第100話 理不尽と希望
翌朝、お母さんに起こされて顔を洗い着替えてアンジェと私は資料館に向かった。
お母さんとプリムスは妖精が200人住める自宅に改装するためリビングで話し合いをしている。プリムスが黄緑色の葡萄を食べていたのがとても新鮮だった。
2人で資料館に入ると寂しく感じる。
今まではここに来る確かな理由があったからだと思う。
「アンジェはこれからも午前は資料館で本を読むの?プリムスが勉強するときは付き合ってもいいけれど、私たちだけなら本体でここに来る意味は余りないよ。」
「そうだね。本を全て読む必要はあるけれど、仮想体か分身で十分。それに本の技術を全て習得してもお母さんより強くなれないと思う。戦うことになっても魂が関わってくるとしたら勝ち目がないし残されている時間も分からない。努力して魔法技術を高めても瞬殺される。理不尽すぎて何もやる気が起きないよ。」
お母さんは魔法を使うときに何も考えていないと思う。だからお母さんの魔法について記載されている本はないと考えられる。
そして魔法以外の力についても疑問に思ったことがないのだから本にできない。お母さんが自分の力を全て言葉で説明できなければどうしようもないし、私たちが使えなければ戦いにならない。
それにアンジェの気持ちがよく分かる。命が拷問され絶滅していく世界から救ったら太陽に狙われる。太陽は私たちを玩具だと考えている気がする。
世界がお母さんだから何度でも遊べると考える可能性もある。
太陽の子と戦うことになるのは予測でしかないけれど、太陽が無意味に魂を保持しているとは思えない。魂で何ができるのか知ることは必須で同等のことができなければ勝負にならない。
魂を抜かれて負けることもあり得るのだから理不尽にも程がある。
「ここに本が何百万冊あったとしても今からお母さんが作る1冊より価値が低いからね。だけどお母さんの実験が終わる前に太陽は動くかもしれない。そして太陽の情報収集の方法を知らなければ逃げることさえできない。魂の他に未知の力を解明する必要もある。それに世界中の命で実験し拷問している首謀者のクリスを放置していたのだから命に興味はない。封印されるか核に行って終わったら起こしてほしいよ。」
「確かに太陽の情報量は世界から情報を集めているだけでは説明できないね。とりあえず眠って待つことはできないと思うので乗馬してのんびりと過ごそうよ。」
この会話の目的はお母さんに聞かせるためだよ。現状は詰んでいるし最悪の場合は太陽が星を滅ぼすか生物を拷問する可能性がある。この期に及んで太陽は中立だと考えていないよね?
お母さんが甘いことを考えていると苦しむのはこの世界で生きる全生物だと思ってよ。それと世界を滅ぼされたくなければ、アンジェと私を蘇らせろと太陽に何度も要求されるかもしれない。
この世界で拷問を見続けてきたお母さんはクリスが来るのを待つ必要はなかった。そのことには気づいているよね?クリスどころかクロアにも勝てない私を敵中に突撃させているのだから無策もいいところだよ。実験することが分からないのであれば早く言って。
魂を魔力にできるのか、魂が魔力に魔法式を書けるのか、これらの実験は後でいいし場合によっては実験する必要はない。
「お母さんに思考を読ませているの?」
「そうだよ。私を突撃させたときのように無計画なことをしたら最悪な結末になるかもしれない。太陽が黙認していたのだからこの宇宙は生物が苦しむために存在するの。それを否定したければ太陽を完全に黙らせるか消すしかないね。それに魂を消滅させる方法を見つけたとしても太陽は私たちを捕捉しているはずだよ。だから蘇られせられて戦うことになる可能性が高いと思う。本当に最悪だよ…。」
そもそも私たちが戦うことを前提にしているのがおかしいと思わないの?
世界は星から出られないので戦えないとはならない。それは何もしていない世界の与えられた知識でしかない。太陽の力で外に出ることができたのだから不可能ではない。そして勝つためには同等以上の力が絶対に必要だよ。
子が親より強くなろうとするのと親が子に戦えと言うのは全く違うから。
「その通りだね。私たちは太陽をどうにかしなければ終わりがないかもしれない。そのときは最悪な状況だろうね。それにお母さんは実体化できるのだからクリスを呼んで直接潰せばよかった。知っているだけで考えるのは苦手なんだよ。思うだけでその通りになるのだから複雑に考えたことがない気がする。それが理由で拷問されたくはないけれどね。十分に伝えたでしょ?」
「伝えたけれど、伝わっているのかは分からないよ。7割魔力使って本を読破して魔力操作を鍛えるよ。のんびりしていれば回復すると思うからね。」
≪転移≫
アンジェと厩舎に移動した
「アンジェ、今日も別行動にしよう。リーリアは人見知りな感じがするしもっとじっくり話したい。」
「そうだね。信用してもらうには時間が掛かるし、それまでは別々の方がいいね。」
アンジェに手を振ってからリーリアの馬房の前まで歩いた。
「リーリア、散歩に行こうよ。」
「いいですよ。今日は早いですね。これからはこの時間ですか?」
馬房から出てきたリーリアの念話が届いた。
飛行してリーリアの背中でうつ伏せになる。
「基本的にはお昼からで毎日乗馬するつもりだけれど、希望があるの?」
「自由ですので希望はないですよ。何故毎日乗馬するのですか?」
リーリアはゆっくりと歩き始めた。
素朴な疑問だね。無難に答えてもいいけれど、正直に話そう。
「今は違うけれど、それまでは馬の背中が私の眠る場所だったの。1日中馬の背中で過ごしていたよ。馬房の中でも関係なくずっと一緒だった。自宅には私の居場所がなかったの。だから今でも背中にいるのがとても落ち着くよ。だけどその馬は他の馬が私に近づくのは許さなかったし誰かが私に触れるのも嫌がっていた。そして私を独占したいと言った。誰にも見せたくないと言った。だから私と過ごした記憶を消して保護区域に移動させたの。注意も何も聞いてくれなかったからね。」
「専属馬も独占に近い気がしますけれど、違ったのですか?」
確かに選ばれた馬からすれば独占されたように感じると思う。乗る人は常に同じで拒否することはできない。指示にも従わなければならない。奴隷にしているようにしか思えない…。
今晩は専属場についても話そう。
「私が他の馬に乗るなら死ぬと言っていたよ。」
「リアはその言葉がなくても他の馬に乗らない気がします。だからリアの性格を把握した脅しに感じますね。死ぬと言っていても死ぬことがないと分かっていたと思います。何に対しても死ぬと言っていませんでしたか?」
そのような考え方もあるんだ…。
私は死ぬという言葉で脅された気はしないけれど、死なれるのは嫌だと行動を制限してしまう人はいると思う。その場合は間違いなく脅しだよ。
リオリナは私の行動を制限したかったのかな。
「そうだね。死を覚悟して私と一緒にいたいと思っていたけれど、違うのかな?」
「独占を確実なものにするために死という言葉を使った気がします。『注意も何も聞いてくれなかった』とリアは言いましたけれど、リアの言葉を無視したときも死ぬはずではありませんでしたか?」
家族で命を懸ける必要はないと言われた後だから死を覚悟していたのかは分からない。だけどリーリアの話を聞くと覚悟していなかったように思える。
「私が必要ないと思ったら死ぬと言っていたけれど、注意したのはお母さんが命を懸ける必要はないと言った後だから死を覚悟していたのか分からないの。」
「死は人の言葉で変えるほど軽いものではないと思います。そしてリアならクロニクル様に何を言われても変えないと思います。それにリアの負担や気持ちを考えていれば何度も死という言葉は使いません。死という言葉でリアを圧し潰しています。リアはその馬の全てを大切にしていたと思いますが、その馬はリアを独占したいだけのように感じます。リアの気持ちは一緒にいれば伝わってくるのですから追い出されることはしないはずです。死を覚悟してまで一緒にいたい相手を悲しませるのはおかしいです。」
リーリアの言葉は否定できない。リオリナは独占することしか考えなかった。私が独占を受け入れたのが悪いのかもしれないけれど、追い出されることになるまで誰の言葉も聞かなかった。
私が離れたくないと思っていてもリオリナは気にしていない。死を覚悟してまで私と一緒にいたいはずのリオリナは自分の欲が満たされるように話していると感じた。
「私がそのようにしてしまったのかもしれないけれど、その通りだと思う。私はその馬の気持ちを全て受け入れたつもりだけれど、私の気持ちには応えてくれなかったよ。リーリアは賢いね。専属だから馬房で待っていないといけないとか決まりはないよ。他の馬と同じく自由に過ごしていいからね。私を背中に乗せて雑談してくれるだけで十分だよ。」
「今でも十分自由です。他の馬に乗らないのは何故ですか?」
自由に思ってくれているのならよかった。
「他の馬に乗りたいと思わないの。馬もこのように話せているのだから人と変わらないと私は思っているよ。そして私は人が嫌いで孤独も嫌いなの。だから信じられる人が少しいればいい。それに不器用だから皆と仲良くはできないと思う。」
「リアは赤ちゃんなのに人が嫌いな理由も重たい気がします。話して楽になるのならお姉さんが聞いてあげましょう。」
リーリアは優しいね。重たいと分かっていて軽い雰囲気で聞いてくれるのは私がどちらでも選びやすいようにするためだと思う。
話して楽になるのかは分からないけれど、リーリアを悩ませることになる気がする。その可能性があるので話せない。私の言葉でリーリアの価値観を変えたくない。
「こうしているだけで十分楽になっているよ。」
「気を遣わせてしまいましたね。私が心配ですか?」
私の気持ちは伝わってしまうね…。
「心配だよ。私の話はリーリアを変えてしまう気がするの。」
「そんなことはないと言いたいところですが、前回それで失敗していますからね。私が変わったらリアに守ってほしいと言っても駄目ですか?」
とても難しい要望だね。
リーリアが守ってほしいと思ってくれるのか分からない。
「リーリアが死にたいと思ったらどうすればいいの?心は守れないよ…。」
「そのような変わり方をするかもしれないのですか…。そのときは殺してほしいというのは卑怯ですね。だけどリアは凄い辛そうです。話と繋がっていると思いますが辛い理由だけ教えてください。」
リーリアにそれほど心配を掛けているんだね…。
辛い理由だけならリーリアの心を変えることはないと思うので正直に話そう。
「リーリアは信じられない話かもしれないけれど、私は死ぬことが許されないの。どれだけ苦しくても辛くても死ねない。正確に言うなら死んでも死ぬ直前の記憶を持った状態で蘇る。全ての命が死で終われるのに私は終われない。私には死んで終わる自由がないの。これほど理不尽なことはないでしょ?」
「それは辛いという言葉では足りません。リアがそのような目に遭う理由は言えませんか?」
これ以上話すのはよくない。
予測でしかないけれど、巻き込んでしまう気がする。
「ごめんね、言えないよ…。知れば知るほど危険な問題なの。解決したら話すよ。のんびりしていても全力で努力しているので心配しないで。だからリーリアは気にしないでほしい。」
「心配されてばかりですね。何も言わず何も考えないのが身を守る方法ですか…。イライラしますね。私を巻き込んでください!その方がリアは本気で解決してくれるはずです。」
何でそのようなことを言うの…。
相手の考えが分からないので本当に巻き込まれるかもしれない。
「リーリアは私の終わりまで一緒にいるの?解決しても私に寿命はないよ。死にたいと思ったときに死ぬの。リーリアは解決させたいのか一緒にいるのかどっちなの?」
「クロニクル様の子ですから寿命がなくても不思議ではありませんね。そしてどこまで巻き込むかで違いがあるのでしょう。リアをほっとけないので全部に巻き込んでください。お姉さんはリアを独占しないので安心ですよ。」
恐らく私がリーリアを求めているのだと思う。
巻き込んでごめんなさい…。
「今日からリーリアは人になって自宅で暮らすことになるよ。馬になれる人にもなれる。だけど他の馬からリーリアの記憶を消すことになる。リーリアの望みを教えて?」
「なるほど。リアの言っていたその馬は今の私と同じ状況になったのですね。リアはその馬と何か約束していたのではありませんか?それを私が叶えましょう。そしてリーリア姉さんと呼びなさい!」
出会って2日目なのに何故そこまで分かるの?何故そこまでしてくれるの?
リーリア姉さんは長生きしてまでやりたいことがあるの?
私を心配してくれているだけだよね。
お母さん今すぐ来て!
お母さんが転移してきたので私は下馬した。
「リーリア姉さんはドラゴンになれる人にして。それと他の動物から記憶を消して。今は何を実験しているの?もう妥協しない。私の言ったことを実験して。」
「あれだけ言ってまだ足りないの?あなた達にも魂が見える実験よ。リーリアは本当にいいのね?」
「いいです。リアが心配です。」
私がリーリア姉さんを求めたと言えばいいのに。リーリア姉さんが側にいてほしいと無意識に思っていたのが伝わった気がする。嬉しいと思っている私はそれを否定できない…。
酷いことに巻き込んでいるのに嬉しいと思える私は最低だよ。
「リーリアを変えたわよ。言ってみなさい。」
配慮が足りない。既に洗脳されているの?
太陽の力が未知数で魔力もなく思考把握できるのか判明していないので話さない。だから最も大切なのは洗脳されないようにする事。そして生きている魔獣から魂を抜けるのか、別の魂に入れ替えることができるのか、それを防ぐ術があるのか。もしも防げなければ戦いにならない。
それにお母さんの力で星の外に出られるようにする事と太陽の力で星の外に出されないようにする事。それと私たちが魂を見えるようにする事。
太陽は何もできずお母さんの実験結果を見て動くことも考えているの?
当然だけれど、全部同時進行だよ。
相手は世界に影響を与えることができると思うけれど、洗脳されていない自信はあるの?
与えられた知識で答えないで。
リーリア姉さんは艶のある青色の髪が背中の半ばまで伸びていて、黒色の目がとても優しい印象を与えてくれる20歳程の美人だね。
困惑してもおかしくない状況なのに私を心配そうに見てくれている。
それがとても嬉しい…。
「配慮が足りなくて悪かったわね。洗脳されていないのか確認する方法はないのよ。」
お母さんの妹を生み出して監視してもらう。魂を見えるようにする実験も同時にできる。今まで実験をどのようにしていたのか知らないけれど、体は同じ方がいい。
太陽が生物を洗脳できるのなら最初から勝ち目はないからね。
「お母さんの実験は誰が魂を見えるようにしていたの?お母さんの分身なら魂は見えるでしょ。魂を見えない分身を作れるのであれば比べるだけでいい。本当に実験していたの?これからする予定とか甘いことを考えていないよね。私たちを追い詰めておいて自分だけは余裕があるの?あれだけ言ったのに危機感が足りない。アンジェにはお母さんが必要なのだから消させるようなことはさせないでよ。」
「分身が見えるように実験していたわ。本体との繋がりが切れるので魂が見えなくなるの。それに本体と繋がれるのは1体だけしか作れない。勿論試したわよ。だから同時進行で実験はできない。妹に監視させて突然魔力が生まれたら私を消させるのね。そのくらいの覚悟はあるわ。それで実験しましょう。」
お母さんは転移して研究所に行ったのだと思う。
「リーリア姉さん、自宅で話す?空を飛んでみる?それと約束していたのはドラゴンに乗って世界一周を楽しむことだよ。あれが姉さんの信じていたお母さん。与えられた知識だけで考える力がほとんどない。覚悟とかどうでもいいの。私たちの恐怖を理解しきれていないのがよく分かる。姉さんが信じていたお母さんの印象が相当変わることになるので話さなかったの。もう私の専属だなんて思う必要はないからね。今なら全部話せるし勉強も一緒にできる。とりあえず自宅でゆっくり話す?」
「そうですね。情報が多すぎて混乱しています。落ち着いて話したいです。」
生き延びる方法ではなく皆で消滅する方法を考えていた。命はどうでもいいと思っていた。この宇宙で痛みなく死ねることは幸せだから。
だけど失敗してリーリア姉さんを苦しませることは許せない。だからお母さんにはある程度の言葉だけ伝えて放置するつもりだったけれど、私が必要だと思う実験をしてもらう。一切妥協しない。
優しいリーリア姉さんが楽しく過ごせる世界にする。
私が守りたいのはアンジェだけではなくなった。アンジェは私が方針を変えたことに驚くかもしれないけれど、許してほしい。世界一周を楽しめるまで親しくなる時間が必要だから。
私を心配してくれるリーリア姉さんがいることがどうしようもなく嬉しい。そしてリーリア姉さんは解決できると信じてくれている。それに覚悟や命を懸ける等の言葉は必要ないと教えてくれた。
リーリア姉さんの行動に報いるため問題を絶対に解決する。
後先考えずリアのために行動したリーリアの母性が全開です。
予定より遅くなり申し訳ありません。




