2人の準備期間……
編入前に、やる事は多々あります。
翌日より、佐伯と甲斐のロサンゼルス生活は本格的に始まる。朝は9時よりジョシュの所で英語を学び、午後はラリオスの経営するレストランでアルバイト、17時からジムワークとなる。
英語については、2人共若い事もあり、物覚えも早くジョシュが驚くくらいのスピードでマスターしていった。
4月には、苦もなく英語での会話が出来ている。
アルバイトも、最初は言葉が分からない為に皿洗いがメインだったが、英語をマスターしていくとその容姿からウェイターをさせられ、ホールでの接客業がメインとなる。減量時になると皿洗いに逆戻りではあるが、それは仕方がない。
問題が起こったのは、ジムであった。
佐伯と甲斐がラリオスのボクシングジムに通い出し、早2週間が過ぎた頃である。2人は言葉も分かる様になって来ており、ミゲールとも上手くやっていた。
「ヘイ、ジャップ!」
「???…何?」
「練習の邪魔だけど?」
「ラリオス会長のお気に入りらしいが、いいご身分だな!」
「何が言いたいの?」
「そっちは大分偉そうだけど?」
「実力ねぇくせに、特別扱いで羨ましいって言ってんの!」
「……喧嘩売ってんの?」
「やりたいならやるよ?」
「いい度胸だ!…ミゲール、俺とこいつ等のスパーリングを用意してくれ!」
「ロナウドがやるなら、俺もやるぜ!」
佐伯と甲斐に絡んできたのはロナウドとサルエドという、このジムでも粋のいい2人であり、なかなか血の気が多い2人である。佐伯と甲斐が、ラリオスからアメリカに誘われた事が気に入らないらしい。
「ロナウド·サルエド…騒ぎは起こさないでくれ」
「何だよミゲール、どうせ強い奴しか残らねぇんだ……いいだろう?」
「そうだぜ!……日本に帰って貰う様に、俺達が分からせてやるぜ!」
「ミゲール、やりたいならやるよ?…せっかくだしね!」
「そろそろやりたいと思ってたんだ!」
「しかし……」
「ミゲール、やらせてみろ!」
「デイビッド……いいのか?」
「構わんさ……それぞれ用意しろ!」
「「流石デイビッド!」」
「「よし、やるか!」」
4人はスパーリングの用意をする。
ロナウドはSフェザー級、サルエドはライト級である。
最初は佐伯とロナウドのスパーリングとなる。ミゲールがレフェリーを務める。
「日本に帰る理由をくれてやるよ!」
「……よく喋るね…喋るの辞めて練習すれば、少しは強くなるんじゃないかな?」
「この野郎…覚悟しろよ!」
お互いがコーナーに別れる。
ゴングが鳴る。
ロナウドは左ジャブを出しながら、前に出て行くが、佐伯はロナウドの左ジャブをパーリングで叩き落とすと自分の左ジャブをロナウドに打ち込み、物凄いスピードで左に動いていく。
ロナウドは佐伯の左ジャブを貰い、その後の動きに一瞬戸惑う。その隙を佐伯は見逃さない。左ジャブをどんどん放り込み、ロナウドの頭が弾ける。
ロナウドが焦り、佐伯に対して右を放とうとした時、その右のブローを先読みした様に佐伯の右ストレートがロナウドを捉え、ロナウドは膝を着いた。
立ち上がるロナウドの表情には、怒りの色が見て取れる。
ロナウドは少し大降り気味に、佐伯にパンチを放ちながら追い掛けていく。
佐伯はロナウドのパンチを避けながら、少しずつスピードを上げていく。
ロナウドが佐伯のスピードに追い付こうと、必死に手を出しながら追い掛けていくが、右ストレートが大降りになった瞬間、佐伯の右ストレートは綺麗にロナウドを打ち抜いていた。
ロナウドは大の字になりダウンをする。ミゲールはスパーリングを止める。
続いて甲斐とサルエドのスパーリングである。
「情けねぇな…俺が見本を見せてやるよ!」
「……負ける見本?」
「お前……絶対に潰す!」
「どうぞどうぞ!」
両者がコーナーに別れる。
ゴングが鳴る。
サルエドは左ジャブを放つが、甲斐はそれに喰い付く。
サルエドの左ジャブに自身の左を強めに当て、サルエドの左を弾くとすぐに懐に飛び込む。
サルエドは右でボディをガードするが、甲斐の左ブローは下から突き上げられた。甲斐の左アッパーでサルエドの顔が弾かれ、サルエドは少し後退する。甲斐はすぐにパンチをまとめ、サルエドに打ち込んでいく。
サルエドはガードを固めたが、甲斐が止まらないと確信すると、ガードを開けパンチを出していく。サルエドがややコーナーよりに居るが、この位置で打撃戦が始まる。
しかし、サルエドのパンチはなかなか甲斐に当たらない。逆に甲斐のパンチは的確にヒットしている。ここで体格差が出て来る。
サルエドはライト級の為、甲斐のパンチが効いているとはいえダウンまではいかない。更にサルエドは、その体重差を生かし無理矢理前に出て来る。
甲斐はサルエドの左フックを間一髪、小さくバックステップしかわすが、サルエドはここぞとばかりに右ストレートを放つ。
甲斐は次の瞬間、頭を下げて左フックをサルエドの右ストレートに被せた。カウンターの成立である。
サルエドはゆっくりと崩れ落ち、ミゲールはスパーリングを止めた。
スパーリング後、
「お前、危なかったな!」
「何がだよ!」
「左フック、貰いそうだっただろ?」
「お前なんて、スピード上げたら大したパンチ打てねぇじゃねぇか!」
「俺は手加減したんだよ!」
「負け惜しみだな!…俺だって全力じゃねぇ!」
「負けてねぇだろ!…お前はあれが限界だよ!」
「そんな訳あるか!…分からせてやろうか?」
「やってやるよ、返り討ちだ!」
「「ゴツッ!」」
「「痛ッ!」」
「調子に乗るな!…あれしきで満足なら、すぐに日本に帰れ!」
「満足なんてしてません!」
「もっともっと強くなりたいです!」
「……しょうがない、ミゲール付き合ってやってくれ……厳しくな!」
「OKボス!……2人共、覚悟しろよ!」
「「望む所です!」」
この日、2人の練習はかなり凄かった。ミット打ちは8ラウンド行われ、サンドバッグ打ちも10ラウンド行った。その後も筋力トレーニングにボディ踏みとハードな1日となる。
しかし2人は、
「アパートまで走ろうぜ!」
「いいな!…負けた方が夕飯奢りな!」
「それいいな!……ゴチ甲斐!」
「アホか!…お前が奢るんだよ!」
「ミゲール!」
「合図出してよ!」
ミゲールの合図で2人は走って帰って行った。
「デイビッド、あの2人は楽しみだな!」
「本当に……これからが楽しみだよ」
「6回戦程度じゃ相手にならないな!」
「確かにな……しかし、アメリカは広い!…奴等が強くなる為にはうってつけだ!」
「確かにそうだな!」
ラリオスとミゲールが楽しそうに話している。
一方の2人は、アパートまで残り100m程である。最後のスパートをする。殆ど並んでアパートに着くが、僅かに佐伯が速かった。
「やり~、今日はゴチ!」
「くそ!…明日は俺が勝つ!」
「明日も奢ってくれるの?」
「調子に乗るなよ!」
「悔しいからって、そんなに絡むなよ!」
「何だとこの野郎!」
「何だ、やる気か?」
「おう、やってやるよ!」
「辞めないか!」
揉めている2人を止めたのはジョシュであった。
「君達には、進歩という言葉は無いのか!」
「いや、甲斐が仕掛けて来たんですよ!」
「お前が調子に乗るからだろ!」
「2人共悪い!…部屋に戻って反省!」
「「…………はい……」」
2人は自分の部屋に入った。ジョシュは呆れた顔をしていたが、ジムワークが終わってのあの元気さに少し驚いていた。
「しかし、池本も大変な2人を寄越したよな……」
呟きながらマンションに戻るジョシュであった。
揉め事が少しは減るといいんですが……




