険しい道程先は明るい……
試合が近付く……
佐伯も甲斐も、厳しい練習は続く。
基本の練習は変わらないが、喜多も手塚も日に日に強くなっていき、佐伯も甲斐もかなり絞られている。最も、これには理由が有る。
佐伯も甲斐も、ロードワークはかなり厳しいメニューになっている。誰かが付いて来る事はしないが、2人がサボる事は無いとジムの誰もが思っている。実際に2人がサボる事は無いが、ロードワークでしっかりとトレーニングを積んだ後のスパーリング、更に言えば、相手は現役時代の頃と遜色の無い元世界チャンプ、スパーリングが厳しいのは当たり前である。増して、喜多も手塚もスパーリングに照準を合わせ、疲れが溜まっている佐伯と甲斐に最初から全力で戦っているのである。佐伯と甲斐の納得出来る結果にならないのは、日を見るより明らかである。
しかし、喜多も手塚もこれが狙いであった。満足をさせない、常に強くなる事を意識付けしていく。その昔、池本に自分達がして貰っていた事であり、だからこそ、事の大切さを分かっている2人である。
佐伯も甲斐も毎日絞られ、それでも悔しくて毎日ボクシングの事を考えながら眠りに付く。生活がボクシング一色となって来ている。
これは、2人の失敗談ではあるが、佐伯はアルバイト先のコンビニでジュースの補充をしている時、ジュースが棚から何本も落ちて来た。次の瞬間、佐伯は左ジャブでジュースを全部叩き落としてしまった。運の悪い事に、落ちて来たジュースは炭酸飲料水であり、全てが噴き出してしまった。冷蔵庫の中はびしょ濡れになってしまい、佐伯は店長に物凄く怒られると思っていたが、
「はっはっは、池本君もやってたなぁ!」
と笑いながら片付けを手伝ってくれた。
甲斐は回転寿司でアルバイトしているが、シャリにネタを乗せる際にスパーリングでやられた事を思い出し、つい力が入ってしまう。その為にお寿司自体が小さく硬くなり、お客からのクレームに繋がる。
「頼むよ~……ちゃんとやってくれたら、ご褒美上げるから~!」
店長は甲斐にそんな言葉を掛けていた。
ちなみにだが、甲斐のアルバイト先の店長は男である。俗に言うオカマである。店長は甲斐がお気に入りらしい。甲斐も浮いた噂が無い為に、更に店長のお気に入りとなっていた。
まだまだ先の話だが、店長とエリーの間で揉め事が起きたのはしょうがない事だったのかもしれない。
2人の練習は続き、毎日を熱く過ごしている。
そんなある日、徳井が喜多と手塚を誘って夕飯を食べに行った。そのタイミングで、石谷トレーナーは篠原トレーナーと池本を誘い、こちらも夕飯を食べに出掛けた。
徳井達は定食屋に入る。席に案内され、すぐに注文する。
「何だよ、徳井……」
「忙しいんだけど?」
「たまにはいいじゃないか?…同期だろ?」
「だとしてもさぁ……」
「時期って物が有るだろ?」
「……時期だったら、絶妙だと思うけど?」
「何言ってんだよ!」
「もう少し後だろ?」
「…………それは違うよ……多分、こんな事が出来るのは、結構先になる筈だ……」
「何言ってんだ、徳井?」
「俺達の関係は、変わらねぇだろ?」
「俺達はね…………次の試合が終わったら、佐伯と甲斐は世間からもライバルとして認められる……だから、今しか無いんだよ」
「……確かにそうかもな……」
「ライバルかぁ……俺達は、同じジムだったからなぁ……」
「何言ってんだよ、トレーナーとして激突だろ?……俺は楽しみにしてるんだ!」
「激突か……甲斐の圧勝だな!」
「佐伯のKOだ!」
「何言ってんだ?……甲斐の前に前のめりだ!」
「佐伯の前で大の字だろ?……手塚は馬鹿だなぁ!」
「何だと…俺は馬鹿じゃねぇぞ、アホ喜多!」
「アホとは何だ!…頭空っぽのくせに!」
「空っぽじゃねぇ!……たくさん詰まってるぞ!」
「カニ味噌がな!」
「……何だろう……2人が物凄く馬鹿だと確信出来る……」
「「おい、徳井!」」
この3人は相変わらずである。
一方、石谷トレーナーは篠原トレーナーと池本と待ち合わせをしてラーメン屋に寄った。席に案内され、それぞれが注文する。
「篠原さん、甲斐はどうですか?」
「順調ですね……その様子だと、佐伯君も順調そうですね?」
「ええ、順調です」
「俺から2人に質問です」
「何だ?」
「何か聞きたいの?」
「2人共、意図的に佐伯と甲斐を見ないですよね?」
「あれ?…篠原さんも?」
「石谷さんもですか?」
「何故ですか?」
「それはだなぁ……」
「若いトレーナーも育てたいし……」
「やっぱり……敢えて見て無いんですね?」
「まぁな……」
「そうなるね……」
「喜多も手塚も、きっと分かってくれてますよ」
「だといいんだがな……」
「そこは心配なんだよね……」
「しかし……2人も思い切った事をしますよね?」
「川上会長も賛成してるしな……ある意味、選手もトレーナーもこれからの人間だ」
「僕達はいつか、ただのファンになるだけさ!」
「う~ん……2人はファンだけでは満足出来ないと思いますよ……ボクシング馬鹿だし……」
「大馬鹿のお前に言われたくねぇな!」
「池本君は、馬鹿を通り越してるもんね!」
「失礼な!……俺はそんなに馬鹿じゃないですよ!」
「だったら、ボクシング以外で興味の有る物はあるのか?」
「有りますよ!…何言ってんですか?」
「へぇ~、僕も聞いてみたいなぁ!」
「俺が1番興味が有るのは……」
「「有るのは?」」
「……パンダです!」
「パンダってあれか?」
「白黒の……」
「そうです!…誰が何と言おうと、パンダは絶対です!」
「…………何処まで本気なんだか……」
「池本君は、確かにあの3人の先輩だよ……」
「え?……そうですか?」
「「褒めて無いからな!」」
こちらはこちらで楽しい物となっていた。
佐伯と甲斐だけではない。喜多と手塚もやる事はたくさん有り、これからの道は険しい物になっている。
しかしである。しかし、険しい道程、たどり着いた先は成功である事は多い。困難な道だからこそ、その先には成功が待っているのである。佐伯と甲斐だけじゃない、喜多と手塚もきっと、この先に成功が待っていると信じたい所である。
未来は明るそうである。




