ＷＣ勇者 ～便所掃除のお陰で無敵になりました～
「おい、ボッちゃんがマジで女子便所に入ったぞ！」
「アハハハ、アイツやべぇ～っ！！ 犯罪者じゃん！！」
「はやくアレ、準備しろって！！」
遠くからクラスメイトの声が聞こえてくる。
それを聞いた僕は深い溜め息を吐いた。
「――はぁ、終わった。僕の人生もこれで終わりだ……それもまさか、女子トイレに忍び込んで退学なんてホント最悪だよ……」
僕は今、学校の女子便所の個室に閉じ込められている。手にはトイレブラシとキュッポンするやつを持って。
なんでこんなことになっちゃったのか……話せば長いんだけど、簡単に言っちゃえばイジメの三文字、それで終わり。
僕はデブで顔もブサイク、そして自分では分からないんだけど体臭が凄いらしい。イジメられる理由なんてそれで十分だったが、僕の名前も最悪だった。
その名も御手洗、曹司。
それを略して御曹司、つまりはボッちゃん。多分ボットン便所にも掛けてるんだと思う。全然笑えないけどね。
そんな名前のせいで小学校の頃から僕は便所掃除ばかりさせられた。
お陰で小、中、高校で１２年もこの便所掃除を続けたお陰で完璧に極めてしまった。
時代が時代ならトイレの神様になれたかもしれない。
「せんせー！！ 御手洗君が女子トイレに篭もって何かしてまーす！！」
「なんだと！？ 御手洗ってあの御手洗か！？」
――あぁ、試合終了だね。
これで僕も立派な犯罪者だ。
ていうかあの御手洗か、って何だよ。
あのクソ教師、イジメを見て見ぬ振りするどころかいっつも一緒になって僕の事を攻撃してきやがって。
むしろアイツが先導してクラスメイトを煽ってるんじゃないかな。
「くっ、この中か！？ おい、出て来い御手洗！！ 今日こそはお前の性根を叩き直してやる！！」
そうして可哀想な僕はあのクソ教師にあえなく捕まってしまった。
女子トイレの個室に二人っきりで怒られ、罵られ、バレない様にお腹まで殴られた。
それでも気が済まなかったのか、昼休みに職員室に来るように言われ、唾を僕に吐き捨てて去っていった。
あぁーあ。気が進まないけど、これで素直に行かなかったらまた別の日に呼び出されるのだろう。
それに職員室だったら他の先生も居るし、暴力を振るわれないだけまだマシかもしれない。そう思って大人しく行ったのに……
「この大馬鹿野郎！！ あろうことか女子トイレに忍び込むだなんて、最低野郎のやることだぞ！！！！」
「……すみませんでした」
このクソ教師、職員室中に聞こえるような大声で僕のやらかしたことをブチ撒けやがった。
最初こそ心配そうにこちらをチラチラ見ていた先生達も、途中から白い目で僕を見ていた。
これで僕の味方は完全にこの学校から消えただろうな、ははは。
「よーしそんだけ女子のトイレが好きなら毎日入らせてやる！！」
「えっ？」
「罰として夏休みの間、学校に来て全てのトイレを掃除しろ！！ 毎日だ！！ それで停学は許してやる。……これでいいですかね、諸先生方？」
なんだって！？
この広い学校のトイレ全てを毎日！？
そんなの夏休みが完全につぶれちゃうじゃないか！！
……クソッ、やられた。
周りの先生もそれなら許してやろうみたいな雰囲気になってる。僕が文句を言っても絶対に責められるかもっと重い罰になる。
そもそも僕は無理やり女子便所に押し込まれたっていうのに……。
これ以上反抗する気も無くなった僕は「はい」とだけ答え、トボトボと地獄の様な職員室を後にした。
夏休みの初日。
僕は学校のトイレにやって来ていた。
夏休みの補習や部活がある生徒もいるが、それ以外はみんな夏休みを楽しんでいる事だろう。
トイレブラシの入ったバケツとラバーカップを持って、僕は一番上のトイレから校内便所ツアーを始める。
夏休み中は使う人間が居ないので、比較的キレイなのは幸いだった。たまに頭のオカシイような使い方をする生徒が居るので、そういう時は本当に死にたくなる。
慣れた手つきで掃除し、最初の男子便所を終わらせた。
「はぁ……次は女子か。人は居ないだろうけどやっぱり入るのは嫌だなぁ」
生憎と僕に女子トイレを見て興奮するなんて性癖は無い。むしろ先日のトラウマもあるし、金輪際入りたくない。
だけど抜き打ちでチェックでもされたら、また何かを言われかねない。
「仕方ない……さっさと終わらせよう」
まるでＶＩＰの居る応接室にでも入るかのように「失礼しまぁす」とノックと挨拶をしてから、女性の絵が描かれたピンク色の扉を開く。
クソ教師からの命令とはいえ、なんだかイケナイことをしているようでドキドキする。
っていっても、扉の先にあるのはタダの便所だ。シャワーを浴びている美女も居なければ金銀財宝が隠されているわけでもない。
ふぅ、と何の溜め息か分からないモノを吐いてから掃除用具を持って掃除を始める。小便器が無いだけで、あとは普通のトイレだ。
僕の便所掃除術には何の支障はない。
男子トイレと同じように終わらせると、階段を下りて次は二階のトイレへ。
一度こなしてしまえば後はもう慣れたもので、他人の目を気にせず便所をキレイに出来ることがなんだか楽しくなってきた。
「ふんっふふん、ふふん～♪ キュキュッ～、僕はトイレ掃除の神様～♪」
「……何をしているの」
「何って見て分からない？ 掃除だよ掃除～！！」
「それは分かるけど。ここ、女子トイレですよ」
「だからそれも知ってる……っ！？ うわぁぁああぁああぁっ！？！？」
鼻歌交じりに夢中で便器をブラシで擦っていたら、背後から唐突に女性の声で話し掛けられた。
つい普通に答えちゃったけど、今の僕は夏休みの女子便所で笑いながら掃除をしている不審者だ。まずい、マズ過ぎる……。
ギギギ、と首を曲げて振り返る。
そこには不健康そうな薄白い肌をした、オカッパ頭の女の子がいた。
「ぎゃぁああああっ！？！？」
「悲鳴を上げたいのはこっちなんだけど。そこ、私の場所よ！？」
「たすけてぇええええ！！！！」
「あぁ、もう。五月蠅い」
その女の子は床に置いてあったラバーカップの棒部分をむんず、と掴むと先端を僕の顔にくっつけた。
「ぶふぉぉおっ！？」
「ここは私の場所なの。どうして男である貴方がいるのかちゃんと説明しなさい」
「ふごふごっふごふごぉ！！」
「ちゃんと日本語で説明して！！」
「ふごぉ！」
その後ようやくキュッポンから解放された僕は、どうしてわざわざ夏休みにまで便所掃除に来たのかをこの女の子に事細かに教えた。
「ふぅん……イジメ、ねぇ」
「うん。相談しようにも誰も助けてくれそうな人が居なくって」
「まぁ、そうでしょうねぇ。大人なんて皆そんなモンよ」
綺麗になった便座の上に座って、彼女は白くて細い足をブラブラとさせている。
――ちなみに僕は床に正座させられている。まぁ床も僕が綺麗にしたからいいんだけどさ。
それよりも彼女は僕と同じ学校の制服を着ているから、スカートの中が時々見えそうに……おっと、睨まれた。
「結局そういう流れでこんな事に……あの、キミの方はなんでここに？」
パンツを見たことでまた顔面キュッポンされそうだったので、慌てて話題をずらす。
「キミ、じゃなくて私の名前はハナコよ。それに私の事情なんてどうでもいいわ」
「いや、どうでもって……」
「それより！ ねぇ、御手洗君。キミ、この状況をどうにかしたい……そう思う？」
「え？」
そりゃあ僕だって好きでイジメられているわけじゃ無い。
出来ることなら普通に友達や彼女を作って楽しい学校生活を送りたいよ。
「ふん、やっぱり今の状況は嫌のようね。……なら、私が協力してあげる」
「協力……！？」
「そうよ。御手洗君がもう二度とイジメられないように、私が手伝ってあげる。もし、貴方が本気でそう願うのなら、ね」
「本気で……願う……」
小学校の時からずうっとイジメられ続けたせいで、もう一生僕は負け犬、負け便所のままだって諦めていた。
だけど目の前の女の子がそんな僕を救ってくれるって言う。
正直、そんなことは信じられない。
信じられないけど……彼女の目は本気だ。
人付き合いの苦手な僕だけど、それだけは分かる。
「さぁ、もし力が欲しいのなら。今、私の手を握りなさい」
便座の上から右手を差し出すハナコさん。
その不思議なオーラに、僕は彼女を信じてみようという気になっていた。
自然と手を握ろうと右手が……
「あ、その前に手はちゃんと洗ってからにしてくれる？」
夏休みが明け、登校日の朝となった。
教室では日に焼けたクラスメイトが長期休み中にあった出来事で、賑やかに盛り上がっている。
便所掃除をさせられていた僕のことなんて、どいつもこいつも忘れていただろう。
だが、それが逆にこの後の出来事を衝撃的なモノにさせるはず！
――ガラガラ。
今度はどんな奴が夏休みの思い出を持ってやって来たのだろう、そう思ったクラスメイトの何人かがドアを開けた僕を見やる。
そして、見た者はすべからく大口を開けて呆然とした。
「……おばよう」
「「「「なっ、なんだコイツはっ！？」」」
その声に釣られて見た者が皆同じ感想を抱き、驚きの声を上げる。
それもそうだろう。平和な教室に現れたのは、スチール製バケツを頭にかぶり、トイレブラシとラバーカップを持った便所の怪物なのだから。
他に身に着けているのがこの学校の男子用制服なのでクラスメイトの誰かなのは分かるのだが、あまりにも異様な装備にクラス中が騒然となった。
姿を見て悲鳴を上げてしまう女子さえ居る。
戸惑う慄く者が多い中で、遂に勇気ある男子が仁王立ちポーズをしていた僕に声を掛けた。
「お、お前誰だ！？ なんだよ、そのカッコ……」
「……コレが何か知らないのか？ そうだよな、知らないよなぁ！？ だって、お前らの分も僕が掃除していたんだもの」
バケツをかぶっているせいで、声が反響して不協和音になっている。
それが余計に不気味さを増長させていた。
「いや、それぐらいは知ってるけど……それってトイレの掃除用具じゃねぇか！ しかもお前のその声、トイレの御曹司だろ！！」
「そんな奴は知らん！ 吾輩はトイレの勇者である！！ お前ら汚物は浄化だ～！」
そういって僕は武器を構えると、クラスメイトを次々と追いかけ回し始めた。
はっはっは、教室中を阿鼻叫喚にさせてやったぜ。
ブラシから逃げ回っている女子はコケてパンツが丸見えになっているし、ラバーカップを顔面に喰らって悶絶している男子も居る。
「おい、うっるせぇぞ～！！ 誰だ、騒いでる奴はー！！」
「五月蠅いのはお前だバァーッカ！！」
「ぐほぉっ！？」
騒ぎを聞きつけたあのクソ教師が駆け付けたけど、怒鳴っている口の中にブラシを突っ込んでやった。
ハハハ！！ コイツ、目をパチクリとさせたあと、自分の口に何が入っているのか気付いたのかそのまま白目になって気絶しやがった！
ちなみにこれらの武器たちはもちろん、一度も使っていない新品だからそんな恐れる必要はない。
まぁ普通の神経をしていたら嫌だろうけどね。
「ふぅ、もうこれくらいでいいかな？」
「おいクソ野郎。てめぇふざけやがって……その不細工な顔をもっとボコボコにしてやる！！」
最初に声を掛けてきた奴が一息ついていた僕の頭にあったバケツを奪い取った。
「え……？」
「うそでしょ……！？」
「あれが御手洗なのか？」
「イケメンじゃない！！」
「そういえば太ってないぞアイツ！！」
ふふふ、どうだ。
僕は夏休みの間、ただトイレ掃除をしていたわけじゃ無い。
人が居ない朝と晩、校庭でひたすら死ぬ思いをしながらダイエットをしたんだ。
それもこれも、全部あのハナコさんの指示で。
――でも、マジであれは地獄だった。
チャリに乗ったハナコさんにブラシやラバーカップを持って追いかけ回されたのは、もう一生思い出したくもない。
僕が味わった便所の味を今回、あの地獄をこのクラスメイトにもちょっとだけ思い知らせてやったのだ。
「あぁ～、スッキリした。これで僕をイジメてたことは水に流してあげるよ、トイレだけにね！！」
当然、僕は停学処分になった。
だけど、後悔は全然していない。
あのブラシ追いかけ回し事件が大事になり過ぎたせいで、複数の教師による尋問が行われた。
そこで僕はイジメのことからあのクソ教師について全て暴露した。
その結果、イジメに加担していたクラスメイトの半分が同じく停学になったんだ。
呼び出された母さんにこってり絞られちゃったけど、息子がイジメられていたことを知ってショックを受けると同時に、それをやり返したことは「やったわね！」と褒めてくれた。
それにあのクソ教師については完全に問題行為だったこともあるしね。
本人は無実を訴えていたけど、僕に暴力行為を働いていた動画が何故か校長宛てに届いたり、アイツの机から女子生徒の下着が発見されたりと他にも余罪が出てきたのでもう言い逃れは出来ないだろう。
停学明けにはもうあの学校から消えているんじゃないかな。
それにやっぱりアイツがイジメを先導していたみたいだし、これからはもう僕に手を出すやつは居ないだろう。
万が一やってきても、今の僕なら勇気をもって立ち向かえる。
だって、僕はトイレの勇者なのだから。
停学明け。
僕はこのキッカケを与えてくれたハナコさんに会いに来ていた。
とはいっても、僕には彼女が普段どこに居るのかは分からない。だから一限の後の休み時間ごとに、あの女子トイレの前でこうして待っている。
「……だけど来ないなぁ」
もう昼休みになってしまったけど、それらしい人は一向にやって来ない。
思えばあんな女子、普通に考えたら居るわけがない。もしかしたら、あの子はあのトイレに棲む亡霊だったのかも。
なんだか僕の隣を通り過ぎてトイレに入っていく女子達が怪訝な表情をしているけど、もしかしたらその亡霊の雰囲気を感じ取っているのかもしれないね。
「でもお礼ぐらいは言いたかったなぁ」
そんなことをしみじみ思っていたら、さっきトイレに入っていった女子の声が聞こえた。
「ちょっとぉ、華子ぉ～。トイレに篭もってメシなんて食べるなしぃ～」
「つーか教室来られんのもマジ迷惑なんだよ！！ 家のトイレにでも引き篭もってなよ。アハハハッ」
あぁ、そういうこと。
なるほど、なるほど……？
「ふふふ。どうやら今度は僕の番みたいだね、ハナコさん？」
自分を変えてくれたヒロインを救うため、僕は隣りの男子トイレに装備を取りに行く。
勇者に一番重要なのはハートだ。装備なんて何だっていい。
トイレブラシを武器に、キュッポンを盾に。
バケツを兜にして被れば、もう完璧だ。
僕はニッコリ笑うと、意気揚々と戦場へと駆け出して行った。
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