佐伯の試合……
試合は佐伯から……
試合当日、佐伯は1人で会場入りした。甲斐も1人で会場入りしたが、偶然にも2人は会場の入り口で会う事になった。お互いに声を掛け、それぞれの控え室に入って行く。
本日の試合は、佐伯の出番が先である。本来なら、共同開催とはいえ川上ジムの方が負担が大きい為、佐伯が最後なのが普通であるが、川上会長から、
「これからは色々と別の道を歩かないといけないんだ……餞別だ!」
との事で、メインを譲って貰ったらしい。
そんな訳で本日の試合は、セミファイナルが佐伯でファイナルが甲斐である。
控え室に入った2人は、それぞれ着替えてゆっくりと過ごしている。試合開始までは、まだまだ時間が有る為に2人は横になって過ごしていた。
時間が経ち、試合が始まる。本日はKOが多く、試合はどんどん進んでいく。佐伯も甲斐も早めにアップを開始し、試合に備えていく。どうやら、2人は気合い充分の様である。
試合が進むに連れ、佐伯のアップが激しくなる。一旦心拍数を上げ、ゆっくりとクールダウンをする。このタイミングで、徳井が控え室に来た。
「調子はどうだ?」
「大丈夫ですよ」
「池本さんも見てるからな!」
「はい、格好良く決めますよ!」
「楽しみにしてるからな!」
徳井は控え室から出て行った。入れ替わりに、川上会長·石谷トレーナー·喜多が入って来た。
「そろそろ出番だな?」
「はい!」
「世界への1歩だ!」
「はい!」
「必ず勝つぞ!」
「はい!」
入場の合図が入る。
「さぁ、ランディ狩りの始まりだ!」
「よっしゃ~!」
会長の言葉に、佐伯は胸の前で拳を強くぶつけ気合いを入れた。
青コーナーより、ランディ·ランデルマンの入場となる。ランディは姿を表すとウェイターの様な格好をし、両サイドに頭を下げてから花道を歩き出した。その顔からは自信が溢れており、勝利するのは自分だと確信している様である。
ゆっくりと花道を歩くランディ、リングの前に来ると右手を胸に当て、小さく一息吐いてからリングに上がる。リングに上がると、観客席に頭を下げてからセコンド陣と拳を軽くぶつけた。
続いて、赤コーナーより佐伯が入場して来る。佐伯は姿を表すと、観客席に頭を下げてから、ゆっくりと花道を歩いて来た。リングの前に来ると、佐伯は大きく深呼吸をして一気にリングに駈け上がり、トップロープを飛び越えてリングインした。リングに上がった佐伯は、軽快なステップを何度か踏んで観客席に右手を上げた。
アナウンスで選手紹介が有り、2人はリング中心に歩み寄る。レフェリーから注意事項を言われた後、2人は各コーナーに別れる。
「カーン」
ゴングが鳴った。
1ラウンド…………
佐伯は左ジャブを放ち、左に回っていく。立ち上がりという事も有り佐伯は様子見として動いているが、端から見ている佐伯の動きは明らかに速く、最初からエンジン全開といった感じに見える。
ランディは左ジャブを放ち、こちらも左に回っていく。ランディもスピードで売っているボクサーの為、佐伯のこの動きに付いて行く。最初から速い動きの中での駆け引きとなる。
お互いにスピードの乗った切れの有るジャブを放ち、お互いにそれを捌く。当たってもおかしくないパンチをお互いが放ちながら、お互いがそのパンチを処理しヒットを許さない。序盤からハイレベルな展開となっている。
1分が過ぎた頃、ランディが更にギアを上げる。身体が温まって来たのか、動きも滑らかになっていくのだが、佐伯もギアを上げランディに難なく付いて行く。佐伯のスピードに、ランディの顔が少し険しくなっていく。
お互いが高速の左の出し合いをしている中、ランディはいきなり右ストレートを放った。この展開に苛ついた様である。
ここで、誰もが目を疑う事が起こった。ランディの右ストレートは、かなり速かった。誰しもが当たると思っていたに違いないが、佐伯はこれを当たり前の様にかわした。当たり前の様にかわし、ランディのボディに3発のパンチを当てて距離を取った。まさに電光石火である。
ランディは佐伯のスピードに信じられないといった顔を一瞬だけしたが、すぐに佐伯の動きに合わせて自分も動き出す。またもや高速の動きの中、2人は左ブローの出し合いとなる。
お互いの左ジャブがお互いの顔をかすった所でゴングが鳴った。1ラウンド終了である。
2ラウンド…………
ランディは、さっきのラウンドより速い動きで左ジャブから左に回っていく。どうやら、先程のラウンドで佐伯にやられた事が納得いかないらしい。
対する佐伯だが、こちらは変わらずに左ジャブから入っていく。ランディのスピードに対し、佐伯も合わせる様にスピードを上げている。これはこれで驚きである。スピードでSバンタム級を圧倒していたランディに対し、佐伯は全く引けを取らないのだ。更には、その時々でランディを上回る事さえ有る。驚き以外の何者でも無い。
ランディは佐伯が付いて来るのを確認すると、更にスピードを上げた。どうやら、自分の持てる力を全て出して佐伯を叩き潰すつもりの様である。
ここで、佐伯は喜多とのスパーリングの経験が生きる。喜多もスピード重視のボクサーであるが、喜多はその経験から緩急を付けて自分のスピードを更に速く見せていた。これは、喜多がそれだけ激戦を潜り抜けて来た証拠で有り、佐伯の経験不足を補う事でも有った。
ランディはスピードこそ凄いが、そういった駆け引きが無い。佐伯はランディのスピードを確認した上で、自分のギアを更に1つ上げた。
ランディは佐伯のスピードに付いて行けなくなる。左ジャブは空を切り、佐伯の身体に触れる事すら出来ない。
対する佐伯だが、物凄いスピードから左ブローを容赦なく打ち込んでいく。ランディはガードをするだけだが、佐伯は構わずに打ち込む。何発も左ブローを打ち込みながら、佐伯は更にスピードを上げていく。最早、手が付けられない。
ランディは佐伯のジャブをガードし、自分の左ブローを返そうとしたが、佐伯の左はランディよりも速く次のパンチを出していた。佐伯のパンチがランディを捉えると佐伯はそのまま何発もランディに左ブローを打ち込み、ランディは堪らずに後退した所でゴングが鳴った。2ラウンド終了である。
佐伯はランディより先に、リズムを掴んだ様である。
まだまだ始まったばかり……




