第55話 クッキー作り
完全に忘れていた。パンはまだ焼けない。8時間は生地を寝かせると書いた覚えがある。少し落ち着くことができた。生地は寝かせているのかもしれないけれど。
魔法で短縮していたら泣ける…。
≪転移≫
自宅のリビングに移動した。
「姉さん、食べましょう。緑茶と紅茶も今日は私が入れるよ。」
目の前には焼き時間が違うと思われるクッキーが3種類ある。一番簡単なものなのに高級なものに見える。そしてクロアが手に持っているのがポットだと思うけれど、2つの白いポットから2つの白いカップに緑茶と紅茶を入れる姿が優雅に見える。
店員の真似をしているようには見えない。
「カップに入れた緑茶と紅茶が今のところクロアが好きな味と考えればいいのかな?」
「姉さんのために入れているのだから姉さんが好きだと思う味にしてみたよ。」
間違いなく好みの味だと思う。疑う気も起きない。
「冷めないうちに両方の味を確認してみるよ。」
とりあえず緑茶を一口飲んでみる。子供には苦く感じるのかもしれないけれど、苦みを余り感じない。それどころか優しい甘みを感じる。それに香りがとても落ち着く。畳というよりも晴れた日の草原が思い浮かぶ。
材料は茶という木の葉だど思うけれど、香り、口当たり、味、全て含めて柔らかい飲み物だと思う。カップの底が白いと分かるほど薄く見えるのに味はしっかり感じる。不思議だよ…。
「少し砂糖を入れた?」
「緑茶に味を足すのは勿体ないよ。甘みも苦みも香りも本来のものを楽しんでほしいからね。」
分身に研究させた?
店員の知識を見たときよりも詳しくなっている気がする。
「優しい甘みを感じるよ。木の葉だよね。甘い葉があるのかな…。」
「お茶はたくさん種類があるけれど、ほとんどのお茶は木が同じだよ。工夫により多くの茶葉になる。アディは面白いものを買ってきてくれたね。自宅の飲み物はお茶が基本に決定。お茶を研究するためにお茶の木をたくさん植えるよ。摘み方でも味が変わるし加工方法でも味が変わるし入れ方でも味が変わるし何でもありだよ。だからお茶の本を買ってきた。読むと種類が多くて驚くよ。それに栽培条件が厳しい。加工も難しい。そして子供には麦茶がいいみたい。麦茶は木ではないんだよ。大麦の種を炒る。だから麦の本も買ってきた。」
緑茶と紅茶の話をしていたのに2冊本を買ってきているし活動的になった。様々なことに興味を持つのはいいと思うけれど、巻き込まないで。
大量の分身が前提の努力量を要求されたら死んでしまうから。人は過労で死ぬから。本当だから。思考把握しているのでしょ。本当だからね!
「一生この緑茶でいいと思ったよ。次は紅茶を飲むね。」
飲む前から分かっていたけれど、やはり香りが強い。
カッブを口に近づけるだけで爽やかな香りが突き抜けるように感じた。
一口飲んでみる。苦みがある。そして渋い。香りを楽しむだけならいいけれど、紅茶は飲み慣れている必要がある気がする。飲んだ後の口の中も爽やかな風味が残る。だけど味は苦みと渋みだけしか分からなかった。
「クロア、紅茶はどのような感じで入れたの?」
「姉さんが苦手だと思ったので基本の入れ方だよ。やはり駄目?」
何故苦手だと思ったのかな?
「爽やかな香りが強く味は苦みと渋みしか分からなかった。緑茶は家族で楽しめるお茶だと思った。紅茶は工夫することで好みの味を探せるけれど、それだけ手間がかかる。それに使用人に好みを覚えさせるような印象がある。皇族や王族や貴族が好みそうな飲み物だと思う。緑茶は私が入れて濃くて苦くても皆で笑いながら飲める気がする。食事のときにポットを机の中心に置けば自分で入れて飲むこともできる。お茶が緑茶と紅茶だけなら私は緑茶だけでいい。紅茶の好みを調べてほしくない。緑茶は家族の香りで紅茶は権力者の香りだと思ったよ。」
「やはり香りでも記憶と繋がるみたい。香りは体が覚えているのか脳が覚えているのか分からないけれど、姉さんはこれに近い香りがする部屋で暮らしていたから…。」
幼い頃から見ていた光景をそのまま感想として言ったみたいだね。
クロアに嫌な選択をさせてしまった。アディが買ってきたお茶だから緑茶だけを入れると何かあるのかもしれないと考えてしまう。
紅茶を入れると過去を思い出すのかもしれない。それに味を工夫してしまうと私が嫌がる確信があったのだと思う。
「お城にいたときの記憶はほとんど覚えているけれど、意識は曖昧で何も感じず反応しないように努めていたから。強烈な痛みだけは我慢できなかったけれど、それ以外はボーっとしていたよ。どのように暮らしていたのか覚えていないの。爽やかな香りと感じたのが皮肉だね。もしかして爽やかな記憶だった?」
「記憶を見た限りだと姉さんはこの香りにのみ集中していた。爽やかな記憶ではないけれど、香りが全てを曖昧にする合図だった。それでも竜の目は鮮明にものを映す。訓練が始まってからは香りを忘れるように意識した。限界まで追い込めば自然と全てがどうでもいいと思えたから。私が仮想体を初めて作ったときはディアのためだと思って作ったよ。姉さんは妹にするのか娘にするのか分からないけれど、魔力器の精神に名前を付けた?」
そうだよね。クロアも自分を増やしたいと思えるはずがない。
ディアの力になると考えて努力したんだね。
「えっと…、オフィーリアにしよう。名前を付けると2人の体だと意識できるね。クロアはどちらの味も楽しんで。絶対に両方の香りが似合うよ。それと机に焼けたパンが置かれていなくてよかった。天然酵母を入れる意味とか寝かせる意味を理解して魔法で時間短縮している可能性も考えたからね。本当は短縮できるよね。初めて作るからしなかったの?」
「オフィーリアは赤ちゃんだね。妹のような娘だよ。襁褓を巻く0歳から育てるのだから。研究所に姉さんの細胞から赤ちゃんを生み出す準備を始めるよ。そして姉さんの予想通り。パン生地の中で天然酵母が何をしているのかを解析した。生地を寝かせると何が起きているのかも解析もした。生地を休ませると何が起きているのかも解析した。それで初めてつまらないことをしていると思った。捨てるのは勿体ないから焼くことによる変化も解析して1人で食べた。飢えない限りは使わない。せっかく楽しみにしていた時間を消している感じがしたから。覚えた感情が増えてくると贅沢になっている気がする。」
実際に焼いていたんだね…。
だけど一緒に食べる気にはなれなかった。
食べ物が貴重だと知っているからクロアは1人で食べたけれど、感情を覚えることが贅沢だとは思わない。成長している証なのだから。
「贅沢になっていないよ。約束は一緒に作ることでしょ。だけど解析して最善だと思われるパンを焼くことができる。焼くことすら省略して魔法で作れる。それではクロアが1人で作ってしまっている。一緒に作ることを楽しみにしていてくれたのが嬉しいね。クッキーは焼く時間を1分程ずつ変えてみたの?」
「約束を気にせず1人で作っているのでつまらなかったんだね。クッキーは姉さんと作るときのための研究で作ったから気にならなかった。感情も奥が深いみたいだね。クッキーは焼く温度と時間を聞いたけれど、焼き時間で変わるのは色と香りだけなのか知りたかったんだよ。色の違いがはっきりするまで焼いたから3分違う。クッキーを食べてから引越しをしてクッキーを一緒に作ろう。早速食べてみて。」
私でも明確に分かる色にしてくれたみたいだね。クロアなら細かい味の違いも分かるはずだから。濃い黄色、オレンジ色、濃いオレンジ色だね。5㎜程の厚さで丸型だけ。
型を変えると焼き加減も変わると考えたのかもしれない。
手前にある濃い黄色のクッキーを口に近づけるとバターの優しい香りがする。噛むと口の中でホロホロと崩れて粒が広がりすぐに溶けて柔らかい甘みを感じる。
全ての素材が主張していない。噛んだ後にクッキーの断面を見ると同じ大きさの細かい粒が詰まっている。粒を焼いて閉じ込めたような感じだ。
それに粒の大きさが揃っているように見える。
素材の味を楽しめるクッキーで美味しすぎる。
お茶会で食べたクッキーがジャムの味で誤魔化していただけのように感じてしまう。
食べ終わった後に緑茶を飲んだ。口の中に残っていたクッキーの甘みに緑茶の甘みが合わさって甘い飲み物のように感じる。そして飲み込むと緑茶の柔らかい苦みだけが残った。この組み合わせは最高すぎる。これを一緒に作りたいと言いたくなってしまう。
次はオレンジ色のクッキーを口に近づけるとバターと卵の香りがする。噛むと最初に食べたクッキーでは余り感じなかったけれど、香ばしい。これは焼けた卵とバターの香りだろうか。砂糖を入れているからこの香りになるのかもしれない。
そして口の中でポロポロと崩れてに粒が広がる。粒が少し固いからだと思うけれど、溶けるまでに少しだけ時間がかかる。だけど溶けたときにバターと卵の甘みを感じる。これも美味しい。
緑茶を飲むと口の中を綺麗にしているみたい。
最後は濃いオレンジ色のクッキーを口に近づけると強い香りがする。全ての素材の香りが合わさっている感じがする。噛んでみるとサクッと音がして少しだけ歯応えがある。口の中に入れても崩れないので噛む必要がある。噛む度に甘みが強くなっていく。
素材の甘みを強く感じる。強すぎるように思える。だけどお茶会のクッキーはもっと甘みが強かった。私の方が贅沢になっている。クロアによる指導のお陰だね。
緑茶を飲んで一息吐いた。
そして今更ながら疑問に感じた。何故冷めていないの?
「私の方が贅沢になっているよ。クロアの手料理しか食べたくない!」
「嬉しいけれど、クッキーの感想を言ってよ。どのように感じたの?」
その通りだよね。ここから更に美味しくしていくのだから。
趣味ではないよね…。
「お茶会で食べたクッキーが今では甘すぎたと感じる。くどい味だった。3種類とも美味しかったけれど、一番最後に食べた濃いオレンジ色のクッキーは香りと甘みが強すぎるように思う。最初に食べた濃い黄色のクッキーの甘さと次に食べたオレンジ色のクッキーの香りが合わさると最高だと思う。濃い黄色のクッキーは口の中で粒が広がってすぐに溶けることにより柔らかい甘さを感じて最高だけれど、卵の香りがしなかった。だから表面だけをオレンジ色のクッキーにすれば香りまで楽しめると考えてみた。濃い黄色のクッキーは噛んだ直後に崩れすぎるからそれも阻止できる。濃いオレンジ色のクッキーは末っ子が喜ぶと思うよ。そして教えてもらったのは濃いオレンジ色のクッキーでしょ。」
「その通りだよ。私も食べてみるね。」
クロアは常識がないし食べ方を教えてもらったこともない。それなのに気品がある。
体内を把握すると動きまで洗練されるのかな。クロアが食べているだけで美味しそうに見える。美少女だからだけだとは思えない。
初代のクローディアがとても気品のある女性で多くの人を魅了した。その細胞を使って生み出されたクローディアは体が食べ方を覚えているのかもしれない。
お茶会のときより今のクロアの方が魅力的に見える。少し多めに解放しているのかな。それともまだ成長中なのかな。どちらにしても見惚れてしまう。
妹に見惚れてしまうのはどうなのだろう。慣れているはずの同性の私でさえ目を奪われるのだからクロアを目で追ってしまう人の気持ちだけなら分かる。
私が許せるのはそこまで。
追跡してきたり閉じ込める人は殺してもいいと思う。
私もそれなりに魅力があるみたいだし末っ子が16歳になったらどのような状況になるのだろう。そのときを楽しみにしている。クロアのようにはなれなかったとしても私より魅力的な子になるのは間違いないのだから。
それにしても贅沢になった。クロアとお茶会する機会が増えて私もクロアのようにお菓子の味を気にするようにして食べるようになっていった。だから素材を想像したり香りも気にする。
自宅のリビングテーブルでお茶会をしているだけなのに清雅な空間にクロアが引き上げる。
「絶対に緑茶が冷めないカップだよね。3口目でようやく気づけたよ。普通の人には熱いのかもしれないけれど、私たちは気にせず飲める。量が減るごとに温める範囲を狭めているの?それとも底だけで温めているの?」
「カップに入っている液体の触れている位置で温める範囲を決めているよ。そして取っ手を持つと温めるのを止める。カップに入っている液体が5mm以下にまで減ったら温めるのを止める。お茶専用だね。ポットの中に茶こしは入っていないよ。緑茶と紅茶を作ってからポットに入れたから。ポットには仕掛けがない。魔力の無駄遣いだからね。」
本気すぎる。クロアがいつもお茶会を楽しみにしているのが伝わってくる。手を抜くつもりはなかったけれど、常にクロアが最高だと感じる味を探すつもりでお茶を入れないと駄目だね。クロアは表情の変化が少ないから難しいけれど、やるしかない!
「クロアは緑茶と紅茶のどちらが好きなの?両方好きかな?何も気にしなくていいからね。」
「紅茶は香りが強すぎるし飲んだ後にも口の中に香りが残るから苦手。私も人に入れさせるお茶という印象を受けたから自宅で飲みたいとは思わない。自宅でのお茶会は同じ飲み物で同じお菓子を食べながら話したい。」
気を遣われた気がする。
だけど本当の理由なのかもしれないし飲んでほしいとは言えない。
クロアはクッキーの味をどのように感じているのかな。
今はどの程度の味を覚えているのかな…。
クロアの部屋には専用の冷蔵箱があるから。
「かなり違うね。バターは最初と最後でほとんど香りに差がないように感じる。卵の香りが最初は微かに感じて強くなっていく。最初のを食べると全ての素材が平均的な味になっていると感じた。そしてどんどん砂糖と卵と薄力粉の甘みと香りが強くなる。少し焦がすと違った味になりそうだね。一番簡単なクッキーなのに美味しいね。私が好きな味も姉さんと同じ。姉さんと一緒にお茶会しているから染められているね。」
「逆だから!私がクロアに染められているのよ。クロアがお菓子の素材の味を確認している姿を見ていると私も意識するようになったの。それが続いて全ての素材の味を感じるのが美味しいと思うようになったんだよ。クロアに指導された気がしているからね。薄力粉は甘い香りがするんじゃない?だから全体に薄力粉の香りと味がするような気がしている。そして卵は無臭に近いけれど、焼いていくと香りと味が濃くなる。砂糖は溶けていると思うからそのままでいい。バターは更に焼いていくと香りと味が変わる気がしている。多分砂糖の甘さは常に感じているけれど、砂糖だと分からないくらいでいいと思った。味は全てを感じているはずの濃い黄色のクッキーで香りはバターに卵の香りが重なるオレンジ色のクッキーがいいと思ったのよ。師匠はどうなのですか?」
クロアの手際がよすぎるのが美味しい理由だと思うけれどね。
手際が悪いクロアを想像できない。
焼き加減も凄いと思う。教えてもらった時間を短くしているのにに熱が通っていると解析したのかな。クッキーはザクザク噛むものだと思っていたのに溶けたから。
オレンジ色は卵が固まり始めていて溶けるのに時間がかかったのだと思う。
「何故私が師匠なの?冷蔵箱を見られたら絶対におかしい人だと思われるから。主食が調味料とか笑われるよ。」
「絶対に笑えないよ。クロアを見て笑える人がいたら会ってみたい。ところで小麦粉屋の人は余り混ぜない方がいいと言っていたけれど、粉が見えなくなるまで切るよう生地がまとまるまで混ぜるとか毎回同じ味にならないでしょ。粘り気が出たら駄目だとも言っていたね。それに伸ばすときに同じ厚さにするのも難しいよ。クロアは研究だからと妥協するはずがないよね。手作業で薄力粉450gを一度に混ぜて伸ばしたの?」
念話しているのかな?
クロアとの会話に間が空いたときは念話していたときしかない。
相手はディアかミュリエルだと思う。
引越してクッキーを作るつもりだと思う。
そろそろかな。
外で遊んでいた子たちの声が聞こえなくなった。
「お待たせ。結界内がすっきりしたよ。女性の邸と男性の邸にも魔石を使った。目安として2mの岩の防護壁があるけれど、子供が外に出ないようにしているだけで結界内の出入りには家族の誰かの魔力を使った転移でしか無理。幻影で森の一部になっていて索敵での発見は不可能。そして防護壁の外には幅10m、深さ50mの堀がある。遊具を作ったり孤児院や邸の場所の変更などはあとからするよ。要望をまとめておくように伝えてあるから大丈夫。さあ、それではクッキーを作ろう。そこで質問の答えが分かるから。」
「このクッキーはどうするの?末っ子は夕食をとって帰ってくるはずだよ。」
分かっていることを聞いてしまった。今日は孤児院のことが何もできない。
だけど1枚ずつしか食べていないからね…。
「そういうことだよ。姉さんも分かっていることを聞かないでよ。」
「クッキー作りは趣味のようなものだからね。先にパン生地を寝かせるところまで進める?」
クロアが料理部屋のドアを開けた…。
あれ!?この部屋にドアがあった記憶がない。
「ドアを付けたの?」
「3歳児たちがこの部屋で遊ぶのを阻止したよ。私と姉さんしか開けられない。」
3歳児でも賢い子たちだよ。絶対に何か変化が…、ありすぎる。
部屋が広い。倍くらいの広さになっている。
「右側の壁にあるこの流し台の金属は何かな?」
「純銀に無敵紙を貼り付けたものだよ。純金だと下品に感じたから。」
確かに純金で流し台を作るのは下品に感じるけれど、純銀も大概だと思うよ。
「流し台の左右に繋がっている料理台も純銀に無敵紙を貼り付けてあるのかな。その左横にはコンロが5台と下にはオーブンが3台あるね。部屋の奥には冷凍箱と冷蔵箱を重ねていたものがあったはずだけれど、一体化させた純銀のものが3台ある。右奥にはガラスの引き戸が付いた棚まである。クロア、一緒にクッキーを作るとき同時に2人でクッキー生地を作って焼くの?」
「空いていた隙間に料理台を置いただけだよ。2人とも料理ができるようになったら別の料理の準備ができるからね。そこそこ準備したつもりだけれど、何か足りないのかな。」
これでそこそこなんだ。孤児院の食堂より立派だよ。
お城の調理場よりも設備が整っている。大きさが違うだけで機能の差は歴然だよ。
「パン生地から作る?」
「それなんだけれど、天然酵母と粉末を買ったじゃない。粉末の使い方を詳しく調べてみたら酵母に戻す必要があるの。保存しやすいのかもしれないけれど、8時間はかかる。それに温度設定が細かい。天然酵母をリンゴの皮から作ろうと思うと3日はかかるから確かに楽なのかもしれないけれど、元に戻すなら味を比べる意味がない。だからパン生地は既に寝かせてあるよ。6時間後に丸め直して2時間寝かせる必要がある。そして食べたい数に切り分けて30分休ませる。好きな形に丸めて水で濡れた布巾をかぶせて30℃程の環境で60分発酵させる。そして200℃で10分程で完成だね。流石に毎日は大変だから姉さんは気にしなくてもいいよ。」
「パンを触る回数が多いね。そして時間の間隔も長い。今からクッキーを作ろう!料理道具や素材は棚と冷蔵箱に置いてあるの?」
毎日パンを焼くことはできるのかもしれないけれど、今のままの作り方だと自由に動けなくなる。朝起きたら焼くだけでいい生地ができている状態にしなければ家族と孤児院と料理を並立させることが難しくなる。
クロアはそれを感じてパンについてはなかったことにしてくれたけれど、朝に焼くだけでパンができる生地の作り方を見つける。
何故ならそれがクロアだから。
「冷凍箱や冷蔵箱を重ねたものを冷蔵庫とよぶことにするね。昔はそのようによばれていたみたい。一般家庭料理の本を一通り目を通したら絵があった。それで冷蔵庫内は浄化したいけれど、天然酵母などでは使えないから増やしたんだよ。左奥が料理用、真ん中がお菓子用、右奥が菌が入っているものだね。道具は棚に入っているよ。取ってくるから待っていて。」
「よろしくね。」
明らかに多い。
名前も知らない道具ばかりが目に映る。
お店で買った料理道具も改造している。ボウルがガラスになっているし多きくなっている。純銀のボウルとガラスのボウルで使い分けるつもりだね。
木の棒と木のへらも見当たらない。何か理由があるのだろうけれど、クッキー生地を作ったことがないので分からない。
作っている途中で道具を改造する方もおかしいけれどね。
「姉さん、始めよう。」
「見たことのある道具がほとんどないよ。一度失敗した?」
とりあえず絶対にないと思うけれど、聞いておかないとね。
「失敗というよりも実は作り方を変えているの。一般家庭用のお菓子の本にクッキーについて書かれていたから読んでみたら教えてもらった作り方と違うんだよ。バター、砂糖、卵を混ぜると教えられたけれど、バターと砂糖をしっかり混ぜる。バターは溶けた状態がいいみたい。そして卵の卵黄だけを軽く混ぜてから少しずつ3回から5回に分けて卵黄を入れる。そして薄力粉をふるいにかけたものを入れて混ぜるけれど、混ぜすぎない。そして生地をまとめたらラップを巻いて冷蔵庫で30分から1時間は冷やす。ラップが何か分からないからクリスに聞いたら空気に触れないようにするために巻いていると言っていたから無敵紙で巻いた。そして冷蔵庫から生地を出して伸ばして型抜きするんだよ。基本通りとは本の通りだよ。」
「今のクッキー屋では難しいことばかりだね。寒い時期に氷を大量に集めて保存しておく必要があるけれど、無理なら井戸水で冷やすしかない。だけど空気に触れないように冷やす方法が瓶に入れるとかしかないよ。私は料理を覚えるからクロアはお菓子を覚えるといいのかもしれないね。気分転換になるよ。お菓子作りは魔法の研究に似ている部分があるから合うと思う。クリスにも味が分かる分身体をあげた?」
研究ばかりしていても忘れていないのだと伝えておいた方がいい。
仲間外れにされていると感じないようにする必要がある。
「そうだよ。まあ食事しないから関係ないけれど、平等にしないとね。」
「クッキー3種類を5枚ずつと緑茶と紅茶を持っていってあげて。喜ぶと思うから。末っ子には帰ってきてから今から作るクッキーをあげればいいからね。」
一月で使ってほしいと言っていたけれど、2日でなくなる勢いだよ。
大麦と小麦も育てればいいと思う。
「確かにクリスだけが知らないというのはよくないね。緑茶と紅茶を入れてカップは1つでいいね。分身が動いているから私たちはクッキーを作ろう。」
「そうだね。それで濃い黄色のクッキーは何度で何分焼いたの?」
味に嘘は吐けないからなるべく薄力粉を使いすぎないようにしたい。
翌日に薄力粉3kgをクッキーにしたから買いに来たとは言えない。
「180℃で12分だよ。」
「それなら最初に300℃で1分、最後に300℃で1分の板を2枚でクッキーを20枚焼こうか?」
分かっている。クロアが納得するはずがない。
「姉さん、1分は長い気がする。40枚で30秒でも作ってみよう。」
「それはいいのけれど、秒単位で調節するとか既に職人だよ。全て丸型だったけれど、厚さは何mmで焼いているの?」
趣味のお菓子作りでクロアが秒単位で味の違いを確認していたら売れる。何も手を加えていないように見えるクッキーが売り切れる。
「何か面白いことを思いついたの?5㎜だよ。」
「クロアの魔法技術が前提になるけれど、40枚だから型を30㎝の長さにして型の中に生地を詰め込んで型より少し小さい棒で押して空気を抜く。そして型から抜いて無敵紙で包む。冷やした後に再度型の中に入れて空気を抜く。型も冷蔵庫で冷やしておくといいのかもしれない。そして魔法で5mmに切断すれば何度も生地を伸ばす必要がないし綺麗なクッキーになると思ったんだよ。」
クロアなら最後の1枚以外は全て5㎜に切断できる。それも同時に。冷蔵庫で冷やすのだから冷えた状態でオーブンに入れた方がいい気がする。
作り方を変えてしまったから間違いなく焼き時間が変わる。
今日で薄力粉がなくなるのは確定かな…。
「生地を伸ばしているのと同じ状態にできるね。魔法でも包丁でもできる。私はバターと卵黄と砂糖を混ぜているから姉さんは薄力粉を600gふるいにかけておいて。ボウルの純銀がふるいにかける前でガラスがふるいにかけた後ね。」
「分かったよ。それじゃあクッキーを作ろう。」
何故包丁でもできるのかな?
薄力粉を600g量るのはクロアのお陰で難しくない。
そしてふるいを手にして明らかな違和感を覚えた。薄力粉の塊をなくすには適しているように思う。だけどこのような網が付いているふるいではなかった。
網目は1mmの正方形より小さい。しかも端を除いて全て同じ大きさに見える。使っている道具が職人を超えている。
「クロア、このふるいは買ったものではないよね。網目が小さすぎる。」
「お菓子の本にふるいは裏ごしで40メッシュ以上と初めて聞いた単位が書いてあって横に具体的な網目の大きさも書いてあるけれど、線の太さも目の大きさも中途半端でしょ。それに買ってきてくれたものは網目がバラバラで小石でも落ちそうだからふるいをかける意味がないんだよ。だから0.2mのアダマンタイトの糸を0.2mの幅で張ったんだよ。ガラスのボウルは大きめに作ったけれど、ふるいを使うと全て入れるのが難しいから100gぐらいずつを中心に乗せてふるいを振るといいよ。」
クロアが料理の本を開いて説明してくれた。
確かにメッシュと書いてあるけれど、単位なのかな?
よく分からないけれど、横に書いてある数字はもっと分からない。
何故この目の大きさにしたのかな。昔のそれより昔の単位を残して使っていたのかもしれない。昔の職人は凄いとよく分かる。道具だけで差が見える。
クロアが見比べられるようにお店で買った方も料理台の上に置いてくれたけれど、網の目の大きさにバラつきがある。手で網を触ると動く。もしかしたら予算を気にして安いものを買ってきてくれたのかもしれない。
だけどこのふるいでお菓子を作ったら歯応えにも味にもムラがあるクッキーができると思う。本には丁寧に網目の大きさが書かれているのに知らないのだと思う。同じ国にこの本があったのに読んでいないのは勿体ない。
写本だから同じ本が何冊もあると思うけれど、小麦粉屋なら買って損はない本だと思う。知識は武器だとよく分かる。再現することはできないかもしれないけれど。
クロアに言われた通りにふるいを振っていくと薄力粉が綿のように見える。凄いね…。このふるいを買い出し中に作りクッキーまで焼いてしまうクロアは頑張りすぎだよ…。
作業が終わってからふるいの網をよく見てみた。
縦の線と横の線が一体化している…。
「クロア、ふるいの網は線が繋がっているよね。それに凹凸もない。線が重なっている部分を消して繋げたの?」
「そうだよ。縦の線と横の線が重なる部分は消して一体化させた。そのあと線を入れる円柱の枠を作って円と重なる部分の線を消してから円の内側と一体化させた。線が枠の中に入っているわけではないから手抜きだけれど、それなりに使えるでしょ。そしてふるいを水につけて水とアダマンタイトが触れている部分に無敵紙を貼った。アダマンタイトが体にいいのか分からない全て弾くようにしたよ。」
この網に貼ってある無敵紙の厚さが分からない。
網目がさらに細かくなるだけだから問題はないけれど、魔法式でそこまで書ける。クロアが魔法でパン生地を解析してから焼いてつまらないと思えるのも、そのように思えるだけの知識が必要になる。
時間経過による変化を解析して魔法で再現できるのだから。
私にそのようなことはできないけれど、クロアに買い物の楽しさを知ってもらう予定でいる。私の努力量ではクロアに追いつけなと思う。だけど教えられることはまだまだある。
私が本格的に努力するのはその後でいい。まずは仮想体。そして遊具や家を作ったり魔石の加工や設置は行えるようになりたい。自分でできることを少しでも増やしたい。人を笑顔にできるだけの力がほしい。
「姉さん、混ぜてみる?」
「クロアがどのように混ぜるのか見せて。想像できないから。」
切るように混ぜて混ぜすぎないようにする。
どのような状態まで混ぜるのが最適なのか全く分かりません。
「表現が曖昧だよね。薄力粉は全部まとめて入れていいの。そしてバターと卵黄と砂糖を混ぜた液体を馴染ませるような感じだよ。粉に水を吸わせるような感じ。最初はさらさらしているだけなのに次第に固くなっていくんだよ。クッキーを見ると柔らかくなるまで混ぜてから焼いた方がよさそうに感じるけれど、薄力粉が全て固まったらやめるくらいでいいよ。それだけだと味が同じにならない気がするから少しだけ強くまぜる。これで終了。」
「私だとここでやめられないと思う。ひび割れたブロックのようだから中にだまがありそうな気がするんだよ。」
手際がよすぎる。初めから知っていたかのように思えてしまう。クロアは焼くまでの過程を理解してから生地を作ったのだと思う。
「だまがあってもいいんだよ。今から潰すからね。姉さんの案が成功するといいね。」
「クロアの力ありきだよ。二度目なのに手際がよすぎる。理解しているように見える。どうかな?空気が抜けて潰れている感じがする?」
やはり短時間で終わらせた。時間経過は生地によくないという事だね。
クロアはその理由を調べたのだと思う。冷やす理由も理解していると思う。焼く前に冷やす理由が私には分からない。焼く時間が延びるだけのように思えてしまう。
「結構いい感触だよ。型抜きは本当に大変だったからね。押せなくなったら押していた方を綺麗に整えて型から出してみるね…。思った通り白い所がないでしょ。これでいいんだよ。それでは無敵紙で巻いて冷蔵庫に入れて休憩だね。」
「どのような無敵紙を巻いているの?」
確かに白い所がない。中にあるのかもしれないけれど潰れている気がする。
「熱以外は全て弾くようにして裏返しているよ。」
「冷やしても空気は縮むだけで抜けないから熱だけ出すようにすればいいんだね。その魔法は保存してあるの?」
簡単に言っているけれど、凄く難しいことをしている。
熱を何かで表現することができる。それをクロアは知っている。もっと考えるようにしないと駄目だね。目の前で見せてくれているのだから。
「今のような使い捨てにする無敵紙を作る魔法は保存してあるよ。それを分解する魔法も保存してある。私たちは最低でも2000年は生きると思う。だから使い続けるものは毎回作っているよ。」
「クロアらしいね。それで思いついたんだよ。全てを子供たちに考えさせよう。クロアが世界の地図を書いて行った国の場所と特徴を少しだけ書いてほしい。それを見て子供たちが考える。その計画をクロアと私で審査する。私は全ての食材が揃う国がいいと思っているけれど、クロアと私は染まっているから。クロアが100歳になったときなら大丈夫なのかもしれないけれど、世界への憎しみはまだあるでしょ。子供たちに現状を伝えてどうしたいのか考えてもらう。どうかな?」
クロアは十分に考えている。それなのに国づくりまで考えたら全てをクロアが行っていることになる。それだけは防がなければいけない。
孤児院にいるのは幼い子だけれど、クロアに依存しないようにしなければいけない。
「そうだね。子供たちが笑える国は子供たちが考えた方がいいね。世界を憎むなと言われても難しいよ。姉さんが動くの?」
「任せておいて!そうすれば子供たちが買い出しする時の目も変わる。私たちは楽しませてもらおうよ。現時点で世界一の環境だと教えてくるから。」
既に特別な環境に住んでいると教えてあげなければいけない。家族はいないけれど、世界一の環境だと幼い頃から知っていれば考え方も変わる。
「ディアが熱くなりそうだよ。用意してもらった国で計画を立てるつもりでいたからね。お菓子を作りながら楽しませてもらうよ。世界中の本を集めて勉強できる場所が必要だね。あとは姉さんに任せるよ。」
「ええ。任せなさい!」
4人を軸に孤児院の子たちを盛り上げないといけない。全て用意された環境でクロアを笑わす計画を立ててそれで満足なのかと。
それではクロアが自分で楽しめる国を考えたことになる。計画を立てたのではなく計画を立てることができる環境が用意されている。
クロアは自分がつくった国でできることは把握しているから驚きも何もない。楽しければ笑うと思うけれど、私はそれが寂しいと感じる。
そして1日で薄力粉3kgはなくなった。
大麦と小麦は育てた方がいいと助言しておいた。
フィオナの頑張りは凄いです。ディアでも家族だと認めるくらいですから。




