熱戦……
甲斐、激戦……
2ラウンド…………
マウリシオは頭を振りながら、左ジャブを放ち前に出て来る。先程のダウンはいわゆるフラッシュダウンであり、ダメージは無い様子である。やられたらやり返す、この強い気持ちがマウリシオを今まで支えて来たのかもしれない。
甲斐はサウスポースタイルから右ジャブを放ち、こちらも前に出て来る。こちらはこちらで、徹底的にインファイトに拘る様だ。
2人の距離が詰まると、このラウンドもクロスレンジでの打ち合いとなっていく。1ラウンドと同じ、手の届く距離で2人はパンチを出していく。1ラウンドよりも身体が温まり、連打のスピードが増している。
この打撃戦だが、1ラウンドとは少し様子が違って来ている。1ラウンドは立ち上がりという事も有り、様子見を含めた戦いとなっていた為にディフェンスにどちらも重きを置いていた。2ラウンドとなった今、特にダウンをしたマウリシオは攻撃に重きを置いている。このマウリシオに対し、甲斐は真っ向から受ける覚悟をしていた。
お互いのパンチが先程のラウンドとは打って変わって、お互いの事を捉えている。2人共にインファイトがメインのボクサーで有る為、この近い距離でもスムーズに腰を回転させ活きたパンチを放っている。当たれば倒れそうなパンチを、2人は貰っては打ち返し打っては貰っている。打撃戦は加熱している。
甲斐の右フックとマウリシオの右フックがお互いを捉えられず、その腕が絡まった所でゴングが鳴った。2ラウンド終了である。
3ラウンド…………
マウリシオも甲斐も、申し合わせた様にリング中央に歩み寄って行く。とことん、この距離でやり合うつもりの様だ。
距離が詰まると、2人は同時にパンチを出していく。そのパンチを2人は避ける事なく、次のパンチを相手目掛けて放つ。どちらのパンチ力が上か、どちらがボクサーとして上かをお互いのプライドまで賭けて殴り合っている様である。
このインファイトだが、少しずつ様子が変わってくる。お互いの頭が交互に弾け、時々相討ちを繰り返して来たが、1分を過ぎた辺りから甲斐がマウリシオのパンチを避け出していた。マウリシオのパンチのスピードが落ちている訳ではない。寧ろ上がっているマウリシオのパンチだが、甲斐はマウリシオのパンチを避けながら自分のパンチをマウリシオに叩き込んでいく。甲斐の中で、何かが変わって来ている。
同じ様なパンチを放っていても、貰わない甲斐と喰らいながら打ち返すマウリシオでは立場は違ってくる。マウリシオが気持ちが強いとはいえ、甲斐が少しずつ前に出て行く事はどうしようもない事実である。
パンチを的確にマウリシオに打ち込んでいく甲斐、少しずつ前に前に出て行きマウリシオを圧倒していく。マウリシオは甲斐のパンチを受けながら、少しずつ後退していく。
3ラウンド2分過ぎ、マウリシオはコーナーを背負う形となった。それでも攻撃を辞めないマウリシオだが、甲斐の左アッパーを貰い堪らずクリンチをした。次の瞬間、甲斐は右拳をマウリシオの顔面の前に位置する。マウリシオはこの動きを察知し、甲斐を突き放す様に距離を取った。マウリシオはギリギリの所で、甲斐のブローを受ける事から回避した。
甲斐はすぐに距離を詰めるが、マウリシオは甲斐との距離を取る事を選ぶ。どうやら、マウリシオは一時インファイトを捨てる事を覚悟した様だ。
甲斐が追い掛け、マウリシオは距離を保つ。マウリシオのパンチは甲斐を捉える事は無いが、甲斐を懐に入れる事も無い。甲斐はスイッチしながらマウリシオを追い、マウリシオはこの距離を保っているうちにラウンド終了のゴングが鳴った。
4ラウンド…………
マウリシオは3ラウンド終盤同様、甲斐とは距離を取りアウトボクシングに徹している。ファイター寄りとはいえ世界チャンピオンである。なかなか華麗なアウトボクシングを披露している。
しかし、世界チャンピオンが試合をするという事は相手も世界レベルであるという事である。自分の得意とする距離で不利になったからといって、アウトボクシングで逃げ切れる程甘い試合である訳がない。
甲斐はマウリシオの左ジャブを掻い潜りながら、自分のパンチを当て出していた。甲斐はマウリシオを追うのに、スイッチしながら追っていた。サウスポーとオーソドックスを繰り返しながら使う事により、マウリシオは微妙な距離感が失われていた。そこに付け加える様に、マウリシオはアウトボクシングを主戦としていない。いつまでも甲斐から逃げられる訳がない。
1分過ぎ、甲斐はマウリシオの左ジャブを掻い潜り一気にマウリシオの懐に飛び込む。マウリシオは飛び込んで来た甲斐に右アッパーを放つが、サウスポースタイルの甲斐はこのアッパーに左フックを被せる。これがカウンターとなりマウリシオの顎を捉える。マウリシオの意識は、甲斐のパンチを貰い遥か彼方に飛ばされていった。
糸が切れたマリオネットの様に力なく崩れ落ちるマウリシオ、レフェリーはカウントを数える事なく試合を止めマウスピースをマウリシオの口から無理矢理取り出した。
4ラウンド1分14秒、KOで甲斐は見事に世界チャンピオンを奪取した。
試合が止まると手塚は誰よりも速くリングに上がった。すぐに甲斐を抱え上げた手塚、続いて西田会長と篠原トレーナーがリングに上がり、2人と一緒に勝った事を喜んでいる様だ。
マウリシオが気が付くと、甲斐はすぐにマウリシオの元に駆け寄る。マウリシオは握手し、軽く頭を下げた。
リング中央に甲斐が来ると、西田会長がチャンピオンベルトを腰に巻く。甲斐は右手を高々と上げガッツポーズをすると、会場から大きな拍手が送られる。
インタビュアーがリングに上がる。
「放送席……それでは、見事なKO勝利で世界チャンピオンを獲得しました甲斐選手に話を伺います。まずは、KO勝利おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
「素晴らしい試合でした!」
「確かに素晴らしい試合でした!」
「うわぁ、西田会長……」
「あ、あ、会長さん……見事な試合でしたね」
「そりぁあ、うちの甲斐ですからね!…しかも、4ラウンドKOで佐伯のKOタイムも更新したし……いやいや、俺の指導の賜物かなぁ!」
「そうですか……それでは、今後は?」
「今後はさぁ……」
「西田さん、邪魔だってさ!」
「空気は読んでよね!」
西田会長は手塚と篠原トレーナーに引き摺られる様に、甲斐の側から離れていった。
「すいません、うちの会長が……」
「いやいや……気を取り直して、今後についてですが?」
「俺より10日前に世界チャンピオンになった男が居ますからね……そいつとの決着は考えないと……」
「佐伯選手もそうですが、エリック·ロペスはどうします?」
「あの馬鹿よりは、打つ手は有りますね。あの馬鹿が最難関です」
「では、最後に皆様に一言」
「今日はありがとうございます。また頑張りますので、これからもお願いします!」
「見事にKOで世界奪取に成功した甲斐選手でした!」
会場からは再び大きな拍手が送られた。甲斐は観客席に頭を下げ、控え室に戻って行った。
遥か海の向こう、アメリカのジムでテレビを見ている2人の男が居た。エリックとミッキーである。
「2人揃って、お前を無視か……」
「お互いを強く意識してるね……しかし……」
「どうした、エリック?」
「確かに強いね……」
「好敵手現る……という所かな?」
「……さて、どうだろうね……」
「その割に、顔が嬉しそうだぞ?」
「ボクシングの試合を見て、こんなにワクワクしたのは初めてだ」
「そうか……時期にリングの上で会う事になるだろう」
「そう願いたいね……さて、ロードワークにでも行って来るか……」
佐伯と甲斐の存在、海の向こうの世界チャンピオンにもしっかり意識付けを出来た様だ。
遥か遠くから見ている目が……




