ショート 輪転機。
額から汗が滴り落ちる。蝋燭の明かりがだんだんと暗くなっていく。睨みつけていた紙から目を上げて蝋燭をちらっと見ると、もう燃え尽きようとしている。
怒鳴り声が部屋を満たし、どたばたという足音が鼓膜を揺らし、意味の分からない言葉が頭を燃やす。
ようやく書き終えた説明文を担当者へと手渡し、問題がないと判断された紙は転写担当へと手渡される。彼らもここの所不眠不休で、まともに家に帰れていない。机の上に積んでいた紙がばさりと散らばり、誰かしらが"ヒステリック"な声を上げている。先程説明文を書いたのだから、この言葉の意味なら空でも言える。
「先生、また新しい言葉が!」
弟子の一人が駆け込んでくる。
なんだと? 今日は50件ほど片付けたというのに、まだ来るのか。
簡潔にまとめられた報告書へと目を通しながら、壁の本棚にある関連しそうな物を片っ端から引っこ抜き、机へとぶちまける。
これはどうやら先日書いたものの亜種だ。また書き直しが必要なのか。ええい、あの紙はどこへやった!
「先生、今度はすごいものが!」
頭の中で轟音と共に、細い何かの引きちぎれる音がした。途端に周囲の音が静かになる。弟子から報告書をひったくると同時に、気付いたら叫んでいた。
「もう我慢ならん! その冒険者を倒せ! 闇に葬れ! 盗賊野盗山賊海賊なんでもいい、出来るのならば魔物魔族なんでもけしかけてやれ! 我々の世界にそんな言葉はない! ああもう、あの忌々しい門ごと消し去ってしまえ!!」
周囲の音が再び耳へと届き始め、皆が自分の作業へと戻っていく。腰を抜かしていた弟子たちも我先にと逃げ出すようにドアから出ていった。
破れた報告書を踏みつける。ブーツの底から逃げ延びた「転機」という文字すら二度と見たくない。
山のように積み上がった報告書と紙の束を睨みつけながら、先程の説明文の続きを書く。後方で誰かが椅子を蹴倒したのだろうが、気にしていられる余裕はない。もっと人手を増やすべきだと言われようが、転写魔術を使える人間など一握りなのだ。
「先生、やりました! 先程の冒険者を送り返しました!」
さっき出ていった弟子が、帽子に矢を突き刺したまま帰ってきた。
「よくやった! あいつらめ、便利になるからと色々持ち込みやがって。ざまあみやがれ!」
インクが飛び散るのも気にせず頭上で羽ペンを振り回した。くそったれめ、辞書を作る側にもなってみろ。