試合は間近……
試合が迫って来ました……
1月に入り、2人の練習は激しさを更に増していく。
ロードワークもさる事ながら、ジムワークで2人はかなり絞られている。ミゲールが2人をがっつりと絞っているのだ。
これはミゲールの考えである。
試合までは時間がある為、減量で身体がきつくなる前にしっかりと練習をする事で、2人の血肉に変えていこうという訳だ。
若い2人なら、短期間でも成果があるとミゲールは踏んでいる。その為、周りが見ているだけで吐き気がするくらいに激しい練習をしている。どのくらい激しいかというと、同じジムのプロが練習を一緒にやったが、翌日より佐伯と甲斐が居る時間にジムに来なくなったくらいである。勿論、エリーからも心配されていた。
しかし、2人は黙って練習をしていく。
当然、最後にスパークリングが待っているが、そこは佐伯も甲斐もしっかりと締めている。その辺に成長を感じる。
1月も半ばを迎えると、2人は減量に入っていく。
減量になったからと言って、特段練習が変わる訳ではない。ただ、エネルギーが取れなくなっていき、場合によって水分をストップするだけである。
言葉にすると簡単だが、実際にやるとかなり厳しい。
最終段階になると、体力が回復しない上に睡眠もなかなか取れなくなっていく。少しの物音が気になったり、電気の光さえ邪魔に感じる様になる。そんな過酷な事をクリアして、ようやく試合にたどり着ける。ボクサーは誰もが、この苦しい期間を乗り越えているのだ。
例に漏れず、佐伯も甲斐も厳しく苦しい期間を迎えていく。
冬という事もあり、思った様にウェートが落ちない為にいつもより厳しく感じる減量になるが、2人には揺るがない目標がある為に黙々と練習をこなしていく。
1月30日、食事は殆どストップ状態である。
この頃になると、疲労が溜まっているのはすぐに分かる。練習前の口数も減り、練習自体の動きも重くなって来ている。
ミットを持つミゲールから、かなり大きな声で激を飛ばされる。2人は必死にミゲールのミット目掛け、パンチを打ち込んでいる。
ミット打ちでこれである。他の練習についても、2人はかなりきつい状況である。特に、スパークリングはきつい筈である。
疲れが抜けず身体が重い、パートナーは元気で更には複数人居る。なんとも、こちらが吐き気を催す様な厳しさである。
しかし、佐伯も甲斐も弱音は吐かない。自分のやるべき事をひたすら行っている。
スパークリングでは、パートナーに打たれる場面も度々見られたが、それでも気持ちで負けず最終的にはパートナーを圧倒してスパークリングを終えていた。
2月5日、水分もストップする。
疲れが溜まるなんて言葉は、等の昔に過ぎている。
この時期、朝起きる事さえ気怠く歩く事もしんどくなっていく。当然、ジムワークをするのに余裕なんて言葉は無い。
自分が何をやるのか、それをしっかりと理解しそれだけを行っていく。この時期、周りの事を気にしている余裕は無い。
この時期になると、人間性が出て来る。
他の練習生に当たり散らす者、いつも表情が冴えず気持ちが落ちている者、なるべく省エネにする為に更衣室から近くにタオル等を置く者、色々な人達が居る。こんな時、確かに口数こそ減るが、いつもと変わらない者も居る。減量は、精神鍛練の場なのかもしれない。
佐伯も甲斐も、動きは重く疲れは見えるが、口数が減る以外に特に変わりは無い。実に逞しくなったものである。
ウェートはリミットまで1kgを切っていた。試合も近付いて来た。
2月15日、ウェートはリミットに達した。
試合まで残り10日、佐伯も甲斐も練習の総仕上げに入っている。
スパークリングを行いながら、自分のパンチを1つ1つ丁寧に確認し、相手との距離や自分のファイトスタイルを改めて確認している。
減量が一区切り付いた事で、2人の動きは良くなって来ている。それだけ、ウェートのプレッシャーは重いという事だろう。
ウェートをキープする事により、少しではあるがエネルギーを摂取出来る。これも2人には、かなり大きい。
エネルギーが身体に入る為、2人は多少ではあるが疲れが抜ける。この感覚が思いの外、自分の心に元気を与える。気持ちが強く持てる為、どんどん練習を行う。
この時期に気を付ける事は、実はオーバーワークである。
心が元気になり、ついついやり過ぎてしまう事もある。この辺が意外に難しい。ここはトレーナー達の腕の見せ所である。
ミゲールも、佐伯と甲斐が練習をし過ぎ無い様にしっかり2人を監視している。
ミゲールの監視の元、2人はいつも通りの練習を行っていく。
2月24日、計量日である。
佐伯と甲斐はミゲールの案内の元、今回の会場まで足を運ぶ。会場には、既にゴルドーとバルガスは到着していた。
それぞれが計量に望む。
佐伯と甲斐は1発で計量をパスしバルガスも1発で計量をパスするが、ゴルドーは150gオーバーしていた。
「何てこった……失敗した……」
ゴルドーは大袈裟に言葉を発し、一旦計量室から出る。
このゴルドーの行動に、佐伯は少し苛立ちを覚えた。ウェートを作る事はボクサーとして基本であり、当たり前の事である。佐伯の拳が硬く握られる。
「……怪しいな……」
「何だ?…何が怪しいんだ?」
「昴、絶対騙されるなよ!」
「???」
「あいつ……絶対わざとだ……再計量の時、表情じゃなくて体付きを見て確認しろよ……」
「……分かった……」
30分の時間を挟み、ゴルドーはもう一度計量をする。
「ナッシュ·ゴルドー、リミットいっぱいクリア!」
「お~……これで試合が出来る……しかし、思わぬダメージが……」
ゴルドーの表情は明らかに困った様な感じであるが、その身体はしっかりと作り込まれた感じである。
「……成る程……」
「だろ?……あいつは策士だな……」
「その様だ……残念だが、引っ掛かる事は無い」
「……危なかったくせに……」
「……それより、お前はどうなんだ?」
「ああ、しっかり準備して来たみたいだね……楽しみが増えたよ……」
この後、佐伯も甲斐も対戦相手とのツーショットでの写真を撮られ、会場を後にした。
帰りに2人で夕食を食べ、帰路に着く。
「明日は俺が先だ……しっかり繋げるからな!」
「おう、頼むぜ昴!……明日も2人で快勝だ!」
2人はお互いの右拳を軽くぶつけ、自分の部屋に入って行った。
明日、ロサンゼルスでの最後の試合が始まる。
明日は決戦……




