甲斐の成長……
試合は中盤……
4ラウンド…………
甲斐はサウスポーから、右ジャブを放ちながら右に回っていく。ここにきてスタイルを変えて来た。鋭く速いジャブを出しながら、フットワークを使いサークリングしていく。なかなか華麗である。
トンプソンは左ジャブを放ちながら、本来ならアウトボクシングで甲斐から距離を取る作戦の筈だったが、甲斐の立ち上がりから戸惑っている様だ。
甲斐は右ジャブからどんどん攻めていく。ステップインし、細かいパンチを出すとすぐにバックステップし、距離を取るとジャブから右に回っていく。
トンプソンは自分がやりたい事を甲斐にやられ、更には甲斐がサウスポーのままに試合を進める為に、なかなか自分のリズムに乗れなくなっている。
甲斐がジャブから左ストレートを出した時、トンプソンはすでにかなりの精神力をすり減らされていた。その為、普段なら喰らわない筈のこのストレートをまともに貰った。
トンプソンは少し膝が揺れるが、すぐに距離を取り、左ジャブを放っていく。
しかし、トンプソンの距離感は狂っている為に、この左ジャブは牽制にすらならない。
甲斐はトンプソンのジャブをオーソドックスに構え、右のカウンターで狙い打ちした。
トンプソンは甲斐のパンチを貰い、両手と右膝をキャンバスに着く。レフェリーが割って入りカウントが始まる。トンプソンのダウンである。
甲斐はゆっくりとニュートラルコーナーに歩いて行く。
トンプソンはゆっくりと立ち上がり、カウント8でファイティングポーズを取る。
レフェリーの手が交差され、試合続行である。
甲斐が左ジャブを放ちながら間合いを詰め、左右ボディから左アッパーを決めるがトンプソンが甲斐に抱き付く様にクリンチをし、ダウンを拒否した所でゴングが鳴った。
5ラウンド…………
甲斐は左ジャブから前に詰めて行く。このラウンドはオーソドックスからのスタートになっている。
トンプソンは左ジャブを出し左に回るが、明らかに動きが重い。
トンプソンの専売特許であるアウトボクシングで、先程のラウンドで甲斐にやり込められた事が大きい。トンプソンのショックはでかく、気持ちも折れ掛かっていた。
甲斐はトンプソンを心から折る為に、アウトボクシングでトンプソンを圧倒する事を試みたが、効果は絶大の様である。
トンプソンの鈍い動きに甲斐は難なく付いていく。甲斐は効果的にスイッチし、トンプソンを追い詰めて行く。
本来なら、ここで一気に試合を決め様と焦る場面だが、甲斐は落ち着いている。
トンプソンをジャブから追い掛け、相手に合わせる事なく自分のペースで試合を進める。
トンプソンはどんどん攻撃の手が無くなり、ただ左ジャブを放ちながら距離を取り、リング上を逃げるのみになって行く。
甲斐は慌てず、逃げるトンプソンをスイッチしながら左右のジャブを出し、追い掛けていく。
トンプソンは必要以上に甲斐との距離を取っていたが、不意にコーナーに詰まった。甲斐に誘導されていたのだ。
甲斐は一気にギアを上げ、トンプソンとの距離を詰め手を出していく。
トンプソンは逃げるのは無理と判断し、破れかぶれの様にパンチを出して来た。ここに来て打ち合いになった。
しかし、ここで甲斐に変化が現れる。
トンプソンのパンチを甲斐は最初こそガードし、自分のパンチを返していたが、トンプソンのパンチをスムーズに避け始めたのである。トンプソンのパンチを避けると同時に、空いた所にパンチを入れていく。その動きが流れる様に淀みが無く、来るパンチが分かっているかの様に動いている。
トンプソンの心は折れてしまった。アウトボクシングで甲斐に上を行かれ、インファイトでは、自分のパンチが全く当たらない。最早、トンプソンを支える物は無かった。
甲斐がトンプソンの右ブローに、サウスポーで左フックを合わせクロスカウンターをお見舞いすると、トンプソンは力無くゆっくりと前のめりで倒れた。
レフェリーはすぐにトンプソンを確認するが、両手を交差させ試合を終了した。
5ラウンド2分04秒、甲斐のKO勝利となり、戦績11戦11勝10KOとした。
勝利者のコールを受けると、甲斐は足早に花道を戻りシャワーを浴びて観客席に向かった。次は佐伯の出番である。
佐伯は控え室で甲斐の試合を見ていた。
どうやら、今回の甲斐の戦いに自分だったらと考えながら見ていた模様である。
「成る程……ああなるのか……」
佐伯は呟き、少し体を動かす。アップはすでに完了し、動きそのものは切れている。2·3発ジャブを放つ佐伯、その顔はとても厳しい物になっていた。
佐伯は甲斐に対し、高校時代は3連勝している。誰が見ても、結果だけなら佐伯の方が強いと思ってしまう。
しかし、佐伯の考えは違っていた。
佐伯と甲斐の試合は、前半に佐伯がペースを握るが、後半は甲斐が盛り返して来る。2ラウンドしかない事が佐伯に味方している、佐伯はそう考えていた。4ラウンドだったら·6ラウンドだったらと考える度に、自分が窮地に追い込まれる事を想定した。
プロになり、同じ階級で再び甲斐と頂点を目指す。佐伯にとって、今まで考えていた事が現実味を帯びてきた。更にはこの試合である。自分に似た対戦相手を、甲斐は危なげなく撃破している。
佐伯は目を瞑り、大きく深呼吸をした。
「絶対に俺が頂点になる!」
佐伯は強く言葉に出し、試合に備えた。
なかなかいい勝ち方でした。




