第60話 長女の決意
カーテンを閉めたら逃げたと思われるのでこのまま隣に転移するのが一番。それにおかしな行動を馬が勝手にしているのだと思う。世界の女王様に初めて会ったら動物でも首と頭を下げる。多分…。
≪転移≫
クロアの隣に移動した
資料館の窓からディアの強い視線を感じる。そして残りの末っ子も強い好奇心がこちらに向いている。だけど馬が首と頭を下げているのでこちらに来るのを躊躇しているのかもしれない。それに来るときはミュリエルも連れてくるはずだから難しいことはクロアに任せよう。意思疎通できると言っていたけれど、動物と会話できる気がする。
馬と会話するだけで解決だよ!
「クロア、馬が首と頭を下げている理由が分からないけれど、一緒に暮らす人や動物を蹴るなと伝えて。ミュリエルが蹴られると致命傷か最悪の場合は即死する。背後に違和感を覚えると後ろ確認せずに蹴る癖があるみたい。癖ではなく本能かもしれないけれど。」
「それは危険だね。あなた達、ここで一緒に生活する人を蹴らないように気をつけなさい。背後に違和感を覚えたら前進して距離を取りなさい。それと妊娠したら報告しなさい。この中に妊娠している子はいる?」
クロアが馬に話しかけている。念話とかではなく普通に話しかけている。クロアに教える常識とは何だろう?私が知っている常識を教えてもクロアの力を縛ることになるだけのような気がする。
クロアの言葉を理解したのだと思うけれど、馬が頭を少し下げ顎を地につけてから頭を元の位置に戻した。そして嘶いている。顎を地につけたのは絶対に守るという意味なのかな…。クロアは今の嘶きが言葉に聞こえているのかな…。
だけど8頭が嘶いたのに違和感を覚える。牡が嘶いてもおかしくはない言葉だけれど、何かを見落としている気がする。馬とクロアが話せるので確認していく方がいい。
問題が起きてからでは遅いのだから…。
「クロア、ここに牡馬はいないの?」
「牡馬がいる予定だったの?少し待ってね…、理由が分かったよ。姉さんの隣にいた分身が牡1頭と牝7頭だと指示を出して、指示を受けた分身が独断で牝8頭にしたみたい。」
独断だという事はクロアによくないと判断した。牝牡の確認作業中に何かが起きたのかもしれない。牡がクロアの分身を襲おうとしたのか発情した可能性がある。
それに下級騎士団長は身ぐるみはがしてお金の所持を確認すると言っていた。相手が女性だった場合は嬲っていたのかもしれない。馬を利用した最低な内容も考えられる。そして男性も強要されていたのかもしれない。分身がクロアの前に転移させた馬を確認すれば分かるはず…。クロアが動物をどのように考えているのかを知っておく必要もある。
「クロア、動物は純粋だと思う?純粋ではないと分かった場合はどのようにする?」
「姉さんが考えていることを動物の意思で行ったらという事だよね?」
そのような動物はいないと考えている…。
曖昧な表現で終わらせたかったけれど、納得させるためには隠さずに言った方がいいみたい。分身は相手が馬でも男性恐怖症に繋がると判断したはずだから。
「クロアは動物と話せる。意思疎通ができる。だから全ての動物からメスだと思われる可能性がある。それをどのように考えているの?」
「姉さんは牝8頭に変更された理由がそれだと考えているのね。姉さんはどのようにするべきだと考えているの?」
動物が全て純粋だとは考えていない。純粋だったとしても悪意のある人間と行動し続けていたら染まる気がする。それを動物だけが悪いとは思わないけれど、クロアが保護するべきではない。
「クロア、動物から純粋な性欲で迫られても問題ない?もしかしたら人間の女性は非力だと考えて襲ってくる動物がいるかもしれない。どちらも追い出す?後者だけ追い出す?両方とも追い出さない?」
「感情に関係なくここにいる人を性の対象とした場合は追い出すよ。」
番となるべき相手がいるのに人を対象にするのは許さないという事だね。そこが曖昧だと動物を飼ってもクロアが楽しめない。最短でも1年後でなければ危険だからやめてほしい。
例え動物の本能だとしてもクロアに性欲は向けてほしくない。保護した動物を可愛がって世話するのでそれを楽しませてあげたい。
「それでは悪意のある動物はどのようにする?知恵があるほど悪意を持っている動物がいると思う。同種の中でも上下関係はある。他種を虐める動物もいる。同種で上下関係を決めるのは本能だと思うけれど、他種を虐めるのが本能なのかは分からない。だから同種で上下関係を決めるのはいいけれど、それを理由に虐めてはいけない。他種を虐めるのは論外。これでどうかな?それと悪意のある動物については追い出すべきだと思っているよ。」
必ずいる。人も動物なのだから…。
いつものクロアらしくない。答えを聞くのを躊躇っている。
「目の前に8頭も聞ける子たちがいるじゃない。この子たちに聞いてみて。どのような行為をしていたのかは聞かなくてもいいからさ。」
「分かったよ…。悪意のある子を見たことがある?」
8頭の馬が頷くように頭を下げた。
今は近衛騎士団と下級騎士団はどちらも最低最悪だと思っている。だから保護している馬を確認した方がいい気がする。分身が確認していて問題のある馬がいなければ安心だけれど…。
「クロア、何頭の馬を保護したの?騎士団の馬も保護したの?保護した馬の中に牡はいるの?私の予想では厩舎に残されていた馬以外は保護していないはずだよ。」
「下級騎士団と近衛騎士団の馬を保護してお城の厩舎にいた馬も保護する。そのように聞いていたけれど…、確認してみたら騎士の乗っていた馬は1頭も保護していない。騎士の乗っていた馬は全て問題があるみたい。姉さんの予想通り保護しているのは厩舎にいた16頭で牡もいるけれど…、あなた達は走れないし人を乗せない駄馬だと呼ばれていたの?」
8頭の馬が嘶いた。本当の理由は違うと言っている気がした。
騎士の乗っていた馬を1頭も保護していない。騎士が乗っていた馬は70頭以上もいるのに1頭も保護するべきではないと判断している。これは予想通りだけれど、自分の人を見る目のなさに呆れてしまう。感情把握が使えるのに近衛騎士の欲や悪意を見抜けない。そして馬の選別により下級騎士と近衛騎士が同じようなことをしていたと証明している。人間を嫌悪してしまいそう…。どうでもいいで止めなければならないのに…。
「クロア、この子たちが厩舎に残っていた理由が分かる?」
「騎士を背に乗せたくなかった。それと騎士が乗っている馬が下品すぎて同類になりたくなかった。実験場では動物を可愛がるのにも選別が必要になるのね…。」
悪意のある動物と悪意のある人間に染められた動物がいるはず。だけど何の慰めにもならない。そして更に動物が減るかもしれないことを言わなければならない。結界内では姉として妹を守るためには徹底する。動物の行動で悲しむくらいなら私の行動で悲しんでほしい。それが私の役目だから。クロアに動物を嫌いになってほしくはないよ。
「クロア、結界内を綺麗にしよう。鶏と牛は私の隣にいた分身が保護したので確認していない。今すぐ確認して。そしてオスとメスが残っているのか教えて。クロアは馬を保護したから鶏と牛に餌を与えてすぐに離れたはず。だから嫌なものを見ずに済んだ。それと馬には楽な姿勢になってもらおうよ。あとでクロアの専属馬を決めるけれどね。」
「そうだよね。騎士が乗っていた馬が駄目だったのに街の住民が飼育していた鶏や牛が大丈夫だとは思えない。会話を聞いていた分身が確認作業を始めたよ。あなた達は楽な姿勢で待っていて。気にしないから腹ばいで待っていて…。怒られたいの?」
クロアの最後の言葉で観念したのか8頭の馬は腹ばいになった。
動物の悪意まで確認しなければならないのが嫌な気持ちになる。普通でいいのにそれが難しい。実験場を用意するくらいだから滅びた人間も多くの人が腐っていたのかもしれない。それにクロアが世界の負の側面を見続けているのが許せない…。
「姉さん、鶏と牛は余り飛ばされなかったよ。オスとメスも残っている。鶏は餌を与えられて卵を取られるだけだから人との関りが薄い。牛は乱暴に扱うと乳の出が悪くなるみたいで自分の生活がより苦しくなるのが多く残った理由だね。姉さん、次は何をしよう?」
「馬と牛の蹄を切って整えてあげた?飼育されている馬や牛は蹄が割れやすくなるから切って蹄鉄で保護してあげなければいけないよ。本に書いてあったことだから既にしているのかな。」
多く残ったのはいいことだけれど、理由を知ると嫌な気持ちになる。餌を与えて卵を取るだけだから。丁寧に扱わなければ乳が出なくなるから。もしも飼い主にお金があればどのようなことをしたのか考えたくもない。
「分身が蹄の汚れを落としてから綺麗に切って硬化したよ。その方が自然だからね。他にはある?」
「馬と牛に厩舎や牛舎以外で子作りしないように伝えてほしい。それと人が世話しているときも我慢してほしい。クロアが世話しないのであれば別にいいけれど、どうするの?」
馬と牛の子作りはクロアの男性恐怖症と繋がる可能性がある。性器が大きいからクロアと末っ子にはなるべく見せたくない。それに子作りを目にするのはもう少し歳を取ってからの方がいいと思う。クロアは男性恐怖症を克服した後なら大丈夫だね。
「人間の男性と同じだと考えなければいいだけだと思うけれど、どのように思うのかは実際に見ないと分からないのでそのように指示を出すよ。見てから後悔するのは嫌だからね。そろそろ専属馬を決める?」
「クロアの専属馬を決めるのは楽だけれど、末っ子4人を遊ばせるのが難しいの。毎日遊ばせたいのに3歳児では跨げない。だから汗を弾く長袖のシャツと長ズボンを用意して鞍に乗るのではなく直接背に乗って魔法で下半身を固定した方がいいと思う。そしてハミと頭絡と手綱も魔法で用意できれば完璧だけれど、できそうかな?どちらもクロアにしか作れない魔法だよ。それとミュリエルも身体強化がなければ厳しいと思う。跨いでから脚で挟む力が弱いと簡単に飛ばされる。歩くだけならいいけれど、走るのならそれなりに筋力が必要だから。」
3歳児は跨げないから鞍と鐙は必要ない。それに魔法で用意できれば遊ぶ頻度が上がる。馬具を装着するのが面倒だと思ったら末っ子は遊ばなくなるかもしれない。我儘全開の3歳児だから馬具を装着して乗せてと文句を言ってくる気がする。大人に手伝ってもらわなければ馬具の装着どころか背に乗ることもできない。アディとローアはフライを使えないはずだからクロアにもらわなければならない。遊ばせたいけれど、なるべく手伝いたくない最低な姉だね。
何故なら私には余裕がないから!
「姉さんは策士だね。そのような魔法があれば絶対に勉強する時間が減るよ。ミュリエルも身体強化がなければ馬具の装着や馬に跨っているのが辛いのね。それならば乗馬魔法と下馬魔法を作るよ。専属馬を決めれば簡単だからね。姉さんの策はそれで終わりなのかな?」
「あれあれ?何故私だけの策になっているのかな?私たちの策だと言ってよね。末っ子4人には専属馬を1頭と厩舎に残っている2頭の名付けをさせたい。つまり1人3頭の主となる。4人で一緒に遊ぶはずだから最低でも12頭。全員が毎日乗れるわけではないから他の馬とも遊ぶはず。名付けだけして放置するのは可哀想でしょ。専属馬が他の馬に乗ることを許してくれたらの話だけれどね。」
上下関係が分かるようにすれば馬は問題ないはず。あとは3歳児が馬で遊ぶことに夢中になればいい。そして3歳児は絶対に夢中になる。遊ぶのは半日だけだと我慢するのかもしれないけれど、毎日遊ぶのは確定だね。姉の策に溺れなさい。
「流石姉さん、絶対に関わらせるつもりがないね。それではその作戦で進めよう。まずは私の専属馬を決めてからリビングに全員呼んで着替える。姉さんなら私の専属馬をどのように決めるのか考えてあるのでしょ。」
「勿論考えてあるよ。8頭の首と頭を上げさせて10割を出したクロアに首と頭を下げずにいられるのか試すだけでいいよ。」
やはり邸の男性を関わらせたくないみたいだね。
クロアは馬と念話で話しているのかな。腹ばいになっていた8頭が立ち上がり首を上げて頭も下げずに真っ直ぐクロアを見ている。それを見届けてからクロアが突然変わった。
この力を何と言えばいいのか分からない。雰囲気を変えただけではない。世界の創造主だと言われても納得してしまうほど畏敬の念を抱いてしまう。隣にいた妹は一瞬で絶対者に変わった。
クロアを見下ろすことは許されない。だから頭を下げるのは必然。普通の人は跪く。悪人は蹲って顔を隠し絶対の死に怯える。
私に向けられていなくても震えてくる。精神が濁っているからなのかもしれないけれど、関係ないのかもしれない。跪くべき人の隣に立っているのだから。
8頭のうち7頭は首も頭も下げている。1頭だけが首を下げて頭の位置をクロアの頭より少し下げている。頭を同じ高さにするのは厳しいみたい。これでも十分に耐えていると思う。
真っ白な馬も真っ黒な馬もいるけれど、試験に合格したのは黄茶色の毛をした馬。鬣も尻尾も黄茶色で目は黒色。見た目は関係ないよね…。
「クロア、その子でいいと思うよ。専属馬が決まったから楽にして待っていてと伝えて。クロアに選ばれなかったから他の人には名付けられたくないし乗せたくない子はいるのかな?」
「そうだね。試験に合格したのはこの子だけだから諦めなさい。それに私の専属馬になれなかったら他の人に名付けてもらい専属馬になってもらうと伝えてあるので大丈夫だよ。楽にして待っているように。それではリビングに移動するね。」
クロアの転移でリビングに移動すると机の上には8人分の長袖のシャツと長ズボンが用意されていた。すぐに末っ子4人とミュリエルが資料館から入って来た。クロアが念話で呼んだみたい。
「専属馬を決めるから着替えて。いつもの席に置いてある服に着替えればいいから。」
「クロア、クリスも来るの?」
クリスは動物が好きなのかドラゴンだけが好きなのか分からないけれど、クロアが呼べば来ると思う。自覚していないと思うけれど、クロアに呼ばれたら拒否するという考えが浮かばない。
「クリスは片付けてから来るみたい。着替えて昼食の後に専属馬を決めるよ。食べすぎると気持ち悪くなるかもしれないから少なめに用意しておいた。昼食の前に玉露を飲ませてあげる。姉さんも驚くと思うよ。」
「それは分かったから少しは説明してよね。」
ディアが私を見ている。状況説明は私の役目かな。
「今朝は食材を買う契約をするために街に行ってきたのよ。その街で牛と鶏を買ったけれどね。そして住民に読み書き計算を教えようと思って邸の男性も連れて行ったけれど、住民は勉強を拒否して王都へ買い物に行った。契約を初日で破った街の住民も腐っていたけれど、王都の門兵やお城の騎士も腐っていた。街の住民が捕縛されてお金を持っている理由を門兵が騎士に伝えた。すると騎士団が私たちを捕まえようと街を囲んだの。私たちが見つからないから騎士団長が激怒して街の住民を皆殺しにしようとしたから世界で一番人気の国に住民を飛ばして牛と鶏を保護してお城の厩舎で駄馬として扱われていた馬を保護して帰ってきたところだよ。悪徳商人に騙されていて食事もできなくて困っていたから先払いでお金を渡したのに失敗だった。そのお金で王都の門兵に宝石を買いに来たと言ったからね。」
「街の動物を全て保護して馬も保護する理由を作っただけじゃない。お姉ちゃんは全て分かっていてお金を渡したんだよ。街を決めたのはお姉ちゃんでしょ。近隣の国の事情も把握してるよ。フィオナ姉ちゃんがいなかったら街の住民を殲滅して門兵と城の騎士を殲滅してる。」
「少しだけ期待していたよ。住民も門兵も騎士団も不愉快だから姉さんがいなければ殲滅していたのは間違いないね。」
今ならその通りだと思うことができる。少しだけ期待していたのは本当だと思うけれど、アボット街の住民は契約を守らないと考えていた。引き継いだディアならクロアの考え方がよく分かるはず。だから全てを話さなくてもクロアの目的が分かったのだと思う。
それよりもクロアが用意した昼食の方が気になるけれどね。
「アディ、ローア、着替えに行くよ。」
「はーい。」
自室に入って服を着替える。女性しかいないのでリビングで着替えてもいいけれど、部屋で着替えないと落ち着かない。
「お姉ちゃん、あの大きさの馬には乗れないよ。跨げないからね。」
「アディ、お姉ちゃんがそのことに気づかない訳が無いよ。絶対に乗れる。」
「ローアの言う通りだよ。クロアが乗馬魔法と下馬魔法を作ってくれるので準備も必要ないよ。2人とも開脚できる?足を左右にどのくらい広げられるのか見せて。」
2人が足をスッと左右に広げて開脚した。とても柔らかい。
開脚していても痛みがなければ問題ない。
「その状態でも痛くない?ズボンに気になる部分はない?」
「痛くないよ。凄く動きやすいズボンだね。長袖も腕を動かしやすい。この服の目的は何なの?」
「普段着ているワンピースやツーピースよりも断然動きやすいね。」
クロアが作る服は素材の質も良いし着心地も良い。それにクリスから昔の下着を聞いて上下で採用しているのでとても楽になった。最初は布地が少なくて恥ずかしかったけれど、これに慣れたら元に戻れない。
「あなた達は馬の背に直接座ることにしたけれど、汗で濡れないように弾く効果がこの長袖のシャツと長ズボンにはあるの。乗馬を一番楽しめるはずだよ。それに馬と一体化したように感じられると思う。妹が馬と遊ぶためにクロアが作った服だから動きやすくて当然でしょ。さあ、リビングに戻るよ。」
「はーい。」
部屋を出てリビングを見ると全員揃っていた。クリスも着替えているけれど、白衣らしきものがリビングの隅に投げ捨てられていた。脱衣所に行くのも服を畳むのも面倒なのだと見ただけで分かる。片付けてから来たみたいだけれど、研究所は綺麗に片付いているのかな…。
そして袖とズボンの側面に線が引かれているので誰のものかよく分かる。私は黒色の少し太い線が2本、クロアは黒色の太い線が1本、クリスは茶色の太い線が1本、ミュリエルは緑色の少し太い線が2本、末っ子4人も目の色の太い線が1本、服に目の色の線を引くことで誰のものか分かるようにしている。目の色が同じ場合は年上の方が線が多い。クロアらしいこだわり方だね。
本来なら乗馬服は丈夫なものでなければならないと思うけれど、私たちは体が丈夫だから長袖のシャツと長ズボンで大丈夫。
長袖のシャツと長ズボンはかなり丈夫だと思うけれどね。
「寒い人はいるかな?乗馬して寒かったら教えてね。厚手の上着を作るから。とりあえず玉露を飲んでみてよ。緑茶とは違う味と香りを教えてあげる。姉さんは飲み終わったら食事の準備を手伝ってね。」
「ええ。勿論だよ。」
クロアの言葉を聞いて皆が席に座った。ローアがミュリエルを隣に誘ってロディがクリスを隣に誘った。9つ席があったので空席が1つあるはずなのに消えている。皆の固定席が決まったのでクロアが消したみたい。
そのあとクロアがポットを2つ出してカップを8つ出した。カップに注がれているお茶は薄く見える。そして皆の前にカップが移動した。
皆が様子を伺っているのでクロアが「早く飲んでみてよ」と言うのでカップを持ったけれど、緑茶よりも温度が低い。カップを口に近づけると緑茶とは全く違う香りがする。一口含むと強い甘みを感じるけれど、苦みを感じない。これがお茶の味だとは思えない。好みが分れるお茶だね。
「クロア、玉露は緑茶の中でも高級なお茶だよね。味が違いすぎるよ。香りも独特で緑茶とは全く違う。濃厚な甘みのあるスープみたい。この香りは海藻の何かで嗅いだことがある。玉露を飲みながら食事する気にはならないと思うよ。」
「姉さんの言う通りだと思っているよ。玉露は旨味が強くて口の中に残るからね。食事するときの飲み物ではないと思う。玉露を楽しみたい人が飲むものだね。それにクリスがコーヒーを飲みたいと言うから植物の本を読んで探してきた。来年までには飲めるようになるけれど、育てるのが難しすぎる。ところで実験場の外の空気と土を確認してもらっているけれど、人が住める環境かな?昆虫以外が滅びた理由は魔法だと思う?」
「コーヒーの木を見つけたんだ。飲める日が待ち遠しいね!10万年以上経っているから滅びた理由を明確にすることはできないけれど、空気に酸素もあるし毒素はない。土にも毒素はない。だから魔法の可能性が高いね。探せば虫以外にも爬虫類は生きているはずだよ。感情把握に反応する生物を殲滅したのだろうね。魔法は便利で可能性に溢れているけれど、それだけに危険も大きい。クロアがその気になれば星を壊せるように誰か1人の意思で滅ぼしたのだと思う。結界の外で暮らすの?」
クロアは結界の外で暮らすことを考えていない。動物が暮らせるのか確認したかったのだと思う。動物の国をつくって動物の星にする。人間に興味がないクロアらしい考えだと思う。それとも大きな計画を考えているのかな。どちらにしてもクロアの好きにすればいいよ。
「それは考えていないよ。今は結界の外に少しずつ草食の魔獣を送り込んでいるところ。増えたら肉食の魔獣を送り込む。最後にクリスが生み出したドラゴンを送り込む。これでドラゴンを頂点とした生態系が完成するでしょ。実験場にいる動物も増えたら送り込む予定だよ。時間があるから動物の星にする。それに人間が魔法を自由に使える世界が平和なんてあり得ないよ。もしもドラゴンが私の指示に従うなら10匹程は結界内で飼ってもいいよ。」
「それは面白そうだね。この星にクロアの指示に逆らえる動物はいないと思うよ。ドラゴンの星になったのを見てから死ぬのが一番かな。研究を頑張らないとね。」
目標がないとつまらないからね。私は家族の1人として死ねたら幸せかな。だけど末っ子4人がクロアと違うことをすると思うからそれも楽しみだね。
クロアは皆が玉露を飲み終えたのを確認してカップをしまった。そして少し大きなガラスのポットを2つ机の中心に置いた。茶色の液体と緑茶が入っている。そのあと皆の前に空のカップを置いた。
「麦茶と緑茶を用意したから好きな方を飲んで。ポットもカップも魔法を使っていないからね。姉さん、料理部屋に行こう。」
「少し待ってね。ミュリエルはどちらを飲む?」
「麦茶を飲んでみたいです。」
麦茶のポットを取ってアディとローアとミュリエルと自分のカップに入れた。そしてポットを中心に戻してからアディとローアの頭をポンポンと軽く叩いた。
「2人ともクリスに自己紹介しなさい。クリスはとても賢いので勉強を続けるのであれば必ずクリスに教えてもらう日が来るよ。私はクロアと昼食を用意しに行くからね。」
「はーい。」
席を立ってクロアと料理部屋に入る前に2人が自己紹介している声が聞こえてきた。クリスとしては初対面だと思えないのだろうね。「初対面だったかな?私のことを知らなかったの!?」と言っている声が聞こえてきた。それが少し面白くて頬が緩む。
「壮大な目標だね。だけど魔石の人形になってまで達成する気はないのでしょ。」
「流石にそこまでの情熱はないね。動物の国をつくりながら動物の星も同時に作るだけ。死ぬ前に研究施設は全て潰すけれどね。人間は精神が未熟だから魔法を使うべきではないよ。自宅で一緒に暮らす人以外には教える気にならない。姉さんは増えると思う?」
家族ではなくても一緒に暮らせる人はいるのかもしれない。だけど善良な人ほど苦しみ生き抜くのが難しい世界だから探そうと思うと大変だね。
「他種族には会いに行きたいと思っているけれど、一緒に暮らす人を探す気にはならないね。私の予想では末っ子4人はクロアと違うことをすると思うからそれが楽しみ。6歳くらいまでは遊びを優先して10歳を超える頃に人形を殲滅してそれぞれ好きなことをする。人が増えるよりも今の生活を守りたいよ。」
「姉さんらしいね。昼食はパンと魚肉のスープだよ。食事を準備して運ぶのが面倒だね。ガラスの引き戸を作ってお盆を渡せるようにしようかな。姉さんはお椀にスープを入れて。私はパンをお皿に乗せるから。」
スープの匂いが美味しいと伝えてくれる。クロアは素材の味を引き出すのが上手いから。だけど料理では負けられない。
玉露を飲んでいたときにクロアの分身がスープを温めてパンを焼いていたみたい。オーブンから焼きたてのパンを出すのがおかしい。
スープをお椀に入れるときに魚肉が必ず入るように気をつけた。勿論野菜も入れているけれど、このスープは魚が出汁になっていると思うから。
お椀をお盆に乗せていくとクロアがお皿の上に丸みのあるパンを乗せてお盆に置いていく。そしてスプーンを置いたら全てのお盆が消えた。カップがあるのに転移でお盆を移動させたという事は小さな分身がリビングを見ているはず。優秀な妹がいる姉は大変だよ。助けてもらってばかりいるからね。早く仮想体を覚えないと…。
リビングに戻り私たちが座ると食事が始まった。パンを手で千切って食べたけれど、焼きたての小麦粉の香りが素晴らしい。パン生地は寝かせる時間が長いからそれほど試作できないはずなのに完成度が高すぎる。これほど柔らかくて甘味のあるパンは世界でこの家でしか食べられない。パンは固いのが世界の常識だから。
そしてスープを飲むと濃厚な魚の旨味が口に広がる。美味しすぎる!調味料などは余り使っていない気がする。魚と野菜の旨味を引き出しているのだと思う。
先に魚の頭や骨で出汁を取ったのかな。そのあとに魚の身と野菜を入れてから少しの調味料で味を調節した気がする。そしてふと思った…。私にも勉強の成果が出ている。今までなら何も分からなかったはずなのに作った過程が想像できるようになっている。かなり嬉しいね!やはり勉強は大切だよ。大切な勉強をさせないようにしている姉たちは最低だね。だけど遊ばない3歳児が悪い!
「アディ、ローア、自己紹介はできた?」
「できたよ。勉強を教えてもらうには最低でも9年分の算数と数学と理科の知識が必要みたい。それと手作りのお菓子と紅茶を研究所に持っていかないと駄目だって。手作りのお菓子はクロア姉ちゃんの手作りクッキーの一番美味しいものだよ。紅茶もクロア姉ちゃんが入れたものだよ。同じ味のものをお姉ちゃんは用意できるのかな?」
「クロア姉ちゃんに教えているから凄い知識量だよ。絶対に教えてもらいに行くからお姉ちゃんが用意できるようにしておいて。」
我儘全開の3歳児は私にクロアの作ったクッキーとクロアの入れた紅茶を用意しろと言ってきた。あのクッキーが世界一美味しいと分かっているのかな…。
「クリスは何から教えるつもりなの?」
「基本的には知りたいことで私が知っていることなら教えるよ。とりあえず元素記号を覚えてもらって人は呼吸によって酸素を吸って二酸化炭素を出していることや水を分解して酸素と水素に分けることから教えようかな。7年目か8年目の理科の勉強で出てくるはずだよ。2人なら頑張れば2年後、ゆっくりでも3年後には覚えられそうだね。」
クリスの教える勉強内容で決意が固まった。簡単なことを言っているのだと思うけれど、知らない単語ばかり。クッキーを作れて紅茶も入れることができるようになるまでは勉強を遅らせる。姉を本気にさせたことを後悔するといいよ!
外で遊ぶことも勉強になります。




