表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界は子を愛す  作者: 大介
第1章 現実

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/136

第61話 乗馬 前編

 昼食を終えて腹ばいになっていた馬の前にクロアの転移で8人が移動した。するとクロアを見た馬は急かされたかのように立ち上がった。待っていてと言われただけなのに目の前に来たことでそれが終わったのだと理解している。

 そしてクロアに選ばれた馬は女王の風格を得ていた。残りの馬もそれを理解しているみたいで女王よりも体半分だけ後ろに下がり横並びしている。

 クロアに選ばれた馬が序列1位になるのは分かっていた。だけど7頭が私たちを値踏みして誰が主になるのかで序列を変える空気がある。馬の序列と私たちは無関係だと主張しておくべきだね…。

 馬の序列で自分の価値を見せつけられることになれば末っ子は間違いなく楽しめない。乗馬しなくなるのか序列を上げようと無理させるに違いない。それはどちらにも不都合…。


「クロアに選ばれなかった7頭は何を考えているの。自分の価値を高めるのは自分でしょ。主によって序列を決めようとはしていないよね。クロアは別として7頭も試験されたいの?序列2位になりたいから強い人に乗ってほしいの?私たちは序列に関係なく好みで選ぶつもりだよ。それでも7頭は主で序列を決めたいの?それとも馬だけで序列を決める?クロア、馬がどちらを望んでいるのか教えて。」

「私の乗る馬が序列1位になったからそれが続くと考えているのね。私は心が一番綺麗な馬を選んだ。だけど主によって序列を決めるつもりなのであれば7頭を試験する必要がある。どちらを望むのか決めなさい。」


 相談しているようには見えない。だけどクロアに選ばれた馬が頭を下げた。

 決定権は女王にあるという事だね。


「クロア、馬は臆病で大人しい動物なの。だから穏便に済ませてあげて。クロアの乗る馬は序列1位のままでいいから序列順に横並びにさせて。」

「あなたは私に選ばれて序列1位になったと考えた。自分が女王だと考えた。それならば軽々しく頭を下げない。あなたは序列1位の女王なのでしょ。馬が私たちを値踏みしているのを今すぐ止めなさい。姉さんに感謝して馬だけで序列を決めて並び直しなさい。」


 馬同士であれば戦わなくてもどちらが上か分かる。クロアの言葉で馬が並ぶ順番を変えていく。そして並び終えたみたいで動きを止めた。これが今の序列だという事ね。破落戸騎士の厩舎に残されていた馬だから懸念が残るけれど、本能まで失っている子はいないみたいでよかった…。


「クロア、序列1位の前足の蹄を白金で巻いてあげて。序列2から8位は金で巻いて数字を入れて。こちらは防音の結界を張って馬を選ぶよ。それと女王に序列が変わったらクロアに教えるように伝えておいて。10位までは金で11位から16位までは銀にしよう。」

「姉さんは優しいね…。あなた達は反省しなさい。」


 8頭が項垂れている。首を下げた今の姿が反省しているという事なのだと思う。


 世界の女王様の言葉は動物も反省させることができる。間違いなくクロアがこの星の頂点。これからは星の女王様でいいと思う。それを馬も本能で理解しているはずだから。


≪結界≫

防音してクロアを除く7人を包んだ


 邸で暮らす男性8人はクロアが動物の世話を任せなかった理由を考えていない。そしてアボット街から帰ってきてからずっと喜んでいる。当初の考えが正しかったのかもしれない。最低な推測をしていたけれど、欲を隠していた近衛騎士を見て決断した。この世界にドラゴンはいない。だから保護する必要がないという事で出て行ってもらう。

 分身のクロアでも好意を向けてくる男性の感情は表面だけ見ている気がする。8人の男性は欲が目に出ない。クロアを性欲の対象にはしないかのように振る舞っている。だけど近衛騎士と一緒。機会が来るのを待っているだけに過ぎない。そして機会が巡ってきたと喜んでいる。動物小屋で男性恐怖症のクロア本人と会えるから。これ以上考えると殺意が漏れてしまう…。


「決める順番は3歳児、ミュリエル、クリス、私でいいかな?」

「いいよー!可愛がってあげれば一緒だよ。」

「私も構いません。」


 3歳児に譲ると言って嫌だという大人は少ないと思う。そして末っ子は早速話し合いを始めた。自分の好きな馬を言ってかぶったら喧嘩になりそうな年齢なのに話し合いから始めるのが普通の3歳児とは違う気がする。


 直感で気に入った馬を選べばいいだけなのになかなか決まらない…。


「好きな馬でいいじゃない。悩みすぎだよ。」

「フィオナ姉ちゃん、馬なら決めてるよ。このあとの遊び方を考えてるだけ。」


 なるほどね。3歳児だよ…。


「あなた達が何も言わなければ私たちが決められないでしょ。」

「アディかローアが言ってないの?」

「アディかローアが言うべきです。」

「布団を決めたときと同じではないからね!」

「アディ、このままだと私たちは呆れられます。ディアが黒色、ロディは白色、アディが金色、私は焦茶色で鬣と尻尾が金色です。」


 末っ子は明らかに繋がりを意識して選んでいる。アディとローアは私が金髪だったのを知らないはず。それを誰かが教えたみたいだけれどね。本当に可愛い妹たちだよ…。


「私は赤茶色にします。」

「私は茶色にするね。」


 そして4人が選んだ理由を察したミュリエルが自分の髪色に近い毛色の馬にしてクリスもそれに続いている。8頭は誰が選ぶ馬なのか最初から決められていた気がしてくる。

 髪といえばミュリエルは真っ直ぐ腰ま伸びた艶のある赤茶色の髪を孤児院の手伝いをするときに邪魔になると言って肩より少し上でバッサリと切ったのを思い出す。ミュリエルにとって長髪なのはいい思い出では決してないから。髪と一緒に過去を切り捨てたかったのかもしれない…。


「それなら私は灰色だね。」


≪結界解除≫


「クロア、決まったよ。この子たちは嫉妬するのか聞いてみて。厩舎に残っている8頭の主を末っ子4人にしたいと思っているの。」

「えっと…、本当は自分だけに乗ってほしい。最優先にしてほしいのね。だけど乗る日数や時間を変えてあげれば大丈夫みたいだよ。」


 馬は何も言っていない。鼻を鳴らしたり嘶きをしていない。念話で会話しているのかな?そうでなければ理解できない。もしかしたら女王様の力を使っているのかもしれない…。

 いつの間にかクロアが私を見ている。違うからね!ただの冗談だからね!


 とりあえず乗馬のことを考えよう!


 3歳児は全力で走らせたいはず。追いかけっこでも全力で走らせる気がする。それでは馬が楽しめない。辛く苦しいだけの時間になってしまう…。


「よく聞いて!馬の寿命は20年から30年で魔力が使えない普通の動物だよ。全力で走るのは命を守るため。そして全力や本気で走れと指示を出したら走れなくなるか死ぬまで全力で走る。それが馬の本能なの。末っ子4人は競争や追いかけっこしたいと考えているでしょ。全力や本気は絶対に指示しない。馬の気持ちを考えて一緒に楽しむ。この子たちは厩舎に残されていた。もしかしたら心に傷があるのかもしれない。それに撫でられると喜ぶ所や嫌がる所はそれぞれ違う。お腹を触られるのは嫌う馬が多いけれどね。つまり個性があるの。だけど馬は賢くても人とは違うことを理解して。ディア、ロディ、アディ、ローア、あなた達を賢いと思っている。だから絶対に約束を守って。馬は走るのが好きな動物だからあなた達が楽しませてあげれば毎日走ると思う。だけど無理やりに走らせないで。走らせているときに違和感を覚える子がいたらクロアか私に任せて。無理させたら二度と乗せない。何故なら馬の寿命が縮んでしまうの。一緒に過ごせる時間を大切にしてほしい。馬と仲良くなるのには時間がかかると思う。それでもできるのかできないのか答えて。」

「できる!」


 妹を信じるよ。だけど釘も刺しておくからね。


「全ての動物は自宅から出られないクロアのために集めたの。クロアは全ての動物を寿命まで大切に飼うと言った。あなた達が約束を破ったら馬に乗せないだけでは済まないよ。それを肝に銘じておきなさい。」

「姉さんの言った通りだよ。もし私の可愛い動物たちを苦しめたら同じ時間あなた達を苦しめる。激痛を与える。動物の命を大切にしなければ許さない。分かった?」

「はい!」


 次女の脅迫が恐ろしすぎる。間違いなく実行すると分かるから。そして絶対に逃げられない。絶対に許されない。家族であっても約束を破る姉と妹には容赦しない。


 4人が真剣な顔で返事したから大丈夫だね。


「ディア、ロディ、アディ、ローア、最優先は今決めた馬だけれど、厩舎には牡も含めて8頭が残っているの。ここで名付けたら厩舎にも行って2頭を名付けて遊び相手になって。放し飼いにしても名前がなく遊び相手もいなければつまらないでしょ。ここで名付けた馬を専属馬として週に5回乗って厩舎に残っている馬は準専属馬として週に1回乗る。馬の序列が変わったときに専属馬と準専属馬を交代させてもいい。あなた達は3頭の主になるのだから。勢いで話したけれど、無理だよね…。12頭で遊ぶのは難しいよ。でも厩舎に残っている8頭にも専属馬になる機会をあげたい。そこまでは無理だよね…。」

「無理無理と言わないでよね。邸の8人を入れていないじゃない。何か理由があるの?」


 今日中に出て行ってもらうから。穏便に済むとは思えないけれど…。


「クロアは邸の男性に動物の世話を任せないと既に言っているの。それに動物と遊ぶのも世話だよ。そして邸の男性を今日中に追い出す。何も隠さず本音で話すよ。クロア、自分に好意を持っていると思われる男性の感情は深く見ていない。結界内だと邸で暮らす8人。私の予想は違うのかな?」

「意識していなかったけれど、姉さんの言う通りだね。だけど邸の男性を動物に触れさせたくないと考えているのは何か感じているのかも…。そして姉さんはいつでも追い出せるように準備していたね。姉さんは何故追い出そうとしていたの?」


 男性恐怖症が酷くならないように答えなければならない。だけど私の言葉でクロアが深く考えてしまうかもしれない。それだけは止めないと駄目だね。


「クロア、絶対に考えないで!今から言うことで何も想像しないで!8人の男性はドラゴンに食べられる前にクロアが助けた。だけど世界にドラゴンは残っていない。恐怖する理由がない。それに動物小屋に囲まれて喜んでいる。8人はクロアが男性恐怖症だと知っている。今まで分身にしか会えなかったけれど、クロア自身に会えるようになる。近衛騎士と一緒で待っていただけ。恐怖心がなくなって男尊女卑に戻っている。自分からは何もせず何も考えず指示されたことを最低限しているだけ。それなのに跪いてお任せくださいと自信を持って言うのが気持ち悪い。大仰に言うだけで何も考えず女性からの指示を小馬鹿にしている。」

「それはよくある話だね。女性が上司でその人よりも有能だと考えている男性に有りがちだよ。全く役に立たないのに偉そうに言うんだよね。だけど仕事できないから結局は消えるけれどね。私は会ったことがないけれど、その光景を見たら気持ち悪いと思っただろうね。フィオナから何度か言われているのなら何故クロアは残しているの?」

「孤児院で働いている女性の負担が増えると思ったからだけれど、最悪だよ…。男性の仕事振りを把握していない。結界内は完璧に把握しているつもりでいたのに無意識に除外している。」


 男性恐怖症のクロアが結界内にいるとはいえ男性を見ているとは思えなかった。だけどそれでいい。クロアの負担が減っているのだから。そしてその負担は私が背負えばいいのだから。


「邸の男性は私が主動になって片付けるよ。それで末っ子4人は3頭の主になれるのかな?」

「勿論なれるよ!」

「大丈夫です!」

「違和感を覚えたらすぐに言うよ!」

「頑張ります!たくさんいた方が楽しいです!」


 動物の把握はクロアがしてくれる。大きな問題が起きる前に止めてくれるから4人に任せて動物と一緒に成長してもらう。動物の心を気にするようになれば人の心も気にするようになれるはずだから。だけど今のところ世界に気にするべき人はいないと思うけれどね。


「クロア、魔法をお願い。それと結界を広げたみたいだけれど、池はあるのかな?」

「分かったよ。今から乗馬魔法と下馬魔法をあげるから少し待っていてね…。あとから4人は2頭を名付けて連れて来なさい。そこで乗馬魔法を2つ増やすから。下馬魔法は1つで大丈夫。ミュリエルは身体強化を使うのが初めてだから全力でも馬を潰さないように抑えてあるから心配しないで。大人の乗馬魔法は馬具の装着だけれど、妹たちの乗馬魔法は馬と下半身を固定する。だから下りるには下馬魔法を使う必要がある。大人は専属馬を視界に入れて、妹たちは専属馬の背中に手を乗せて魔法を使って。手を乗せていた位置を中心にして固定するから考えて魔法を使いなさい。姉さん、1㎞北に行くと草原の中に池があるよ。」


 私の専属馬は毛が灰色で鬣と尻尾は黒色で美顔だね。名前はフィディーにしよう。序列の数字が入っている蹄は見えたけれど、気にしていない。この子を可愛がり続けると決めたのだから。


 1㎞なら軽く走るのにいい距離だね。


「馬の好きな速さで走らせてみて。それと水を飲めと指示したら駄目だよ。馬は指示に従って水を飲んでしまうから。水を飲むのは馬の自由だからね。」


≪乗馬≫

フィディーに馬具が装着された


 綺麗に馬具が装着されている。頭絡に緩みもなく鞍の下には汗を弾くと思われるゼッケンが敷いてある。鐙もしっかり両側についている。鞍をパンパンと叩いた後に身体強化を軽く使って鐙に左足を乗せてふわりと鞍に座り反対側の鐙に右足を乗せた。


「あなたの名前はフィディー。私の名前はフィオナ。よろしくね!」


 念のために手綱を右手で握りながらフィディーの左首筋をトントンと優しく指で叩いた。気持ちよかったのか首を右に傾けたので上から下までトントンと指で叩いていった。そして上から下まで撫でてあげた。反応が鈍いのが気になる。どちらが好きか伝えてくれるのにそれがなかったから…。


「みんな乗れたみたいね。この子たちは賢いから手綱を使っても声でも走ってくれる。但し、止まるときに手綱を強く引かないで。それでは池に行きましょう。」


 クロアの声で末っ子4人とクリスとミュリエルの馬が走り出した。約束は守ってくれているみたいだけれど、やはり馬は速いね。特に走りに問題のある子がいないみたいでよかった。

 それにしてもクロアはどのように下半身を固定したのかな。下半身だけが左右に全くぶれていない。少しも浮いていない。骨盤から太ももまでを固定しているように見える。上半身は好きなように動かしているから。

 末っ子と同様にクリスとミュリエルも楽しんで乗馬しているように見える。クリスはドラゴンの研究を続けると思うけれど、ミュリエルは勉強時間が減るかもしれない。その方が末っ子も安心するからいいけれどね。


  心に傷のある子が1頭もいなければいいのだけれど…。


 それにしても私と一緒に止まっているけれど、クロアの乗っている馬がおかしい。何故馬まで光り輝いているの?あそこまで強い光を出しているという事は今のクロアは10割を出しているのかな。


「クロア、何故走らせないの?」

「200mは先行させてあげようと思ってね。馬と心が通じ合わないと本物の走りを見せてくれないと教えてあげるの。」


 光っている馬を見て心が通じ合っているのだから速いとは思わない気がする。クロアにそれを言われても皆は信じるのかな…。光っているのだから速いとしか思えない。本当のことだけれど、クロアが乗れば全ての馬が速く走る。それが世界の常識に加わったね。


 そろそろ先頭と100mは差がついたね。


「クロア、先に行くよ。フィディー、あなたの走りを見せて。」


 嘶きフィディーが走り始めた。明らかに先行している馬よりも速い。間違いなく全力で走っている。前のめりになりすぎている。他の馬を抜く度に褒めてあげたけれど、心に傷があるのね…。


「フィディー、走るのを楽しみなさい。あなたの主はずっと私だよ。絶対に私だけだよ。だから安心しなさい。フィディーの好きな走りを教えてよ。」


 駄馬と呼ばれて捨てられ厩舎に入れられたのかもしれない。走りから必死さが伝わってくる。だから左肩をパンパンと優しく叩いた。安心させるように大丈夫だと伝わるように何度も優しく叩いた。


 末っ子4人の馬とも並んだ。


「ディア、ロディ、アディ、ローア、ついて来ないように馬に伝えて。この子はゆっくり走るのを恐れている。間違いなく心に傷がある。池に着いたらクロアに過去を見てもらう。もし同じような馬を見かけたら必ず走らせるのをやめさせて。分かったね?」

「分かった!」


 末っ子4人にもフィディーの必死さが伝わったのだと思う。命懸けで走っているように感じる。過去に何があったのか知る必要がある。走るのを楽しめないのは可哀想だから…。


「フィディー、あなたの主はすっと私だよ。走るのが遅くても私だよ。大丈夫だから落ち着いて。フィディーの体が心配なの。」


 左肩を優しく叩いたのは何度目だろうか…、ようやく前のめりになりすぎていたフィディーの首が少し上がった。だけどまだ緊張が伝わってくる。

 少ししてクロアの馬に抜かれた。するとフィディーが前のめりになり抜かそうと速度を上げた。負けたくないからではなく負けることを恐れている。


 フィディーは殺すと言われている気がする。乗馬が下手な下級騎士が全てをフィディーの責任にした。破落戸の下級騎士なら見栄のために平気で馬を殺すと思う。だから殺される日を恐れて厩舎にいた。違うのかもしれない。違う理由であってほしい。だけど私の予想は内容が悪いほど当たるから…。


「フィディー、遅くてもいいの。遅くても主は私だから。お願いだから自分を傷つけるような走りをしないで。人が怖いのよね。だけど大丈夫だから…。」


 フィディーの左肩に手を置いた。私の体温と気持ちが伝わるように。伝わってほしいと強く想いながら。途中で左肩を優しく掴むようにした。声だけで指示が伝わっても心を伝えるのは難しい。


 フィディーは必死で走り続けて池に着いた。


≪下馬≫

フィディーが楽になるように馬具を外した。


「ありがとう、フィディー。とても速かったよ。水を飲んでも寝転がってもいいからね。休憩してから散歩か昼寝しよう。」


 フィディーの右肩をパンパンと叩いて激励した。必死に走ったことを怒るのではなく頑張ったことを褒めてあげた。すると少し高い声で鳴きながら鼻を私の胸に押し付けてきた。

 フィディーの頭を私の右肩の上に乗せてを優しく撫でてあげた。ゆっくり左右同時に落ち着くまで続けた。落ち着いたあとに顎下を優しく撫でると池の水を飲み始めた。

 負けたから捨てられると思ったのかもしれない。駄馬と呼ばれて馬鹿にされてきたのかもしれない。だけどここでは大丈夫だから。

 フィディーがここでの暮らしに慣れるまでは毎日乗ってあげないと駄目だね。時間がなくても顔を出さないと悪い方へと考えてしまう気がする。


 クロアは専属馬をアルティーと呼んでいる。そのアルティーは先行していたフィディーを抜く走りをしたのに疲労が見えない。クロアは心が一番綺麗な馬を選んだと言っていたけれど、クロアの力を分けてもらえるのかな。


 クロアは私が近づいたからなのかアルティーから下りた。


≪結界≫

防音してフィディーに声が聞こえないようにした。


「クロア、私の専属馬の過去を調べてほしい。あの子が楽しく走れるようになるまでには時間がかかると思うけれど、理由を知っておきたい。」

「分かったよ。フィディーの過去を調べるね…。下級騎士の手綱捌きが悪いのに全てをフィディーの責任にして殺そうとした。他の下級騎士がここで殺すと運ぶのが大変で食べられないから厩舎まで連れ帰ってからにしろと言った。そして下級騎士は小銭稼ぎに必死でそのことを忘れていたけれど、フィディーはいつ殺されるのか分からなくて震えていた。だから全力疾走した。姉さんにしか無理だね。残りの馬に同じような子がいないか確認しておくよ。」


 最悪な予想が当たってしまった…。間違いなく見栄のためだけにフィディーを殺すつもりでいた。他の下級騎士も最悪。馬が理解していてもしていなくても関係ない。厩舎に連れ帰ったら殺して食べるとフィディーの目の前で言っている。その言葉を理解していたフィディーにとって厩舎に帰ってからはいつ殺されるのか分からない恐怖で震えて過ごした。だから私が乗っているときに全力で走った。殺すと言われるかもしれなくて怖かったから…。


「人間をどうでもいいで止めておくのは難しいね。」

「姉さんは精神を綺麗にしようとしているからだよ。私のどうでもいいは殺したい人を殺しても気にしないだから。殺す人の命を無価値だと思えると精神は濁らないのかもしれないね。」


 今の私ではそこまで徹底できない。何故なら人間を殺すと罪悪感が残る気がするから。ドラゴンという種族を殺すことに罪悪感がなかったのは当然だけれど、人間には酷い目に遭わされていない。ドラゴンは所詮改造された同じ人間だと心の底から思うことができればクロアと同じ気持ちになれるのかな…。


≪結界解除≫


 末っ子4人が池に着いた。早速馬から下りて聞きにきた。


「フィオナ姉ちゃん、どのような状態なの?」


 ディア以外の3人も気にしている。馬の気持ちを知ろうとすることは大切だから教えてあげた方がいい。そのためディアに念話を皆に繋ぐように言ってフィディーの過去を話した。決して殺すとは口にしないように注意して。


「何それ!掃除しに行かないの?」

「綺麗にするべきです!」

「綺麗にした方がいいよ!」

「私もそのように思う。流石に酷すぎるよ!」

「掃除は終わっているよ。クロアと私が直接手を下さないだけで極悪人として扱われるから。今日か明日には綺麗になるから大丈夫。乗馬は楽しかった?」


 顔を見れば分かるけれど、言いたそうだからね。

 ディアがうずうずしている。


「ここまで来るだけでも凄い楽しかったよ。だけど何であんなにも楽しかったのかな?自分で走った方が速いし飛んだ方が速いのに馬に乗って色々な場所に出かけたくなった。お姉ちゃんの許可があれば出かけてもいいのかな?それよりも12頭を把握する方が先だね。今は隠しているだけで本当は何かあるのかもしれないから。」

「全頭の過去を確認して酷い状態なら姉さんに任せることにしたよ。それに許可がほしければもっと馬の気持ちと通じ合わないと駄目。あなた達は馬に好きなように走ってと言ったみたいだけれど、馬があなた達に気を遣っている。その言葉を信じていいのか不安なの。あなた達の馬も決して心に傷がないわけではない。それで姉さん、楽しい理由は何かな?」


 そこまで話して何故そこで私に振るの。クロアも楽しく感じたでしょ。

 もしかしたらクロアも楽しく感じる理由が分からないのかもしれない。それなら理由を伝えるのが私の役目だね。それぞれ理由は違うと思うけれど、私の思う楽しい理由を話そうかな。


「楽しい理由は馬の命を感じるからだよ。体温や呼吸や走る振動。同じ時間を生きていて一緒に走っていると強く実感できる。乗馬をただの遊びだと考えては駄目だよ。馬と触れ合うことであなた達は成長する。愛情を注げばそれに応えてくれるようになる。だけどそこまで心を通じ合わせるのが難しいの。4人で競争して馬があなた達を勝たせるために全力で走ってくれたのなら嬉しいでしょ。全力と本気の指示は禁止だけれど、馬は大好きな主を勝たせるためになら全力を出す。だけど毎日競争したら馬の寿命が縮む。だから競争は月に一度程にしなさい。馬と本気で通じ合わないと無理だけれどね。命を守るための本能があなた達を勝たせるために変わるの。馬の意思だから当然禁止ではない。一応教えてあげたけれど、無理はしなくてもいいよ。3頭の主になると3頭を喧嘩させずに序列を気にしながら愛情を注がなければいけないからとても難しいの。愛情を注いで途中でやめるのであれば最初からしないで。馬の心に傷ができる。少し先のことを話しすぎたよ。4人がそこまで馬と一緒に楽しむのか分からないからね…。」

「フィオナ姉ちゃんの話は本当なの?私たちを夢中にさせるための嘘じゃないの?お姉ちゃん、確認してよ。」


 ディアだけではなく末っ子4人とも本当だと嬉しいという表情をしている。

 姉の完全勝利だよ!


 勉強になるけれど、人形を倒すことを覚えていられるのかな。それに嘘を吐いていない。雑用させられていた中に馬の世話があったから。そして馬をとても可愛がっていた。お城の中で馬と触れ合う時間だけが私の楽しみだった。楽しみだったの…。


「姉さんの話は本当だよ。但し、指示を出さず馬が全力で走るのは相当心が通じ合っていないと無理だね。それに姉さんが言ったように序列を気にしないと逆に心が離れる。3頭は凄く難しいからやめた方がいいらしい。序列も変わる可能性がある。それでも大袈裟に態度は変えないでほしい。乗る回数を減らすことだけで十分に伝わるから。姉さん、これは無理だよ。馬が難しいと言っているからね。私の方が確実で嬉しいとまで言っているよ。だけど姉さんはそれを実現したことがあるけれどね。だから知っているの。あと姉さんは馬の動きを見ただけで序列が分かるよ。馬は集団生活するから前に行く馬を追いかける習性がある。そのためフィディーについて来ないようにあなた達に言ったの。姉さんは馬と触れ合いながら学んだ。あなた達は分からないことがあれば姉さんに聞けるからできるかもしれないけれど、意地を張って自分だけでやるつもりなら絶対に無理。姉さんか私に相談するのなら3頭の主になってもいいけれど、どうするの?」

「フィオナ姉ちゃんは馬と走れないけどいいの?」


 当時は馬と走りたくなかった。今ならそれも関係ないけれど、一緒にいられるだけでいい。


「クロアのお陰で声だけで指示が出せるけれど、本来の馬の走らせ方は違うの。お腹を蹴ったり触れたり圧迫する。体重をかける。姿勢を変える。首を押す。お尻を鞭で叩く。止めるときも手綱を引くと馬は苦しくて止まる。だから馬を走らせるのは嫌いだった。人が馬を自在に動かせるとしてもそれだけ馬に何かしている。馬は感情表現が豊かだけれど、嫌がることが許されない環境もある。だから乗馬は人の利己だとしか思えなかった。クロアが動物と意思疎通できると言うから乗馬を皆でしようと思った。昔の私は一緒に寝転がったり散歩することが好きだった。今でも馬と一緒に過ごしているだけで楽しいから大丈夫だよ。厩舎に行くなら同時に馬を選んであげて。防音して相談するだけでいいからね。」

「ディア、姉さんの過去を聞く必要はない。あなた達が3頭の主になるのかならないのか決めるだけだよ。どうするの?」

「なるよ。今から行く!」

「なります!」

「なるよ。行ってくるね!」

「なります。一緒に楽しんで走ります!」


 クロアは私の記憶から馬と触れ合っているときを知っているね。


 末っ子4人は挑戦するみたい。馬に乗って厩舎に向かって走って行った。難しいけれど、クロアのお陰で難易度は下がっている。4人が楽しめば馬も楽しむ。毎日夕暮れまで遊びなさい。


「ここまで作戦通りでしょ?どちらの作戦かな?私も週に一度は顔を見せないと忘れられそうな勢いだよね。」

「クロアも中々の策士に成長したよ。ミュリエルが勉強し続けると困るから最低でも半日は乗馬してね。ミュリエルが作戦の成否のカギを握っているの。まあ、世界の女王様の作戦に参加しないという選択はあり得ないよ。」

「凄いよね。次女に世界の女王という謎の称号をつけて好き勝手に使っている長女がいるんだよ。馬の毛色は偶々だから。そして世界の女王が長女の作戦だと言っているよ。そろそろ星の女王という称号に変わりそうだけれどね。当然だけれど、女王の言葉を否定することは許されないよ。権力が嫌いだと言っているのに妹を女王と呼ぶとかおかしいよね。ところで姉さん、誰のどのような作戦だったかな?」


 今日初めて思っただけなのに見逃してくれない。私たちの作戦にすることも許されない。星の女王様の言葉を否定することはできない。確かに私の作戦だったけれど、思っていただけで口にしたのかを覚えていない。今朝のことなのにクロアが話していないことまで知っているから自分が何を話しているのかが分からなくなる。


「これは善意なの。遊ばない3歳児が悪い!その過程で勉強しなくなるかもしれないけれど、問題なし。人形を倒しに行くのを忘れるかもしれないけれど、都合がいい。そしてミュリエルも遊べばいいの。3歳児のときに遊べなかったのだから。クリスもドラゴンが好きだから動物も好きだと思ったの。これはクロアの力を存分に使い皆を遊ばせる完璧な作戦だよ。そもそもこの作戦はクロアの気分転換が膨らみ続けた結果だからね。女王様、これでよろしいでしょうか?」

「クッキーを作り紅茶を入れることができるようになるまで勉強を遅らせるという姉さんの本音が入っていないね。姉を本気にさせたことを後悔するといいも入ってないよ。それらを含めてもいい作戦だと思うからいいけれどね。」


 それは間違いなく言っていない。思考把握した内容を会話したように言われると混乱する。まるで3歳児に八つ当たりしているみたいに聞こえるでしょ。我儘3歳児を教育しているの!


「何か面白い話があるのかと思ったけれど、真面目な作戦だね。ディアとロディは物騒なことばかりが続いていたし3歳児らしくないことを言うからね。もっと遊んだ方がいいね。ミュリエルも遊んだ方がいいよ。」

「1年後に考えて決めてもらおうと思っていたけれど、今のうちから考えておいた方がいいのかも。姉さん、年齢を教えてあげてよ。」

「正確な年齢は分からないけれど、100歳以上だよ。寿命は2000歳以上だと思う。髪色と眉毛は金髪から黒色に変えたけれどね。正体は違うとか何も秘密はないよ。私も実験された側なの。」

「私が考えて決めるのは寿命ですか?勉強が必要なのは寿命に相応しい知識が必要だからですか?」


 ミュリエルの言葉の後に家庭料理の勉強中だとは言い辛い。だけどミュリエルの言葉は使えるときが来るかもしれない。覚えておこう!


「寿命についてはそうだけれど、勉強の理由は違うよ。寿命を延ばしても自分の人生だから好きなように生きればいいけれど、私たちと暮らすのであれば何か目標を持っていてほしい。退屈にならないように続けることができるものを考えてみてほしい。そのためには勉強して様々なことを知っておいた方がいいからね。寿命を延ばした後に考えてもいいけれど、後悔だけはしてほしくない。1年間は目安で馬と遊び続けるのであれば先に延ばしてもいいよ。若いうちに決めてほしいだけだからね。寿命を延ばすと姉さんの見た目で一旦成長が止まる。20歳くらいかな?1000年後にまた少し成長すると思う。だけど若返ることはないから元気な若さで長く楽しみたいじゃない。」

「分かりました。考えてみます。」


 寿命を延ばすのもそのまま過ごすのも自由。何も考えず何もせず寄生するだけの存在にならなければ追い出されることはない。どちらを選んだとしてもミュリエルなら大丈夫だと思う。いつでも楽しもうとしているのだから。


 それにしても水を飲み終わったフィディーが座ろうとしない…。立ったままこちらを見ているのでフィディーの目の前まで歩いた。すると胸に鼻を押し付けてきた。私たちが話している内容が分からなくて不安だったのかもしれない。

 顎下を優しく撫でた。そしてコチョコチョと擽ってみたけれど、特に変化はないので顔を持ち上げて睨めっこした。


「あなたの名前はフィディー。そして私の名前はフィオナ。今日からフィディーの主だよ。信じるのが難しいのは分かっているよ。だからフィディーが感じたものだけを信じてくれるだけでいい。だけど私をフィディーの前の乗り手と一緒にしないで。私が怖いかな?」


 少しすると目を逸らした。人が怖いのね…。


 フィディーの頭を右肩の上に乗せて両首筋を優しく撫でた。ゆっくりと気持ちが伝わるように。離れたくないけれど、邸の男性を先に対処しなければならない。私の精神が早く対処した方がいいと警鐘をならしている気がする。分身できないのが悔しい…。こういうときに力がほしいと思ってしまう。両首筋を優しくパンパンと叩くと顔を持って睨めっこした。


「フィディー、少しの時間だけ離れるけれど、必ず戻ってくる。戻ってきてからゆっくり散歩か昼寝しよう。初めての約束を私が守るのかどうか疑っていてもいいから待っていなさい。」


 やはり少しすると目を逸らした。それでもいい。必ず約束を守るから。守り続ければ信じてくれるようになるはず。それまでもそれからも約束を守り続ければいい。


 フィディーをクロアの元まで連れていった。


「クロア、分身を買い出しに行くように作って邸の8人に連絡して。それとフィディーを預かっていて。私が分身と自宅前で終わらせてくるから。」

「姉さんに確信があるのだから無言で追い出せばいいよ。」


 結界内に入れた人を殺すにしても追い出すにしてもクロアが理由を直接確認してきた。それが大切なことだと思う。そして今回確認する相手は過去最低の行動をする予感がある。


「それは駄目だよ。今までそのようなことはしていないでしょ。結界内ではクロアが直接確認するのがいつものやり方じゃない。理由に基づいて行動するのはクロア自身で決めた規則でしょ。分身を買い出しのときよりも男性への耐性を高くしておいて。クロアの分身が動けなくなれば私が動く。それとクロアはここから絶対に確認しないで。分身の連絡だけで十分だから。それ以外は何も知る必要はないよ。」

「男性恐怖症の私がそのまま自宅から出てきたように見えるね。その兆候があれば演技するよ。だけど姉さんが嫌な思いをする必要はないのに…。それでは自宅前に転移するね。」


 嫌な思いではないよ。家族を守るのが私の役目。それが世界最強の妹でも守るのが私の大切な役目だから。だけど妹を守るために殺したら精神が濁るのはおかしいと思う。まあ、どちらでもいいけれどね。少し濁っても努力は続けているのだから綺麗になるまでの時間が延びるだけ。分身でもクロアが動けなくなれば惨殺する。

最低な過去を持つフィオナだからこそクロアを守ることができます。

絶対に同じ目に遭わせたくないからです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ