第2話 準備
家に帰りお母さんを見ると無意識に抱きついていた。
いつものようにお母さんは優しく頭をなでてくれる。
まだまだ成人しているとは言えないね…。
「ディア、どうしたの?冒険者組合でそんなに嫌なことがあったの?」
「最初から白金等級で他の冒険者の邪魔をするな、みたいな感じに言われちゃった。色々な人とパーティ組んで面白い冒険ができると思っていたのに…。何もせずに終わっちゃった…。」
「ディア、何もせずに諦めるのはあなたらしくないわ。まずは依頼をきちんと達成すること。それと友達ができるように努力してみなさい。今までは強くなる為に必死だったわね。これからは楽しい日々が過ごせるように考えてみなさい。」
「そうだね…。私なりに頑張ってみる。」
お母さんは私を抱き上げると優しく椅子に座らせてくれた。
「さあ、今日はお祝よ!食事は楽しくしなくちゃね。特に今日の主役が落ち込んだりしていたら駄目でしょ?」
「うん。お母さんの言う通りだね。」
「ちっ!あのおやじ今度しめとくか!」
「止めなさい。ディアが始める冒険を私たちが邪魔をしてはいけないよ。」
私は幸せだね。知らず贅沢になっていたみたい…。
今の生活が当たり前ではないと知っているのだから。
「はい、ディアにプレゼント。初心者冒険セットよ。食事の後に袋の中を確認しておきなさい。袋の中に入っている初心者の為の注意事項を必ず読むように。」
気づいた時にはお母さんが袋を持っていた。
力の差が縮まっている気がしない。気づけるくらいには強くなりたい。
部屋に置いておいたものを魔法で取り出したと思うけれど、発動すら気づかせないのはお母さんくらいだよ。
「ありがとう!自分なりに冒険者を頑張ってみるよ!」
「やる気になったようね。本当に困った時は私たちに相談すること。いいわね!」
お母さんの笑顔に圧がある…。
美人の笑顔って本当に怖いよね。
「はい!絶対に相談します!」
「いい子ね。それでは食事を楽しみましょう。」
食事中にお兄ちゃんが「パーティ組むぞ!」とうるさかったけれど、お母さんに黙らされた。
食事の後は部屋に籠って注意事項を読破して道具の使い方を覚えた。
冒険者カードは能力を確認する為のもので年に一度は更新することが推奨されている。
冒険者組合がある国では身分証にもなるみたい。
登録した時の情報は全て冒険者組合本部で保管される。
支部ではプレートに刻印されている番号から登録情報を参照することができる。
冒険に危険はつきもので命を落としてもプレートは見つかることがある。落ちているプレートを拾ったら冒険者組合に届けると少しだけ謝礼金がもらえる。
私のプレートはお母さんが用意してくれた白銀の紐で襟ぐりより少しだけ上の位置で結び、いつでも見せられるようにした。
紐の素材は不明だけど体に軽く張り付いている。紐からはお母さんの魔力が感じられる。
袋には、ショートソード、ダガー、投擲ナイフ5本、水入れ用の革袋、荒縄、が入っていた。
冒険者は狩った魔獣を納品するから武器が使えた方がいいよね。
まずはショートソードに慣れるところから始めよう!
明日は頑張るぞと期待に胸を膨らませ眠った。
◇◇◇
翌朝。
1階に下りるとお母さんしかいない。
「お母さん、おはよう!ショートソードに慣れておきたいから素振りをしたいんだけど、家の前でしてもいいかな?」
「おはよう。魔獣の納品を綺麗な状態で行うにはショートソードが必要だと判断したのね?」
お母さんが困った顔をしている。何か問題があるのかな?
「魔獣を綺麗に切断する為には必要だと思ったんだけど駄目だったかな?」
「武器は使う人を選ぶわ。ディアにそのショートソードは使えないのよ。本気で魔獣を斬るつもりでショートソードを握ってみなさい。」
私の力量不足なのかな?
ショートソードを魔獣を斬るつもりで握った。
「うそ…、握るところが潰れて折れちゃった…。プレゼントなのにごめんなさい…。」
「何も悪くないから悲しい顔をしないで。ディアなら素手で魔獣を綺麗に切断できるから、武器を使わないと思っていた私の考えが足りなかったの。ディアには3つの選択肢があるわ。1つ目は武器を使わない。2つ目は私の持っている武器を使う。3つ目は自分で武器を用意する。でもね、武器を使うのなら私の持っている武器を使いなさい。理由が分かるかしら?」
「今の私が満足に使える武器を用意しようと思うと、かなり時間が必要な気がする。」
「正解よ!ディアが使う武器の金属が鉄では駄目。アダマンタイトかオリハルコンが必要で、武器に加工できるのがドワーフの鍛冶師の中でも一流だけなの。だから私の持っている武器をあげるわ。大切に使ってね。」
お母さんの持っている武器…。間違いなく世界に1つしかない品だよ。
「はい、大切に使います!」
「よろしい!それではこの2本をディアにあげるわ。」
一瞬でテーブルの上に武器が2つ並んだ。初めからそこに置いてあったかのようだ。
「私が使い続けてきたアダマンタイトの武器よ。持ってみなさい。」
「はい。」
先程のショートソードより長い両刃の剣とダガーだね。両方とも白銀に輝いている。
持ってみるとお母さんの魔力を含んでいるのがよく分かる。
剣が吸い付いてくるかのように手に馴染む。いや…、流石にこれは馴染みすぎだよ!
「もしかして剣が使う人を選んでいるの!?」
「正確に言えば私の魔力が使う人を選んでいるわ。私の加護を受けているか私より強くないと持てない。つまり家族専用の武器ね。」
これで斬れない魔獣は知らない。私の手刀より確実に斬れるのが分かるから。
「この剣に名はあるの?」
「あえて言うなら『竜斬り』ね。」
「ドラゴンを斬ってもいいの!?」
「話の通じない傍若無人なドラゴンは斬り捨てなさい!」
普段のお母さんの顔つきじゃない。これは竜王妃としての言葉だね。
「分かった!お母さんの娘としてこの剣で斬る!」
「ディアと敵対したドラゴンなら容赦しないこと。一番大切なのはディアの命だから。絶対に忘れないでね!」
私は本当に幸せだね…。こんなにも愛してくれるお母さんがいるもん。
「ありがとう!決して無理をせず、無茶をせず、1人で悩まない。私なりに頑張ってみる!」
「ええ、頑張ってね!」
「いってきます!」
「いってらっしゃい!」
クローディアはとても愛されています!