世界への挑戦、甲斐……
甲斐の世界戦……
佐伯の世界タイトルマッチから少し遡り、時は11月15日である。
甲斐は西田拳闘会で必死に練習をしていた。甲斐の世界タイトルマッチは佐伯の世界戦の10日後、こちらも世界戦に向けて練習中である。丁度この日から、甲斐は減量に入る。世界が見えて来て、試合前の最後の山場を迎える事になる。
初日は特段何も無い。スパーリングパートナーは手塚が務め、抜け目なくしっかりと行っている。きついのは、もっと後の段階である。
11月25日、世界戦1ヵ月前。甲斐は減量真っ只中である。
練習自体は変わらない。手塚とのスパーリングを中心に、ミット打ちやサンドバッグを叩く。問題なのは、減量中という事である。エネルギーが入って来ないにも関わらず、練習メニューは変わらない。精神的にきつい状況である。増して、甲斐の試合は今度は世界戦である。色々な意味で本人には不安が有る事だろう。
この期間だが、甲斐は特に文句も言わずに練習に没頭している。甲斐は元々、辛い時期に誰かに当たる様な事はしない。それでもきつい時期である為、多少ではあるが練習にむらがある。今回はそれがない。甲斐もボクサーとして、一皮剥けた様である。
ウェートだがリミットまで約4kg、しっかりと世界戦の準備が出来ている様である。
12月10日、この日も甲斐はいつも通りである。手塚とのスパーリングでは、このきつい時期に手塚を圧倒する場面が多く有り、西田会長も篠原トレーナーも満足といった感じである。
手塚については、甲斐がオーバーワークにならない事が1番の問題だと思っており、甲斐の練習を四六時中見張っている感じである。
この日、甲斐のサンドバッグ打ちで変わった事が起きた。サウスポーに構えた甲斐の右手とサンドバッグとの距離は10cmもなかった様に思える。その位置から、確かに甲斐は右手を動かした筈だが、サンドバッグは大きく跳ね上がった。甲斐は何かを掴んだ様だ。
ウェートはリミットまで0.7kg、もう少しである。
12月15日、甲斐はウェートが落ちた。世界戦に向け、準備が整った形である。本日は佐伯の世界タイトルマッチである。甲斐だけでなく、ジムの面々はそれを良く分かっている。
「甲斐、佐伯の試合は見に行かないのか?」
「手塚さん、必要ないですよ……あいつは必ず勝つ。俺は、あいつに続く為に今を大切にする……」
「そうか……自分の事に集中だな!」
「はい……失敗したら、あいつに申し訳が立たないですからね……」
この日、甲斐は佐伯の試合を見る事はなかった。手塚は甲斐が佐伯の試合は見ないと思い、篠原トレーナーと話をし佐伯の試合のビデオを取る事にした。
12月17日、WBO世界フェザー級チャンピオン、マウリシオ·オズワルトが来日する。空港では、記者達が待ち構えている。
「チャンピオン、甲斐選手をどう思いますか?」
「試合になれば分かる事だ」
「チャンピオン、試合予想は?」
「結果を見てくれ」
マウリシオは、すぐにセコンド陣と予定しているジムに移動し自分のパンチを確かめた。
甲斐はこの時、一連の事をテレビで見ていた。油断の無いチャンピオンを見て、改めて気を引き締めた様である。
12月19日、マウリシオ·オズワルトの公開スパーリングである。西田拳闘会からは、篠原トレーナーと手塚が偵察に来ていた。マウリシオは軽快な動きを見せ、スパーリングパートナーを圧倒している。パートナーはマウリシオの攻撃を喰らい、どんどん後退していく。最終的にはダウンをしてスパーリング終了となるが、
「試合の為の確認の予定だったが、全てを確認出来ずに終わってしまった」
マウリシオは堂々と言い放った。
篠原トレーナーと手塚は、すぐに西田拳闘会に戻り、改めてマウリシオ·オズワルトのビデオを見直していた。
甲斐については、そんな事を気にも止めずに本日も練習している。
12月20日、甲斐の公開スパーリングである。マウリシオのセコンドが2名、偵察に来ていた。
甲斐は日本ランカーを相手に、終始圧倒していた。サウスポースタイルから、パートナーを寄せ付ける事なくパンチを叩き込んでいる。仕上がりは万全の様だ。
この甲斐のスパーリングを見て、マウリシオのセコンド2名は話し合いをしながら戻って行った。マウリシオ側も甲斐の出来に気持ちを引き締めた様である。
12月24日、計量日。甲斐は手塚と会場に向かった。
会場に着いた甲斐、そのすぐ後にマウリシオが姿を表した。2人が服を脱ぎ、計量に向かう。マウリシオも甲斐も、計量は1発でパスした。計量が終わると、2人は会見場に行く。
WBOのチャンピオンベルトを前に置いてマウリシオが座り、マウリシオのジムの会長と西田会長を挟んで甲斐が座る。
「チャンピオン、甲斐選手を見てどうですか?」
「見たからどうしたんだ?…全てはリングの上だろう?」
「甲斐選手、チャンピオンを見てどうですか?」
「見たけど、それが何か?……リングの上が全てですね」
「チャンピオン、明日の試合予想は?」
「それはそっちで勝手にやってくれ……俺は俺の仕事をするだけだ」
「甲斐選手は?」
「勝つ為に練習して来ました。それだけです」
「チャンピオン、甲斐選手、ファイティングポーズで向き合っている所を1枚!」
マウリシオと甲斐は、お互いに向き合ってファイティングポーズを取る。その写真を何枚か記者達が撮って会見は終了となった。
この後、甲斐は手塚と食事を摂ってから帰路に着いた。
マウリシオと甲斐が居なくなった所で、何故か西田会長が記者達を読んで質問に答えていた。
「いや~、ジム初の世界チャンピオン……楽しみだねぇ…………甲斐と2人でテレビ出演しちゃうかな!」
余りにも調子に乗った発言に、
[スパーン]
と切れのいい音を立てて、篠原トレーナーの平手がスナップを効かせて西田会長の頭を捉え、西田会長は篠原トレーナーに引き摺られる様に会見場を後にした。
この後、西田会長は篠原トレーナーに説教を喰らうのであった。
明日、遂にゴング……




