第59話 契約した街 後編
◇◇◇
3日後。
アボット街の住民がどのように行動するのかが見たい。住民が堕落するようなら他の街で同じようなことをするべきなのだろうか…。
今朝は買い出しに行かないと末っ子4人とミュリエルに伝えている。朝食の後に5人は資料館へ勉強しに行った。私たちが何かすると気づいているけれど、聞かない。結果だけを教えてもらえればいいと考えているのだと思う。
「姉さん、何が見たいの?」
「クロアが記憶を消して男性恐怖症を克服する前に、人間と今回のように関わるべきなのかを見極めたいの。食材を買うために人間の国に行くことを避けられない。だけどクロアは多くの作物を育て始めているから1年後は自給自足できるようになる。だから人間との関りを試すのであればこれから生まれてくる子たちが成人になってからでもいい気がする。もしもアボット街の住民が堕落したら他の街でも試す価値があると思う?これから生まれてくる子で試してみる?」
帝国や王国の周囲にある街はどこも同じように生活していると思う。そのため街を替えても同じことの繰り返しになるだけだと考えられる。子は親を見て育つと本で読んだ。だから何も変わらない気がしている。
クロアはどのように考えているのかな。
「この条件でアボット街の住民が堕落するのであれば他の街で試す気にはならないよ。願いを叶えれば世界で最も豊かな街になる。それに驕ることなく真面目に働かなければ今回のようには関与しない。これから生まれてくる子たちが成人になっても同じだから。それでいいかな?」
「いいよ。それと今日は3割を出して。そして邸に住む男性8人も連れていく。それでいいね?」
住民に品質確認を見せて疑惑を持たれないようにする。そもそもこの条件で疑惑を持たれると考えているのがおかしい。これは私がアボット街の住民に疑惑を持っている証拠だね。
「邸で遊ばせておく理由がないからね。それに私の厳しさを知っていると思うから問題ないよ。今日が3割なのは何かするつもり?」
「住民の前で品質確認するよ。裏で細工していると思わせない。クロアお願いね。」
邸の男性たちは自ら動くことがない。だから今のままだと死にかけた恐怖を克服したとクロアが判断したときに給与を渡して追い出すと思う。クロアは追い出す理由を直前までは言わない。そして追い出す人の言葉では考えを変えない。それをクロアは厳しいと言うけれど、十分に優しいと思う。本来なら保護し続ける理由もないから。
アボット街の街長の家の前にクロアの分身と一緒に転移した。背後には邸の男性たちもいる。事前に邸に住んでいる男性たちに念話したみたいで混乱はしていない。だけどクロアと離れるからなのか緊張している。
「おはようございます。時間が早ければ出直します。大丈夫でしょうか?」
「おはようございます。ようこそおいでくださいました…。」
夫人が玄関のドアを開けてくれた。以前来たときよりも綺麗な服を着ている。給与で買ったのではなく来客が分かっているので着ているように見える。そして私たちの後ろにいる男性たちを見て少し驚いている。
「男性たちには仕事してもらいます。仕事がなければ帰りますのでご安心ください。」
「そうですか…。さあ、中に入ってください。椅子が足りませんがご容赦ください…。」
「椅子は作るから気にしなくてもいいよ。」
クロアの声を聞いて夫人は息を呑んだ。
緊張している夫人に促され私たちは机に用意されている椅子に座った。街長が正面に座っていて夫人はその隣に座った。男性8人はクロアが作った椅子に座った。
「よくきたべ。倉庫さ全て用意してるんだがそちらの男たちは何かな?」
「住民に読み書き計算ができるのであれば連れて帰ります。勉強する気があれば専用の場所を用意します。これは願いに含みませんのでご安心ください。お金を持って買い物に行っても読み書き計算ができなければ騙されます。勉強している間は買い物にも付き添う予定でいます。街長はどのように考えますか?」
アボット街に損はないのだから街長が拒む理由はない。
「そんなことまで考えてくれんね。間違いなぐお金ば持っても騙される。勉強が終わるまで付き添いばしてくれんのは助かんべ。まずは用意してる食材とこれから用意できる食材を伝えるべ。玉露、抹茶、煎茶、緑茶、ウーロン茶、紅茶、大麦、大麦はお茶として加工した方がええべか?」
「お茶の種類が多いのはいいね。お茶はニ番茶以降でも気にしないから。大麦は麦茶として加工してほしい。」
「お茶を楽しみにしていたので嬉しいよ。続きをお願いします。」
これだけのお茶を作っても苦しい暮らしを強いられる。誘惑に負けないでほしいと思ってしまう。お茶だけで願いが増えて生活を変えることができるのだから。
「お茶を理解してもらえるんは嬉しいだ。その様子だと手間がかると理解してるんだな。それでは続きを言うだよ。薄力粉、強力粉、砂糖、卵、鳥肉、牛乳、バター、チーズ、牛肉、以上だべ。鶏肉は卵を産まなくなった雌と雄だべ。牛肉も乳を出さなくなった牝と牡だべ。味に違いがあるべ。それでもええかな?」
「構いません。契約通り全て買います。」
大きな勘違いをしている気がする。何か見落としているのかな…。
契約の話以外をする気にならない。
「それはよがっだ。願いが16に増えちまってるだ。大丈夫だべか?」
「大丈夫です。ですが願いが多くなれば劇的に街が変わります。契約を守るように気をつけてください。それでは願いを教えてください。」
16も願いを叶えたら王都の住民よりも生活がよくなるのは間違いない。安定した給与がもらえ怪我や病気も怖くない。実験場でここ以上の国や街があるのだろうか。
「願いと別だがここの3軒に住む夫婦は追い出すべ。夜逃げばしようとした。記憶消去した後はどうすんだべ?」
「都に飛ばします。読み書き計算ができ綺麗な服を着て仕事を探せば暮らせますから。」
街の中心から外れ無理やり家と畑を用意してもらった夫婦たち。
今まで行った国には貧民街があり奴隷制度もある。死ぬことはなくても今より苦しい生活になるのは間違いない。街長の表情を見ると願いを叶えた後に説得する気はなさそう。それならば何も言うことはない。
「追い出すことは決定しでいる。願いを言ってもええかな?」
「はい。それでは願いを契約書に書いてください。あとから違うと言われても困りますから。クロア、あとで地図の複製をお願い。」
「分かったよ。願いをどうぞ。」
願いを叶えると言わなければよかった。自分ができないことを契約内容に入れたのをとても後悔している。食材の品質が上がりやすくなると考えて発言したけれど、品質が上がり始めてから言えばよかったのに…。
それに家庭料理を作り始めて物覚えや要領が悪いと痛感している。
買い出し先が変わると食材も変わるので野菜を使った料理を覚えるのが難しい。同じ野菜も売っているけれど、毎日同じ野菜を使った料理にするつもりはない。妥協したくないから。
取り柄が欲しい…。
少しずつでもいいので作れる料理を増やしていきたい。
太ももを軽く叩かれたので隣を見るとクロアの口が動いた。き、に、し、す、ぎ、と動いたように見えたのは間違いなのかもしれない。
念話を使わないのが優しい。自分の言われたい言葉にすることができるから…。
「そうだべな。少し待ってくんろ。願いの数ば大きく変わったべ契約書に書いてもええのか分からんかったべ。」
街長が願いを契約書に書いているのを眺めながら、クロアのために何かできることがないのか考えていた。
◇◇◇
10分後。
街長が契約書と地図を私たちの前に向けた。
「できたべ。見てくんろ。」
「えっと…、台所に繋いだ上水道の排水、お風呂の排水、用水路の排水、牛舎と鶏舎の排水をどのようにしますか?」
クロアの負担を少しでも減らしたい…。
契約内容を決めたのにできることは何もないのだから。
「そうだべな…。全て下水道に繋げると臭いさ大丈夫だべか?」
「それは大丈夫です。クロア、契約中は魔石を使って。それと川から水を引くときは地下を通して分からないようにして排水を全て地下で浄化してから川に戻そう。それと夫人、全住民を集会場に集めてください。追い出す人たちも含めてです。クロア、先にお願い。」
「分かったよ。契約中だからね。集会場は作ったから大丈夫だよ。」
夫人が玄関のドアを開けて閉めた。
「あんた、集会場があるから人を呼んでくるね。」
「とんでもねえ。今日ば前よりも光が強いしただものじゃねえべ。」
世界の女王様なので世界一の権力者になれる妹だよ。だけどクロアは自由を望んでいる。それに世界の発展も望んでいないし人間との関係を深めたいとも考えていない。それでも世界がクロアに任せたのだから好きなようにすればいいと思っている。
契約者:クローディア様。
契約内容:アボット街で購入する食材の数だけ願いを叶える。
食材一覧
玉露、抹茶、煎茶、緑茶、ウーロン茶、紅茶、麦茶、薄力粉、強力粉、砂糖、卵、鳥肉、牛乳、バター、チーズ、牛肉、計16種類。
以下に願いを記載する
1、上水道を完備
2、下水道を完備
3、全家の台所に上水道を繋げて下水道に排水
4、全家のトイレを上下水道に繋げられるものに交換して繋げる
5、全家を綺麗にして修理、強化
6、お風呂を上水道に繋げて下水道に排水。地図の場所に建てる。別途設計図を参照
7、用水路を地図の通りに引く。川の水が望ましい
8、用水路の地図の場所に門を設置
9、溜め池を地図の場所に用意。中心の深さ0.5m、幅5m、扇状で地下水が望ましい
10、溜め池の水を牛舎に引き下水道に流す
11、溜め池の水を鶏舎に引き下水道に流す
12、集会場を地図の場所に建てる。別途設計図を参照
13、道を石畳にする
14、柵を整備
15、全牛舎を綺麗にして修理、強化
16、全鶏舎を綺麗にして修理、強化
以上を願いとする。
アボット街の住民から裏切者が出た場合は全て元に戻し契約者は去る。
高速に動いている誰かがいる。速すぎて何人いるのかが分からない。
消えたから終わったみたいだね。
「クロア、終わったね。地図と設計図を複製してね。」
「姉さん、私は超人ではないからね。設計図の複製までは終わっているよ。姉さんからの期待が重すぎて潰れそう。仕事で使う道具も綺麗にしておいたよ。作物と動物の病気は5万リンで治す。このくらいで許して。」
クロアの仕事量を減らそうとしているのに増やされてしまった。そして全て私が望んだことになっている。頼んでいないから必要ないとは言い辛い内容なのが流石だね。このような方法で契約内容を気にするなと伝えなくてもいいのに…。
既に天井と床が光り輝いている。契約書を見ていたから気づかなかったけれど、机まで綺麗になっている。椅子も綺麗になっていると思う。
間違いなく最強だよ。
「街長、台所とトイレを確認してください。天井も床も机も綺麗になっています。」
「ずっと座っていたべ。なんでだ!?なんで綺麗になっとるんだ!?急いで見てくるべ!」
街長夫妻が天井と床を確認して綺麗になっていると認識した。そして街長が椅子から立ち上がろうとしたら、それよりも素早く夫人が椅子から立ち上がり走っていった。街長は夫人の動きに驚いて椅子に座り直した。そして夫人の歓声が台所があると思われる場所から聞こえてくる。次にトイレを見たのだと思う。先程よりも大きな歓声が聞こえる。街長は夫人の声に頭を抱えている。
戻ってきた夫人は満面の笑みだった。
「街長、倉庫まで案内してください。それと今から集会場で品質確認を皆に見せたいと思います。そのあと追加で支払う金額が書いてある紙をください。」
「姉さんらしいね。これでよく分かる。」
クロアの言葉の意味を理解したのは私だけだと思う。街長夫妻は特に気にしていない。そして信者たちはクロアを眺めているだけで何も聞いていない。近くに座れて幸せを感じているのかもしれないけれど。
「そんじゃ案内するべ…。」
夫人の動きを見て疲れたのか街長が力なく玄関のドアを開けて叫んだ。お互い様だよ…。
綺麗に整備された農地になっている。とても生活に苦しんでいる街には見えない。やはり劇的に変わっている。
倉庫は街長の家からすぐ近くにあった。袋には名前が書いてあるので生産者が分かる。クロアが全て魔法で優しく浮かせたので皆で集会場まで歩いていく。
途中で用水路が目に入り、溜め池が目に入り、歩いているのは石畳の上。街長は千鳥足になっている。だけど私が気になったのは萎れた木や作物と痩せ細った牛と鶏。私たちが追加できるお金を渡す必要はない。
≪念話≫
「クロア、牛と鶏を育てたいのよね。あの状態からでも育てる?」
「買えるのなら育てたいけれど、姉さんが交渉してくれるの?」
クロアは期待していない。それに交渉するくらい苦でもない。
「勿論私が交渉するよ。無理だったらごめん。」
「別にいいよ。他の街でも交渉はできるからね。」
≪念話終了≫
集会場に入り舞台に上がる。皆の注目が集まる。
「街長、今から行う事と街の状態を伝えてください。」
「そ、そうだべな。お前ら!絶対に裏切り行為すんな!街は驚くほど変わっとるぞ。オラも自分を見失うかと思ったべ。だがこれは契約が成立した証だ。二度とこんな奇跡は起こんねえ。裏切ったら許さねえぞ!10万リンば既に渡した。そしてここにオラが収穫量や収穫できる回数などを考えた金額を追加する紙がある。そして今から品質の確認を皆に見せてくれる。お前らの仕事は全て把握されてんだ。疑うんじゃねえ。オラも倉庫から一緒に来たんだ。何もしてねえぞ。卵が割れんように優しく運んでくれただけだ。今後はこれがあると覚えておくべ。」
街長がこれだけ声を上げるのは珍しいことなのかもしれない。動揺している人が多く夫人まで動揺している。だけど街長の声で皆にも伝わったと思う。街が変わっていると。
「クロア、薄力粉、強力粉から始めよう。まずは不純物を取り除きます。そして香りと味により品質を確認します。私たちが追加するお金は品質確認する度に変わります。給与ではなく品質が上がった証だと考えてください。それでは…、小麦の収穫回数は年に一度。収穫した薄力粉と強力粉を粉にするので分けて出荷するのですね。街長、名前は伏せた方がいいですか?」
「いいや、明らかにしてくんろ。オラもこれを見て給与に追加する金額を修正するべ。」
「それでは始めるよ。薄力粉を10㎏出荷してくれたアドラムさん。ガラスのボウルを見ていてください。薄力粉の中にある不純物を取り除きます。」
クロアが舞台に机を作り巨大なガラスのボウルを2個作って置いた。そしてガラスなので不純物が溜まっていくのがよく見える。アドラムはそれを屈辱的だと思ったのか激怒している。そのため舞台から見ても顔が赤いので誰なのかすぐに分かる。これは仕事を早く終わらせたいと急ぎすぎた結果なのかな…。
「ボウルの中には大量の土と小麦の表皮と茎が入っています。これが不純物を取り除く作業です。出荷は遅れても構いませんから丁寧で真面目な仕事をお願いします。」
「オラは今年の品質を今更変えることはできねえから丁寧で真面目に仕上げろと言ったはずだべ。今までの商人ではねえんだぞ。最低でも年120万リンはもらえる。これだけで今までの10倍を超えんだぞ。更にオラの裁量で10万リンまで追加で給与を増やすことができんだ。真面目さ仕事すれば240万リンだ。何だその目は!お前も出ていぐか?畑が欲しいやつはたぐさんいんだ。それともオラが収穫量や収穫数などで増やす金額を書いた紙を直してもらうか?お前の行動で世界一豊かになっだ街が元に戻んだぞ。言いだいことがあんならオラに言え!」
「街長が小娘の手先になっで俺の仕事を馬鹿にすんじゃねえ!何が願いを叶えるだ。何が年120万リンだ。普通に暮らせるんがそんなに嬉しいか。こんな茶番見せられでやっでられっが。俺ど一緒に出ていぐ奴はいねえが?」
薄力粉を仕上げた本人が一番分かっているのに何を言っているの。生活に苦しんでいたのに見栄の方が大切なの?この人の意見に賛同する人はいるの?
「年収500万リン程の街が最低5000万リン以上になり真面目に仕事すれば1億リンを超える。それをあなたの一言で全て無にするの?様子見している男性も前に来なさい。その妻も前に来なさい。アドラム、あなたの出荷した薄力粉10㎏は全て使えない。畑の土と一緒に挽いて製粉したら香りも味も台無し。それに街の変化を見て考えを変えるような人から買いたいとは思わない。私は確かに小娘だよ。その小娘に跪きなさい。ただの小娘が1億リン払える訳が無い。その程度のことも分からない。あなた達には貧民街で餓死か残飯漁りがお似合い。街長、アドラムとその妻、それに様子見していた夫婦2組と夜逃げしようとした夫婦3組。今から記憶を消して飛ばしてもいい?」
「勿論いいべ。仕事しねえど分かっでいで機会をやっだんだ。お客さんを疑って馬鹿にするとか今までの暮らしが好ぎみだいだな。どこの国の貧民街で暮らすんだ?」
「クロア、帝都アスカムにしよう。二度と行かない国の方がいい。」
クロアがアドラムを舞台に転移させて跪かせて妻もその隣に転移させて跪かせた。様子見していた夫婦2組も舞台に転移させて跪かせた。そして夜逃げしようとした夫婦3組も舞台に転移させて跪かせた。クロアが生意気な人を跪かせている姿はよく似合う。誰が見ても格の違いが分かる。
アドラムは間近で見たクロアの雰囲気に飲み込まれている。歯の根が合わないのかガチガチと口から音がしている。何か言いたそうだけれど、クロアがそれを許さない。
子供がいないのは生活が苦しくて育てられないからなのかな…。12人が飛ばされても仕事が増えて喜ぶ人の方が多い。自分の畑が持てるのかもしれないと期待している人がそれなりにいる。
「姉さんの希望通りあなた達の記憶を消して世界で最も奪い合いが盛んな帝都に飛ばす。奪い合うのは命とお金。じゃあね。」
12人が一瞬で消えた。クロアから怒りの感情が漏れている。
それを見て子供は奴隷として売っている気がした…。
「今の人たちは初めて訪れた日から真面目に仕事しないと分かっていた。それでも機会をあげたけれど、無意味だった。空いた畑については街長が管理して分譲して。品質確認は今のような人たちをあぶり出すためにやるものではない。あなた達の目の前で品質確認するのか自宅で品質確認して、品質の良い食材を出荷した人に追加でお金を渡す。買い物と一緒だよ。良いものは売れるけれど、悪いものは売れない。出荷した食材がどちらに当てはまるのか知りたいのか知りたくないのかそれだけ。私は肉以外の食材の良し悪しが分かるから助言することもできる。続けるのか止めるのか決めて。どちらがいいの?」
「今までを思い出せ!買い叩くだげで何も言わねえ商人がいいのか何が悪いのか教えてくれるこの人たちがいいのが考えるまでもねえべ。違うのか?悪ぐてもやる気があればオラは給与を増やすつもりでいる。この人たちば良い品を高く買っでくれる。何もおがしぐねえ。」
街長の言葉で会場の雰囲気がまとまった。過去を思い出せば当然のことだと思う。それを感じてクロアは全ての食材の良し悪しを説明していく。
そして畑に足りない成分を指摘していく。作物別に畑に撒くべき肥料や撒いた後に耕した方がいい肥料を伝える。お茶も実際に入れて香りや味を確認してもらい品質の違いを納得させた。それに動物たちも人間と一緒で食べ物に気をつけることや、なるべく広い場所で放し飼いにしてあげることが大切だと伝えた。
誰もが納得するしかない説明をしたと思う…。
クロアの知識量を改めて思い知らされた。
そして真面目に聞かない住民に怒りが湧く。それでも聞いている振りをしていた。
街長の追加分を払うのは一番最後。
今からクロアのために買い物する。確実に買えると分かったよ。
「牛を飼っている人と鶏を飼っている人に伝えたいことがあります。今の状態でよいので若い牛の牡と牝を2匹ずつ。若い鶏の雄と雌を2匹ずつ。牛は1匹30万リン、鶏は1匹10万リン、先着1名ずつです。今後も給与を払うと契約書に書いてあるので心配しないでください。そして全ての食材を買うことも契約書に書いてあるので心配しないでください。売る人は手を挙げてください。即金で払います!」
「はい!」
ほとんど同時に5人が手を挙げた。順番は分かるけれど、分からない振りをする。
「街長、5人が同時に手を挙げたので40匹買います。問題ありますか?」
「何もねえべ。言った通り契約書に食材を買うと書いてある。飼育に興味あんだべ?」
「姉さんが私の趣味に協力してくれただけです。姉さんは優しいからね。」
何人か手を挙げるのは予想通り。
全員から買うと言っても問題ないと分かっていた。
「クロア、手を挙げた人を舞台に上げて。更に交渉できるけれど、必要かな?」
「今のままでいいよ。動物が好きだから大切に育てるね。」
牛を飼っているのが2人、鶏を飼っているのが3人。それぞれに120万リンと40万リンを大金貨で手渡した。5人は喜んで舞台を下りていった。他の住民からの嫉妬や妬みは気にならないみたい。
「クロア、牛と鶏は転移させた?」
「転移させたよ。広い牛舎と鶏舎を作っておいたからね。今は地下水を飲みながら餌を食べているよ。それと遊べるように土地も広げたから堀の形がどんどん歪んでいくね。それに鶏は結構高く飛ぶから防護壁も高くした。寿命で死ぬまで飼い続けるからね。そのあとは自然に則って自分たちで食べるか魔獣が食べる。私の好きにしていいよね?」
そのために買取の交渉したのを知っていて聞かないでほしい。これで私たちは正規に購入したことになる。何も細工していないし問題はない。
「いいよ。雛を育てるのは大変だった気がするけれど、大丈夫なの?」
「勿論だよ。藁が敷いてある温室も用意してある。有精卵か無精卵か確認しないとね。親が温めていたら親と一緒に移動させてあげるつもりだよ。ブレットたちに世話は任せられないね。本体で世話するよ。魔獣は分からないけれど、動物は私を見ると大人しいね。体を綺麗にしてあげたから喜んでいるのかな。意思疎通もできるよ。動物の国をつくれという事だね。」
世界の女王様の言葉なら動物も分かるみたい。本体が動いているという事は相当喜んでくれたね。私の下らない考えのせいで迷惑かけているけれど、少しは役に立てたかな。
そしてブレットたちに仕事を与えない。動物の世話を仕事だと考えると加齢で動けなくなるまで続けることができる。間違いなく動物の国ができるから。
これで気づけなければ追い出されるのは時間の問題だね。
それでは勉強について話そう。
「ここに集まっている皆は読み書き計算を勉強する気はありますか?勿論子供を連れてきても構いません。これらができなければお金を持っていても騙されます。勉強するのであれば買い出しの付き添いもします。そのために男性を8人連れてきました。8人は勉強する方が覚え終えるまで住み込みで残ります。費用は私たちが出しますので気にしないでください。勉強しますか?」
勉強するのか確認したら拒否する感情で集会場は満たされた。それに私を敵視している人たちもいる。勉強するのか聞いただけなのに理解できない。
「勉強すんべよ。オラたちは騙されるためお金ば稼ぐのか?文字も読めねえ書けねえ計算できねえと騙されるぞ。なして悪徳商人と契約ばした?会話と契約書の内容が違うことにも気づけねえからだべ。腹いっぺえ食えるお金ば手にしたのに騙されたら意味ねえ。ええか、作業服と長靴履いて泥が付いでたら騙せる相手か確認されるぞ。全部整えて自信を持って歩け。なんも知らねえできねえから自信がねえんだ。勉強しねえと変われねえぞ。商人の次は店員に騙されるんか?それでもええのか?」
「そうなの…。この世界にある都の怖さを知らないのに好きなように使いたいみたい。契約し続けたいと思ったので勉強を提案したのに拒否するし残念だね。街長、食糧や肥料や飼料を買う気はないよ。このままだと初日で契約破棄だね。」
勉強が嫌いだから勧める人を敵だと認識したのかな。街長の追加分を先に払わなくてよかった。この街の住民には勿体ない。騙されるだけならいい方だと思う…。
「こんの大馬鹿者が!何を買うつもりだべ?あーん!?オラも邪魔者扱いだべか!?お前ら都に憧れて夜逃げばしようとしだ夫婦と何も変わらねえ。何で出て行くだ!話の途中だぞ!おい、待でー!」
声を上げる街長を睨むようにして住民は残らず集会場から出て行った。
夫人も追いかけるように出て行った…。
「クロア、食材は持って帰る?これからを期待していたのに理解してもらえなかったね。」
「畑を手入れするつもりもないね。食材はお金を払って買った物だし自宅で調整するよ。読み書き計算を勉強しなくても給与が毎月もらえるから必要ないと思ったのかな。お金がないのに畑の質が良いはずがない。そこで取れた小麦もお茶も餌を食べていない牛の乳や鶏の卵も残念な結果だよ。」
夫人が慌てて戻ってきた。
「あんた、全員が着替えもせず王都に向かった。この街は終わったよ。誰も注意を聞いてくれない。買い出しに付き添うと言ってくれていた意味も理解していない。もしかしたら所得隠しとして王都の騎士が攻めてくる。もしくは悪人たちが来る。」
「そうか…。何も聞いでねえんだな。もういいべ。街を戻してくんろ。」
「2時間程しか経っていないけれど、それでいいんだね。結界も解除するよ。」
クロアの仕事を無駄にされたことが許せない。
それに街長は何故止めに行かないの?
「追加分は街長に渡せばいいのですか?」
どのような答えを出すのだろう。受け取る資格はあるのだから何も問題はない。契約書にはどのように渡すのか記載していないのだから街長がまとめて受け取って渡すことにしたとでも言える。だけど私たちが渡す必要がないお金でもある。契約書には渡す日にちを記載していないのだから。
「ください。息子夫婦と一緒に街を出ます。」
「街長に聞いています。」
「その通りだ。こん人だちは義理ば果たそうどしでくれとるんが分がらんのか。お前ば契約違反するからくださいと言っだ。それを裏切りとしでもええんだ。追加ば全員なしだ!お前はオラのもらった給与から息子に半分渡しだ。あの馬鹿は殺される。オラが何度言ってもお前は甘やがす。うんざりだべ。息子と縁を切る。お前も離婚したくば会いに行げ。早ぐしねえと死ぬぞ。」
近くにある王都は簡単に殺されるほど治安が悪いみたいだね。
夫人は離縁して息子夫婦と逃げると言って出ていった。そのあと街長の家に移動した。
「街長、近くの王都は危険なのですか?」
「作業服を着て王都行っだら門兵に目的ば聞かれる。食糧や肥料を買うと言っだら金がねえと見逃す。だが宝石や装飾品を買うと言っだら人目に付かねえ場所で暴行されて金の出どころを言わされる。破落戸と変わんねえ。小金なら門兵の小遣いだが大金だど騎士に話しば伝える。それで騎士たちが馬に乗って街に来る。騎士でも下級騎士だべ。門兵は下級騎士から金ばもらえるそうだ。そういう話ばよく聞く。そんで罪をでっち上げて殺しで金を奪う。悪徳商人ば賄賂渡してるから見逃してもらえんだ。」
「街長はどうするの?」
街の質も悪ければ国の質も悪い。
「行く場所がねえ。オラでも生きでける国を知っでるか?」
街の質が悪いのだから街長の質も悪くて当然だね…。
男女平等の国を探してもらっているのに男尊女卑に気づかない。私たちは自己紹介したのに街長夫妻の名前を知らない。私たちを名前で呼ぶこともなく、今朝は椅子に座って立つこともせずに契約者を出迎えた。集会場では少女に指摘された生産者たちは聞かない。女性に勉強した方がいいと言われたから怒った。自分が無視されたから街を戻せと言った。追加の給与もなしにした。今も人にものを訪ねる言葉遣いではない。そして平気でクロアの力に頼ろうとしている。
≪念話≫
「クロア、ごめんね。馬鹿だから全然気づかなかった。この人も記憶消して帝都アスカムに飛ばして。男尊女卑が激しくてクロアを侮辱している。殺したいけれど、我慢する。」
「姉さんは感情把握を余り使わないからね。特に目の前にいる人には使わない。表情と雰囲気で判断していることが多い。姉さんは私のために人間を観察しようと考えているけれど、もうやめよう。続けると人間を嫌悪するようになるから。どうでもいいで止めておこう。それにこの契約も私のためでしょ。隣に私がいたのだから姉さんだけの責任ではないよ。それに品質がなるべく早く上がるように環境を整えようとしただけ。そして姉さんと私には違う役目があるじゃない。それと何かあったら姉さんだけが私を止めるつもりでいる。自己犠牲はディアが大嫌いだから駄目だよ。」
どちらが長女か分からないね。クロアの言う通りにしよう。
今の私は人間をどうでもいいと思っている。このまま観察を続けていくと嫌悪するのが予想できる。少し違うかな。もともと家族以外には興味ない。自宅に入れるクリスとミュリエルは特別枠だね。
「クロアに何かあっても声だけで止まってくれることを願っているよ。死なない自信がない。」
「何もないよ。常識外れのことをしようとしたら言ってくれるだけで十分。最後の人間観察を楽しもう。目の前のおじさんはつまらないから邪魔だね。この人が生きていけるのはこの街しかないから帝都で鍛えてもらおう。それでは記憶を消して飛ばすよ。もうすぐ馬が50頭くらい来るから何頭かもらうよ。何頭がいいかな?」
騎士が攻めて来るみたいだね。50人程来るという事は金脈でも見つけたのかな…。
「クリスに興味があるのか分からないけれど、8頭にしよう。1人1頭ずつ名付ければ馬と遊んで勉強できないよね。仔馬が生まれたら絶対に無理だね。末っ子の勉強を邪魔する最低な姉だよ。」
「つまり若い牝7頭と若い牡1頭だね。妊娠したら心配で勉強できないよ。牛も鶏も増えていくね。森から出て草原の方にまで結界を広げるよ。ディアの視線が凄いから馬が来たら飛び出してくるね。私たちの勝ちは決まったようなものだよ。騎士には馬を捨てて逃げてもらう。それでは始めよう。」
ディアは絶対に無理だね。クロアに一番近いのだから動物好きに決まっている。
≪念話終了≫
念話を終えたら街長は消えていた。
そしてクロアが後ろを向いた。
「今からあなた達を邸に戻すね。ここから先は死人が出る。人が殺されるのを見てみたい?」
「それは厳しいです…。邸に戻してください。」
人が殺されるのを見るのは誰でも辛い。クロアと私は慣れてしまっているけれど、それでも見たいとは思わない。クロアの言葉で俯いた8人は邸に飛ばされた。そのあと私たちは街長の家の屋根に転移して透明化している。声が聞かれないように結界も張っている。
「姉さん、偶然にも動物の飼い主が殺されたら保護する必要があるよね?」
「そうだね。クロアに保護された方が動物は幸せだと思うよ。」
殺させるのかな?私の耳ではそのようにしか聞こえなかったよ。
「クロア、騎士が攻めてきた理由は分かる?」
「泥の付いた長靴と作業服を着ているから全員門で止められて目的を聞かれて終了だよ。私たちの記憶は消してある。5台の馬車に乗せられて帰ってくるなんて優遇されているね。」
騎士たちがようやく近くまで来た。お揃いの鎖帷子を着ているけれど、1人だけ青のサーコートを重ね着している騎士がいる。この人が団長なのかな。
30名の騎士が馬から降りて街長の家を囲んだ。そして5名の騎士が家に入り5分程で出てきた。それだけで中に誰もいないのだと分かる。
農地は馬に踏み荒らされ多くの作物が潰されている。後ろ手にされ縄で縛られた住民が馬車から次々と降りて街が元に戻っていることに唖然としている。唖然とする理由が分からない。すぐに街を変えたのだからすぐに戻せるよ。それとも自分たちは裏切っていないつもりでいるのかな。住民を逃がさないように20名の騎士が剣を抜いて脅している。
団長だと思われる騎士が住民を睨む。態度が大きいから破落戸の下級騎士団長で決定。聞いていた話と街の様子が余りにも違うので怒りに染まっている。
「おい、街長もいないぞ。聞いた話と全く違うではないか!お前たちはどこで金を手に入れた?」
「街長は逃げたのでしょう。お金は商人をしている女性がくれました。」
団長の質問に答えた男性の考え方がこの街の標準だね。誘惑に負けないでほしいと思っていたのが恥ずかしい。街長や住民の質を気にしていなかったのだから。食事に困っている人に食事ができる契約をすれば真面目に働いてくれると考えていた。見当違いも甚だしい!
「どうすれば会える?」
「契約違反したので二度と会えません。」
契約違反したと理解していたのに街が元に戻っていて唖然としたんだ。本当にどうでもいいね。よく見ると話している男性の横に夫人もいるから息子は副街長なのかな。
「魔法が使えると言っていたな。小賢しい!それでお前らはどうする。」
「働くしかありません。」
クロアのことを小賢しいと言ったね…。あとで殺す!
「そうか。騎士団の奴隷としてこれからも働くことだな。馬車代として全員の所持金を渡せ。それで命だけは見逃してやる。」
「食わねえと働けません。食事するためのお金は見逃してください。」
団長が哄笑した。
「あそこに見えるのは牛と鶏だろ。一月分は余裕にある。次は仕事がなくなると言うのだろ。別の仕事しろ。早く命か働くか選べ。」
「お前らが契約違反さえしなければ楽に金が手に入ったのに。読み書き計算すらできねえのに買い物に行くんじゃねえよ。全額を所持しているので抜き取ってください。」
楽に金が手に入った?やはりこの男性も死ぬべきだね。
男性の言葉を聞いても後ろに立たされている住民には余裕がある。多分お金を残せると思っている。お金を隠して持って行く知識はあるみたい。だけど破落戸を相手に隠せるとは思えない。
「そういえば手を縛っていたな。但し、1人でも誤魔化したら全員処刑だ!お前らが複数に分けて持ち歩くのは知っている。当然だが出した後に確認するからな。身ぐるみはがされることを覚悟して出せ。」
「絶対に隠すなよ。本気で殺されるぞ。分かっているな?絶対だぞ!」
住民たちから余裕の感情が消えない。絶対に隠し通せる自信があるみたい。だけどこの男性の言葉を聞いていると絶対に隠せと言っているように聞こえる。
「姉さんも怒っているし馬鹿にされた魔法使いの恐ろしさを教えてあげる。馬は大切にしないと駄目だから水でいいね。」
「馬のために水にしてあげるなんて優しい妹だよ。」
騎士たちの腕と剣が溶けていく。そして話していた人の腕も水になっていく。悲鳴を上げながら団長が馬の背から落ちた。
住民は笑っている。助かったと勘違いしている。それを聞きながら下級騎士は馬車に乗って帰って行った。御者は騎士ではなかったので腕が溶けずに済んだ。
「クロア、住民の皆殺しが決まったね。」
「時間の問題だね。動物を保護する必要がありそうだよ。」
腕が溶けた男性が笑っている住民に怒っているけれど、笑い声が続いている。縛られたままの状態で笑い続けているのは脳が溶けているとしか思えない。夫人と男性の妻らしき人も怒っているけれど、笑われて全く相手にされていない。
縄を解くには協力するのが一番だと思うけれど、誰も何もしない。笑い声が悲鳴に変わるまでこの光景は続くような気がする。
◇◇◇
30分経過。
「それにしても騎士たちが遅いね。クロアが何かしたの?」
「王都に帰ったら腕が治ったからじゃないかな。馬を捨てに来ただけだよね。だけど戻ったら腕が溶かされるかもしれないから怖くて来れない。それを訴えているけれど、腕が元通りだから信じてもらえない。だけど国王が私欲で近衛騎士に命令したからそろそろ来るよ。国王が私を馬鹿にしたから下級騎士に殺させたけれどね。強制命令を解除しても気づかないから国王が殺されるのを早めただけだね。今は下級騎士たちが最強決定戦を行っているよ。」
住民が馬車5台に乗せられていたのもクロアの作戦のような気がする。馬車が残っているからすぐお城に戻ることができたのだから。
そして動物愛好家は50頭の中から若くて優秀な馬を探して保護しているはず。
近衛騎士が少なくなって手薄になったところで国王を殺させるなんて下級騎士の演技にしか見えない。最強決定戦は宝物庫を独り占めにしようとした結果だね。完璧な作戦だよ!
「姉さん、もう少しで正解だったのに。宝物庫で優勝者が力尽きて終了だよ。」
「人を不幸にし続けてきた破落戸の下級騎士を幸せにするはずがないよね。」
騎士団が動いた事実は消せないから言い訳が必要になる。王国では国の利益のために動いたというのが一番処分が軽くなる気がする。それにより欲深い国王が近衛騎士を動かしたのだと思う。
破落戸の下級騎士団だとしても面子を潰したことには変わらない。どのような理由があったとしても国が黙っているはずがないとは思いもしないのかな。
そして20名の近衛騎士が来た。
赤いマントに描かれているのは国旗だろうか。甲冑を着ていて精鋭だと感じる。その中の1人が兜を取った。
「国王様がこの街の代表を呼んでいる。俺は近衛騎士団長だ。それで代表は誰だ?」
この言葉で重大さに気づいたのか住民が慌て出した。急いで逃げようとした人もいたが近衛騎士に剣を突き出されて立ち止まるしかなかった。
いつの間にか夫人の息子の腕が治っている。そして後ろ手にされ縛られている。誰もそのことに疑問を抱いていない。クロアの魔法技術が鮮やかすぎる。
「街長がいなければ副街長の俺になる。先に来た騎士たちが街長の家を見て誰も見つけていないようだから逃げたのだと思う。」
「そうか…。それでお前たちは屑が騎士団を動かすほどお金を受け取ったのか?全て正直に話せ!」
声に威圧感がある。隠し事をしたらすぐに殺されると住民も気づいたと思う。
近衛騎士団長から屑だと言われているから仲間意識はなさそうだね。
「家につき10万リンです。」
クロアが渡したお金を奪うとは思えないから集会場での記憶を消している。今の状況で牛と鶏を売ったことを隠す理由がない。
「10万リンをお前たちに渡すのは多いな。その商人は何と言っていた?」
「先行投資だと言っていました。食事もできず土に栄養がなければ良い作物は取れない。牛や鶏に餌を与えられなければ牛乳も卵も期待できないと言われました。」
記憶操作が細かすぎる。
「この国にいる商人は腐った奴ばかりだと思っていたがまともな奴もいたのか。それでお前は何を買うつもりで王都に来た。」
「宝石を買うつもりでした。」
完璧すぎるよ!
「食糧や飼料や肥料を買わずに宝石だと?商人も散々だな。その商人はどこにいる?」
「契約破棄の裏切り行為をしたので去りました。」
嘘は吐いていない。牛と鶏を売ったことを隠しているだけ。
「契約内容は?」
「真面目に働いて食材の品質を良くするのであれば買い続けてくれる契約です。」
私たちは問題になる行動を何もしていないから近衛騎士は追わない気がする。それに団長は国王に忠誠を誓っているとは思えない。何か考えがあるのかもしれないけれど…。
「なるほどな。良心的な商人がこの国を去るわけだ。もっとお前たちの馬鹿な話を聞かせろ。どれほど裏切った?」
「読み書き計算ができないのなら教えてくれると言っていました。買い物には付き添いをつけると言っていました。全て無視して王都に行きました。」
近衛騎士が呆れている。
「お前らが問題を起こさないようにするための提案を無視したのか。それでお前は下級騎士に王都に来た目的を聞かれたのだな?」
「はい。宝石を買いに来たと答えたらお前たちがそのような大金を持っているのがおかしいと言われて縄で縛られ馬車に乗せられました。商人を捕まえるつもりだったのだと思います。」
近衛騎士は考えるのをやめた。
「屑は善良な商人を捕まえるために騎士団を動かしたのか。逃げた商人を捕まえる気にもならん。残念だがこの国を知っていれば逃げるのが正解だ。金だけ奪われて無実の罪で殺されるのだから。お前らの話を聞くとその商人はまだ何かしてくれる契約だったのではないのか?」
「毎月10万リンは固定給与で更に街長が仕事内容などを考えてそこに10万リンまでなら追加できるようにしてくれていました。父も呆れて出て行ったのだと思います。止める声を無視して王都に行きましたから。」
これはどのような結末になるのだろう。住民も罪に問われるのだろうか?
「この国に集まる食材の質は悪いからな。良質な食材を売ることができれば元は取れると考えて動いてみたが結果がこれか。契約破棄の条件は裏切り行為だけ。質が悪いのは人も一緒だな。街長がいないのであればお前を連れていく。文句はないな?」
「私も連れていってください。」
「お袋は黙っていろ。証言しに行くだけだ。波風を立てると死人が出る。」
一連の出来事を証言させるのなら身分のある人を連れていくのが当然。
副街長の母親は何を考えているの?
「証言させるだけだ。息子を死なせたいのか?お前は馬に乗れるのか?」
「乗れません。」
副街長は欲塗れ。次の街長が自分だから見栄を張っているのかな?
団長がそれに気づいていないとは思えない。利用される気がする。
「副団長、背に乗せてやれ。」
「はっ!」
「お願いします。」
副団長は馬に乗ったまま副街長を片手で持ち上げて後ろに跨らせた。そして「落ちないように俺の腰を掴んでいろ」と指示をした。副街長の体重は軽いと思うけれど、大人を片手で持ち上げるのは鍛えている証拠だね。馬は嘶きで重くて嫌だと叫んでいるような気がした。
「ここに残っている馬も連れて戻るぞ。」
「はっ!」
馬に乗りながら別の馬を引くことができるみたい。手綱を縛って3頭を連れて戻る騎士もいるから精鋭はやはり違うね。
そして近衛騎士団長はこれを最後の仕事にして別の国に行きそうな気配がある。国王にもこの状況にもうんざりといった表情をして兜をかぶった。何度も同じような仕事をさせられた結果だろうけれど、普通に頭を働かせることができる人もいる。育った環境の違いだとしか思えない。
近衛騎士が馬を走らせると副街長の母親は追いかけて途中で転んだ。息子を溺愛しているみたいだけれど、息子以外は死んでもいいのかな。
「クロア、副街長の言葉は操作しているの?」
「操作していないよ。姉さんの想像通り街長になれるから住民に見栄を張っているだけ。」
見栄を張るのはそこまで大切なことなのだろうか?それが目指す自分の姿で努力しているのであれば別だとは思うけれど、副街長は欲塗れでそのようなことを考えているとは思えない。
騎士に連れていかれるのに恐怖を感じていないのも見栄のお陰なのかな。だけど簡単に人を殺し合う世界で街の住民がお城に連行されて生きて帰れるとは思えない。
「姉さん、考えすぎだよ。日常をもっと楽しもう。楽しめる準備はできているから。」
「えっ!?自分で楽しみを探すから心配しないで。」
楽しめる準備ができたから強制参加しろと言っているだけだよね。
クロアの暴走を止められるのは私だけしかいない!
「世界の女王が準備したのに拒否する権利があると思うの?」
「ありません。楽しみます。」
終わった…。
「とりあえずアボット街の動物たちを保護するべきなのか分からないからお城に行こう。玉座の間に転移するよ。」
「大切なのは動物だよね。」
クロアの転移で玉座の間に行くと国王は首の骨を折られて死んでいた。玉座に座っているのに顔だけ後ろを向いているのが怖い。王冠をかぶっているから偽物ではないはず。
分かったよ!これは滑り台の経験を活かしているね。少し怖い思いをした後に楽しい出来事が起きるはず。すると足音が部屋の外から聞こえてきた。近衛騎士が帰ってきたと思うけれど、流石に街から近すぎる。クロアが転移させて記憶を消した可能性が高い。相当楽しめる準備ができているみたいだね。
「姉さん、今は透明になっているだけだから静かに観察しよう。」
「分かったよ…。」
クロアが楽しみにしている。笑いを我慢する必要があるみたいだね。
玉座の間の扉が音を立てないように少しだけ開いた。門兵がいないので中を窺うような団長の顔が見える。そして警戒している団長を見ていると面白い。
国王の首が反対方向を向いているのを確認して周りに大勢の下級騎士が倒れているのも確認できたと思う。まるで国王を守ろうと戦って倒れているようにも見えるのが更に面白い。
団長を含む近衛騎士は下級騎士を無視して倒れている近衛騎士が生きているのかだけを確認している。倒れている近衛騎士は4人しかいないけれど、気絶しているだけだと分かり団長たちは安心している。下級騎士も気絶しているだけなので寝息が聞こえたのかもしれない。団長は扉に戻り残りの近衛騎士を玉座の間に入れた。
副街長も呼ばれたの?
国王が殺された現場を街の住民に見せるのはあり得ない。
副街長を見て団長は笑った気がした。そして下級騎士が向かいそうな場所に行く。宝物庫は玉座の間の奥にあるみたいで、道案内をしてくれているかのように下級騎士が倒れている。団長は声に出して笑い始めた。他の近衛騎士も同じように笑っている。
≪沈黙≫
耐えられる自信がありません
鍵が破壊されていた宝物庫の中に入ると下級騎士団長が気絶して倒れていた。右手を限界まで伸ばしている。右手の下には何故か銅貨がある。それを見た団長はお腹を抱えて大笑いしている。近衛騎士の中には笑い転げている人もいる。私もお腹を抱えて大笑いしている。お腹が痛いよー!
「フフッ、こ、これは国を揺るがす大事件だ。フッ、静粛に調査を始めるぞ。フッハハハハ。」
「ハッ!アッハハハハ。」
この笑いは完全に私を狙っている。宝物庫に銅貨があるのはおかしい。
育ち始めた感情でここまで準備しているのは流石だよ。
「よし、副団長。気絶していた近衛騎士だけを宿舎まで運んでくれ。8人選んで連れていけ。」
「分かりました!」
副団長は笑いながら8人の肩を叩いた。そして宝物庫から出て行った。
「副街長、お前は何が起きたと思う?」
「下級騎士が国王様を殺し宝物庫を目指しました。しかし誰もが独占を考え奪い合いが起きた結果だと思います。」
本当に欲深い。何も見ていない知らないと言うべきなのに。
団長が薄笑いを浮かべている。
「このような場合はどのように行動するのがよいのか教えてくれ。安心しろ、俺たちしか聞いていない。何も問題は起きない。」
「白金貨だけを持ち去るのが一番です。宝石などを奪っても売ることも身につけることもできません。国外に逃亡するのであれば宝石も問題ありません。」
副街長は住民が皆殺しにされてもいいの?
その中には家族もいるのに…。
「白金貨を持ち去るだけならば楽だがそのあとはどうする。俺たちは近衛騎士だ。ここで辞めたら必ず手配書が回る。」
「そこで私にお任せください。団長様は街の住民と下級騎士が共謀して持ち去ったと新しい国王様に言えばいいのです。埋めてきます。場所はどこにしますか?」
自分の表情が埋める前に白金貨を数枚盗むと告げていることにも気づいていない。
副街長の発言を聞いた近衛騎士は大笑いしている。
「お前によいことを教えてやる。国王様にアボット街は国益になると下級騎士団長が発言したことも、国益のために下級騎士団を無断で動かしてアボット街に行ったことも記録に残されている。そのあと国王様の命令で近衛騎士団がアボット街に行ったことも記録に残されている。つまりお前がここにいる時点でアボット街の住民か下級騎士の犯行だと決まっているのさ。お前でもどちらの犯行にするのが楽か分かるだろ?やれ!」
「はっ!」
近衛騎士が剣を鞘に収めたまま副街長の頭を背後から薙ぎ払った。
副街長は勢いよく硬貨に突っ込み気絶した。
近衛騎士が副街長の両足を持って硬貨から離れた場所まで引き摺った。
「2人でそいつを運び出せ。下級騎士団長と共謀して宝物庫から白金貨を持ち去った極悪人だ。即刻処分しろ。通路を間違えるなよ。」
「はっ!」
皆が倒れた副街長に気を取られた瞬間に宝物庫が空になった。
隙を逃さず一瞬で全てを奪うのは流石だね。
「誰か何か見たか!?」
「い、いいえ…、何か仕掛けがあるのでしょうか…。」
下級騎士団長の右手の下にある銅貨が2枚に増えているのに気づいたのは私だけかな。
結局全員欲塗れで近衛騎士は感情を隠すのがうまいだけだね…。
「褒章金をもらうぞ!アボット街の住民を全員捕らえる。2人は残って屑を縛った後に玉座の間に倒れていた下級騎士も縛れ。急ぐぞ!」
「はっ!」
近衛騎士団長が出て行ったあとに私たちもアボット街に転移した。
「クロア、結末は決めているの?」
「動物は保護して子供は孤児院に転移させて大人には教えてあげる。」
信じるのか信じないのかは住民次第だね。
「副街長が下級騎士と共謀していた計画が近衛騎士に気づかれた。お城では国王が殺され下級騎士は仲間割れをして全員気絶している。副街長は近衛騎士団長に宝物庫の白金貨を盗むつもりだったと自白したので極悪人として処刑された。近衛騎士は副街長と下級騎士の犯行をアボット街と下級騎士の犯行に変える気でいる。捕まったら確実に処刑。子供は孤児院に預けた。動物は保護する。大人は知らない。好きにすればいい。」
縄は解いたようだがまだ全員が外にいた。子供が消え、動物が消え、クロアの広域念話を疑う理由は何もなかった。それでも大人は焦っているだけで何も行動しない…。
クロアは優しいね。逃げようとしない大人も飛ばした。行き先は一番人気の国だと思う。
私たちも自宅に転移して透明化を解除した。
「クロアの優しさは本物だよ。私は住民が殺されてもいいと思っていたから。」
「何を言っているの。姉さんが悲しむといけないから飛ばしたんだよ。無実の罪で殺されたと知ると心を痛めるでしょ。」
そう言って分身は消えた。
言われると確かにそのように思う気がする…。副街長も破落戸の下級騎士も殺されて当然だと思う。だけど自分自身を理解できていない私のためにクロアがいつも手を差し伸べてくれる。優しさに救われ続けている。そして今日は楽しませてもらい勉強にもなった…。
自分を理解しないと精神を綺麗にすることもできない。
カーテンを開けて窓から外を見ると8頭の馬がクロアに首と頭を下げている。
クロアが私に気づき手を振っている。
終わった…。
今日はまだお昼にもなっていない。
世界の女王様の隣に転移するのを拒否することは…、できない!
クロアとフィオナは会話しなくてもかなり通じ合えています。




