが咄嗟に力を入れてしまう可能性がありますので、念のために鬣を掴みました。それを合図と受け取ったのかアデロが走り始めました。

 リアがリオリナと一緒に飛ぶのを飛行しているのとは違って楽しいと言っていましたが、確かにこれは自分で走るのとは違いますね。

 風が気持ちいいです。目に映る景色が次々と移り変わっていくのが新鮮に感じます。自力で走ったり飛行したときよりも速度は遅いのですが綺麗に見えるのです。アデロの体温や鼓動や呼吸を感じているからなのかもしれません。アデロの命に乗せてもらっている気分になります。

 朝起きれませんでしたので敷地を把握できていませんが、それでよかった気がします。何も知らないのでアデロが何をしてくれるのか楽しみに思えるからです。


 川が見えてきました。リオリナの歩く練習用に作った狭いほうでしょう。確かにここを往復するだけでは景色が変わらなくてつまらないでしょう。そのようなことを考えているとアデロが川に飛び込みました。

 ザバァーンという音と共に川に沈んでいきます…。


 深すぎませんか?

 これはずぶ濡れどころか水浸しですね。全身が川に沈んでいます。


「全力で走った後に水中に潜るのは苦しくないのですか?」

「頑張っているので演技でもいいのですから私の気持ちも少しは考えてください。」


 確かにその通りです。

 私のために頑張ってくれているのですからアデロが喜ぶような表現をしてあげるべきです。


「アデロの背中で感じる風も景色も素晴らしかったです。命を感じました。感動しました!」

「それは感想ですね!演技してください。驚いたり笑ったりしてください。分かっていますか?演技してください!水面を泳ぎますので驚いてくださいね。」


 感想と言われてしまうと間違いありません。アデロが水面に出たときに驚いた演技を全力でしましょう。アデロが水底を蹴り浮上します。最高の驚いた演技を披露しましょう。


「ぷはぁ!深いところに飛び込む勇気は凄いですね。驚いて足が震えています。」


 水面から出たときに苦しかったかのように息を吸いました。更に足をプルプルさせるという完璧な演技です。これで文句ないでしょう!


「演技の内容を話す人がどこにいるのですか!?私の背中にしかいませんよ!水中が苦しくて深くて怖かったと言いたいのですか?それは嘘の感想ですよね!新たに分かりました。演技力なしです。得意な勉強で演技力を磨いてください。疲れたので馬房で休みますから背中で仮眠していてください。」

「アデロの言う通りだと思いますが私の演技指導しても仕方なくありませんか?」


 アデロは何がしたいのでしょう。

 演技させることで背中に乗せている人の気持ちが分かるようになるのでしょうか?


「私を喜ばせるために決まっているではありませんか。やる気なくしますよ?頑張ってください!」

「私に色々なことを考えさせるためですね。頑張ります!」


 私には身を守ってきた経験しかありません。普通の人ならどのような反応をするのか調べて自分で演技してみることで気持ちが分かるのかもしれません。やはりアデロは賢いですね。


「絶対に違うことを考えていますね。主は馬に不満を持たれたら説教されます。これから私はディアを知る努力をする。ディアは私を喜ばせる努力をする。分かりましたか?」

「はい。よく分かりました!」


 説教は必ず回避しなければなりません。

 アデロの言う通りお互いに努力するのは大切なことだと思います。

何でも言い合える相手は大切です。

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