非常勤ギルド職員、アリスさん。〜冒険者ギルドの繁栄のため、今日も治安維持と新人冒険者教育に注力しています〜
いつも通り、頭を空っぽにして読んでください。
今日の特別講座:アリスさんと学ぶ実用諺。
口は災いの元編。
とある国、とある冒険者ギルド支部には、受付窓口以外に小部屋がいくつか備え付けてある。機密性の高い依頼や、ちょっと厄介な仕事の話をする為の専用の部屋である。
今日もそのうちの1つが埋まっている。
その部屋は暗黙の了解で多くの職員のうち、1人だけが使っている。用途は基本的には他の部屋とは変わらないが、他の職員が使いたがらないのだ。
依頼者や冒険者が多く訪れる日……つまり問題事が起こりやすい日にだけ、招集されるギルド職員がいるのである。
コツ、コツ、と音を立てて、部屋の中を歩き、ガイダンスでもするかの様につらつらと言葉を使うその人は、今日もその部屋の中にいた。
その職員以外にも、何人もの冒険者がその部屋の中にはいる。筋骨隆々とした、戦い慣れた男たちである。……ただその筋肉は飾りであったと言われかねない様な有り様ではあったが。
「そもそも……なんというか、ギルドというのは、便利屋みたいなものだと思うのですよ。何かお困りの人が、ギルドに依頼をし、ギルドはそれを解決してくれる人を募集し、遂行可能な冒険者の皆々様が依頼をこなす。
きちんと労働賃金も支払われ、ギルド側から支給され、冒険者の皆様は今日や明日の糧を得る訳です。……聞いてます?」
「グゲゴフッ……!」
職員はスカートの裾を翻し強烈な回し蹴りを、掴みかかってきたスキンヘッドの冒険者の上腕に叩き込んだ。当たった場所は腕なのだが、その振動は体全体に及んだのか、頭が揺れて冒険者は両膝をついた。頭から落ちなかったのは、単に職員が首根っこを掴んでいるからだろうか。
「(お、おい気のせいか?この間鉱山の男達にも負けなかった自慢の筋肉の男の腕が変な方向に曲がってないか!?)聞いてますっ!!」
「(いやいや、それよりあの足元見ろよ、何人転がってると思ってんだよ!)バッチリ聞こえてます!!」
「そう……ですか?では続けましょう」
ポイ、っと音がしそうな程軽く、その巨体が部屋の端まで飛んでいって落ちた。変な体勢のまま気を失っているらしい。
体重が3桁とは行かずとも、自分の倍はあるだろう男を弱々しい細腕で投げ飛ばしたその人物は、疲れた様子は一切なく、まるでたかる虫を払っただけのように平然と、話に戻る。
「依頼し、成功すれば報酬を。失敗すれば罵t…こほん。失望を。
真っ当な商売をしているわけです。
…だというのに、街の方々や商人の方々、貴族の方々からすると、冒険者というのはどうにも、イメージが宜しくないのです。
国に仕える騎士達と違って、街にも身近な事から平民や商人からすると親しみを持ってもらいやすい筈なのですがね。労働報酬を依頼者から受けているとは言え、仕組みは騎士たちと同じなのに、とても悲しいです。
荒くれ者、暴力的、汚い、不成者、etc...。とても悲しいですが、こんな風に言われるようになってしまったのは、きちんと理由があります」
「よくもやってくれたなこのクソ女ぁああああ!」
気を取り戻した大男が右腕を振りかぶって彼女の頭に容赦なく殴りつけに行き、
「ステイ」
「クペッ…」
軽く払われてまた吹っ飛んだ。今度は白目を向いて泡まで吹いているので、しばらく起きないかもしれない。というか、永遠に起きないかもしれない。
「まあ、あなた方の様な無茶と無謀をそうとも思わず、自分の身の程も知らず、死に急ぐだけの可哀想な脳筋……失礼しました。脳みそ筋肉野郎どもに分かりやすく言いますと」
「「オブラートに包むどころか酷くなってる!?」」
「(事実を述べているだけですが)何か?」
「「いいえ!何でもありません!!」」
彼女はすぐに答えた2人を見て、嘆息した後話を続けた。
「……分かりやすく言いますと、冒険者としての先人達の中に、あなた方の様な方がいて、その方達が色々とやらかしてくれやがったからです。
お陰様で、やっている事は普通の便利屋だというのに、『卑怯汚い穢らわしいブタ、犯罪者予備軍』だなんて酷い陰口を叩かれる様になってしまったのです」
しくしく、と目の辺りを手で抑えて嘆いてみせる彼女に、突っ込まざるを得なかった。絶対自虐入ってる!
「「いやいやいや絶対そこまで言われてねえと思うぞ!?」グペラッ!?」
残っていたモヒカン2人のうちの片方がとうとう離脱した。彼の意識を刈り取ったストレートは、それはもう鋭かった。
「何か?」
「何でもないですッ!!」
残りの1人は最早反射で答えていた。右手を構えながら言われたら返事は一択しかない。彼女が表と言えば表。裏と言うなら裏である。
「そしてその悪しき誹謗中傷、風評被害は代々、世代を超えてひきつがれ、今日に至るのです。何て嘆かわしい事でしょう!」
そう語る彼女の目尻には涙が光っていた。華奢な体付きに、祈るかの様に両手を組み、涙を堪えつつも嘆く姿は、教会の聖職者のような神聖さを感じさせなくもないのだが、足元に転がった返事のない冒険者達という景色によって台無しである。
「私は(真っ当な)冒険者の皆さんが、より仕事しやすくなり、依頼人の方々がもっと気軽に冒険者ギルドを利用してくれるように休日を犠牲にこうして頑張っているのです。
それなのにどこに行っても着いて回るとてもネガティブなイメージは非常に邪魔なんですよね。仕事はし辛いし。
全ての人が悪いイメージを持っていると言うわけではありませんが、残念なことこの上ありません……。
……私が真面目に話しているのに、何で寝てるんですか?」
先程ストレートを食らったモヒカンが変な声を上げて意識を取り戻す。
「さて、少しでも安心して冒険者ギルドを利用してくれる方を増やしたい私としては、あなた方の様な方に、是非是非ご協力をお願いしたいのです。
別に愛想を振りまけ、下手に出ろとは言いません。ただ単に、今までやっていた、依頼人への追加報酬を脅して強要する事や、新人イビリや、ギルド内で揉め事というのをやらないでいただければそれで結構です。
本来なら困っている方がいたら損得勘定無しに手を差し伸べてくださいと言いたいところですが、
あなた方にそれが出来るとは思いませんので、
せめて『冒険者はギルドを通してならきっちり依頼をこなしてくれる。報酬も依頼のランクが上がらない限りは追加で支払う様要求されることもない。怖いことなど無い便利屋さんだ』
…くらいに思われる程度になってくれれば上々です。
あなた方も仕事がやり易くなると思いませんか?」
ね?協力してくださいますよね?と、彼女が首を傾げれば、耳にかかっていた髪がさらりと揺れた。
問いかけられた冒険者は、彼女の足元に転がっている何人かが既に目覚めていて合図を待っていることに気付いた。先程まで白目を向いていた相棒たちも同様。
「お、俺たちに、協力しろって……?」
「はい。あなた方の為でもあるんですよ?」
彼女はゆっくりと進み、冒険者の目の前にしゃがみ込むと、どうですか?と、可愛らしく笑って首を傾げて見せた。つまり、準備の整った大勢の冒険者達に背を向けた状態になった。
「俺たちの、ため…?」
「はい」
「……分かった。……なんて言うか!バカ女!野郎どもやっちまえ!!」
目をぎらつかせた男達が一斉に飛びかかる。協力をと声をかけられた冒険者は嗤っていた。
「…………は?」
一瞬の後、飛びかかった男達が空中で身動きが取れなくなるのを見るまでは。
夢でも見ているのだろうか。そのギルド職員の髪の先に、服の裾にすら触れる事すら出来ず、蜘蛛の巣に掛かった虫の様に、空中でもがいている仲間たちの姿に、言葉にならない声しか出ない。
数の利を確信して緩んだ恐怖心が再び冒険者達を襲った。
「な、何し…!?ぎ、ギルド職員がッ、冒険者に手ェ上げていいと思ってんのかッ!?」
冷たい瞳が冒険者を射抜く。まるでその程度の事しか言えないのかボキャ貧が、と言わんばかりの様相である。
「やですねぇ。冒険者だからってギルド職員に手を挙げて良いわけでもないですよ?
というか、私はなにもしていません。誰かに触ったわけでも、手を動かしたわけでもないでしょう?勝手に私に飛びかかって来た冒険者の方々が、何故か空中で止まってしまっているだけです。
それに……ギルドの受付嬢程度が、冒険者の皆様に何か出来るほどの戦闘能力や身体能力がある訳ないでしょう?
そんな夢の様な話、言ったところで誰も信じませんし、……冒険者がギルド職員に負けるはずがないでしょう?……ですがもし、…もしもそうだとするなら、由々しき事態です。
ギルド職員に負ける冒険者だなんて!評判がガタ落ち以外の何物でもありません!!早急に対策が必要ですね。質が下がってしまいますから」
困った。と、身振りと表情は言っているが、言葉の末尾が跳ね気味で、内心楽しんでいる事はよくわかった。
「……そういえば…、あなたも言っていましたよね?登録に来た若い子達を相手に、「実力不足だ。ギルドの評判が悪くなるからさっさと失せろ」……でしたっけ?」
感情の浮かばない笑顔。接客スマイル。とても綺麗なそれは、癒される人も多いが、今この瞬間においては、最高のトラウマを植え付ける死神スマイルであった。
「私も同意です。評判や冒険者の質が下がるのは願い下げなんです。ただ、私の言う質が下がるは、人格的な質、ですけどね?」
仲間は宙吊り、自身は腰が抜けて動けない。
ただ青ざめて震えて、その手が迫ってくるのを見た。
「口は災いの元というのは、よくいったものですねぇ」
冒険者が覚えているのは、そこまでである。
一方その頃部屋の外に1人、清掃員が立っていた。慣れた様にノックをすると、はぁいと返事が返ってきた。
5番の部屋の扉が内側から開くと、中からぞろぞろと恰幅の良い冒険者達が出て行く。ここ最近良い噂を聞かない冒険者達ばかりが出ていくので一瞬驚いたが、その冒険者たちがガンくれるどころかお疲れ様です!と挨拶をして去って行ったのを見て、中にいる人物に対して流石ですねと呟いた。
「何のことでしょう?私はただお話をしていただけですよ?」
そう言って小部屋を最後に出た受付嬢は、上機嫌に笑った。
性格が悪いと言われようがこういう子が大好きなんです。
読了ありがとうございました!