第72話 近くて遠い存在
「リア、起きる時間だよ。予想通りの結果でしょ?」
姉さんの声だけでは起きられなかった…。
リオリナの馬房の中がオレンジ色に照らされていて夕暮れ前だと分かる。
リオリナから下ろされて床に寝かされているので姉さんがお漏らしを対処してくれた。そして魔法で起こしてくれたのだと分かる。10歳なのに自分で起きられずお漏らしまでするのは悲しいよ…。
≪強制命令解除≫
絶対に効果ないと分かっていた。
睡眠中に強制命令が発動するのであれば眠ったまま動かすことができてしまう。
「嫌な予想は当たるね…。魔石に精神を貼り付けて睡眠を解除してもらうのが一番だと思うけれど、分身の反乱があったので抵抗があるの…。あっ!お母さんに言われたことを思い出したよ。仮想体を作って起きていればいいと思ったけれど、長期間続けると危ないのかな。」
「そうだね。問題がないと検証できているわけではないから。起きられるようになるまでは精神の奥に魔石を置いておくのが一番。『起きて』と声をかけられたら睡眠解除する魔石を作って精神の奥に貼り付けてあげる。孤児院で襁褓を交換していないのでお母さんから罰を与えられている気分だね。リアがこのままだと練習が進まないよ。」
眠ったら起きられないのだから起きていればいいのだけれど、リオリナは背に乗ってほしいと考えると思うし私も背に抱きつきたい。
今は姉さんにお願いするのが一番だね。
「リオリナ、明日は起きられるようになっているので休んで。今日は本当にごめんね…。」
「いいえ。私も勉強になりました。明日を楽しみにしています!」
リオリナが私を励ますために明るい声を出してくれている。
誰のための行動なのか明確にしなければならない。お城に行くべきなのかリオリナと話して確認することができた。話すことができるのに独断で私の怒りに巻き込んでしまった…。
「姉さん、お願いね。それと姉さんの記憶の中にお母さんの過去も入っているの?」
「魔石は今日中に入れておくよ。お母さんの記憶は入っているけれど、何かあったときに確認するだけで全てを見てはいないしリアも見たら駄目だよ。把握できない数の恐怖症の元になった過去なのだから。誰か1人は残しておくべきだと思い私が保持している。リアに入っている記憶を消そうか?見たら確実に精神が濁る。そして怒りと憎悪をぶつける先がなく精神が濁っている人をとりあえず殺しに行くようになると思う。」
姉さんですら見たら危険だと考えている記憶。食事の時間は記憶を見ようとしているので間違って見てしまう可能性がある。安全を考えるのであれば消した方がいい。
それにお母さんの記憶を消してあげたいと思っているのに私がそれを知る必要はない。お母さんが話してくれることだけで十分。
そして姉さんが保持しているのは万が一に備えているのだと思う。
「姉さん、今すぐ消して。赤ん坊が母親の記憶を知っているのはおかしいでしょ。」
「お母さんを一番悲しませる結果に繋がるからね。今から消すよ…。これで大丈夫。それでは料理部屋に移動するよ。」
一度も見たことのない記憶が消えただけなので何も感じない。だけど姉さんに確認してよかった。私ではどのような形で記憶が入っているのかが分からないので姉さんの記憶を見ていくのも怖い。それに記憶を消すためには記憶のある場所を知る必要があるので必ず見ることになる。そして詳しく見ないようにしても絶対に気になるから…。
姉さんの転移で料理部屋に移動した。
お母さんが料理の本を読みながら部屋にいるのは何故なのかな。
「お母さん、何故ここにいるの?仮想体を作る練習の時間だよ。」
「30分でどうにかなるものでもないでしょ。午前に末っ子を教育した後が仮想体を作る練習の時間だよ。それに鏡を見るのが嫌いなよ。習得するには時間がかかりそうだわ…。」
「お母さん、リアから相談されてお母さんの記憶を消したよ。少し成長したみたい。」
成長していないよ…。見たことのない記憶を消しただけなのだから。そしてお母さんが言った鏡を見るのが嫌いなのも過去と繋がっている気がする。ゴミ女がお母さんの姿を鏡に映して見させようとしていたのだと思う。ゴミ女ではなく生ゴミだよ。
「そうなの。何故消そうと思ったの?」
「今日から食事の時間を使って記憶を見ようと思っていたからね。お母さんの記憶がどこに入っているのか知らないし母親の記憶を赤ん坊が知っているのはおかしいでしょ。それにお母さんから消す予定の記憶を私が持っている理由も見る理由もないよ。」
姉さんは冷蔵庫から食材を出している。私も姉さんが何を作るのか聞いて冷蔵庫から食材を出して料理を始める。この部屋に家族以外を入れない理由があるのかな?
クリスが料理を作るつもりがないから入れないようにしたの?だけどミュリエルなら教えたら作ってくれそうな気がする。
姉さんが家族専用にしているのには必ず理由がある。
「お母さん、新しい馬の主は話し合いで決めるの?」
「母馬と仔馬の母馬が人と馬に対する不信感が強すぎるの。だから私が世話するよ。これにはフィディーも納得しているからね。それとクロア、牡馬はどこかに飛ばして。あの馬は精神が濁っていないのではなく濁らなかっただけ。既に選ばれた馬だという考えが透けて見えた。精神が濁るのは時間の問題だよ。」
今までは序列最下位で全てを否定されてきて大人しくしていたけれど、姉さんに助けられたことで勘違いしてしまったのかもしれない。
「リア様ー!」
悲痛な声で私を呼んでいる…。
何かが起きているのだと分かるけれど、リオリナには何もさせない!
「状況次第では殺すから!」
コンロの火を消して母さんと姉さんに向かって告げる。
姉さんは私が何に怒っているのかを分かっているみたい。
≪転移≫
リオリナの馬房に移動した
紺色の毛の馬が前足を使い藁で横になっているリオリナを無理やり立たせようとしている。
見たことのない馬なのでお母さんが先程言っていた馬だと思う。
藁の一番高い所に跳び乗りリオリナを起こそうとしている馬に向かって跳び胸を蹴った。
地を滑るようにして壁にドンと激突した。
手加減は覚えたし姉さんが作った馬房は壊れないと思っていたよ。
改めてリオリナの体を見ると血が出ている所が多い。
蹄で何度も引っ掻かれた傷だね…。
≪高位回復魔法≫
リオリナだけ治癒する
≪多重念話≫
「私の馬を怪我させて許されると思っているの?君は殺すよ。」
「リア様!」
「うぐっ…。な、何故選ばれた俺を避ける!?優秀な仔が産まれるのだぞ!」
いつ選ばれたの?避けられる理由も分からないの?
あの国には君のような馬がお似合いだよ。
「帰っても人気者だね。じゃあね。」
≪睡眠≫
名も知らぬ馬を眠らせる
≪多重念話終了≫
≪記憶読み取り≫
被害に遭った牝馬が他にもいないか確認する
姉さんが救出してから馬房で大人しくしている。そしてお母さんと末っ子が挨拶に来たときも普通に対応しているようにしか見えない。だけどお母さんだけが違和感を覚えた。別格だよ…。
夕暮れまでは動かず姉さんと私が厩舎から移動した後にフィディーの馬房に行っている。
フィディーの目つきが鋭いので不審者だと感じているのだと思う。そのため馬房に入れさせないようにしている。だから早々に諦めて隣の馬房に移動した。そこで藁が坂になるように積まれているのを見て足が悪いと判断して襲うことに決めたみたいだね。
≪記憶消去≫
お城の厩舎で姉さんに会う直前まで記憶を消す
≪転送≫
リオリナがいたお城の訓練場に移動させた
「何もされていない?」
「は、はい…。大丈夫です。」
殺意は漏らさずに優しく聞いた。
記憶確認が絶対だとは思わないし何かされていたら殺さなければならない。
≪鎮静≫
リオリナを落ち着かせる
「落ち着いた?」
「はい。とても安心しました。」
落ち着いたら大丈夫だと言えるの?
魔法の効果が切れても落ち着いていられるの?
考えても分からない…。
「聞こえていたと思うけれど、今晩から声をかけられたら起きられるようになる。だけどそれが何時かは分からないの。だから不安になれば声をかけて。寝る前に私から声をかけるよ。そのとき正直に答えて。とりあえず戻っても大丈夫?」
「あれほど早く来てくださったので安心しています。大丈夫です。ありがとうございました。」
魔法が切れて思い出したら怖くなる気がする。緊急事態だと判断するべきだね。リオリナを感情把握する。そして念話の魔力線に感情把握の情報を乗せるようする。
「それでは行くね。絶対に我慢しては駄目だよ。」
「はい。分かりました。」
念話したときにリオリナが落ち着いていると分かった。
嘘を吐く気がするので魔法で確認させてね。
≪転移≫
料理部屋に移動した
料理本を読んでいたお母さんと料理中の姉さんがコンロの火を止めてこちらを見た。
「襲う牝馬を探すためにフィディーから順に確認してリオリナの馬房の藁を見て足が悪いと分かり襲うことに決めた。念のために記憶を確認したけれど、被害に遭った牝馬はいないよ。俺は選ばれたから優秀な仔が産まれると言っていた。魔獣の餌にしようと思ったけれど、結末は同じだと思うので記憶を消してお城に戻したよ。」
「お母さん、助けたばかりの動物で怪しいと思ったら追い出すか縛って。ここに来て早々に特別とか選ばれたとか考えていたら追い出すから。」
「分かったよ。クロア、この部屋は防音されているでしょ。我慢するのをやめなさい。感情を抑えるのが辛いのでしょ。半年前と今では違う。そして今はクロアの感情を刺激している。一番腹立たしいのはクリスの考え方と言動?特別や選ばれたと考える存在?もしくはお漏らしを対処させている私かな?」
今でも感情がないときと同じ姉さんを演じているのかな。会話の中にそれが分かるように部分があったのだろうか。姉さんの表情はいつもと変わらないように見えたけれど…。
そしてお母さんが何故分かるのかが分からない。姉さんが隠している感情を見抜くことは常人ならばできないと思う。それができてしまうお母さんを遠く感じる…。
姿が見えないほど遠いと分かっていてもより遠くに感じてしまう。
「クロア、感情を得た16歳の少女には腹立たしいと感じることが多いはずよ。半年間も別人格でいたのだから突然感情を得たに等しい状態だと思う。今までは聞き流せたことでも胸につかえる。感情が漏れそうになる。クロアの不満は分かっているけれど、自分自身で口に出さなければ収まらない。ここでなら言えるでしょ。赤ちゃんがいない方がいいのであれば外に出てもらう。それとも私に言ってほしいの?」
「自分で言うよ。末っ子がいなければ大丈夫だから。結界内では寄生しようとする人を追い出してきた。私の力が目当てなのかお金が目当てなのか理由は違うけれど…。だけど寄生し続けているクリスと染められそうなミュリエル。自分の希望だけを言いミュリエルを指導しているように聞こえるけれど、何一つ自分の力だけではできない。研究所の機材や資料は別人格の分身が全て揃えた。優秀な研究員だという自負があるので今の状況に何も感じていない。余りにも厚かましく感謝すらしない。家族と家族以外で差がないので今のままでいいと姉さんに言っているけれど、大きな差がある。消しても問題ない存在。記憶が意図的に消されたのかもしれないけれど、有益な情報や知識が何もない。手伝うと口にしたこともない。視界に入るだけで不愉快。そして半年前とは別人の可能性まであるのが最悪だよ。」
姉さんの不満に気づかなかった私も勘違いしていた…。
クリスが新しいことに挑戦しているように感じていたのだから。
少し考えれば分かることなのに…。クリスは当たり前のように姉さんに頼む。感謝すらせずに全てを用意させようとする。それは間違いなく厚かましい存在。別人格のときは何も感じていなくても本来の姉さんであれば不満に決まっている。
そして別人だと考えられるという事は本来のクリスとは違いが見られるのだと思う。姉さんの表情からどちらも似たような存在だと思うけれど…。
「クロア、今すぐ魔石と研究所を封印。そのあとミュリエルには私が説明するよ。クリスが部屋で着替えた直後に封印して。クリスとミュリエルの行動を監視しているでしょ。クリスが結界内に何も仕掛けていないよね?」
「大丈夫だよ。他力本願を前提とした目標をミュリエルに語っているだけだから。」
お母さんは即断即決で姉さんの行動まで把握している。クリスについて私が知っていることが今は余りないので何も言えない。だけど姉さんが監視するほど疑っているのは半年間の記憶が大きいのだと思う。
「クリスを封印したら教えて。本格的な話はお風呂上りに末っ子を魔法で眠らせた後から。クロアは眠っても大丈夫だよ。疲れているでしょ。」
「話を聞くくらいは大丈夫だよ。リアの魔石も作らないと駄目だからね。」
「その魔石は必要だけれど、姉さんが馬の怪しい動きに気づかなかったのは我慢の限界だったから?」
他にも理由があるのかもしれないけれど…。
「動物は交尾しているかもしれないでしょ。フィディーは交尾を拒否したようにしか感じなかったよ。そしてリオリナが恐怖した直後にリアが突撃した。それに感情だけでは馬の行動を判断するのが難しい。心に傷がある馬しかいないから。感情把握しているけれど、問題が起きたときに早期発見するのも難しいよ。交尾があるので思考把握していないのが主な理由だね。」
「フィディーは馬房に入れていないからね。それに私も交尾している動物を思考把握したくない。お母さんが不信感を持った動物は最低でも縛った方がいいよ。」
「興味ない牡馬を馬房に入れる牝馬はいないよ。だけどリオリナは反応できなかった。リアと繋がっている安心感と心の傷が原因だろうね。普通は発情していない牝馬の馬房に入る牡馬がおかしいけれど、それほど勘違いしていた。それに思考把握しない方が賢明だよ。今後新入りは必ず確認するから。」
とても納得できる理由。流石に交尾している動物を思考把握する気にはなれない。これだけ普通に人と話せるのだから動物は別だと割り切れない。
それに姉さんは男性恐怖症が治っただけで男性嫌いは変わらないと思う。家族の中で男性と結婚する可能性があるのは末っ子だけだね。
「お母さん、封印したよ。」
「それでは行ってくるね。」
お母さんは急いで料理部屋から出ていった。
クリスがいなくなればミュリエルが孤立してしまう。今日は反省の意味も含めて孤立させておくのか対処するのか分からないけれど、孤立させたいとは思わない。
とりあえず姉さんと私は料理の続きを始めた。
「姉さん、お母さんはミュリエルを家族に入れるつもりがあると思う?」
「現時点ではないよ。お母さんは家族で一番厳しいからね。馬への無茶な指示を家族以外がしていたら間違いなく追い出している。ミュリエルは拷問による洗脳教育されているけれど、孤児院で真面目に働いていたから。末っ子と一緒に勉強させるのか仕事を与えると思うけれど、本気のお母さんは予想できない。早速お母さんから指示が入ったよ。夕食の時間はミュリエルの話し相手をリアにさせるみたい。何も知らないからこそ話せることもあるでしょ。」
夕食の時間に記憶を見るのは無理みたい。睡眠時間を減らすしかない。見なくてもいいのであればお母さんが姉さんの記憶を見るようにと指示を出すはずがない。
お母さんの指示を聞いたときには料理を終えていたので盛り付けて配膳する。私の席はそのままなのでクリスの席に座れという事だね。
姉さんに念話したという事は理由があると思うけれど、それが何か分からない。
食事が始まるといつも通り家族が話し始めた。
ミュリエルから口を開く気配はない…。
私から話しかけるべきだね。
「ミュリエル、お母さんに何を言われたのか知らないけれど、今の事態をどのように考えているの?」
「このままだとクリスさんに洗脳されると言われました。それが何故か分かりません。」
魔石が原因とかではなくミュリエルの考え方が変わる危険があると話したのかな。ミュリエルはクリスが自分を洗脳する理由が分からず洗脳されている気もしない。
ミュリエルの過去に原因があるけれど、お母さんはそれに触れていない。
「私はクリスのことを詳しく知らないけれど、あの人は何ができるの?今まで何をしてきた人なの?」
「ドラゴンを研究してきてドラゴンを生み出せるそうです。知識も豊富で勉強を教えることもできるそうです。」
都合のいいことしか話していない気がする。もしかするとクリスは何も考えていないのかもしれない。どちらにしろその言葉だけでは本当のことなのかは分からない。
「クリスは研究所を作っていないし機材も用意していないよ。ドラゴンの素材を探しに行く場所や日時については話したの?この前の話を聞いていて思ったの。手が届くことはした方がいいと話していたけれど、姉さんの力を利用するのが前提なら手が届いていない。姉さんが2人のために全て準備しなければならない理由がない。姉さんの力を利用することが当然だと考えているのであれば今まで追い出された人と同じだと聞いたよ。クリスから何を聞いたのかは知らないけれど、間違っていると思う。」
「家族でなければクロアさんの力を借りられないという事ですか?」
クリスが無自覚だとしてもこれは酷い…。
ミュリエルまで破滅に巻き込んでいるのだから。
「家族なら姉さんの力を好き勝手に利用できると思っているの?家族でも基本的には許されないけれど、唯一許されているのがお母さん。それでも皆が楽しめることや結界内の環境を整えることにしか借りていない。自分のためだけに利用するという考え方は間違っているよ。」
「自宅に住めるのであれば家族とそれ以外の人で違いはないと聞きました。何かあるのですか?」
ミュリエルがクリスに聞いた話を疑い始めた…。
拷問による洗脳教育された過去が全て受け入れてしまう。自分よりも立場が上の人の言葉は疑えないのだと思う。だけどクリスよりも私の方が立場が上だと考えたみたいだね…。
「一番大きな違いはいつでも消せるという点だよ。家族であれば説教したり注意することで間違っていることを正そうとする。だけどそれ以外は消して終わり。ミュリエルは孤児院で頑張って働いていたみたいなのでお金を渡して追い出してもらえるかもしれないけれどね。」
「そのような話は初めて聞きました。何故誰も教えてくれないのですか?それにここでは目標や目的があればいいと聞きました。それも違うのですか?」
言われたことしか知ってはいけない環境だったのかもしれない。
自主的に何かすることはなくしてはいけない。但し、言われたことだけはしなければならない。
「ミュリエルは結界内で追い出された人を見てきたでしょ。それなのに何故ミュリエルは自宅に住んでいるのに何もしようとしないの?自宅に住めるのだから信用を得たのだと思うけれど、何もしなければ失うよ。それに家族で何もしていないのは末っ子だけだからね。」
「それでしたらクリスさんには何故あれほど自信があるのですか?」
同じ立場で自分よりも先に私たちと暮らしていたクリスに従えば問題ないと考えた。
やはり根底には立場が上の人に従うという洗脳が残っている…。
「クリスは何もしていないのに勘違いしたままでいる。今まで一緒に暮らしていなかったので見逃されてきた。ドラゴンの細胞さえあれば姉さんだけで十分なの。ここの研究所で人を生み出せるようにしたのも姉さんなのだから。クリスが何したか聞いていないでしょ。別人格から本来の人格に戻った姉さんは半年間クリスが何もしていないことを知った。とりあえず我慢してクリスに話を合わせた。だけど姉さんの不満に気づいたお母さんが怒っているの。孤児院で仕事してきたのであればここでは仕事するのが前提だと分かるでしょ。その前提で目的や目標がなければ人生が楽しめないという事だよ。」
「私の終わりは決まっているのですか?挽回できる機会はあるのですか?」
クリスの言っていた内容をこのまま続けていると追い出されるか消されると知った。自分が死ぬかもしれないのに冷静なのは洗脳によるものだね。クリスが洗脳するというよりは自身に残っている洗脳が問題だね。これはミュリエルが悪いわけではないので救う方法を考えなければならない。
「決まっていないよ。挽回できる機会はあるけれど、何かできる仕事はある?」
「仕事は孤児院で子供を世話したことしかありません。他には何もできません。」
孤児院を潰してミュリエルだけが残っているという事は他の人には家族がいたのか問題があったのだと思う。そして死ぬかもしれないのにできないことを平気で言えてしまうのがとても悲しい…。
「今の末っ子は見ての通り普通の3歳児。午前中は乗馬するために勉強しているので午後から暇になる。勉強しても遊んでもいい。乗馬さえしなければ馬と一緒に遊ばせてもいい。4人をまとめる中心人物になれる?4人の過去については秘密。困ったことがあれば相談していいよ。できそう?新しい仕事を覚えるのもいいけれど、自分の仕事を明確にしておかないと不安でしょ。」
「分かりました。生き残る道がそこにしかないのであればやります。失敗すれば死ぬだけです。」
指示された内容の難易度に関わらず失敗は殺される組織。だけど仕事はしたことがないので殺した経験などはないけれど、拷問に近い訓練はしてきたはず。それなのに精神が濁っていないのは凄いことだよ。
孤児院で働くことができたのだから末っ子と触れ合うことで自発的に考えられるようになれるといいと思う。上下関係に縛られず楽しめばいいと思う。
末っ子がミュリエルを頼らざるを得ない状況を作る。
「末っ子は注目!午前中は乗馬するために勉強しても午後からは予定がない。そこで4人のためにミュリエル姉さんに力を貸してもらうよ。5人で勉強してもいい。5人で遊んでもいい。だけどミュリエル姉さんがいれば5人で馬と一緒に遊べる。そしてミュリエル姉さんの専属馬は遊びに参加してくれる。楽しければ日毎に馬の参加数が増えていく。但し、ミュリエル姉さんとの約束を破ったら終了。馬に危害を加えても終了。ミュリエル姉さんはお母さんと常に念話を繋いでおくからね。遊ぶ内容はミュリエル姉さんに確認してもらいながら4人が主体で考える。多重念話は使えるようにするよ。早朝に専属馬や準専属馬と会話するのでしょ。お昼過ぎから遊ぶ内容を伝えれば馬も参加しやすい。そのときはミュリエル姉さんが馬に伝えた方がいい。馬の不安をミュリエル姉さんも参加するという事で和らげる。今すぐ決めて!4人の作戦会議にミュリエル姉さんが入り一緒に遊ぶのか違う仕事を覚えてもらうのか決めなければならない。今回も危険な指示を出したら最短で3年は乗馬を諦めることになると覚悟してね。」
「大人の意見は必要だよ。」
「私も大人ですがもう1人くらいは必要ですね。ふふん!」
「絶対に3年では済まない気がする。慎重に考えた方がいいね。」
「作戦会議は食事の時間とお風呂に入る前です。お願いします。」
参加する馬が少なければ末っ子の考えた遊び方が悪いことにすればいい。楽しいと厩舎で評判になれば参加する馬が増えるのだから。
ミュリエルも遊ぶ内容が問題ないか考えなければならない。洗脳が残っていると教えるよりも自然に洗脳が解けた方が絶対にいい。知ることで解決する問題ではないのだから。
「ミュリエル、お願いね。」
「分かりました。それでは紙とペンを使わせてください。」
≪転移門≫
10枚の紙とペンを取り出してミュリエルに渡した
「紙とペンをいつでも使えるようにミュリエルの部屋に用意しておくよ。あとはよろしくね。」
「ありがとうございます。まずは言わせていただきます。何故作戦会議しているのに誰も紙に書いていないのですか?賢い3歳児だと思っていましたけれど、これでは普通ですね。そこから教えなければ駄目だとは思いませんでした。私が紙に書きますから1人ずつ楽しめると思う遊びを言ってください。遊び方は毎日フィオナさんに提出します。誰の提案なのかも書きます。言いたいことだけを言って人の意見に耳を傾けないから失敗するのです。誰からでもいいので言ってください。あっ!もしかして作戦会議はこれからなのですね。既に始めていると勘違いしてしまいました…。」
ミュリエルが口に手を当てて間違えていることに気づいたような表情をしている。
これが子供には効果的なのだと思う。
「そうだね。そろそろ会議を始めよう!」
「やはり大人には見抜かれますか。流石です。ふふん!」
「そろそろ会議の時間だね!」
「絶対に馬鹿だと思われました。悲しいです。」
流石だね。やはり子供を操る能力は高い。
限られた環境の中で遊び方を考えてもいいけれど、遊ぶために必要な場所や物が作れるようになれば遊びの幅が広がる。途中からよりも最初から姉さんの力を借りられた方がいい。だけど制限は厳しくする。
ここで間違った説明すると私が説教される…。
本能で何故か全身が震えるような説教に違いない。
「最後に5人は聞いて。今ある場所で遊ぶだけならばミュリエル姉さんの許可で十分だけれど、クロア姉さんの力が必要な遊びを思いついたときはお母さんの許可が必要になる。但し、全ての馬が遊べる場所にすること。そして全ての牛が遊べる場所も考えること。私の提案だから助言しておくよ。午前中の余った時間は牛や馬と会話する時間に使うべき。まずはミュリエル姉さんの専属馬に自己紹介から始めなさい。走る速さ、跳べる高さ、力強さ、走っている馬とぶつかっても怪我しなのか、などだね。4人は馬のことを知らずに乗馬禁止になった。だけど馬も4人のことを知らない。遊ぶ方法よりも馬と遊べることを証明するべき。馬は4人とぶつかって死なせてしまうことが怖いはず。一緒に遊べば事故が起きる可能性があるけれど、死なせてしまうくらいなら遊びたくないと考える。明日は自己紹介を徹底的にしなさい。ミュリエル姉さんも今の自分を知っておいた方がいい。ミュリエル姉さんに回復魔法を渡すけれど、馬のためだよ。私は手加減を知らなくて失敗したから。そのくらい考えられるよね?手加減も覚えられるよね?」
ミュリエル姉さんに回復魔法を渡し末っ子には多重念話を渡した。
「そうだよね。自分たちのことを知ってもらわないと。」
「私の力を教えてあげます。極みの力です。ふふん!」
「そうだね。普通は子供が死ぬ可能性が高いから。」
「完全に盲点でした。自己紹介の方法を考えましょう。」
「待ってください!私の専属馬が怪我する気がします。それも重傷を負う気がします。教えるのは大切なことですが馬の体を使うのが怖いです。」
これはとても難しい問題だね。木などを使って力を教えることはできるけれど、加減を間違えて馬を怯えさせることになりそう。自己紹介が思ったよりも難しい…。
「姉さん、明日の昼過ぎは5人に付き添ってよ。ミュリエルにも力を与えているでしょ。末っ子は力加減を絶対に間違えて馬を怯えさせる。結界では5人の強さが伝わらない。世界最強の指導が必要だよ。説教もできるし完璧だね。」
「クロア、序列1位のワーディーと補佐のユニティーにも教えてあげられる。リアの計画は悪くないよ。あとは世界最強が手伝うだけだね。」
「もう決定じゃない。手加減を覚えられなければ本能が震える恐怖を知ることになるよ。」
姉さんの指導があれば手加減は間違いなく覚えられる。それでも末っ子の力加減が安定しない場合は馬と遊ぶことができなくなるけれど、そのときは新しい仕事を考えよう。
≪転移≫
いつもの席に移動した
「お母さん、姉さん、これで私の役目は終わったよね?」
「クロアまで巻き込むとはね。何か感じるものはあった?」
お母さんの表情を見ると私に考えさせるのも目的だったような気がする。
「ミュリエルに悪いところはないと思う。過去の教育が影響しているように感じたので忙しくて大変な仕事を任せた。その方がミュリエルのためになると考えたよ。」
「クリスについてはどのように考えているの?」
クリスについてはほとんど知らない。
姉さんやミュリエルに話した内容から考えて答えるしかない。
「ドラゴンを生み出すために行動すると思考誘導されているような存在。それなのに何もせず研究所にいた。ドラゴンの素材だと集められた物が偽物だと調べてみればすぐに分かる。半年間は研究するなと思考誘導されていたのかもしれないけれど。そして体を作ると言ったときにクリスの細胞を分身の細胞にしなかったのが不思議に感じる。精神を乗っ取る仕掛けか記憶を思い出す仕掛けがあれば別だけれど、姉さんが見逃すはずがない。クリスが何者なのか分からないよ。」
「クリスの細胞は存在しないよ。精神の奥にいた人形のために複製されていた存在だけれど、その人形からクリスの細胞を得る手段もない。人形に変えられた体を元に戻すことはできない。つまり研究所で作られているクリスの体は別人。それなのにクリスは自分の体だと疑わない。お母さんと私の別人格もクリスが体を作ることに違和感を覚えていない。理由は興味ないからだね。今ある研究資料を全て読んでもクリスについての記載がない。本人が処分した可能性もある。クリスの魔石は研究所ごと封印してあるけれど、処分するのか半年間の記憶を消してから入れてみるべきか考え中だよ。」
早く姉さんの記憶を見なければならない。クリスの細胞がないという事すら知らなかったのだから。つまりクリスという存在を証明できるものが何もない。
そして細胞がないと知られているのに体を作っているクリスは異常すぎる。どこで手に入れた誰の細胞かを突き詰めるだけで処分する理由になる。
恐らく別人格の分身から渡された細胞でクリスの記憶から得られるものが何もない気がする。今までの言動からクリスを擁護する気が起きない。
「それなら私が面白いことを思いついたよ。この先ミュリエルが家族入りする可能性も考慮して話してきてもいい?今の状況はミュリエルが可哀想だから。」
「好きなようにしなさい。」
「絶対に巻き込まれるよ。研究所の封印解除でクリスの魔石は消すことになりそう。」
お母さん、好きなようにするからね!
大正解!今の私ではできないことだから姉さんの力を借りるよ。
≪転移≫
クリスの席に移動した
2週間は空席のまま残しておくのが理想だけれど、ミュリエルはどちらを選ぶのかな。
「ミュリエル、クリスには最初から肉体が存在しないみたい。だから自分に似ている人の細胞を使い体を作っているの。クリスは半年前から今まで自分でドラゴンを生み出そうとしたことがない。姉さんが倒した敵にドラゴンを生み出すことだけを望む存在がいた。何が言いたいのかというとクリスは敵側の可能性が高い。だからクリスと行動し続けるミュリエルが洗脳されていないのか心配した。この先ミュリエルが望むのは家族入りを希望して行動するのかクリスと行動するのか決めてほしい。どちらでも追い出したりはしないよ。クリスを害のない存在にすることができるからね。」
「家族入りを希望して行動します!」
迷いのない返事と表情。これまでを振り返りクリスに違和感を覚えたのかもしれない。
「分かったよ。そうなると空席ができるのでミュリエルの妹を生み出す。末っ子と同じ3歳の妹を生み出すことにするね。皆の前では平等。2人きりのときは姉として接していいよ。2週間後までに名前を決めておいて。姉さんに頼んで同じ体にすると約束する。髪の色は2人とも黒にさせて。目の色はミュリエルが決めて。ミュリエルが妹を望んだ場合の話をしたけれど、望まないのであれば違う形で席を埋める。ミュリエルが決めていいよ。」
「妹を望みます!」
家族入りできても必ず孤独を感じる。お風呂上りの時間や布団に入ったときなどに…。
「今から常にミュリエル姉さんと呼ぶよ。三女になるね。家族入りは5人が乗馬できるほど精神的に成長したとき。作戦会議がとても意味あるものに変わったね。ミュリエル姉さんも姉さんとお母さんで通じるように話しておくよ。4人が新しい家族を仲間外れにするようなことはしないと思うけれど、報告を受けたら死ぬほど後悔することになる。今は仮だけれど、関係ないからね。」
「絶対にしません!」
「会うのが楽しみです!」
「仮が取れるように頑張る!」
「新しい家族は大歓迎です!」
席を立ちミュリエル姉さんの背後まで歩く。
≪色変更≫
ミュリエル姉さんの髪と眉の色を黒にした
≪転移≫
いつもの席に移動した
「姉さん、ミュリエル姉さんの妹を3歳でお願い。記憶はクローディアが森に行った直後。濁らせたくないので精神はローアのものを複製して。そして力も与えてあげて。家族入りは5人が乗馬できるようになったとき。それまでは仮だけれど、ミュリエル姉さんが三女だよ。姉さんやお母さんと呼ばれたときに2人とも返事してね。孤独は見ているのも嫌いなの!」
「お母さん、リアが遠慮なく私を巻き込むよ。」
「家族入りの条件も悪くないしミュリエルにも特別な妹がいた方がいい。それにミュリエルが迷わなかったのは何か感じるものがあったのだと思う。クリスは作られる体が自分と違うと分かったはずなのに気にしない。分身が人体実験した少女の中の1人だと思われるのに気づいていないのか気にしていない。クズ能力と重なって見えてくる。クロア、魔石を封印したときにクリスの仮想体が残ると思うけれど、どのように対処したの?」
分身や仮想体が出ている状態で本体を封印しても全て消えるわけではない。本体との接続が消えて作られたときの魔力だけで行動することになるけれど、その魔力が姉さんの索敵魔法から補充できてしまう。
だけどクリスの魔石を封印したときに姉さんは動いていない。クリスが部屋から出てこないという事は何か仕掛けていたのだと思うけれど、それが何なのかが分からない。
「私の魔力が元になっている分身や仮想体は私が作った結界で守っていないと索敵魔法が魔力源として吸収して精神も消すよ。そして私が登録していない魔力で仮想体や分身を作っても同様だね。人格が戻ってから索敵魔法を変えてクリスの仮想体を守る体も変えておいた。魔石から魔力が途切れた直後に仮想体が剥き出しになり索敵魔法に吸収されるのを分身に確認させた。リアの精神の奥に起きてと呼びかけられたら睡眠を解除する魔石も入れてあるよ。隠蔽して守ってあるから大丈夫。」
お母さんは納得して笑っているけれど、これが人格が戻り1週間も経たずにできることなの?全ての魔法を奪われ蓄えた知識を破棄してもできることなの?
姉さんから難しいことをしたという感じが伝わってこない。
クリスが腹立たしいと感じ肉体を持たない存在は邪魔だと判断した。だけど仮想体や分身が便利な力であることは間違いない。だから家族だけは使えるようにした。
索敵魔法は元々維持されているものだから突然内容が書き換えられるとは敵も考えていないはず。姉さんも索敵魔法が変わったと悟らせないようにしていると思う。
そのため敵が対処できるはずもなく大量の分身と仮想体が消えた気がする。
私を起こす魔石にも新しい技術が使われている。今の私では何も分からない。仮想体で精神の奥を見ても何も見えないのだから…。
世界を変えた姉さんが世界最強であると疑う余地もない。
姉さんを説教し感性と思考力は完全に上であるお母さんも常人ではない。
本当に近くて遠い存在だよ…。
遠くても前に進むしかありません。




