第49話 長女と次女
クロアに言われた訓練方法は決して難しいものではない。できるまで続けるのは大変だけれど、自分のためになるのだからやらない理由がない。
それにクロアの努力量と比べたら雀の涙。この程度ができないとはとても言えない。そして実際に仮想体が変わっていくのを見ることができるのだから成長をより実感できる。訓練が楽しくなってくる。
引越し先の国が決まる前には完成すると思う。
それに訓練が始まった日からクロアと話す時間が増えた。
そろそろ聞いてもいいよね…。
「クロアは私だけが違うことをおかしいと思わないの?」
「全く思わないよ。普通は5人が同じ顔で歩いている方がおかしいと思われるよ。それに家族は誰もおかしいと思っていない。私はそれで十分だと思ってしまうけれど、姉さんは周りの人を気にしているの?」
私は周りの目を気にして生きてきたからなのかな。子供たちに見られるのは気にならないけれど、大人たちの目は気になる。気にしてしまう…。
「本当は気にしたくないけれど、気にしてしまうんだよ。」
「姉さんを侮辱した人はディアが殺すみたいだよ。気にするのはそのままでいいと思う。それは姉さんの生きてきた証だから。それにそういう場所には二度と行かない。場合によっては消すから。」
ディアが私のことをクロアに近い位置まで上げているね。とても嬉しく思う。訓練を始める日にお礼を言われたのと何か関係があるのかもしれない。
嫌な視線を感じた瞬間に相手が消えるのであれば別にいいね…。それは駄目だよ。3歳児に頼らず自分で対処しないと。
それにクロアは私の記憶を知らないはずなのに知っているように感じる。私の普段の行動で把握されているね。
「クロアの見る力は凄いと思うけれど、何人くらい見ているの?」
「自分を入れて6人。今後クリスが入るのかもしれないから7人だね。家族以外を見るつもりはないよ。感情把握で確認しているだけ。自分を入れたのは魔力や魔法を勉強するためだね。自分を知らなければ何もできないから。」
家族限定なんだ。クロアは変わらないね。常識を覚えれば凄いことになりそう。
毎日説教される長女は駄目だよね…。
「私にアディとローアを任せたのはあえてだね。」
「そうだね。同じ家に住んでいる他人だと思ってほしくなかったから。誰が見ても分かる明確な繋がりがあった方がいいと思った。それに寝るまでは騒がしいけれど3人で寝ると安らぐでしょ。心を温めてくれる。幼い子は抱きついてくるからね。」
あの状況で今後のことまで考えてくれていたんだ。
誰かと寝るのが大嫌いだった。だから2人を拒絶してしまうのかもしれないと思ったけれど、そのようなことにはならなかった。
初日は眠れずに横になっていた。すると2人が両腕に抱きついてきた。拒絶しなかった。とても温かかった。そのあと腕は細くて眠り辛かったのか2人ともお腹に抱きついてきた。
2人がとても可愛いと思った。守ってあげないといけないと思った。空いた手を2人の背に添えた。離れてほしくなかったから。
結局熱すぎて眠れなかったからクロアに体温調節する魔法をもらったけれど、翌日は眠っていないのに体が軽く感じた。
説教したりと色々とあったけれど、関係なく今でも抱きつかれている。
まだ2週間くらいしか経っていないのに抱きつかれなくなる日を考えると寂しく思う。素直に成長を喜んであげられるのかな。
せめて同じ部屋で一緒に寝てほしい…。
「クロアの作戦通りだね。今の私が何を考えているのかも分かる?」
「予想でしかないけれど、個室は用意して皆で寝る部屋を用意すれば解決すると思うよ。成長すれば個性もはっきりしてくるからお風呂に入る時間も寝る時間も変わってくる。だけど寝る場所を決めておけばいいよ。ベッドは使わず畳の上に布団を敷いて寝る。姉さんが不安なら今のうちからそのようにしておこう。魔石を使えば布団を洗う必要も干す必要もない。2人が抱きつかなくなってから用意したら嫌がるかもしれないでしょ。今日からそのようにしてもいいし4歳からそのようにしてもいいよ。姉さんと私が料理を覚えれば食事の時間は一緒にできるね。」
それが予想なの!?
会話の流れと感情の変化でそこまで分かるの?クロアの感情把握は自分用に作り変えたと言っていたから僅かな変化も見逃さないのかもしれない。
「今日からの方が成長した後でも受け入れてくれると思うけれど、同じベッドだから抱きついてくれるだけなのかもしれないよね。人数分の布団を用意したら静かに眠ってしまいそうだよ。」
「布団を用意しても無視して姉さんの布団に潜り込むよ。姉さんの布団を大きくして3人で寝ることもできるけれど、別の布団を用意してと言われたときの方が悲しくない?」
思春期もあるから本音かどうなのかは分からないけれど、悲しすぎる。
家族以外の人とは一緒に寝たいと思わないから特別だよ。
「今日からにしよう!私の100年が2週間で覆されたね。それを言われたら涙が出そうだよ。」
壁から窓が消えて襖に変わった。作るの早すぎない!?
「畳だから襖の方がいいと思ったけれど、どうかな?部屋のベッドは消しておいたよ。窓は覗かれたくないから消した。部屋の中は薄暗くしてあるよ。襖を閉めても自分の布団の場所が分かるようにね。部屋の明るさは左側の壁にあるボタンで変更できるようにした。昼、夕、夜といった感じだね。確認してみて。変更してほしいところがあったら教えてね。」
「分かったよ。それにしても仕事が早すぎだよ。」
白い襖には墨で山と鳥が描かれているように見える。席を立って襖を開ける。夜の明るさといった感じだ。真っ暗ではなく布団が横に並んでいるのが分かる。襖は左右に2枚ずつ。壁で止まると思ったら壁の中に入っていく。引手部分が残る深さにしてある。襖が倒れないように上下に溝がある。短時間でこれができるんだね…。
襖が入る壁にボタンが3つ縦に並んでいる。ボタンを上から順番に押してみると天井の魔石が明るさを変えた。昼、夕、夜だね。壁は土色で統一されている。
襖を閉めて椅子に座った。
「真ん中はクリス用だよね。クロアが気になっていることはないの?」
「真ん中はその通りだよ。寝るときにディアとロディの思考力を3歳児に戻すと4人の3歳児が遊ぶ可能性が高いよね。そのまま一緒に寝るのかもしれない。寝る場所なんて関係なく疲れて眠るだけ。この部屋で遊ぶのを禁止にする?」
枕投げは孤児院でしてきなさいと言うと孤児院で寝てしまう可能性が高い。それに禁止にしても素直にやめる3歳児は少ない。
「私たちが寝るまでは遊んでいいことにしよう。クロアはなるべく遊ばせたいのでしょ。自宅にいるときはクロアの思考力を使うのを禁止にすればいいよ。部屋を暗くして布団に入ったのに枕をぶつけられたら説教だよ。」
「それでいいね。ところでクッキーはいつ焼くことにしたの?」
忘れたわけではないけれど、成功していないんだよね。クロアに頼めば解決しそうだけれど、頼りすぎるのもどうなのかと思う。
「クロアの分身と買い出しを行った日にしよう。記憶は入れることができなくても一緒にジャムを選んだりすることはできるから。」
「一緒に選んだものでクッキーを作るわけだね。姉さん、その日の前にオーブンを改造しておこう。薪で火加減を調節するのは難しいと思うよ。それに失敗した理由も分かりにくい。」
その通りだよ。火加減を一定にすることがとても難しい。
あれ…?
「温度計を買っていないよ…。火加減を一定にしようとすることばかり考えていて焼いている温度が分かっていない。だけどクロアに頼りすぎるのはよくないよ。」
「家族と自宅は私が守ると決めているの。姉さんは忙しいのだから家で暇している私に言えばいいんだよ。200人近くの子供を相手しながら40人近くの襁褓の子の状態を確認して40人近くの大人の相手もしているんだよ。それに仮想体を訓練しながら料理も練習してクッキーの焼き方も練習もする。頑張りすぎだよ。姉さんは自身の体だから疲れるよ。仕事を減らしすぎると懸念事項があるけれど…。」
仕事が減ると懸念事項があるのはおかしいよね。
「とりあえず懸念事項が気になるよ。恐怖しか感じない言葉だよね。」
「姉さんは私たちが国をつくるのか国を支配するのかどちらがいいと思う?」
国をつくるなら人を集めるために情報を広める必要がある。多くの人を集めるためには魅力的な情報が必要になる。近隣にある他国が戦争を仕掛けてくる可能性が高い。
「自分たちの力を広めずに国を好き勝手にしたいのであれば支配した方がいいね。国王が慕われていない国で住民の質がよければ楽だよ。国王が慕われている国もあると思うからそこは避けた方がいいかな。」
「ディアたちは国を支配して女王が慕われる国にするつもりだよ。改革して善政をすれば住民は喜ぶから。そうでしょ、圧倒的な美女の女王様。」
何故暇になると女王になるのだろう。私の常識が壊されていくよ。
あっ!あのときに気づくべきだった…。
ディアが私のことを圧倒的な美女と言ったときに。
クロアに美醜についての知識はない。知ったとしてもどうでもいいと考えると思う。だけどディアは女王に美醜は関係すると考えた。そのため毒料理店の店主に確認した。
余計なことを吹き込んでくれたね。罰が軽すぎたよ…。
ここで諦めたら意味がない。
ディアは私が暇になったら女王を頼むつもりでいる。だけどクロアは本人の意思が大切だと考えている。だから教えてくれた。
女王といっても形だけだと思うけれど、私は絶対に嫌だ。権力者が嫌いな私が女王になったら演技すらできない可能性がある。
精神を綺麗にしようとしているのに負の部分が大きく出てしまう可能性が高い。そうなれば全てが壊れてしまう。
今の生活は絶対に壊したくない。
◇◇◇
念話中。
「クロア、それだけは絶対に無理だと伝えて。私は家族でいたいし今の生活を壊したくない。形だけの女王でもお城に行けば権力者に囲まれる。殺意が溢れると思う。それだけは演技で誤魔化せないよ。」
「ディア、この案は1人で考えたの?他にもいるのなら念話を繋ぎなさい。」
「ロディと一緒に考えてるよ。繋いだよ…。」
いつの間に私の声を念話としてディアに届けたのかな。
「私は好きなように行動すればいいと言った。その言葉であなた達は家族を利用する権力者になるの?姉さんが権力者を嫌いなことは知っているよね。男性が苦手なことも知っているはず。何故相談もせず女王にするの?2週間待ってみたけれど、計画を変える気配もない。姉さんが女王になることが前提の計画を立てたままでいる。好きなように行動すると人の人生を歪めるの?それも家族の人生をね。自分の好きなように他人の人生を歪めていく。クズ権力者と何が違うの?まずは姉さんに謝りなさい。」
「フィオナ姉ちゃん、ごめんなさい。」
「フィオナさん、すみませんでした。」
クロアが怒っている。
「2人が反省してくれたのであればいいよ。それで国を支配するんだよね。16年間支配されてきたクロアは幸せだったの?関係ないとは言わせないよ。あなた達は2人でその国の住民を支配するのだから。」
「精神支配するつもりはないよ。国で自由に行動したいだけだから。豊かになれば住人も喜ぶよ。」
「はい。国で自由に行動するためです。」
子供の考えだね。とてもクロアの思考力を使っているとは思えない。クロアも2週間見ていてそれを確認したのかもしれない。思考力と想像力と発想力などは別だと。
「国を支配するあなた達の役職は?自由に行動したいのであれば国の頂点にいる必要があるよ。2人が王女になるの?あなた達が国を運営するんだよ。どのような計画なのかな?」
「運営はそのまま任せるよ。」
「はい。豊かな国なのですから運営は任せるつもりです。」
これが計画なの?
「あなた達が支配した国なのよ。あなた達が支配者だとどのように伝えるの?支配者があなた達だと住民が知らなければ自由に行動できないよ。それに国を豊かにするためには最低でもお金の流れは確認する必要がある。2人で確認するの?」
「姉さん、確認はもう大丈夫だよ。3歳児に任せると言った私が間違っていた。私の思考力を使っているから問題ないと考えていたけれど、問題しかない。今後私の思考力を使うのは禁止。全ての計画を破棄して孤児院で遊びなさい。」
「何でそのようになるの?間違ってるのなら修正すればいいだけじゃない。」
「はい。問題点を教えてください。」
やはり基本は3歳児だね。
「それ以前の問題。ディアは私との約束を平気で破る。必死に守っている私が馬鹿みたい。平気で破るから何を約束していたのかも覚えていない。ロディも破っている。約束も守れない3歳児に何ができるの。問題を修正すればいいと簡単に言うけれど、国の問題が簡単に修正できるはずがない。あなた達は大勢の人を殺し不幸にするだけ。死んだら修正できない。2人が私の思考力を使うとはどういう状態なのか見ていた。私の判断が間違っていた。孤児院で遊びなさい。」
「覚えてるし守ってるよ。今は引越しが最優先でしょ。」
「はい。引越した後に解決していきます。」
3歳児がクロアの思考力を使って反論してくるのは腹が立つだろうね。
「ロディの解放が最優先だと言った。やはり覚えていなかったね。2人にとってはどうでもいいことだったみたいだね。本人がどうでもいいのだから優先する必要はなかった。」
「2人ともクロアに謝って孤児院で遊びなさい。クロアの思考力を使って賢くなったつもりでいるのかもしれないけれど、その考え方は人形と一緒だよ。あなた達は努力したつもりになっているだけなの。3歳児だから努力の仕方も知らない。3歳児だからそれでもいいの。だけどクロアの気持ちは理解しなさい。私は何を約束したのか知らないけれど、クロアから遊べと言われていないの?2人ともクロアを侮辱し続けていることにも気づいていない。これ以上はクロアが可哀想だよ。」
「フィオナ姉ちゃん、確かに遊べと言われたけどそれだけは絶対にない!」
「はい。それだけはあり得ません。」
3歳児だから仕様がないよね。
「3歳児のクロアは復讐したいと考えていたと思う?0歳から3歳までの記憶もなく突然魔獣に食べられることになった。痛い、苦しい、辛い、助けて、もう嫌だ。そして遊びたいだよ。クロアは3歳児に戻れない。遊びたかったけれど、戻れない。いつも視界には3歳児の自分と同じ姿の子がいる。遊びたかった自分の思考力を使って遊びを拒否する。クロアは我慢するしかない。代わってよ。今すぐ代わってよ。遊ばないのなら代わってよ。本当は言いたいけれど、無理だから我慢するしかない。クロアの思考力を使ってクロアの気持ちを踏みにじる。2人がクロアを手伝いたいという気持ちがあるからこそある程度は任せることにした。だけど全て無理だと判断した。それでも2人は孤児院で遊ぶことができる。クロアが家族の力を正確に把握していると知っているのにクロアの判断に文句を言う。記憶は歳を取れば薄れていくけれど、100年経った今でも幼い頃に遊べなかったことを覚えているよ。ディア、クロアを侮辱していないと断言できるの。ロディ、クロアを侮辱していない根拠を示しなさい。」
「姉さん、ありがとう。ディアとロディ、2人は私を侮辱していないと考えているのかもしれないけれど、私は2人に侮辱されていると考えている。私の思考力を使っていると言わないで。常識はないけれど、私はそこまで馬鹿ではない。クリスの助手に私の分身を1人つける。それを伝えてから孤児院で遊びなさい。敵は残しておく。倒せるようになったと思ったら私に言いなさい。私の思考力は今後使わせない。遊ぶのか遊ばないのか今決めなさい。」
選択を間違えると離れて暮らすことになりそう…。
「遊ぶよ…。」
「遊びます…。」
「それでは毎日全力で遊びなさい。またあとでね。」
念話終了。
◇◇◇
2人はクリスに相談していないのかな。クリスから何をするつもりなのか聞くことはなさそうだけれど、国の支配について相談すれば問題点を指摘してくれるはず。
「クロア、2人ともクリスに相談していないの?それとも相談した結果なの?」
「相談していないよ。支配した後に相談するつもりだったのかもしれないけれどね。3歳児だから仕様がないと言えるけれど、私の思考力を使って約束を全て破られた。普通の3歳児ではないと思っていたけれど、難しい言葉を使うだけの3歳児だよ。」
クロアの思考力を使っているという事が一番辛い。自分に自分を否定されているような気分になってしまう。
「引越し先を決めて土地を買って仕事する人を募集しないといけないね。孤児院は買った土地に作るのか地下や森の中など、どこに作る予定でいるの?」
「人気のある国にするつもりだから広い土地は空いていないと思うから地下か森の中だね。事面倒は避けたいから国外の森の地下にすると思う。とりあえず国にいるのかもしれない人形と魔力拡散器は一斉に消す。そのあとは結界も張らない。邸の男性8人の希望は聞いている?」
彼からは死の間際だった。クロアの救出が半日遅れていたら死んでいた人が大半。クロアに守られているという安心感と心地よさを知ってしまったから離れられない。
結婚してもおかしくない年齢なのだから相手が見つかれば違うのかもしれない。
「クロアの近くにいたいみたい。仕事は何でもするって。」
「それなら料理を真剣に覚えるように言っておいて。コリーには少し延長を頼むかもしれない。邸の男性たちが外で働く切っ掛けになるのかもしれないと思ったけれど、難しそうだね。世界を半分に分けようかな。人しかいない土地と人形と人がいる土地。」
本物の女王様がとんでもないことを言っているよ。敵を残しているのはディアたちのためでしかないみたいだね。
「簡単にできしまうの?」
「魔石を消すだけだよ。他の人形がいるのかもしれないけれどね。」
人も世界も魔力で作れると本気で考えているクロアは違うね。回復魔法で実際に体は回復するのだからおかしな話ではないのだけれど、実現できるのかどうなのかは別だよ。
「アダマンタイトを消す魔法を応用したの?」
「鉱石だから特別なのかと思ったけれど、一緒だよ。世界は魔力でできているのだから。魔法陣を解析して魔法式の中でアダマンタイトの記述がどこにあるのか探してそこを魔石に書き換えるだけ。だけど魔法式の中にはアダマンタイトなんて記述はない。特殊な文字だからね。魔法という能力はそれを理解しなくても使えるように人が生み出したものだと思う。特殊な文字を解読してもアダマンタイトにはならない。だから魔力で確認した。世界と魔力は繋がっているからね。それを応用して鑑定魔法も作った。それを見ても人が決めた名前は分からないけれどね。」
世界ができたときには魔力があった。だから魔力は世界を知っている。理解できる気がするけれど、実現できる気がしない。
世界は魔力でできていると信じ切れていないからだね。
「私の目も普通にできるの?」
「できるけれど、視力が落ちるよ。それでもいいのであれば人間の目にするよ。」
常に結界を張っていないと怖いから…。
「視力が落ちるより強制命令で破裂する方が怖い。お願い。」
「なるほどね…。それでは変更するよ…。終わったよ。」
変更すると言ったよ。痛みも感じなかった。つまり私の目の記述を人間の目の記述に変更したわけだ。世界の女王様は何でもありだね。
視力は間違いなく落ちた。だけど心が落ち着いている。自宅は間違いなく落ち着ける場所でとても落ち着いていたと思っていたけれど、目がよく分からない感情を持っていたように思う。その感情を受け取っていた気がする。
本当に自宅は落ち着くよ…。
クロアが近くにいるからだね。
「もしかして竜の目に精神が入っていたの?」
「目の中に入っていたよ。強制命令で何かするためには精神が必須だから。」
閉じ込められているのを怒っていたのかもしれない。
「目の感情を受け取っていた気がするよ。魔力器は大丈夫なのかな?」
「魔力器は話しかけない限りは大丈夫だよ。強制命令で破裂はすると思うけれどね。」
安心できたと思ったけれど、お腹が破裂するのは怖い…。
「それは怖いよ。だけど消したくないんだよ。結界を張るしかないのかな?」
「結界を張ってあるから大丈夫だよ。」
クロアはこれだけの力があるのに油断しない。だけど本人には教えてほしいよ。
「魔力器の中に魔石が入っているの?」
「魔石ではなくて魔法陣を貼り付けてあるよ。脳と心臓も守っているから何かあっても助けに行く時間はあるはずだよ。」
クロアは秘密主義ではないから聞けば教えてくれる。そして知ってしまった圧倒的な安心感。世界の怖さを知っていれば絶対に離れられない。
敵がいるのに全く怖くない。一番怖いのは私の妹だから。
クロアが激怒したら世界は滅びると思うけれど、諦めるしかない。
即死できるだけ楽だよ。
「姉さん、オーブンに必要な温度計とは何かな?」
「体温は体の温度。気温は空気の温度、人の体温は36℃。帝国の今の気温は20℃。豪雨のときは10℃。ここまでは平均的な温度の話だけれど、オーブンは150℃から250℃まで調節できるようにしたいんだよ。それを測るのが温度計だよ。人の体温は常に一定ではないし人によって平均値も違う。帝国の気温も天気や日によっても違うし時間によっても違う。だけどお菓子を作るときの温度は大体では駄目なんだよ。オーブンの温度を正確にすることでお菓子や料理の幅が広がるんだよ。」
何故クロアは分身を作ったの?強制命令もしたよね。
「姉さん、それは朝の買い出しでは買えないのでしょ。」
「そうだね。朝一の買い出しではお店が開いてないよ。行くんだね?」
時間を大切にするクロアらしいね。
私はお金の入っている鞄を部屋に取りに行く。
「それでは行きましょう。」
「ここにしよう。行くよー!」
≪転移≫
どこの国でも買える気がしたけれど、良い物を買いたいので人で賑わっている国にした。
人口が一番多い人気のある国だと思う。
賑わっていた市が静まり返った…。
クロアが厳選した国の住民でもここまで露骨に態度に出すんだね。私を見ている視線も感じるけれど、明らかにクロアを見ている人が多い。男女関係なく見ている。
余りにも酷い。男性恐怖症を克服しても精神が成熟しても、この雰囲気で買い物を楽しめるはずがないよ。
「姉さん、気にせず買い物をしようよ。」
「そうだね。まずは調理器具を売っているお店を探そう。」
気持ち悪い…。
ついてくる男性の数が異常すぎる。
女性を尾行する男性たちを周りの人は何とも思わないの?
「姉さん、思考誘導を付与しようか?」
「私は大丈夫だよ。強制命令を検証してみた?」
検証したのか確認している私も酷いね…。
「大丈夫だよ。潜在時間が10時間。発動してから2時間。発動中に同じ強制命令を出しても延長されない。買い出しの時間は足りる?交代するための分身を待機させておくか新しい精神支配の魔法を考えた方がよさそうだね。」
「買い出しの時間は大丈夫。1時間30分にすればいいから。今までより30分短くなるだけだから何も問題ないよ。」
自分を洗脳する魔法を新しく作るなんて悲しすぎるよ…。
クロアが国を守るつもりのない理由がよく分かった。
孤児院の子たちが成長したときのために最低限は守るつもりがあるだけで、クローディアのためにはならない。その中で一番輝いているクロアのためには決してならない。
クロアが国に関わって幸せになる未来が見えない…。
「声を出さないで全裸で蹲っていなさい。」
クロアが前を向きながら呟いた。振り返ると男性が服を脱いでいた。声に出したのは周りの人に聞かせるためだね。それでも欲深い視線は減らない…。
お店を見つけるのに30分程かかってしまった。クロアは声に出すのをやめている。振り返ると全裸の男性が列になっている。間違いなく100人以上いる。
それでも欲深い男性の視線が減った気がしない。
余りにも気持ち悪いから感情把握を切った…。
「ここは調理器具が売っているお店みたいだね。入ってみよう。」
「買ってもいいけれど、作ってもいいよ。」
作ってもらおう。クロアも頼られた方が気が楽になると思うから。
結構お客さんも入っているから良い物が揃っているはずだよ。
「コンロの大きさに合わせて作ってもらおうかな。欲しい器具を見ていくから覚えてね。」
「姉さんの料理のためだから最高のを作るよ。私も料理を覚えないといけないけどね。」
そういえば何故クロアは毒料理店の店主を殺さなかったのかな。殺そうとしてきた相手を殺さない理由はない。見逃したら何度でも殺しに来る。そういう世界なのだから。
「クロア、毒料理店で何回毒を食べているの?1回も食べていないから殺さなかったわけではないのでしょ?」
「4回食べているよ。能力たちもロディも毒を食べて喜んでいたんだよ。姉さんはお酒を飲んでいたし気づかなかったと思うけれど、2人とは料理の色が違ったよ。自己回復が毒料理を食べながらお店の蘊蓄を語るとか笑うことができたら笑っていたと思う。姉さんや邸の男性に毒を食べさせていたら殺していた。私は自分の骨が見えるような毒を何度も耐えてきているから効かない。寿命が延びたから料理を長く楽しめばいいよ。」
クロアの体でお店に行った日は必ず毒を食べている。そして命を助けてもらったのに毒を盛ろうとした。人として終わっている。国のために働いているつもりだったのかもしれないけれど、極悪人の奴隷でしかないと気づいてもいない。
料理の味を知りたかったのに毒の味を覚えても仕様がないので指摘した。
殺さなかった理由は分からないけれど、クロアなりの考えがあるのだと思う。
「この辺の調理器具はよく料理で使うと思う。持つところが熱くならないように木にしたり違う金属を使ったりしているはずだよ。フライパンと鍋は絶対に必要だよ。包丁はクロアが作ったものが一番切れると思うけれど、食材を切るための板も必要だからね。滑らず水平で凹凸がないのが理想だね。そして洗えば綺麗にすることができる。まな板というのだけれど、木製の物が多いね。」
「全部覚えたよ。温度計はないのかな…。」
これだけ調理器具が揃っているのだからあると思うけれど、この静けさは一体何なの…。
先程までいたお客さん達は全員帰ったの?
「あった!これだよ。100℃から300℃まであれば十分だね。」
「姉さん、温度を見て分かるものは何かある?」
買い物をやめよとしている気がする。
感情把握してみよう…。
店内には3人だけしかいないのに外は数百人の欲深い感情で溢れている。
感情把握の範囲を広げると欲深い感情の人がお店に向かって走っているのも分かる。
気持ち悪い…。
入って来ないのだから店主は扉を閉めて鍵をかけている。
そして欲塗れ。
人が多いとそれだ色々な性格の人がいる。
クロアは歩いているだけなのに情報が伝わって性欲で動くクズが群がる。
「帰ってから教えるよ。この状況は話さない方がいいよね?」
「そうだね。私は調理器具の作り方だけの記憶を送るから姉さんは自作することにしたと伝えて。」
≪転移≫
自宅に移動した
「ただいまー!調理器具は自宅専用の物を作ってもらうことにしたよ。売っていたのは力加減が未熟な私では扱えないものばかりだった。練習が必要だね。」
「今から調理器具の情報を送る。姉さんが怪我しないように作って。」
分身は情報を送り終わったのか私に手を振ってから消えた。
「お帰りなさい。姉さんと一緒に買い物を楽しむ方法はあるのかな?」
自分と違う姿の分身に入るのが一番だけれど、自己否定に繋がってしまう。そこまでして買い物をするべきではないと思う。性欲で人を尾行するようなクズに配慮する必要はない。
「国を作って住民を厳選するしかないね。他種族は人間に良い感情を持っていないと思うから難しいと思う。この世界は人間が人間を人体実験した結果だと知っているのだとしたら最悪だね。」
「1年後に外に出た場合と3年後に外に出た場合の予想を教えて。」
クロアに希望を持たせてあげることができる答えが言えない…。
「1年後では外に出るのが早いと思う。3年後だと男性を憎む可能性がある。そのときにクロアがどのような行動をするのかが分からない。先を考えるのであれば国を作った方がいいよ。家族が誰も外で遊べない。悪人を殺しても外からやってくるし内からも湧くから。」
自分が女王になるのを拒否しておいてクロアに女王になるのを勧める。
最低な姉だよ…。
「平等に遊べるのは幼い頃に友達になった子だけだね。その子たちを守るには欲深い男性を洗脳して悪人は殺すしかない。地下に国を作って育ってきたら外に出ようかな。」
「男性恐怖症を克服するのが最優先だよ。それに綺麗にした精神を歪ませるような光景は見ない方がいいからね。」
4人とも孤児院で楽しんでいるようだね。それが本来のあるべき姿なのだからいいことだと思う。だけどクロアの先が明るく見えない。
分身でもあれだけの男性を惹きつけた。洗脳されていたり強制命令の影響であればクロアが見逃すはずがない。その場で見惚れるくらいであれば問題はない。だけど尾行してお店を囲んだ。
店主は自分が独占できると考えて他のお客さんを帰らせて鍵をかけた。監禁しているし犯罪行為だよ。性欲で尾行してくる男性は犯罪者だとクロアが考えたとしても何も悪くないと思う。
クロアや私に力がなければ何をされたのか分からないのだから…。
「我慢できない相手がいるから殺してくるよ。」
「100m上空に移動させたらしいよ。空が飛べるといいね。」
普通の人間は飛べません。




